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コメント
16,3482014-07-26 02:00:23/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
高山に住んでいたので、よく富山に行くとき、父の運転するクルマで通った道がこんなに崩壊しているとは…
ちなみに、現道の飛越トンネルも路盤が隆起したとかで一時期片側交互通行の工事やってたりしました。
16,3472014-07-25 22:59:48/road/nagawado/main5.html [コメント一覧]10
現在から遡ること6年前のレポート。
これを読むと、たった6年で、あなたが頭でっかちになってしまったことが良く分かります。
八甲田にしろ田代隧道にしろ、ガチで命がけだから面白かった。
セーフティゾーンで教科書を眺めているような昨今のレポートは複数回読み返したくなりません。
16,3462014-07-25 21:58:54/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]9
この道は風情があっていいですね。
右は変体仮名で「たかのみち」ですね。
左は判りません。

16,3452014-07-25 20:51:01/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
疑いもなく「たかの」です。
16,3442014-07-25 20:11:17/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
右はたかのみちですね。明治44年図で道が対岸に描かれている点が気になりました。地図の誤りか、車道ができて地蔵様が川を渡った可能性も?
16,3432014-07-25 18:43:02/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]6
http://www.aikis.or.jp/~kage-kan/16.Toyama/Hosoiri_Kagasawa.html
西加賀沢
http://www.aikis.or.jp/~kage-kan/21.Gifu/Miyagawa_Kagaso.html
東加賀沢
16,3422014-07-25 14:38:56/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
古地図うpグッドです。
加賀沢の東西問題ですが、県の違いではないですか。西加賀沢は富山県加賀沢の西、東加賀沢は岐阜県加賀沢の東ということではないでしょうか。
素人考えですが。
16,3412014-07-25 14:26:02/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]8
碑文なんでしょうね。
右●はたけの(多介能)ですかね?
16,3402014-07-25 14:25:24/road/tazawa/main3.html [コメント一覧]10
スパ林・・・。
16,3392014-07-25 13:43:28/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
お地蔵様、会いたいね :-)
16,3382014-07-25 10:50:34/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
飛騨加賀沢村にも番所が描かれていますが、小豆沢村の番所は本格的で、越中加賀沢村との間に境塚があったようですね。
http://repository.lib.gifu-u.ac.jp/handle/123456789/31312
16,3372014-07-25 10:50:31/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
見応え読み応え有りました。岩ごろごろの川底も納得の大崩壊ですねぇ。車輌で辿り着けない鉄塔の整備をどやって関電はしてるんでしょうかねぇ。。
16,3362014-07-25 10:09:48/koneta/koneta_194_2.html [コメント一覧]10
面白かった!
滋賀住みだが道路を走るサイクラー?が多すぎる(T-T)
その人達の為に完成を願います!!
16,3352014-07-25 09:48:17/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
打ち切りになったかと思ってた、再開してよかった
16,3342014-07-25 03:02:21/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]8
解るなぁ…その気持ち。寄り道って案外オモシロイ事になるんですよね。思わぬ発見,新たな事実…。たまにドツボにハマるのもイベントのうち。
16,3332014-07-25 02:53:39/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]8
黄色くてツルツルしたベニヤは、コンクリートの型枠ですな。
16,3322014-07-25 02:43:47/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]9
>>すると昭和27年の地形図には、富山側が西加賀沢、岐阜側が東加賀沢という名でそれぞれ10軒ばかりの家々が描かれていた。
>>ちなみに東加賀沢集落の所在地は、加賀沢トンネルが貫いている山肌一帯だったらしい。
ん?逆じゃね?
岐阜県側が「東加賀沢」だったら富山県側の「西加賀沢」はどこに?
16,3312014-07-24 22:13:59/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
今回はあまり危険な感じがしなかったので安心できました。良い感じの山奥といったところでしょうか。お地蔵様のお顔が素敵でした。
16,3302014-07-24 20:27:10/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
地元の方々の、この道に対する思いがうかがえますね。
新道が出来たからと言って、今までの道を簡単には打ち捨てる事が出来なかったのでしょうね。
この道を通って嫁いで来た人、この道を通って故郷を離れた人、夢破れこの道を通って故郷に帰ってきた人、この道を通って彼岸に旅立った人…
住んでいた方々の数だけ道の歴史をがあるのでしょう。
たとえ安普請でも「通れる」道にしたかったのでは。
16,3292014-07-24 18:53:46/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]9
近代的な道もありですが、こういうかわいい(?)道も良いと思います。
16,3282014-07-24 18:48:46/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]9
「小匠ヨリ 右ハ“たかの”ミち」(高野道?)ですね。
16,3272014-07-24 17:25:01/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
高野は「こうや」じゃなくて「たかの」と読むのでは。そうすれば右はた(多)か(可)の(能)ミち、高野への道となりますね。
16,3262014-07-24 15:20:49/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
現在地の地図が、2箇所ほど404なんですけど・・・
16,3252014-07-24 13:51:49/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
「右ハタカノ(高野)ミチ」「左ハシンミチ 山手ノ川へ」ですかね。
小匠からの道が吊り橋で川を渡って、ここへつながってたとか、想像してしまいます。
16,3242014-07-24 09:48:03/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
いや、良い道ですねぇ、美しい。人の使っている(まめに整備されている)感じもあってより美しいです。観光ガイドに写真を載せたいほど。
16,3232014-07-24 09:17:50/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
最後の写真は、オート三輪なんかが走ってる様子が目に浮かぶなぁ。
16,3222014-07-24 07:31:58/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
この道を生活道路として利用していた人たちがいる・・・
その人たちが暮らしていた集落跡、見たい・・・
16,3212014-07-24 07:22:15/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
待ってました!
16,3202014-07-24 06:57:18/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
いつも楽しく拝見しております。
このたびのレポでは、特に下記の感懐を強く持ちました。
(1)わずか14年放置されただけで、道路はこんなになってしまう場合があるということは、我々がいつも安全に通行できるのは、常に管理とメンテナンスをしてくれている人たちのおかげである。
(2)自然には原状を回復しようとする機能がある。人間の自然破壊の力もすごいが、自然がそれに逆襲する力も侮りがたい。
16,3192014-07-24 06:15:55/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]9
「右ハ」の次が「多(た)」だとしたら、その次は「可(か)」と続けて読む方が、むしろ自然かもしれません。
そのほか、文脈からあり得るのは、「止知(とち)」でしょうか。
したがって、右側は「たかのミち」または「とちのミち」。

左側は「山手ノ川」まではよいとして、次はやはり「と」、さらに左に「り」と見え、
「とほり(通)」かもしれませんが、「ほ」は画像からは読みとれません。

問題は、「しんみち」が「新道」だとすると、それがどこを指すのか。
明治44年の地図の画像がよくわかりませんが、
このあたりまで小匠から短絡する道があるようで、
だとすると、ここから分岐して高野川沿いを下る道筋を新道というのか、
現場の画像では、川沿いとは別に、斜めに山に分け入るような道筋も見えます。

しかし、別の可能性としては、
例の「栃の川橋」の分岐点にあった地蔵を、いまの場所に移設したのかもしれません。
そうだとすると、地図に従えば明治44〜昭和28に栃の川橋から山手ノ川方面に開通した新道ということになりそうです。

とはいえ、道路がいつ、どのような順番と規格で整備されたのか、よくわからないので、単なる憶測の域を出ません。

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