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コメント
16,3182014-07-24 06:12:36/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
なんかこのレポ好きだ
16,3172014-07-24 05:12:21/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
右ハた(多)か(可)の(能)ミち
左ハしんミち山手ノ川ゑ

…ですかね。最後の文字ははっきりとはわかりません。
16,3162014-07-24 04:15:54/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]8
との左にある縦棒を使うと山手ノ川「に」とも読めます。山手ノ川「とり」とも読めますがそれでは益々意味が分からない…
自分は「さわ北」みちに見えました
16,3152014-07-24 01:35:25/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]9
続きが気になってました 書いてくれてありがとう
川沿いの道が好きなので見入りました
16,3142014-07-24 01:34:24/road/r127/main15.html [コメント一覧]9
私は、父の実家が千倉だったので、小さい頃は良く東京湾フェリーに乗り、この道を通りました。
昭和40年代の頃ですが、金谷港でフェリーを降りて、最初のトンネルに、「い」から始まる安全標語がペンキで書かれていた気がします。
その後は順番に、「ろ」「は」「に」「ほ」「へ」「と」から始まる標語が書かれていたと思います。
写真に写っているのが、その名残だとすると、「13」ではなく「ほ」のような気がするのですが、昔の記憶なので、途中で数字に変わったのかもしれません。
参考になれば幸いです。
16,3132014-07-24 00:57:18/rail/nippara/main3.html [コメント一覧]8
産業遺構として面白い。企業側の記録も合わせて調査すると、戦後の資材調達のひっ迫性が判って、良い歴史資料となるだろう。
16,3122014-07-23 23:34:35/road/tazawa/main3.html [コメント一覧]10
小波内大橋から小波内林道らしきものが見えるのですが、下りられないのでしょう。(昔の通行ですが)。つなげるとかできなかったのでしょうか?
16,3112014-07-23 23:30:05/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]7
小匠ヨリ 右ハ多(た)尓(に)能(の)ミち=谷の道
左は しんミち山手ノ川と?

でしょうか。右側のは変体仮名ですね。
左側の「山手ノ川と」はよくわからないので「と」ではないと思います。
16,3102014-07-23 23:20:13/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]10
林道樫山小匠線の続編、首を長くして待ってました!!

>私はいつもそうだが、引き返すのがヘタクソで、情がうつってしまうと簡単に見捨てられない。
↑
はい!私は、そんな、ヨッキれんさんが大好きです!!
16,3092014-07-23 23:17:59/road/kodakumi/main6.html [コメント一覧]9
なるほど,あの孔は試し掘りの跡でしたかぁ。何かと思ってた。紀伊半島豪雨の前までは通れていたんですがねぇ。
16,3082014-07-23 20:13:54/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]9
コンクリート柱、どーやって持ってきたのか、ふと思ったけれど
ヘリ運搬じゃね?後は人力で掘削して建柱したと思う。
16,3072014-07-23 15:36:10/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
送電鉄塔は、関西電力の飛騨旧幹線ですね。分岐しているのは、山一つ越えた先の万波発電所からの物ですね。
16,3062014-07-23 15:31:45/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
基本かつ王道のレポです。こうでなくてはいけない。これはいい物です。
16,3052014-07-23 10:06:53/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]9
 探索お疲れ様です。
 しかしホント、日本の山道というのは過酷ですね。
 この前も国道140号線ががけ崩れで通行止めになりましたし、それなりの規模の国道ですらそんな感じなのですから、冬期通行止めになるような酷道は、いつでもそうなる覚悟が必要だということなのでしょうね。
16,3042014-07-23 09:13:35/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
気持ちいい更新ペースですね!
16,3032014-07-23 09:04:45/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]8
廃道の王道レポートでしたね。
16,3022014-07-23 08:10:07/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
>おそらくだが、これは2005年(平成17年)7月に建造されたか立てられた電柱という意味だろう。
>台風23号によって廃道になったのが平成16年だから、その翌年である。

同時多発的大崩落の後、道繋がってないのにどうやって電柱運んできたの??
16,3012014-07-23 03:12:05/road/enna/main9.html [コメント一覧]10
「塩那道路」レポートを数年ぶりに読み直し、涙がでてきました。昔コメントを差し上げましたが、再度送信します。
自衛隊の宇都宮駐屯地にある104建設大隊が、この道路を造りました。私の父、佐川一男(故人)は、当時建設大隊の副大隊長をつとめており、工事の最後の年昭和46年度の作業隊長でした。父から塩那道路が難工事だったことを聞かされた記憶はあるのですが、その後は廃道となり入ることができず、いつも家族と塩原口まで行って帰ってきていました。
最高部の稜線道路の脇に「記念碑」が設置されていることなと゜は全く知らず、このレポートの碑文の文面中に「作業隊長」として刻まれた父の名を読んだときの感激は、何とも表現のしようがありませんでした。通行を禁止された道の深奥部に建てられた碑ですから、このレポートに出会わなかったら、私は一生その存在を知らずにいたでしょう。ほんとうにありがとう。あなたの風変わりな情熱のおかげです。
16,3002014-07-23 02:58:30/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
15年程前の富山勤務時代、愛知県へ帰省するのにこの道(勿論、当時は現道)を何度も通りました。飛越トンネルが開通し旧道落ちしたのは知っていましたが、まさか、こんな事になっていたとは・・・かつて自らも辿った道だけに、感慨ひとしおです。
現状を知る事が出来ました。ありがとうございます。
16,2992014-07-23 01:34:16/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
廃道後、電柱をどうやって建てたのか、ちょっと興味ありますw
16,2982014-07-23 01:24:10/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]9
http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1858-hietsuJISHIN/pdf/17_chap3-3.pdf

この中段の、越中西街道に該当するのではないでしょうか?
そうすると、小豆沢には関所があるほどにぎわっていた時期があったことになりますね。
16,2972014-07-23 01:13:23/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
飛騨の毛虫というと、こんな記事がありました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140707-00000078-minkei-l21
16,2962014-07-23 00:05:06/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
久々の旧国道の廃道レポ、とても良かったです!
16,2952014-07-22 23:16:07/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]9
盛りだくさんのレポート、ご苦労様です。ところで、この廃道の南半分に相当する部分は、Google Mapの写真の解像度がかなり高く、崩落箇所も良くわかります。探索前にGoogle Mapをチェックされたらいかがでしょう。面白みがなくなるかもしれませんが、、、
16,2942014-07-22 23:12:25/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]9
電力会社の人はどうやって
ここまで来るんだろう・・・?
16,2932014-07-22 22:53:42/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
2つの大決壊に挟まれた位置にある「2005-7」などの電柱がどのように立てられたのか、そして鉄塔は今どう管理されているのか、はなはだ不思議に思いました。
16,2922014-07-22 22:44:10/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]8
チャドクガの幼虫は凶悪の部類に入る毒をもってますよ。
刺された回数にもよるようですが、私は非常に痒くなります。
こいつらは基本的にツバキの仲間の常緑樹(サザンカ、茶の木等)にしかいないし、集団で行動するので、
おそらく、廃道で遭遇したのは別物かと。
16,2912014-07-22 22:37:44/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]9
最初の小豆沢側の坑門横が数十メートルにわたり桟橋になってるのは大崩落の跡ですよね。ここだけは観光やなの為か復旧工事が行われたみたいですね。
16,2902014-07-22 22:10:13/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]9
田舎のバス停で、他の目印が無く個人宅がバス停名になってる例はありますが、高圧鉄塔でもそんな例があるのですね。
しかも多分、消滅して久しい個人宅の名前が・・・。
屋敷というと立派なお宅を想像しますが、もしその広場が屋敷の敷地だったとするなら、確かにその名に恥じぬものだったのかも
16,2892014-07-22 22:07:03/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
最初の県境標識より北側では、旧道は終始富山県側にあるはず。
時おり「対岸の富山県」という表現が出てきますが、旧道から見て対岸は常に岐阜県側ではないでしょうか。

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