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コメント
1852009-10-28 16:55:56/road/r45_tadagoe/main3.html [コメント一覧]10
まさか、地元が出てくるとは思いませんでしたw
あの『猫の穴』は、他にも違う名前だった事もあるはず…
つーか、何の建物なのか地元でも不明ですw
1842009-10-28 15:34:49/koneta/koneta_110.html [コメント一覧]10
例えば、腹が減った自分の目の前にロースカツを主として、豚汁、どんぶり飯、漬物(俗に言うおしんこ)、といった具合の熱々のトンカツ定食があったとしよう。
ガツガツとメインのトンカツとどんぶり飯をガッついていると、時々何となく口が別のものを欲するときがある。そこで口に入れるのが漬物。もちろん豚汁でも構わん。これでトンカツを頬張ると、また新たな感動で食すことができる。
何を言いたいのかわからなくなってきたが、要するにこういうレポは『絶対に必要である!』ってことを言いたいだけ…くだらんコメントに幅を取ってしまいました。反省m(_ _)m
1832009-10-28 11:12:39/road/r341/main2.html [コメント一覧]8
かみさんの実家のそばなので,紹介されている旧道を20年ほど前に通ったような気がします。
ところで,この区間は,Google Earthの解像度の高い地域なので,カシミールで色づけされた地形図,Google Earthで俯瞰しながら読むと,もの凄く臨場感があって楽しいですね。Google Earthの解像度の低い地域でも,カシミールだけでも十分臨場感は得られますが・・・
1802009-10-28 03:12:10/koneta/koneta_128.html [コメント一覧]9
(´Д`)ノココ笑っちゃっていいとこなんですか・・・?
1772009-10-28 01:00:25/rail/kamioka2/main9.html [コメント一覧]5
南の牧は、路盤を歩かなかったんですねぇ。残念です。山行が! が好きなのは、一緒に歩いている雰囲気になれることなんですが…今回は、資料を読んでいる気分でした。土編は、ひさびさに燃えるレポだっただけに、つい書いてしまいましたが、全体的に大変面白かったです。ありがとう!
1752009-10-27 22:14:49/bridge/inamata/main2.html [コメント一覧]10
この橋梁は、間違いなく“殿堂入り”確定であろう。大自然が時折起こす出来事には人間は結局成す術もない。だが、当時にやるせない気持ちになったのは自分だけだろうか。
1742009-10-27 22:07:39/road/r127/main9.html [コメント一覧]10
私、千葉県館山市「大神宮トンネル」の近くの布良で生まれました。生まれ故郷ということで、このレポートと「遠道(ぷぷっ)」隧道のレポートを興味深く読ませていただきました。いつの日か南無谷崎編がアップされるといいですね!
1732009-10-27 21:39:51/rail/koumyo/main3.html [コメント一覧]10
磐田市に住んでいます。
私の手元にある、1991年 昭文社発行の 浜松市の地図には、大谷隧道と船明ダムまでの小道が普通に描かれています。
1991年の時点で、隧道が通れたかどうかは分かりません。
1682009-10-27 16:16:53/rail/kamioka2/main9.html [コメント一覧]6
あの階段のところ隧道らしきものが見えるんですけど・・・
1672009-10-27 13:01:21/rail/kamioka2/main9.html [コメント一覧]10
> なお、股間には前回拾った自転車が納まっている。
なんて嫌な響き!(笑)
1642009-10-27 09:59:10/rail/kamioka2/main9.html [コメント一覧]9
大のオブなwww
1622009-10-27 08:11:40/road/ookuzure/main11.html [コメント一覧]10
はじめまして。ぴうよ というものです。
仕事の帰り道は150号のトンネルのほうを通るのですが休みの日の帰りは大崩を通って帰っています。

断崖絶壁で怖いな〜って思ってました。
でも橋の下がどうなっているのかとか、ちょっと興味があったので調べてみようかな〜とネットで徘徊しておりました。

自分の住んでいるところの知らない部分が見え非常におもしろかったです。
1592009-10-26 21:38:27/bridge/kasasagi/main7.html [コメント一覧]10
身近なところ(当方、宇都宮在住)にこんな「隠された歴史探訪」ができる場所があるとは驚きです。
1582009-10-26 20:46:24/koneta/koneta_104.html [コメント一覧]8
ここを詳しく紹介して頂いているのはありがたいですね。
いつも通るたびに「ゆっくり見てみたいな」とは思うのですが、
いかんせん往来が激しくて断念。

しかも新潟側から来ると、入り口のカーブのRが大変危険です。
ぜひそこも紹介して欲しかったところです。

しかしながら道路脇の石垣には全く気づきませんでした。
もう20年は通っているのに。
さすがの観察眼ですね。感服しました。
1562009-10-26 16:44:40/bridge/inamata/main2.html [コメント一覧]10
こんにちは。
いつも楽しませていただいております。
国道52号の隧道レポでもしや稲又も探索か?とドキドキしてました。私もその後色々と調べてみましたが、予想通り災害によるものでしたね。ただあのズレ状況がいつのものかはわかりませんでした。期間限定モノ?・・・とはいえ57年災害から放置されているということは行政による撤去はナシということで、あと何年の命か。
147さんの写真は素晴らしいですね。旧道が右岸上流側に向かっているとは思いもしませんでした。
下流の雨畑ダムは流域の土砂でほぼ埋まっているらしいし、南アルプスいや自然の力は恐るべしですね。
ヨッキれんさんこれからも気をつけて探索してください。
motosuko
1542009-10-26 13:36:50/bridge/inamata/main2.html [コメント一覧]7
「落ちそうぅぅぅ…」で落ちないのか、「落ちない!!!」から何時落ちるのぉぉぉ、なのか。ん〜、今回当選した民主党新人議員の次期選挙の結果と一緒ですな。
1522009-10-26 10:33:36/bridge/inamata/main2.html [コメント一覧]8
イヤー、グッドテイスト!! 私も気が付いたらナナメになってモニター見てました!?
1512009-10-26 09:48:25/road/r156_utigato/main3.html [コメント一覧]5
茂原・勝浦広域農道あじさい屋敷先のトンネル2本が解体の
おそれ、脇にバイパス工事中、すでに1本は昨年工事終了、切通しになってしまった。
1492009-10-26 01:47:36/road/hakkouda/main7.html [コメント一覧]10
清水峠よりも厳しかろう(精神的に。くじ氏がいない単独で)ここを通り抜けたのは『流石』の一言に尽きます。
1482009-10-26 01:26:55/bridge/inamata/main2.html [コメント一覧]1
【ヨッキれん返信】
>147さん
 これは素晴らしい情報! この写真の橋がまさに今も残る廃橋ですね。 この段階ではちゃんと橋脚の中央に乗っているようですが、この高さでは側面からガンガン衝撃されるわけで、そうしているうちに今のような状況になったのでしょう。まったくおそろしい力です。
1472009-10-26 01:07:13/bridge/inamata/main2.html [コメント一覧]8
旧稲又橋について検索したらこんなのがひっかかりました。

甲府河川国道事務所
http://www.ktr.mlit.go.jp/koufu/kawa/fuji-kadai/
土砂の流出により、たった一回の洪水で河床が10m上昇することも
洪水時の土砂の流出は、河床の洗掘ばかりでなく、極端な土砂堆積をもひき起こします。
昭和57年台風10号による降雨は、早川支川稲又谷で河床を10mも押し上げました。
http://www.ktr.mlit.go.jp/koufu/kawa/img/02_10.gif
http://www.ktr.mlit.go.jp/koufu/kawa/img/02_11.gif

昭和57年の台風10号でほぼ間違いないかと思います。
1462009-10-25 23:11:17/bridge/inamata/main2.html [コメント一覧]10
更新お疲れ様です。
井川雨畑林道は、大井川鐵道井川線の終点から山伏(やんぶし)峠を越えてゆく悪路という印象がありましたが、最近舗装されたようでアプローチも比較的容易になったのだと思います。
井川雨畑林道は知っていましたが、そこからの分岐および稲又という地名は知りませんでした。井川雨畑林道が悪路だった当時は、そこからの分岐などリスクが高すぎて進入する気にならなかったものと思います。
旧稲又川橋が端桁から大幅にずれたのは、後編の本文で示唆されているように土石流が原因だったのだろうと考えました。どれほどの破壊力だったのか、仮に動画が存在するようでしたら怖いもの見たさゆえの好奇心を感じます。
非常に危険な状況および「三点支持」という組み合わせから、北穂高岳付近の大キレットのうち、長谷川ピークや飛騨泣きを連想しました。ペイントによるルート案内に従い、手足で三点支持を継続していれば、非常に危険な狭い登山道も通過できると説明されていますが、集中力が切れた場合は普通に考えて転落から即死、最悪で一生寝たきりになりそうです。旧稲又川橋はそこまで危険な状況ではないようですが、無事お戻りになったようで何よりです。
ttp://kitayamawa.exblog.jp/8511864/
1452009-10-25 23:04:54/bridge/sainai/main.html [コメント一覧]10
救命胴衣を!?

さすが山行が史上もっとも危険なレポだ!(笑)
1422009-10-25 19:51:46/bridge/inamata/main2.html [コメント一覧]10
橋が自重で撓んでるし、腐食が進んだ10年後はアウトかも知れんねぇ。
1392009-10-25 12:49:03/bridge/inamata/main2.html [コメント一覧]8
もうちょっと林鉄の掘り下げがあってもよかったなぁ

ぐう太
1382009-10-25 09:27:44/bridge/inamata/main2.html [コメント一覧]10
>そして最後のひとつは、もうやめてやりなさいと、そういう気持ちが...

たしかに渡るのがなんとなくかわいそう・・・
1352009-10-25 03:37:43/road/td194/main3.html [コメント一覧]9
今度このルートで行ってみたいですね。
だいたいゴルフ場なんて、自然に対する攻撃性が強いのにもかかわらず、多すぎるのが気に入らない!
1322009-10-25 00:26:20/koneta/koneta_99.html [コメント一覧]10
都内にも表示はないがすごいのある
東京都世田谷区岡本3−34近辺
1302009-10-24 23:50:47/bridge/sibazaki/main.html [コメント一覧]10
何度見ても“尻の穴”が痛くなるレポ。
これは絶対マネ出来ねえ。

1292009-10-24 23:25:33/koneta/koneta_101.html [コメント一覧]10
摂待は接待に同じ。義経記の山伏摂待からくるみたいです。能に『摂待』という物語あり。ちなみに摂待は仏教関係では現役の言葉。
西国塔は西国三十三カ所霊場巡りの塔。摂待地区にも巡礼の講(サークルみたいなやつ)が存在したのかも

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