公開中コメント一覧

1,845ページ中 214ページ目を表示(合計55,335件)    1 ... 210 | 211 | 212 | 213 | 214 | 215 | 216 | 217 | 218 ... 1845    [前のページ] [次のページ]  
▼番号書き込み日時書き込みURL点数
コメント
53,6572024-03-11 19:48:06/mini/247/main.html [コメント一覧]10
www😆
ジモピーのくるまが、いったーで最高潮の笑いきた。さんきゅうべりまっちょ。
53,6562024-03-11 16:49:12/road/tatikawa/main5.html [コメント一覧]10
洲本灘賀集線の現行道路は「上灘バイパス」と呼ばれていた時期があるようで……

書名:わが村わが町のビジョン
出版:1966
https://dl.ndl.go.jp/pid/9525593/1/53
>南淡町灘地区現勢略図
>上灘バイパス

https://dl.ndl.go.jp/pid/9525593/1/51
>昭和41年洲本市上灘に新設された上灘バイパス
>東の上灘バイパス

……という記載がありました。
「写真4 絶壁をぬう県道」が東西どちらの道かはわかりませんが、今回探索された区間も現役当時はこんな景色だったんでしょうねぇ……


しかし「上灘バイパス」という名称はWEB上にほとんど残っていないようで、洲本市の広報誌位しか見つけられませんでした。

広報すもと 2006年��003
https://www.city.sumoto.lg.jp/hp/kouhou/sumoto/06/0604.pdf#page=14
>昭和40年 上灘バイパス完成

「バイパス」と言うからには「迂回元」の道路がある筈で、ソレが恐らく冒頭に出て来た「昭和39年度道路付替工事」で付替対象になった、

書名:最新日本分県地図
出版:1949
https://dl.ndl.go.jp/pid/1152916/1/159
>30 兵庫県

1949年の地図にも出てくる「縣道オヨビコレニ準ズルモノ」と表記されている今回探索された道だったんでしょうな……

旧道自体に言及している記述はあまり見つけられず、

書名:歴史と神戸 : 神戸を中心とした兵庫県郷土研究誌 24(5)(132)
出版:1985-10
https://dl.ndl.go.jp/pid/7939918/1/6
>由良(洲本市)から通ずる道路は、自転車がやっと通れるほどのものであり、それもしばしば土砂崩れで不通になるので、まさに陸の孤島であった。

くらいでした。

あとは……完成直後の上灘バイパスの写真もありました。

書名:住民参加の共同社会開発
出版:不明
https://dl.ndl.go.jp/pid/1903604/1/66
>完成した上灘バイパス
>洲本市越田−中津川付近で

完成後しばらくは砂利道だったみたいですね……


るくす
53,6552024-03-11 13:58:12/road/tatikawa/main5.html [コメント一覧]10
地理院地図の航空写真を見ると70年代にはすでに橋があるような…?
53,6542024-03-11 11:59:09/road/tatikawa/main5.html [コメント一覧]9
「中くらいの古さ」の「板チョコ」を形成しているコンクリブロックは
あまり普遍的とは言えそうにない見慣れない形をしていますが 
こういう独自性のあるコンクリート二次製品は 
製造された期間が短い場合が多いので 
時代が特定できる可能性があるかもしれませんね 
  
同じデザインらしきブロックが東側の橋台基部にも使われているので 
堕ちた擁壁と橋の建設時期はかなり近いのかも
53,6532024-03-11 01:48:39/tunnel/atago/main5.html [コメント一覧]10
いつもお疲れ様です。ブルーシートのテントで地底生活をしていた人がいたんですね。。不気味さを感じなければ快適なのかもしれませんが…… テントの主はどこへ行ったんでしょうかね…??
53,6522024-03-11 01:10:33/tunnel/hidou/main.html [コメント一覧]10
いつもお疲れ様です。非道隧道とは、明らかに穏やかでないネーミングですね。本当に、なぜ「比戸隧道」ではないんでしょう…??
53,6512024-03-11 00:53:13/tunnel/isikawa/main4.html [コメント一覧]10
いつもお疲れ様です。30年位前に友達の家族に連れていってもらった洞窟を思い出しました。たぶん福岡県前原市の山のどこかだと思うのですが、キャンプができるような広場の脇に、不気味な洞窟があって… パキっと折るサイリュームを灯りに、かなりの奥まで行きました。けっこう多くの先達がいたようで、あちこちにロープやはしごの残骸があり、それらを駆使して奥まで行ったのですが、あまりに奥が深い洞窟なので、怖くなって帰ってきました。今時分なら、完全に鉄格子か何かで封鎖される物件でしょうね。キャンプで一晩過ごしたあの場所、どこだったんだろ……??
53,6502024-03-10 21:10:08/road/kajika/main5.html [コメント一覧]10
完成してほしい
53,6492024-03-10 17:55:15/road/hotokenoyama/main2.html [コメント一覧]9
よかった
53,6482024-03-10 17:51:33/road/fukatani/main3.html [コメント一覧]10
よかった
53,6472024-03-10 13:20:25/rail/natsuse/main6.html [コメント一覧]10
いつもお疲れ様です。明らかに危険な場所は、気持ちが高ぶっているので、緊急時には意外とパッと対応できますが… じつは、死神は特に何でもないところに潜んでいるものです。凡事徹底でお願いします。(^^;
53,6462024-03-10 01:00:02/tunnel/koshibu/main3.html [コメント一覧]10
いつもお疲れ様です。日本には、針供養とか、人形供養とか、生き物ではないものでも、用済みのものにお弔いをして敬意を表す美しい文化がありますが、道路とかトンネルとかはあまり顧みられることがないですね。なぜでしょうかね…?? 新道ができたら、ただガードレールで塞いで、後は野となれ山となれ… こういう状態の廃道廃トンネルを見ると寂しく悲しくなってしまいますがね…
53,6452024-03-09 21:15:56/mini/281/main2.html [コメント一覧]10
細い直角橋で苦労してた
多目的広場だから子供や老人を乗せたミニバス?が曲がり切れない
現道がかさ上げになったついでに曲がりやすくしたのかな?
旧橋?基礎橋?の方が新しく見える
53,6442024-03-09 19:27:22/mini/281/main2.html [コメント一覧]10
やっぱり入ったからレポートできたな。猫も入らぬ橋の中〜
ようこそ四国へ。徳島の海、濃いい藍色。かつて、四万十川を有名にしたカヌーイストもシーカヤックで渡った美しい海だす。紀貫之も見た景勝。また、トライしてくだされ。今回は残念。太平洋が近いせいか波高が高くなる時がある。
53,6432024-03-09 19:04:39/mini/281/main2.html [コメント一覧]9
ヨッキの眼鏡って結構度が強くないですか?
53,6422024-03-09 15:27:30/mini/281/main2.html [コメント一覧]10
昭和36年の写真では写っていて昭和50年の写真では姿を消している直ぐ近くの橋も探索済みですか?
53,6412024-03-09 14:22:13/road/r360_hietsu/main5.html [コメント一覧]10
よかった
53,6402024-03-09 01:19:31/road/ypr10_ide/main2.html [コメント一覧]10
いつもお疲れ様です。普段の血沸き肉躍る……ではなく、手に汗握るようなものでなくて、穏やかなレポートも良いですね。安心して見ていられます。(笑)
53,6392024-03-09 00:59:33/mini/281/main2.html [コメント一覧]2
>> ��ミニレポは更新を終了し、今後は各種(道路・鉄道・隧道・橋梁)レポートとして執筆します。

この宣言はどこに行ってしまったのでしょうか。
53,6382024-03-09 00:12:45/road/tatikawa/main5.html [コメント一覧]10
私は昭和37年生まれの62歳です。子供の頃昭和43年か44年に淡路島に住む親戚の車でこの道を通り水仙郷に連れて行ってもらったことがあります。その時は対向車のすれ違いに難儀したと覚えています。現県道が出来て久しくこの道があったことすら忘れていました。淡路島には昭和41年まで鉄道があり現在でも地元の古老は電車道と呼んでいる廃線跡もありますので機会があれば調査されると面白いと思います。なお四寸ほどの小さな徳利は神棚に奉る御神酒用ですね。
53,6372024-03-08 22:41:19/road/tatikawa/main5.html [コメント一覧]10
すんごい橋ですね!
橋があると言われて地図を見ると、ここだけ軽車道の記号になってるように見えます。
53,6362024-03-08 21:59:19/road/r16_hatibp/main3.html [コメント一覧]10
素晴らしい考察と取材力の賜物とおもいます。
私の地元です。懐かしいです。

『バスが通るから喘息が悪化する』といった周辺住民の住環境への執着が、公共事業に待ったをかけていた一面があったようです。

圏央道建設もそう。
地元の車検整備場建設への反対署名などもありましたね。

今はニュータウンもすっかり老いぼれてしまいました。
53,6352024-03-08 21:29:54/road/komuro/main4.html [コメント一覧]10
今更ですが、コメントNo.41,690の弧状道路は、2001年に架け替えられた白井駅の新しい連絡橋の工事を行う際に、工事用のスペースとして連絡橋直下の部分の道路を閉鎖して利用し、その代替に敷設された迂回路だと思われます。
空中写真閲覧サービスで見てみたところ、1997年には存在せず、2008年には存在しています。ちょうど新しい連絡橋が供用開始された2001年に撮影された写真では、撮影高度の関係で判別しづらいですが、存在しているように見えます。
53,6342024-03-08 20:55:05/mini/281/main2.html [コメント一覧]10
自撮りが別人に見える…。メガネをかけると老けて見える…。
53,6332024-03-08 19:32:35/mini/281/main2.html [コメント一覧]10
「しゃがみジャンプ&壁抜け」で、人類は新たなるワールドへ進んだんですね。
クッパは居た?
53,6322024-03-08 15:39:37/road/tpr280/main2.html [コメント一覧]7
完成してほしい
53,6312024-03-08 15:37:27/road/spr23/main5.html [コメント一覧]1
よかった
53,6302024-03-08 10:05:53/mini/281/main2.html [コメント一覧]8
旧橋の手すり部分の形状が柔らかくてかわいい!
川のど真ん中に突き立つ橋脚は旧橋のみを支えてるんですね
必要ない構造物を丸ごと残してるのは、地元の方々の愛着からの希望だったのかなあ
















53,6292024-03-08 07:25:21/mini/281/main2.html [コメント一覧]10
電話が苦手ならメールでね。
53,6282024-03-08 01:56:55/road/pr200/main2.html [コメント一覧]10
いつもお疲れ様です。以前住んでいた高知県の山奥は、それこそ荷車でさえも上がれない徒歩道の上に、最近までけっこう集落があったらしいですが… 「車道が出来て便利になると思うちょったら、車道を伝うてみんな出ていってしもうたぜよ。」という話をあちこちで聞きました。(^^;

1,845ページ中 214ページ目を表示(合計55,335件)    1 ... 210 | 211 | 212 | 213 | 214 | 215 | 216 | 217 | 218 ... 1845    [前のページ] [次のページ]  

この画面の説明