| ▼番号 | 書き込み日時 | 書き込みURL | 点数 |
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| コメント | |||
| 45,262 | 2020-08-25 17:44:28 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| こんな悪路僻地にも人の生活と歴史が綴られていることに驚嘆させられる山いがの真骨頂みたいなレポ | |||
| 45,261 | 2020-08-25 16:44:32 | /road/shimizu2/main12.html [コメント一覧] | 10 |
| 一気に読んじゃいました。面白かった! | |||
| 45,260 | 2020-08-25 16:37:24 | /road/yagisawa/main4.html [コメント一覧] | 7 |
| >ブラックやのに、加糖https://en.wiktionary.org/wiki/black_coffeeCoffee served as a beverage without cream or milk.つまり加糖であってもブラックと言っていいのです。ティムホートンズなんてデフォがダブル・ダブルなのでw単にブラックと注文するだけでは、十中八九甘いのが出てくるw | |||
| 45,259 | 2020-08-25 13:29:43 | /road/r253_hakka/main4.html [コメント一覧] | 9 |
| アプローチの車道とはつまり魚沼スカイライン(新潟県道560号田沢小栗山線)ですが、計画時は有料道路として小出まで通すつもりだったようですね。ウィキペディアには1963年(昭和38年)ころとありますが、確かに「ころ」だけど前年には計画があったようで、昭和37年の記念碑にその名を見ました。八箇峠と同じ山脈をトンネルで抜ける峠としては一つ北側になる峠が一村尾峠になると思います。現トンネルが一村尾トンネルと後山トンネルで、その間に旧後山トンネル(後山隧道)の開通記念碑があります。碑文に「昭和の青の洞門は昭和十八年以来遅れがちな教育文化産業の原因が交通の不便にあるを痛感して関係地域の熱誠の結晶により二十年間注いできた心血が実り西山連山紅葉散りしく本日こ丶に開通を見た この苦行は待望の僻地脱却と交通の便とをもたらしたに止まらず物資流通の円滑は勿論のこと文化の交流に益することは正に歴史的驚異に値する偉業であるを伝えたい 焼野浦佐停車場線こそはこの洞門を中心に四季の景観に美を添え大自然魚沼三山を背景に魚沼観光スカイライン唯一の名所となり人々の心温まる話題の地となるであろうことを記念してこ丶にこの碑を建立し併せてこれが完成に半生を捧げて東奔西走暇なく献身された小川泰夫外関係者一同を顕彰する 昭和三十七年十二月一日 有志一同」とありました。58年を経た現在、魚沼スカイラインの話題の地になる見込みはなさそうですが、(ここが唯一の名所とは大袈裟と思いますが)魚沼スカイラインが当時大変に期待されていた事がうかがい知れます。一村尾トンネルにその役目を譲ってからそれなりに長く経過した、後山隧道(夏場も楽々近づける)ですが、過去のレポートでもストリートビューでも通行止めがよく見えず、廃隧道なのかどうかわかりませんでした。本日訪れてみたところ、設置されて2年以内くらいの(工事しない限り開けることができない)新しい柵がありましたので、晴れて?廃隧道の仲間入りをしている事を確認しました。ただしこの柵(両面共同じ仕様)はこれ以上は無いというくらい脇の甘い柵です(藁http://photozou.jp/photo/photo_only/3259187/266234612?size=1024#content周辺情報ですが、バブリーな現後山トンネルの上の旧道は廃道化しつつあり、狩り払いが無いので夏の今は4輪は断念、2輪ならどうか?という感じです。 | |||
| 45,258 | 2020-08-25 10:05:40 | /road/nagawado/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| 奈川渡ダムの廃遊歩道めっちゃ楽しく読めました!ありがとうございます!生還おめでとうございます!12年前のレポートなんですね、もっと他のも読みます(^^) | |||
| 45,257 | 2020-08-25 07:35:43 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| 正直なところ「崩」の付く地名は意外と多いと聞いていたので、地名そのものにはあまり関心を曳かれていませんでした。このレポを読み始めたのは、以前にまとめていただいていた須築への道のりの続きであり、かつての瀬棚線への追悼然とした気持ちが有った故のことでした。ですが、やはり信用はするものです。本当に、凄い崖を見せていただきました。そして凄い崖に挑んだ先人たちの苦闘の跡と、離れていても離れずにその後を辿ろうとするヨッキれんさんの覚悟も見せていただきました。 | |||
| 45,256 | 2020-08-24 23:53:25 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| さすが沿岸バスの祖先(?)、石が降っても走ります。 | |||
| 45,255 | 2020-08-24 23:14:26 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| こういった天険を仰ぎ見ながら通っていた危険から解放されてまだ半世紀、快適な交通は現代人にのみ供されている特権なのだとしみじみ感じます。しかしこうしたインフラは維持費も莫大で、果たして持続可能なのでしょうか?人口が減り、経済が縮小してインフラが元へ戻ることがないことを希望します。 | |||
| 45,254 | 2020-08-24 22:22:38 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| 素晴らしかったです。最後の3行、以前公開されていた”勝ったのは山チャリストだった”(うろ覚え)の一文がふとよみがえりました。時間を経て言い回しは変わっても、語る目線はずっと同じなのだろうなと思いました。 | |||
| 45,253 | 2020-08-24 21:11:08 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| 最後の一文、心に響きます。ぶれてないんですね。拍手! | |||
| 45,252 | 2020-08-24 20:18:43 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| 229号線 オソルベシ | |||
| 45,251 | 2020-08-24 18:13:38 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| まさに天から降ってくる岩石による、刑場のような驚嘆の場所。すごい道路を紹介して頂きありがとう御座いました! | |||
| 45,250 | 2020-08-24 14:54:14 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| クズレの本名は悪岩石だったのか北海道の道はすごいな | |||
| 45,249 | 2020-08-24 14:22:44 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| 松鶴家千とせ風に言うならば「俺がダートだった頃、弟は木橋だった。母親は素掘り隧道で、父親は国道だった。わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ」 | |||
| 45,248 | 2020-08-24 13:24:45 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 9 |
| 新道に役目を譲り廃止された道が現役の国道と集落のすぐ近くでさほと厳重に封鎖されていないにもかかわらず封印されたように手付かずな状態で残っていたという事にえも言われぬ感慨を覚えますね道が通過する地形があまりに険しいため沿道に利用可能な土地が無く土地所有者の思惑や欲望の干渉を受けない 純粋廃道 の魅力がきわだつ実踏調査でしたしかし古い時代からノータッチで放置された廃道だけに机上調査で得られた情報が乏しいのは如何ともし難い現役当時の写真などがどこかに残っていないものかな特に隧道や橋の完成時には時代を考えても写真が撮られていた可能性はありそうですが | |||
| 45,247 | 2020-08-24 10:19:23 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| まさに天嶮.とはいえ爽快なお天気のせいで突き抜けた解放感.行ってみたい. | |||
| 45,246 | 2020-08-24 08:33:12 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| 昨年愛知県で松浦武四郎にかんする展示が行われてそれを見たので、松浦の名前が最後に出てきて驚きました。やはり北海道に深く関わっておられた方なんですね。道路の話になりますがあの崖の道や木橋をバスが渡っていたというのはびっくりです | |||
| 45,245 | 2020-08-24 04:29:30 | /tunnel/yuhidera/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| 地元民(夕日寺町会)です。探索お疲れさまです。じいちゃんの田んぼが、トンネル裏側にあったそうです。 | |||
| 45,244 | 2020-08-24 00:38:48 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 9 |
| 吹雪の中人が避難するためのアーチシェルターなんですねこの猫何かスカンクみたいな感じ・・・ | |||
| 45,243 | 2020-08-24 00:03:46 | /road/mumyo/main4.html [コメント一覧] | 10 |
| 十数年前、バイクで無明谷を通過しました。まるで別世界を通過しているようで感激しました。その後、もう一度走りに行ったら、通行止めでした。もう二度とあの景色を見ることができないのは残念です。夢を見ていたようです。 | |||
| 45,242 | 2020-08-23 21:18:39 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 8 |
| 日本一の落石?は落下時は周辺に地震が起きてそう | |||
| 45,241 | 2020-08-23 20:34:45 | /road/kakumagawa/main8.html [コメント一覧] | 10 |
| 蓼科仙境都市について調べていてたどり着きました。読み応えのある凄まじい記事ありがとうございます。しかしあの時期に自転車で行かれたとは、地元人には全く出ない発想です。 | |||
| 45,240 | 2020-08-23 20:31:29 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| この229号をGOOGLEMAP(航空)で見るとトンネルがあるところの海側に道が無い旧道がたくさんありますね。地元にいれば見て回りたい。 | |||
| 45,239 | 2020-08-23 18:59:19 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 9 |
| 廃道ぬこ! | |||
| 45,238 | 2020-08-23 18:54:03 | /koneta/koneta_199.html [コメント一覧] | 10 |
| 線路を潜る部分は地下水?か何かで水が溜まってしまうようで、排水ポンプを設置する工事を行なっていました。その工事が終われば開通すると思われます。 | |||
| 45,237 | 2020-08-23 17:54:06 | /rail/kusaki/main2.html [コメント一覧] | 9 |
| 「これはおそらく、旧線との分岐地点付近(渡良瀬川右岸)から撮影したものだろう。」とありますが、仮線隧道と同じ左岸からの撮影ではないでしょうか。根拠は、橋側歩道の位置です。仮線隧道の写真で分かるように、橋側歩道は橋の上流側に設置されています。橋の途中で下流から上流へ渡らせるような設置の仕方はしませんので、プラットトラスの写真は橋側歩道のある右側が上流側、つまり左岸から撮ったものと思われます。/橋梁学会 | |||
| 45,236 | 2020-08-23 17:10:52 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| ナウシカの巨神兵みたい | |||
| 45,235 | 2020-08-23 14:24:24 | /road/nippara6/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| 日原見れて嬉しいです。40年程前奥多摩駅からバスで終点東日原まで行き周辺の山々によく登っていました。あのバス道がこんなことになってるとは!駅発の本数も他地区より多く、勿論昔なので、大きいバスでした。当時の五万図を引っ張り出し楽しませて戴きました。これからもご活躍を!そしてご安全に! | |||
| 45,234 | 2020-08-23 09:27:26 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 7 |
| メール面倒なのでこちらからこの橋なんの橋、気になる橋34.257728, 134.921093おそらく廃道のものかと、それにしても絶景か?たどり着くのは無理でも下からなら見れるはず | |||
| 45,233 | 2020-08-23 01:47:27 | /road/abura/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| 短いスノーシェルターは道路の防御用ではなく、冬季天候急変時などに人間が避難する用途だったようにも思います。北海道の真冬は吹雪で数百メートル先の建物にたどり着けずに遭難死した人も居るくらいなので、とにかく風雪からの一時退避所として意図されていたようにも感じました。 | |||
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