| ▼番号 | 書き込み日時 | 書き込みURL | 点数 |
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| コメント | |||
| 59,910 | 2026-04-25 21:11:27 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| 「現代に仲睦まじい老夫婦が渡ろうとしている場所には、かつても今も横断歩道は無かった。ふたりは、記憶の中の道を渡ろうとしているかのように見える。」 こんばんは。逗子市在住の主婦です。最近、横須賀に行くことがよくあり、こちらのブログを見つけて勉強させていただいています。 この老夫婦、義理の親にそっくりです。こんな危ない所を渡ろうとするところもそっくりです。実の息子(私の主人)に見せると即「あ、オヤジだ!」と言いました。 | |||
| 54,497 | 2024-06-30 01:08:22 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| いつもお疲れ様です。現役の国道トンネルで、100歳のものはそうはないですので、貴重品ですね。西日本では、やはり日本軍関係で、呉に古い道路トンネルや呉線の旧線トンネルがたくさんありますね。国道31号線を普通に走ってチラ見するだけでも、けっこうおもしろいですよ。(^^) | |||
| 54,228 | 2024-05-13 19:02:03 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| 写真の威力はやはり素晴らしい | |||
| 45,440 | 2020-09-12 19:45:18 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| 〜2009までこの辺りに住んでいました。懐かしいですね。 | |||
| 44,744 | 2020-07-02 15:02:21 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| よくここまで調べ、古い写真を探し出し、かつ新旧の写真を分かりやすく対比させて見やすくしていることに敬意を表したい。 | |||
| 38,727 | 2018-07-10 17:56:00 | /koneta/koneta_192.html | 9 |
| (´Д`)ノ 何気なく通過している道にも繙けば歴史の香りがいっぱいあるんですね。 | |||
| 36,135 | 2020-09-12 19:45:18 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| 〜2009までこの辺りに住んでいました。懐かしいですね。 | |||
| 35,439 | 2020-07-02 15:02:21 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| よくここまで調べ、古い写真を探し出し、かつ新旧の写真を分かりやすく対比させて見やすくしていることに敬意を表したい。 | |||
| 26,190 | 2017-08-02 00:08:09 | /koneta/koneta_192.html | 9 |
| 新旧写真比較はいつ見てもいいね! 探索がなくても満腹になれる。 こういうのを整理して集めただけでも貴重な歴史検証サイトになると思う。 | |||
| 23,758 | 2016-09-20 11:14:54 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| コンテナの運転手をやっていましたが、国道16号なのにトンネル低くて未だに歩道側を走行しないと天井擦りますw | |||
| 19,628 | 2015-08-12 21:23:26 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| 貴重な写真やべー。 by丸山 熙人 | |||
| 16,756 | 2014-09-08 22:35:22 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| この年になって現役、しかも1日何十万台の 車を捌く田浦隧道さんには改めて頭が下がります! | |||
| 16,267 | 2014-07-20 14:22:48 | /koneta/koneta_192.html | 8 |
| 補完レポートがなんのためにあるのか・・・ | |||
| 15,733 | 2014-05-09 18:37:56 | /koneta/koneta_192.html | 9 |
| 最後の写真について気になったので横須賀の図書館行ってきました。 『戦前のまちなみ‐昭和5年頃の船越・田浦・長浦‐』の地図によると隧道上及び右上の住宅に該当する箇所は「田浦」「吾妻」「長浦」「吉浦(横浜側)」には見受けられませんでした。 またS48年発行の『逸見百年‐逸見と学校のあゆみ‐』の“明治から大正時代の吉倉”の地図を見る限り左手前の崖に当たる箇所は住宅等になっており「吉浦(横須賀側)」「逸見(横浜側)」も考えられない。 同誌には「逸見(横須賀側)」のにあたる地区の“横須賀市逸見字5 6番地(大正2年10月16日現在)”地図がありましたが、こちらは山林・畑が分かる程度の番地地図で尚且つ坑口付近は海軍の土地なのか情報が書かれていない。そのため、後一押し情報が欲しいところ。 ちなみにこの地図を見る限りではトヨペットの辺りは移転前の海軍官舎が書かれていました。 他にトロッコの件ですが『保存版横須賀・三浦今昔写真帖』にて「田浦」「長浦」「吉浦」の隧道作業現場とともに写ってありましたので、特定の材料にはならないでしょう。 個人的な考察ですが「逸見(横須賀側)」と仮定した場合、撮影場所は左手前の崖沿いにある電柱の間隔からいって短く感じられるのでトヨペットより北側かと思います。これは画面左側の茂みが崖の途中か、現在の崖より北側(西逸見町1丁目47辺り)にさらに崖があったのではないかと推測していますが未だ裏づけが・・ | |||
| 15,729 | 2014-05-09 15:08:34 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| この記事はホントに素晴らしい! | |||
| 15,701 | 2014-05-07 22:56:36 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| 逸見の横須賀側に一票。 とすれば、砲弾の記念碑の辺りは逸見練兵場。 山に隠れて見えないけど、坑口の右側には水道路の坑口があったはず | |||
| 15,691 | 2014-05-07 01:58:03 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| 古い写真で個人的に気になるのは、額縁よりもさらに上、新隧道上部の仕上げ部ですかね。 煉瓦かブロック状の石で、それも斜めに面状に押さえていて、そのうえは石か土むき出し? どうなっているのだろう? | |||
| 15,680 | 2014-05-06 12:07:26 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| 古い写真から現在の場所を推測するのは楽しいですね。私も大好きです。 それにしても横須賀は、風景変わりすぎ、山削りすぎ。正解がどこの場所にしても、トンネル上の山の高さが半分位になってませんか? それから下の方の「座薬を乗せたご当地電話ボックス」には思わず笑ってしまいました。 | |||
| 15,668 | 2014-05-05 17:08:52 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| たしかに、最後の写真は、逸見隧道の横須賀側の、横浜トヨペット横須賀店前あたりから横浜方面を見た感じっぽいですね。ストリートビューで見る限りですが。 左の法面もそれっぽいですね。 だとしたら社史そのものが、ってことになりますが、古いことですし仕方ない面も大きいでしょうね。 | |||
| 15,666 | 2014-05-05 14:50:08 | /koneta/koneta_192.html | 7 |
| よく見たら、最後の写真の坑口には壁柱がないな。 とすると壁柱がある田浦隧道の横須賀方の可能性はかなり低い。 吉浦隧道の横浜方も同様(改修されているが、その際に壁柱を付け加えるとはちょっと考えにくい)。 また、吉浦隧道の横浜方とすると、後に新吉浦隧道となるはずの水道隧道が見当たらない。 となると、壁柱がない逸見隧道の横須賀方の可能性が高いと思う。 トロッコの行き先は横須賀駅じゃないか? 今のウェルシティのあたりに貨物ホームとかがあったみたいだし。 | |||
| 15,652 | 2014-05-04 05:12:12 | /koneta/koneta_192.html | 8 |
| 最後の写真、坑口の上が段々とした筋がありますよね。これって逸見隧道の横須賀側、ストリートビューだと富士山が書かれている辺りじゃないですかね? そうなると撮影場所は15,641さんの指定より80m程北側、左手崖はこの辺は低く削ったとすれば合うと思います。 | |||
| 15,651 | 2014-05-04 00:21:38 | /koneta/koneta_192.html | 9 |
| 隧道直上の稜線、何か見覚えあるんだけどなあ。安針台or本町山中有料道路が出来る前の2〜30年前ぐらいの稜線込みの隧道写真ってどこかに転がってないかなあ。あとトロッコは造成廃土を海に捨てたりしていたかもしれないので、あまり行き先は考えなくても良いのでは? | |||
| 15,650 | 2014-05-03 20:15:02 | /koneta/koneta_192.html | 8 |
| 議論を呼んでいる3枚目の写真ですが、自分も>15,640さんと同じく、吉浦隧道の横浜側ではないかと思います。 写真から隧道の口径(?)が伺えますが、かなり近いところから撮影しているのが判ります。田浦隧道や逸見隧道の想定位置では遠すぎます。安針塚駅入口交差点から少し横浜側に行った辺りなら3枚目に近いのではないでしょうか。 何より問題は、3目写真で、隧道に寄り添う2件の家です。田浦隧道も逸見隧道も入口周辺まで山の斜面が迫っていて、写真の位置に家を建てる余裕があるのは、吉浦隧道の横浜側ぐらいです。(他に余地のある隧道もありましたが、寺が建っています。墓地を持つ寺の移転の例は少ないのである程度除外しました) 風景の変化は、写真の隧道直前のカーブの改良と、宅地造成(隧道直上の稜線の辺りは、現在の横須賀市立長浦小学校?)ではないでしょうか。 ただ、トロッコの行き先が京浜急行安針塚駅(軍需部前駅)では、駅開業が昭和9年なので説明が付きませんが… | |||
| 15,649 | 2014-05-03 18:11:08 | /koneta/koneta_192.html | 9 |
| 私も逸見隧道の横須賀側かと思います。 根拠は明治13〜19年の「歴史的農業環境閲覧システム」(http://habs.dc.affrc.go.jp/)を見る限り “左手前の崖” に相当する地形が、他の箇所では当てはまらないかと思います。 | |||
| 15,645 | 2014-05-03 10:46:21 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| 横須賀なんて新しいネタだと思っていたのに、もう古い部類に入るのね。 秋田の山チャリ時代からの読者より。 | |||
| 15,641 | 2014-05-02 22:55:08 | /koneta/koneta_192.html | 7 |
| 最後の写真は逸見隧道の横須賀側(下記URL)ではなかろうか。 https://maps.google.co.jp/maps?ll=35.283887,139.65174&spn=0.000241,0.000829&cbll=35.283887,139.65174&layer=c&panoid=fm_BGPBqtaVix-t7zFyBmA&cbp=11,312.15,,0,-2.76&t=h&z=21&brcurrent=3,0x60184061e62f8051:0x6e648b60a1439a67,1 根拠 ・左手前の崖 ・坑口右側の山がだいぶん手前に延びている、かつそこに家が建っている ・右端の記念碑の存在。砲弾をあしらっていることから、この記念碑は大正6年に当地から移転していった横須賀海兵団に関係することが示唆される。 | |||
| 15,640 | 2014-05-02 21:33:37 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| 最後の写真は、吉浦隧道の横浜側坑口のような気がします。 右に見える砲弾の記念碑は、長浦神社の移設記念碑で、台座は変っていますが現存しています。長浦神社は大正15年にこの場所に移設されたばかりなので、写真の階段も綺麗に見えます。 道路が現在のカーブと違って見えますが、これは旧道にそって工事しているためではないでしょうか。旧道は少し海側にあり山越えの道です。つまり、砲弾の記念碑の辺りを現在の内回りが通っているのだと思いますがどうでしょうか。 | |||
| 15,638 | 2014-05-02 13:58:29 | /koneta/koneta_192.html | 7 |
| 最後の白黒写真(田浦隧道の工事現場付近・・・・・)、右端に写っている、座薬を乗せたご当地電話ボックス、的なオブジェが気になります。 | |||
| 15,637 | 2014-05-02 13:14:15 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| ぼくもこないだ行きました | |||
| 15,636 | 2014-05-02 12:42:02 | /koneta/koneta_192.html | 10 |
| 「このうちの田浦、長浦、吉浦の3本を工藤組」になっていますよ。 社史は貴重な情報源ですね。 | |||
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