| ▼番号 | 書き込み日時 | 書き込みURL | 点数 |
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| コメント | |||
| 54,032 | 2024-04-15 01:48:44 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| いつもお疲れ様です。瀬戸峡といえば、高知県道6号線も、土佐町瀬戸渓谷付近はかなりの難所ですね。まあ、高知県道6号線は、旧鏡村の中心部から大川村の中心部まで、ほぼ全部…たぶん99パーセント以上が難路という、とんでもない険悪道ですけど。(笑) | |||
| 53,005 | 2023-12-07 00:23:09 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| いつもお疲れ様です。命懸けの難所を往来していた時代の人々は、我々が快適新道を通らず、わざわざ旧道険道を通っているのを見たら、どう思うでしょうね? 訊かれたら、「道にも骨董品を愛でる趣味があるんだよ。」と答えますがね。(笑) | |||
| 51,970 | 2023-07-01 23:11:27 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 今年の14センチ積雪で、猛者は無理矢理車で出勤。しかし、追突、歩道乗り上げ、横転が、スバラシク発生。自分?早朝の仕事で駐車場から出るのもその後走るのも恐怖で、徒歩で30分路面電車が動いてるのを祈りながら、新雪をゆーーっくりふみしめふみしめ、 停留所へ、やあ!幸い電車は動いていた!しかしだれか除雪したがやろう、土佐電の方々か。。。。 だがバスに乗り換えるべくバス停で待つも30分たっても1台も来ない。 これは。。。⁉︎待ち続ける皆さんを見て、バスは動いてないと確信。え?ケータイで調べろって?そうゆうニュースすぐにでんがよ。 バスと電車がおんなじ会社やき、電車動きよったら、バスも動きゆうと思うやいか。 、、、で、自分は1時間かけて、またゆーっくり歩いて帰ったよ。車は次の日、残雪の道を1時間歩いて無事迎えに行けた。そう、電車は遠回りの道やった。始めから元来た道を帰った方が早かった。ちょっといやだいぶパニクってたから。だあってね、此処ぜーんぜん除雪設備ないがで、人力しかないし、各家庭にスコップ常備してないし。 かくのごとく、雪は恐ろしい。(豪雪地帯の方々に笑われますな)現在の国道が整備されてほんとうに良かったと、他地の事ながら、平伏してしまう。このレポートがすごい。へつり道からの脱落いや脱出もううほんと怖い。机上調査いつも楽しみゆうき。 | |||
| 51,861 | 2023-06-10 19:25:50 | /road/setoguti/main6.html | 9 |
| 情報提供者井之川氏の知人です。井之川氏からこのページのことを聞き、見に来ました。 明治43年の瀬戸口へつり道工事に従事された軍の方々が、帰路に十日町市内の寺で撮影した写真が2002年発行の「十日町・中魚沼・松之山郷今昔写真帖」にありました。集合写真風にざっと50名ほどの方々が写っていましたので工事を請け負われた方々を拝見することができました。 | |||
| 51,667 | 2023-04-21 13:36:49 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 案内看板の詐称云々は看板裏から見ると「10m手前(右下)」「20m手前→」ってあるので、目的地まででなくて単に「20m先左折」という意味で書いてるだけですね…歩道までが10mなのは途中から下る歩道があったっぽいです(2023年3月の新しいストビューが冬枯れなので見える) あとなんか遊歩道のとこ工事してる…? | |||
| 51,645 | 2023-04-15 22:08:31 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| >なにしてんの俺。 >なんでこんなとこ歩けると思ったの。 >現状の道路風景を知る私にとっては、「だろうな」と頷くよりない。 この辺りがツボりましたw | |||
| 50,303 | 2022-07-25 17:25:37 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 行動、知識、調査ともに凄い熱量ですね。片品村の母の友達の話を思い出し「山仕事者の話で、沢を登って行くと、こんな所に家が、という事が結構あった。」40年前までは、公道までとは道が無い所があったようで、地理院の村落の記号でも道が書かれていない地図を疑問をもって眺めていた事や、昔読んだ民族学者の本でも、信州は、山谷が深いので、隣村でも往来が少なく言葉が違い、隣村と違い我が村では言葉が汚いので、「お」付けて話そうとなり、珍騒動になったと読んだのを思い出しました。 | |||
| 48,999 | 2022-01-06 18:20:09 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| すっごい面白かった! | |||
| 47,627 | 2021-05-10 18:47:28 | /road/setoguti/main6.html | 9 |
| 戻るのも確定なんだから、行きに瀬戸口隧道でリュックを置いてけば良かったのでは?そして昭和16年に瀬戸峡から清津峡にしれっと変更されてしまったw | |||
| 46,207 | 2020-11-19 23:41:08 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 読み終わった後、しばらく涙が止まらなかった | |||
| 45,957 | 2020-10-20 07:32:31 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| いつも貴君の探検ならぬ調査には感動するばかりです。ありがとうございます。私は新潟滞在中、清津峡には訪れなかったが秋山渓谷には行きました。今から40年前です。私は只見渓谷には訪れてませんでしたが、1980〜1985年に駐在した新潟市期間中に只見渓谷に行けば良かったと思うばかりです。只見線は一部不通区間も残しては居ますが新潟県では最大に美しい所で有ります。只見渓谷の村道も豪雪の時代にはどうやって克服していたかを知りたい所です。確かに新潟は一年の12月から翌年の4月上旬まで雪に悩まされ特に12月上旬のカミナリがなる頃は大雪の警告とも言われる程翌日には必ず雪が降った物です。お陰で不通タイヤからスノータイヤに取り替えるのも4本で25分もあれば充分に出来る様に慣らされました。雪と戦う新潟県はそれが日常化してましたし冬には車にスコップとチェーン四つ、木片数個、手袋、帽子ーそして毛布二枚は必需品でした。 | |||
| 43,035 | 2019-12-19 05:58:31 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 地元民です。時々ドライブがてら通る道ですが、気軽に車で通れる今の道路にここまで過酷な歴史が隠されていたのですね。まったく想像だにせずトンネルで通過してしまっていました。 | |||
| 42,743 | 2019-11-18 19:14:36 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 隅々まで読ませていただき、廃道の魅力を味わえました。 | |||
| 42,452 | 2019-10-12 23:15:50 | /road/setoguti/main6.html | 9 |
| (´Д`)ノ こんばんはー | |||
| 42,303 | 2019-09-23 23:57:52 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 地元の者ですが、昭和33年生まれの母がこのサイトを見て「6歳くらいの時バスに乗って、ここを通って土倉という集落へ行った覚えがある。」という事を言いました。さらに当時はこの先の葎沢(むぐりざわ)という集落までしかバスが行っておらず、そこから夜の山道を延々と歩いて峠まで登っていったそうです。免許を取ってからもこのトンネルを通っていたため、対向車のライトが見えると入り口や内部の少し広くなっていた場所ですれ違いをしたそうです。今は冬でも快適に峠越えが出来るのも先人たちの知恵や努力の積み重ねがあるおかげという事を改めて思いました。 | |||
| 42,116 | 2019-08-29 10:30:53 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 素晴らしい、ケガには気を付けてください | |||
| 41,984 | 2019-08-19 18:29:49 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 歴史的な背景まで記してあり楽しく読ませていただきました。 | |||
| 41,914 | 2019-08-15 04:33:10 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 温暖な地域に住んでいるため、雪中隧道の記事は何度か読んでいても最初からピンとこないのが正直なところでしたが相当厳しい場所であったことが伝わってきました。 | |||
| 41,788 | 2019-08-01 22:17:01 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| よく調べていて歓心しました | |||
| 41,521 | 2019-06-25 13:28:32 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 小学校低学年だった昭和50年代後半にテレビで見た、冬は閉ざされる村や分校まで2時間歩いて通学する小学生はこういう場所だったのではないかと思いました。それから、観光地の一極集中のところは、本当にそう思います。 | |||
| 41,486 | 2019-06-19 08:54:21 | /road/setoguti/main6.html | 9 |
| 昨夜の地震で被害に遭われた方に、お見舞い申し上げます。ここの片洞門辺りは、大丈夫だったんでしょうか。 | |||
| 41,297 | 2019-05-28 02:24:19 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 今回もよかった。東京在住で秋山郷(長野県)に釣りに行くときに関越越後湯沢から十二峠〜津南を経由する際に何度も通っているところでした。渓流釣り解禁の5月でもまだ雪がところどころ残っていることも多く、十二峠から先は結構気を遣うところです。津南から長野県に入るころには間違いなく雪が残っていますが。津南までも怖いところというのが理解できました。単に酷道・廃道ということではなく、その歴史までレポートは、非常に深く、読み手に感銘を与えるものです。労力は大変でしょうが、『机上調査編』も結構楽しみにしています。先に行くか?、先に調べるか?私は、公私ともに現場主義なので、まずは行ってみる!そんなライフワークを応援しています。 | |||
| 41,264 | 2019-05-21 21:08:51 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 原付ツーリングで通った場所(おいらん淵)を調べていたら、このサイトにたどり着きました就活中の男子大学生です。今や何の苦労も無く通過できるトンネルの陰には、先人のかけた数々の努力と多大な犠牲があったのですね… 廃道になったことで地元の方でさえ忘れかけていたその道の物語を、身体を張って発掘するヨッキれんさんには畏れ入るばかりです。これからもお身体に気を付けて廃道探検なさってください。山行が読んで応援してます! | |||
| 41,139 | 2019-05-08 15:17:10 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 雪害との斗い。アツいぜ!BY道東民 | |||
| 41,131 | 2019-05-07 14:53:28 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 机上調査が重厚鬼気迫るものがある | |||
| 41,124 | 2019-05-06 12:02:49 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 清津峡のレポート、ありがとうございます。私は、今から30年ほど前(平成2年〜4年まで)仕事で旧十日町市に住んでいました。仕事で時々、R353(十二峠)を通ることがありましたが、カーブも多く狭い危険な道で、トラックの通行量も多く、あまり通りたくない道でした。職場の先輩から、「この道は自衛隊が作った」と聞いていましたが半信半疑でした。今回、疑問が解けました。まさか、自衛隊どころか旧陸軍まで関係するとは思っていませんでした。トンネル周辺の様子(もう少し旧道がはっきり残っていたと思います)や、清津峡ホテルなど懐かしいです。 | |||
| 41,102 | 2019-05-04 17:14:14 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 15000文字は長かったが読後感は最高に良かった。雪中隧道の話になると山古志や栃折が思い出されてうるっときた。 | |||
| 41,094 | 2019-05-03 22:58:38 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| へつり道は危険すぎて少ししか利用されなかったんですね。軍隊は単に爆破演習がしたかっただけじゃないの? | |||
| 41,073 | 2019-05-01 23:17:14 | /road/setoguti/main6.html | 10 |
| 写真29は岩盤の爆破のシーンを撮影したものでしょうかね。 | |||
| 41,050 | 2019-04-29 21:49:24 | /road/setoguti/main6.html | 8 |
| 以前、匿名でメールした者です。雪崩事故の慰霊碑についてですが、画像の岩盤崩落は平成16〜17年の発生であり、その後 平成22年に崩落箇所より少し上流側の道路脇(山側)で無事な慰霊碑を確認しています。今回調査の画像と平成22年の画像を見比べても当時から増破していないようなので、おそらく慰霊碑は土砂には埋まっておらず、単に見落としだと思います。(たぶん草の下ですね) | |||
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