http://yamaiga.com/road/suyama/ の公開中コメント一覧

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コメント
41,3972019-06-08 18:08:25/road/suyama/main.html10
石垣の仕事、当時としては当たり前なのでしょうが、物に対する丁寧さと技術を感じます!この後楽しみです!
41,3962019-06-08 16:32:40/road/suyama/main.html7
♪廃道 廃道 探索が好っきー
41,3952019-06-08 15:26:26/road/suyama/main.html8
橋の下の水路狭くね集中豪雨になったら流れる水を捌き切れるのだろうか
41,3942019-06-08 12:04:03/road/suyama/main.html6
いよいよですね。
41,3932019-06-08 11:30:01/road/suyama/main.html10
いい感じの出だしです!
41,3922019-06-08 08:30:58/road/suyama/main.html8
>6月6日 ●道路レポ211「愛知県道505号渋川鳳来線 八昇峠旧道(巣山坂) 第1-1回」を公開しました。>6月7日 ●道路レポ211「愛知県道505号渋川鳳来線 八昇峠旧道(巣山坂) 第1-2回」を公開しました。キリのいいところで第一回が終わったと思ったら翌日に継ぎ足しとは。気まぐれだにゃあ。ところで、第1-1回ラストの新橋への到着時間が 15:58 になってますが、これは 05:58 ですよね?
41,3882019-06-07 20:07:54/road/suyama/main.html8
>twitter.com/yokkiren>道路レポ211『愛知県道505号渋川鳳来線 八昇峠旧道(巣山坂)』【1】を公開。>ウチは廃道サイトなのに、>しばらくオーソドックスな廃道をレポートしてなかったことに気付いたので、>オーソドックスな廃道レポートです!(笑)↑を読むまで完全に忘れてましたけれど、「静岡県道39号 掛川川根線 川根区間」(最終公開日 2017.10.7)とか「青森県道256号 青森十和田湖自転車道線」(最終公開日 2015.12.27)とかしばらくどころじゃなくレポートが中断されていたことを思い出しました。県道繋がりで。
41,3872019-06-07 16:34:39/road/suyama/main.html8
旧道のいかにも車道らしい切り返しの線形が現在の地図の破線道に反映されていないということは、新道の開削は線形改良というだけではなく災害復旧的な動機があったりするのでしょうか。だとするとチャリですんなり登れる状態なのかどうか?続きが気になります。
41,3862019-06-07 15:39:24/road/suyama/main.html10
まさしく原点に帰ったかのような廃道風景…好きです。ただ、廃道と言っても、我が家の横を通る市道とほぼ同じなんですが(苦笑)。日常と懐かしさの混在する道。こういうのもいいなあ…。(お)
41,3852019-06-07 15:17:18/road/suyama/main.html10
国会図書館の「秋風帖」という本に、この道と思しき記述がありますね。巣山越えhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1464985/34>此峠を秋葉路と謂ふかはた鳳来寺路と呼んでいるかはこの辺りが秋葉山や鳳来寺山への参拝の道として賑わった時代もあったみたいですねぇ……http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1464985/35>四十八曲り>七曲りくらいに改修>前の前の百何十曲がり旧道と旧旧道と旧旧旧道ですかね?他にも、秋葉路関連で細川〜巣山間の道に言及しているサイトがいくつかありました。秋葉街道・往昔道中記三井清野の『道中日記』:表参道㱺鳳来寺道http://ja1cty.servehttp.com/TATEMATSU/akibakaidou-doutyu.pdf#page=3>「それより巣山まで一里半。この所恐い名物あり。それより四十七曲がりなどというて、山坂すさまじく、大野という所の茶屋に参り秋葉街道をたずねてhttp://shibukawa.akiha-net.com/akiha.html>秋葉山と鳳来寺間はおおよそこのような道順です。>鳳来寺山-大野-細川-巣山-大平-川宇連-神沢-熊-石内-雲名-西川-戸倉-秋葉山なかなか興味深い道ですねぇ……るくす
41,3832019-06-07 09:15:28/road/suyama/main.html6
わくわく!
41,3822019-06-07 08:58:02/road/suyama/main.html9
期待でワクワクの滑り出し!
41,3812019-06-07 08:38:30/road/suyama/main.html10
あぁ良い感じですね。都会では高度経済成長だが田舎ではまだまだ昭和初期の暮らし向きだった時代。村にやっと自動車がチラホラし始めた頃でしょう。
41,3802019-06-07 02:40:08/road/suyama/main.html2
リダンダンシー
41,3792019-06-06 22:04:36/road/suyama/main.html10
愛知県に、ようこそお越しくださいました!
41,3782019-06-06 21:52:20/road/suyama/main.html10
久しぶりの廃道、待ってました!続きが楽しみです。
41,3772019-06-06 21:26:54/road/suyama/main.html9
map_6のリンクの拡張子が違ってそのままでは見れないようです。(jpg⇒jif)
41,3762019-06-06 20:22:57/road/suyama/main.html10
クセのない平和な幕開けですニャー。
41,3752019-06-06 19:20:43/road/suyama/main.html6
導入の説明回なので点数は抑えましたが愛知在住なので地元の道に興味津々です
41,3742019-06-06 17:42:04/road/suyama/main.html8
いい感じの幕開けですにゃあさわやか
41,3732019-06-06 16:53:55/road/suyama/main.html9
好きです
37,3712021-01-11 18:23:40/road/suyama/main5.html10
本日、昔の峠まて古道を辿って行ってきました。古道麓の入り口は、弘法岩の直上を通っています。流石に名のある旧街道で、全般に古道として道幅は広く、ヨッキ様も体感した地形の通り、巨岩の合間をつづら折りで登る、スリルとダイナミックさもある、秀逸な古道でした。橋や遺構は乏しいてすが、旧道と同じ気品が古道にもある印象です。ヨッキ様も機会があれば、お試しください。以下は、補足点。・弘法岩奥の祠は道なき沢を遡りましたが見つからず。・途中の崖の中腹のお地蔵様の隣に、もう一体石仏有り。文政7年の表記有り。・電話線に引っかかった樹木はまだ有り。
37,2862021-01-04 21:18:44/road/suyama/main5.html10
細川~巣山線が大工事の末39年3月に峠越えの荷物運搬可能な道路として再開通させたが、何せ坂がキツく切り返しの大きな道だけにより坂の少ない阿寺経由を選択された事でこの細川線の使用が徐々に減った事は事実である。せっかく物資運搬用に5メ-た-にまで広げたのが不幸な結果となった。江戸時代の運搬は殆どが裏街道利用の通行人が主で背中に荷物を背負う行商人の他牛車を引っ張る方としてはたとえ遠回りでも重たい荷物が少しでもキツくない坂を利用せざるを得ない状況である事は確かだと思う。旧道として巣山から南西側に滝の有るツズラおり道が山中に残っているが当時の大野宿場には最低40軒以上の宿があった様で、現在は単なる小さな農家専業の田舎町巣山からは想像出来ない程の25軒程の宿が並んでいたと。産業革命の様な道路が整備されつつ有った昭和のバブル時には宿も消え失せた、旧宿場町を巡る観光産業が芽生えてきた平成20年、30年代には散策以外の昔の宿場の面影を観に来る外人観光客には妻籠の様な過去の時代を思い出し見学、宿泊体験が大いに持て囃され大きな産業になりつつある。その意味でこの道路がキチンとしたコンクリート橋か又は鋼鉄製の橋に変わっていたらそれこそその様な観光客を呼んでいたかも知れぬ。なお以前秋田県の川砂利運搬線として使われていた英国産の鋼鉄製架橋ですが錆びて朽ちるには勿体無い。かっての英国の製造会社も1890年には南アフリカやインドにも輸出するに至ったが惜しくも工場の設備の古さと効率の悪い幅の狭い立ったの12インチのミル使用には世界の近代化が進む1950ー60年代には対応出来ずにコストの面での採算が合わず新型高炉導入、幅が50インチ以上のミルにおいておき堀になってしまい英国産業は敗退の一途となり1960年代には完全な不採算工場となりそのまま朽ち果てた。現在の英国産業は丁度昔の宿場街の様な朽ち果てた建物しか残らない産業となり時代錯誤的な旧英国産業革命の花形は今では見る影もない。但し1790年に世界最初に建設されたエル型鋼を使ったアイアンbridgeは博物館的存在として田舎に残ってます。架橋スパンが60メ-タ程ありペンキで保護しているので現在も見事なア-チ状の美しさを保ってます。今後の貴君の活躍を賞賛する英国在住者からです。
34,7402020-04-29 19:20:48/road/suyama/main5.html10
技術系ではないですが、以前は道路関係、現在は土木系コンサルの企業に勤務しており、実生活まで山いがにインスパイアされている感があります。。橋やトンネル、シェッド等は、委託を受けたコンサルが点検し、報告書を提出する流れです。私のいる地域では、役所の職員は現地に来ることはないと思われます。このレポをみて、改めて技術系職員に憧れます^^
34,6102020-04-09 17:57:44/road/suyama/main5.html10
いつも思いますが、最後の机上調査が本当に面白い。ビジュアルで見た廃道の歴史をロマンに替えてくれます。そして、キリッと引き締めたレポートの完成となり、読者の満足感を高めます。今回も最高でした!
33,7882019-12-21 10:20:50/road/suyama/main5.html10
以前、他の県ですが豊浜トンネル関連で緊急に市道の全線点検を行ったことがあり、その時に作業に関わりました。こういったことはお役所の方が直接来ないで、先ずは業者に調査させて最終的に改修などの決定になる辺りまで担当者は来ない・・ようです。(改修の最後の最後だけしか来ない、というのもあったそうですが)何分20年ぐらい経過しているので、現在は違っているかもしれないですが。
32,3512019-07-16 03:23:32/road/suyama/main5.html10
貴サイトは縁のない土地のレポでも非常に楽しいですが、新城は年に数回は訪問する場所なのでより楽しく読ませていただきました。この辺りはまだ行ったことがないですが、近くへ行って覗くくらいできたらと思いました。(笑)三遠南信というと秘境のイメージが強いですが、かつては旅人で賑わったと思うとワクワクするとともに現状への寂しさも感じます。6号橋のところが地図で隧道になっているのは(ご存知と思いますが)遠州廃ものねだりさんもそれについて考察・指摘していたようですね。あと、最近気がついたのですが愛知県(三河地方だけかも?)て道路情報板がけっこう険道なところでも電光掲示板タイプな気がしました。
32,2702019-07-07 13:21:15/road/suyama/main5.html5
昔みたいに自転車で行けるところまで行って、無理なら乗り捨て回収するスタイルは捨ててしまったのですね。効率重視の流れになって残念です…
32,2532019-07-03 03:17:32/road/suyama/main5.html10
時代の変化による土地の栄枯盛衰と、それに伴う道の移り変わりを、文章と写真で疑似体験できたかのようでした。一本の短編映画を観たような、そんな余韻。
32,2452019-07-01 16:52:10/road/suyama/main5.html10
ゼンリン地図を副教材に読み進めたとコメントしたものですが、巣山の集落あたりにハマイバという小字っぽい表記があり、ハマイバ丸という山(1752m)と同じ語源の破魔射場だとすると信仰に関係がある土地と推理できましたね。気づけていたら机上調査編での答え合わせがもっと楽しめたのに不覚でした(笑)

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