http://yamaiga.com/tunnel/kutino2/ の公開中コメント一覧

(平均点 9.35点 / 投票回数 2364人)

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コメント
60,3152026-06-25 08:48:16/tunnel/kutino2/main7.html10
最新記事の文中リンクから来ました。ふだんとは違う直線的な隧道、洞窟内の水中を泳ぐというアトラクション、そこをクリアすると見つかる掘割、そして穴の住民(!)などなど、まるでゲームのような冒険で面白かったです。
59,5282026-02-20 23:08:34/tunnel/kutino2/main7.html10
過去のレポートの7割ほどを読み終えたところなのですが、その中でも本稿のワクワク感は特に出色のものと感じました。本サイトのファンでありながら、林鉄跡などの山奥の廃インフラよりも、今回のような市街地に近接していて地域住民の生活史と密接に関係がある遺構の方が好みという私の趣向によるところは大きいのですが、それを差し引いても「冒険感」のようなものに溢れる素敵な探索だと思いました。ありがとうございます。
53,8882024-03-27 17:03:10/tunnel/kutino2/main7.html7
よかった
53,8852024-03-27 14:48:37/tunnel/kutino2/main7.html10
よかった
52,9782023-12-01 13:34:22/tunnel/kutino2/main7.html10
今ヨッキさんがこれを調査したらすっごいことになるんだろうなー、なんて思いました。過去のレポの机上調査を今追加でやる、みたいな企画があると面白いですね。
48,4902021-10-14 04:53:15/tunnel/kutino2/main7.html10
気になって口野切通しをgoogleで見てみたら、ストリートビューに最近の(2021年6月)全天画像がありますね。数年前から崩落で通行止めらしいですが、落ちてきた岩塊と落ち葉が車の通わなくなってからの時間を感じさせます。このまま廃道になるのは惜しい。
40,7632019-03-18 17:10:03/tunnel/kutino2/main7.html10
2019年トンネル山のツイートから過去ミニレポへ流れる>2019年になってやっと知った2008年レポートの結末。。。深い。。。
40,4042019-02-05 11:54:46/tunnel/kutino2/main7.html10
先日訪問。切通しは沼津側、反対側ともに通行禁止(沼津側はバリケード)になっています。比較すると崩れ具合が……https://www.flickr.com/photos/163851975@N03/33113570368/in/dateposted-public/
39,5582018-10-16 02:53:20/tunnel/kutino2/main7.html10
随分と隧道らしくない内部でしたが、そういうことだったんですね。切通も立派ですね。
31,4582019-03-18 17:10:03/tunnel/kutino2/main7.html10
2019年トンネル山のツイートから過去ミニレポへ流れる>2019年になってやっと知った2008年レポートの結末。。。深い。。。
21,0302015-12-13 01:38:37/tunnel/kutino2/main7.html10
青い屋根の建物の向かいに小さなトンネルがありますよ。

口野隧道近くのトンネルマークですがこれも石切場でした。
ただ出口が民家の前なのと、中で誰かが戦争ごっこをした跡があったので、ビビりな私は直ぐに帰ってしまいました。中はどうなってるか分かりません。
15,8722014-06-07 10:50:46/tunnel/kutino2/main7.html10
 渋谷家方面に登る直前のY字路を右折すると、ゼンリン系・旧アルプス社系の地図には桂林寺方面への道路隧道が描かれていて、電子国土や昭文社系とは微妙に描写が違います。西口坑口付近のストリートマップを見るとそれっぽいものはありそうなのですが、現存するとしても探索する価値のない近年のものなのでしょうか?
15,1482014-02-24 22:00:30/tunnel/kutino2/main7.html10
口野の切り通しを訪れてみました。 現在は写真にあるカーブミラーの脇に大きな落石があり、自転車程度なら通れますが、簡易的な封鎖がされていました。
14,9732014-01-29 23:22:33/tunnel/kutino2/main7.html10
口野切通しの通行止は何年も前の事ですね。自転車なら何とか通れます。
当時静岡ローカルTVで石切り場内のプールに女性アナウンサーが入ってたんでしたっけ。
石切り場の住人はまだ踏み跡があったので居るかな。
 合わせて読みたい・・・"沼津市多比の地下壕"、"海軍技術研究所音響研究部"
13,6682013-08-26 03:03:28/tunnel/kutino2/main7.html9
口野切通ですが、最近に崩落があったようで封鎖されています。軽自動車程の大きさの落石が道のど真ん中に鎮座していたり、崩れた断面から判断すると相当な大きさの崩落だったようです。
10,7722012-10-05 01:47:45/tunnel/kutino2/main7.html10
主の行動力すごいですw
闊歩してますねー! 麒麟
10,6512012-09-15 10:18:52/tunnel/kutino2/main7.html10
素晴らしい!
洞窟内水泳までやってのけるなんて、そこにシビれるあこがれ(ry
9,1902012-02-11 11:07:20/tunnel/kutino2/main7.html10
この付近の穴は戦時中 人間魚雷の試験場として活動していたらしいです、米軍から艦を隠すため・・・
海側にもつい最近までそんな遺構がありました
読んでいて大変面白かったです
9,1082012-01-22 19:55:09/tunnel/kutino2/main7.html10
ここまでもさまざまな場所や視点から「穴」にアプローチされて、しかも2月で寒いでしょうに「池」にも浸水されて、真実を突き止める好奇心・体力・知識力、そしてユーモアたっぷりの表現力に敬服いたします。だからこそ、色々な人が感銘してついてくるのだと思います。テレビ放送を見逃したのが悔やまれます…。
レポートでは「クネクネ」していましたが、本来の隋道の姿やルートがどのような姿だったのか大変気になりました。
蛇足ですが、本文にあった地名「韮山」と地図上の「韮崎」は異なる場所なのでしょうか…。
どうかご健全第一で過ごされますよう。半面、新たなレポートを心より楽しみにしております!
熊猫
8,5182011-10-31 00:39:15/tunnel/kutino2/main7.html9
碑文については解読完了とされているので、掲示板ではなくこちらへ。「佐留(ざる)」と解読されている2箇所は、いずれも「須登(ずと)」では。「山路一徨」の「徨」はおそらく「線」。「重」と読まれている2箇所は、「其」。「明治五年より即開路」とあるが「即」に見えるのはひらがなの「理(り)」。「十間」の前の字が「数」。「いは山を」の「は」がどうしても「満(ま)」に見える。もしかすると「い」も「八(は)」かもしれない。
8,1782011-09-20 07:21:25/tunnel/kutino2/main7.html10
ちょっときになったのですが、初めの渋谷家標柱横の道と、後の標柱の場所が、迂回して繋がっていたのでは無いかと思われます。
2,4142010-03-21 03:29:56/tunnel/kutino2/main7.html9
「渋谷家標柱」の意味は、単純に敷地境界標だと思います。ここまでが澁谷家の土地だ、との主張です。要するに、工マークとか、建マークの標柱と同じ機能をはたしてるわけです。
ちょうど、ちょっと前の「ナニコレ珍百景」でも、この「○○家」とある標柱がその後の庭の塀改修で塀に埋め込まれた状態のまま残ることになり、「この表札らしきものはなんだ〜」ということで取り上げられました。その宅のオーナーも「境界標」だったと言っていました。

1,6282010-01-31 00:21:07/tunnel/kutino2/main7.html10
いつも、楽しみに見させて貰っています。
自分は三島出身の37歳ですが、口野切り通し付近は、子どもの頃よく叔父とつりに行く時に通りました。切りとおし付近には戦争時代の防空壕としてたくさんの穴が残っていたのと、警備がついていたところは当時の「東洋醸造」がウイスキーとかを熟成するのに使用していて、当時も甘ったるい香りがしたのを覚えております。また、口野から沼津に行くトンネルは、当時は歩道もあるかないかの幅しかなく、自転車で通った時は非常に怖かったのを覚えています。
1,4772010-01-22 09:15:56/tunnel/kutino2/main7.html10
テレビ朝日のスパモニ探検隊でここの探索をしていました。
トンネルは石切り場として削られてしまったという結論に落ち着いていましたよ。よっきさんが石碑を見つけた空洞がトンネルの名残だそうです。

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