http://yamaiga.com/tunnel/yuhidera/ の公開中コメント一覧

(平均点 9.53点 / 投票回数 888人)

6ページ中 2ページ目を表示(合計176件)    1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6    [前のページ] [次のページ]  
▼番号書き込み日時書き込みURL点数
コメント
40,9942019-04-17 10:44:13/tunnel/yuhidera/main5.html10
興味深く拝読しました。特に机上調査のいつもながらのきめ細かさ、道と道に関わる人々への愛情、素晴らしいです。ヨッキさんとその他この隧道をWEBの大海原に送り出した方々のおかげで、夕日寺隧道(仮)の存在は死してなお生き続けるのでしょう。結びの言葉も素晴らしかった。感動。(お)
40,9932019-04-17 03:49:14/tunnel/yuhidera/main5.html10
『長江谷物語』より転載の隊道(笑)写真ですが、車輪部さんのレポートにある写真と比較すると南口ではないかと思います。
40,9922019-04-17 02:51:25/tunnel/yuhidera/main5.html10
コンクリートで封鎖ではなく土嚢を積んでいるということは、近い将来に復旧させる計画があるのではないでしょうか。
40,9912019-04-17 00:27:16/tunnel/yuhidera/main5.html8
“関係者の思惑” といえば・・・ 和歌山の庄川越のレポではあえて踏み込みませんでしたね?“人の意思” には 光も有れば 影もある・・・・・・
40,9902019-04-16 22:44:49/tunnel/yuhidera/main5.html10
どきどきした。面白い
40,9892019-04-16 21:04:47/tunnel/yuhidera/main5.html8
今の気持ちを一言で言うと合掌。
40,9882019-04-16 20:10:43/tunnel/yuhidera/main5.html10
パイプですが、内側から埋め戻した人が最後に外界へ戻るための出口だったのでは? と思いました。
40,9862019-04-16 14:52:02/tunnel/yuhidera/main5.html3
括目して見よ って変な日本語ですねwあと、 隧道工事を請け負った方を○○某と呼ぶのは大変失礼だとおもいますよ。
40,9852019-04-16 14:48:07/tunnel/yuhidera/main5.html10
車輪部のレポートの件ですが、訪問したのは平成18年ではなく平成16年(2004年)ではないでしょうか。「夕日寺隧道3」に2001年の約3年後という記述が見られますので。
40,9842019-04-16 10:34:59/tunnel/yuhidera/main5.html8
事故・災害が主因ではなく農地への通り道という役目を終えて廃止・封鎖された隧道以って瞑すべし
40,9832019-04-16 09:43:35/tunnel/yuhidera/main5.html10
人知れず眠っていた隧道の物語を知り、私も嬉しかった。よっきれん、有り難う。
40,9822019-04-16 03:51:00/tunnel/yuhidera/main5.html9
第4回の『写真の地点は「大休場(おおやすんば)」と呼ばれている広場で、古碑と解説板(内容は*こちら*で紹介した)があった。明治初期までここに茶屋があったそうだ。』の《こちら》のリンクが 404 Not Found ですよ ^^;#それにしても Apache/1.3.42p2 って、ちょっとヤバいんじゃw
40,9812019-04-16 03:43:19/tunnel/yuhidera/main5.html10
尾根から下っていく旧道が刈り払いされていたのは、北口に1トン土嚢を積んだ かにクレーンが帰っていったからではないでしょうか。
40,9792019-04-16 02:23:40/tunnel/yuhidera/main5.html1
うーん、何だろうなぁバカな封鎖看板だと言ってみたり、補修工事が素人普請だと馬鹿にしてみたり、土嚢を勝手にどかしたり。それでいて、最後の締めには臭いセリフを書いてみたり。全体を通して上から目線が鼻につく。
40,9782019-04-16 01:03:57/tunnel/yuhidera/main5.html8
北口の閉塞が雑なのは、トン土嚢を内側から積んだので、坑口の上の方まできっちり積み上げられなかった可能性がありますね。外からトン土嚢を積んでしまうと、トン土嚢を積むのに使用した重機が南側に帰れなくなるので。とはいえ、土嚢の作り方をみても北側が雑なのは間違いないですね。南口のトン土嚢はきっちりパンパンにしてあって型崩れしていないのに、北口のトン土嚢はだいぶ中身が少ないです。
40,9772019-04-16 00:37:28/tunnel/yuhidera/main5.html10
お疲れさまでした!
40,9732019-04-14 20:21:06/tunnel/yuhidera/main4.html10
なずこ 〜青森の田舎では おでこ のことを なずき と言ってますね。頭部のことをそんな風に言うのかも。
40,9722019-04-14 18:30:58/tunnel/yuhidera/main4.html10
都会の道もいいけれど、私はやはりこういう藪に埋もれた廃隧道が好ましく、また、山行がらしいと思います。北口開口確認は胸熱です。期待してます。(お)
40,9682019-04-13 14:34:01/tunnel/yuhidera/main4.html10
一方新しいgooglemapは使われてない道はことごとく消されてしまいましたね、地図としては正しいんだろうけどちょっと悲しいですね。
40,9672019-04-13 11:46:25/tunnel/yuhidera/main4.html9
>地理院地図を始とする全ての地図が、過ちを犯している。隧道と共に、これらの道がいまもあるもののように描き続けている現実には廃道となったこの道も、書類上では『現役の車道』として存在しているのでしょう轍が消え、人の往来が絶え、踏み固められた路盤が草木の下に消える事がその道にとっての終焉とするならば、行政上の書類・資料からも消え失せた時が道にとっての死なのかもしれません
40,9662019-04-13 08:14:14/tunnel/yuhidera/main4.html1
いくら遺構の残留を望んでいたとしても、土嚢をどかして開口させるのはやり過ぎでしょう。埋まっているトンネルに水や泥などの流動物が貯まっていたら、まさに堰を切った状態となり一気に溢れだす可能性もあります。長期安定していることにより現状が維持出来ているような場所もあります。後世に残すという考えがおありでしたら、このようなことは謹んでください。廃道界イチの有名人である貴方の今後の行動に期待します。
40,9652019-04-13 07:08:31/tunnel/yuhidera/main4.html8
これは自然発生した土砂崩れかわざと崩したのか盛ったのか
40,9632019-04-12 21:54:28/tunnel/yuhidera/main4.html10
途中の横穴は倉庫じゃなくて多分横穴古墳です。
40,9622019-04-12 20:27:52/tunnel/yuhidera/main4.html10
反対側は、自動的に崩れていたのですね。
40,9612019-04-12 20:22:55/tunnel/yuhidera/main4.html10
物凄〜く気合い入れて土嚢を積んで塞いでいるあたり、事故の予防措置というよりも、実際に何らかの死傷事故があったのでは?
40,9602019-04-12 19:06:17/tunnel/yuhidera/main4.html9
田は荒れ、山は荒れ、道も荒れ、ヨッキれんがやってくる。。
40,9512019-04-11 09:42:09/tunnel/yuhidera/main3.html10
反対側が大学の研究施設になっているのでしょうか。
40,9492019-04-10 11:47:28/tunnel/yuhidera/main3.html10
なんという隧道愛!
40,9482019-04-10 11:16:23/tunnel/yuhidera/main3.html8
坑口が埋め戻されて立ち入り不可能な隧道を地図は存在する物として描いているのか地上の様子を描いているのが地図という物だろうにひでえな
40,9472019-04-10 09:34:07/tunnel/yuhidera/main3.html10
行基が公共土木の神様なら、泰澄大師は激藪漕の神様としてまつらねばなりますまいな。しかし記述はノイバラ地帯に突っ込んで行ったように書いてあるので恐るべし。

6ページ中 2ページ目を表示(合計176件)    1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6    [前のページ] [次のページ]  

この画面の説明