その39−2小阿仁森林鉄道 増沢隧道2003.8.7撮影
北秋田郡合川町



 増沢川橋梁をあとにして、阿仁川沿いの県道を南下。
増沢の集落を過ぎて少し進むと県道は高長橋で対岸へ進む。
この橋の手前で右に曲がり、そのまま阿仁川の左岸に沿う道があるが、これも軌道跡に建設された道である。
この2車線の農道は、阿仁川と小阿仁川との合流点を脇に見たあとは、小阿仁川沿いをさらに上流の三里地区まで続いて、主要地方道24号線に接続している。
その10km余りの全行程は、ほぼ軌道跡に建設された物で、残念ながら、軌道痕跡はほぼ失せている。

なお、農道に入る手前、増沢地区にも「当時の木橋」が存在するとの情報がある。




 高長橋の袂で、右に分かれる農道。
この角には生コン会社があり、目印になる。
農道へ入る。



 阿仁川の広い川原に沿う2車線の道を500mほどすすむと、右手の山肌が一際切り立ってくる。
道はここを断面の大きな法面をもって阿仁川ぎりぎりを通過しているのだが、軌道には隧道が供されていた地点である。
しかし、夏場など、その痕跡に気づくのは容易ではない。
実際は、写真中央の黄色い花が咲く背後の緑の中に坑門があるのだが。




 この時期に外部から確認できる隧道の痕跡としては、写真の自転車の奥に写るコンクリートくらいなものである。
これは、隧道坑門の一部で、落石覆いとして延長されたと思われる部分だ。
そう言われてみれば、初めて坑門の辺りに黒い闇が見える気がするでしょ?

そうです、そこが坑門です。



 しかし、坑門の姿を捉えようと正面に立つと、やっぱり全然見えない。
この隧道の全容を知るには、夏は避ける必要がありそうだ。

さて、ここにあると分かれば夏も冬も関係ない。
強引に叢を引きちぎり、内部へと侵入。
なお、軌道敷きと車道との間には叢に隠れた水路があり、見えないので注意。
私は、しっかりと落ち込みました。
一瞬何が起きたのかわからなったよ…。



 で、坑門に入りさえすれば、そこには草の一本も生えていない。
見慣れはしても、やっぱり戦慄を感じる廃隧道の姿がそこにはある。
さすがに、歴史のある森林鉄道の本線ということで、隧道は見える範囲でしっかりとコンクリートに覆工されており、一般の鉄道や道路の隧道とも見劣りはしない。
ただ、老朽化は極限に進んでいるようで、淀んだ地底湖には点々と崩れ落ちた土砂が積もっている。
地被りの少ない隧道なので地下水は少ないようだが、水はけが相当に悪いらしく、深さ20cm程度で水没している。
なお、ヘドロが深く累積しており、洞内への侵入はオススメできない。
というよりも、明らかに閉塞している雰囲気があり、侵入する気にはならない…。



 坑門から外を見ようにも、そこは葉っぱのカーテンで遮られ、全く視界はない。
背後の洞内からは、盛んに“不愉快な音”が発せられている。
振り返り、隧道の奥に目を凝らすと…、何かが狭い洞内をブーメランのように旋回しているのが見える。

コウモリが多数生息しているようだ。
ますます、入洞はしたくなくなる。



 ヘドロだけでなく、なにやら得体の知れないゴミまで浮いている水溜り。
しかも、坑門に面した日のあたる水面には、大量のおたまじゃくしが泳いでいる。
おたまじゃくし自体は別に苦手ということはないが、隧道内部にいるというのは、なんかキモイ。
もっとも、こいつ等には罪はなく、産み落とした親ガエルにも罪はない。
考えてみれば、この場所って、おたまじゃくしには天国では?
葉っぱのカーテンで外敵はまず侵入してこないだろうし、年中日陰かつ、水も引くことはなさそう。
あっ、コウモリって、おたまじゃくし食べるのか?





 コウモリに、おたまじゃくし。
この隧道を生活の場にしているのは、彼らだけではなかった。
坑門傍の内壁に、重力を無視するように張り付いたまま微動だにしないヘビ。
1m以上の体長を持ち、いい艶をしている。
うーーーん。
ヘビと、カエルと、あともうひとつ、…。
そうだ。ナメクジがいれば、“三すくみ”が揃う。
コウモリならいるのだけど。

未だかつてない生物の楽園と化している本隧道は、やはり正式名が分らないので、地名を取って「増沢隧道」と呼ばせてもらうことにしよう。



 この映像は明るさを操作しており、実際の景色とは異なる。
隧道の左側の内壁に、不思議と等間隔で発生している崩落、その内部には鉄筋か、あるいは補強材が露出している。
なぜ、地圧は少ないはずの左側の内壁に集中して崩落が見られるのか?
むしろ、この崩落は、人為的なものかもしれない。
もう一度外の写真を見ていただけると分るように、この内壁の1〜2mほど左側は、車道の法面である。
その施工が、何か影響を与えているのではないだろうか。

そして、決定的に私を踏みとどまらせたのが、奥に見える完全崩落と思しき茶色の影である。
この隧道が通り抜け出来ないことは、外に出て反対側の坑門を探しても、それが存在しないことからも明白である。



 で、外に出て、100m、200mと反対側の坑門を探して走るが、どうも車道の法面に埋め込まれたか、あるいは開削され消滅してしまったらしい。
この写真左の茶色の部分よりも奥に坑門があったと思うのだが…。
存在しないようである。



 探索を終え、三里方向へ少し進んだ後、振り返る。
先ほどの隧道は、正面の山が平地に迫り出して見える場所に存在していた。
そのさらに手前の物凄い法面の施工が目を引くが、軌道現役当時も、落石の危険に脅かされる場所だったに違いない。




 今回探索箇所には、ほんの3kmほどの間に橋梁1本と隧道1本が現存しており、アクセスも容易なため、オススメしやすい。
夏場の隧道のほうは、余り快適とは言いがたい物があったが…。

最後に、地図を確認しておこう。

2003.12.9作成
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