JR花輪線 魅惑の駅達  3駅でフィニッシュ! 
公開日 2005.11.4


 これまで、ただの一話として命の危険を冒さないレポの無かった廃線レポであるが、たまには毛色を変えてみようと思う。
あなたのお口に合うかは分からないが、とりあえず、ご賞味召され。

 なお、旅の案内人は、ヨッキれんと、伝説のツナギスト・ミリンダ細田でお伝えする。


 JR花輪線 沢尻駅
 2005.10.29

16:04

 突発的に降り出す豪雨と、ときおり差し込む西日。
不安定な空のもと、私を乗せた細田氏の愛車は、花輪線十和田南駅から数えて3駅目の沢尻駅に着こうとしていた。
当初はこのようなしらみつぶしの駅巡りをする予定はなかったのだが、十和田南でそばを食い、次に土深井駅を細田氏に見せたくて立ち寄ったらば、細田氏もいたく興味をひかれ、このような駅巡りと相成ったのである。
そして、この沢尻駅については、私も初めて訪問する。

 JR花輪線沢尻駅は、1928年(昭和3年)に秋田鉄道上に追加新設された同名の停留場が元となっており、当初から無人駅であった。
そして、翌1929年には季節停留場に格下げとなってしまった。
なお、この時に格下げになった停留場は他にも4つ有り、それぞれ片山・池内・南扇田・鏡田である。
1934年(昭和9年)に秋田鉄道全線が国鉄に買収され、花輪線の一部となると、同年、沢尻は南扇田と共に季節停留場から駅への奇跡の復活を遂げる。(片山・池内・鏡田は正式に廃止となった。また南扇田も1944年に休止され現在に至る)
 駅がある沢尻集落は、米代川が山際に接している狭い隙間に立地しており、そこを国道103号線と花輪線が貫通している。
対岸には広々とした葛原(くぞはら)地区があり、駅の乗降客はこの両集落が大半である。



 沢尻駅を目指し走っていると、米代川の両岸に見つめ合うように立ちつくす橋塔を発見した。
独特のシルエットを見せるコンクリート製のそれは、昭和初期に建造された大吊り橋の残骸である。
大館と鹿角の間の米代川は水量も川幅も大きく、当時の技術力では流されない橋を造ることが困難であった。
そのために、この区間には3カ所のよく似た吊り橋が建設されたことが知られている。
いずれも平行する永久橋の建設によって役目を終えて廃止されて久しい。
うち、大滝温泉の歓楽街にある曲田の大吊り橋は目に付きやすいが、葛原のそれは今まで(我々は)確認できないでいた。
駅の入口を捜してきょろきょろしていたらば、図らずも橋を発見したのだった。


 上と左の写真は共に沢尻対岸の葛原集落がわの橋塔の姿だ。
河川敷に張り出すように建造された石組み橋台の突端に立つ橋塔だが、橋台の上にまで民家が犇めいており、まるで民家と一体化してしまったかのように見えなくもない。
農耕車も通行していたという葛原吊り橋だが、昭和39年に現在のコンクリート製葛原橋が隣に建設されたのを契機に廃止されている。
なお、細田氏幼少の想い出としては、彼が小さい頃、おそらく20年以上前だが、吊り橋は荒れるに任せ、ワイヤーが板敷きとともに米代川に流れ落ちている状況に遭遇したことがあるという。
それはおそらくこの葛原の吊り橋ではなかったかの事だ。


 沢尻側の橋塔は農地の隅にあり、ややアクセスしづらい。
所在なさ気に佇むのっぽの橋塔は、雨に打たれて旅情の限りを尽くしていた。

さて、駅探しを再開しよう。


 発見した沢尻駅のホームに立ったとき、一瞬の奇跡が起きた。
雨曇りのまま日没を迎えるとばかり思っていた我々は、今まさに山影に隠れようとしている仄日を目の当たりにしたのである。
神秘的な光景に、魅入った。
駅は、民家を隔て鉄路と併走する国道の喧噪も余り届かず、米代川の滔々たる奔流を脇役に据えた光の芸術ショーの特等席だった。

 刹那の景色に出会えたことに感謝しつつ、日没後の駅を確かめた。




 花輪線としては珍しい片面のホームを持つ沢尻駅。
当初から無人駅だったため駅舎は存在せず、ホーム上に小さな待合室があるだけだ。
また、ホームの背後は民家がギリギリまで接しており、余裕は全くない。
特徴としては、ホームの大館側がカーブしていることと、側面が珍しい玉石練積みとなっている事くらいだ。

 この駅の特徴は、むしろ駅本体ではなく、そのアクセスにある。


 
 当駅には、駐車場がない。
駐輪場もないし、電話機、自動販売機などもない。
駅に接する唯一の道は、レールによってブチッと行き止まっており、狭さ故もはやUターンも不可能。
国道からの入口に標識もなければ、近接するバス停の名前は、「沢尻前」となっている。
集落にあるのだから、利用者が極端に少ないと言うことはないだろうし、実際に駅に至る唯一の道には、利用者のものと思われるチャリが3台置かれていた。





 この駅へのアクセスは、不便かつ、危険きわまりない。
特に、国道がラッシュの時間には、もはや入ったが最後、ラッシュが終わるまで出られない事態もあり得る。
よく見ると、入口には「通行止め」のミニサイズの標識が掲げられていたが、申し訳ないことに当初気がつけなかった。
厳密に言えば、この標識は「歩行者も立ち入り禁止」なので、ここに掲げるべきは「車両通行止め」だと思うのだが、まあ違反した身、偉そうなことは言うまい。
それにしても、考え無しに駅前まで車で行ってしまうと、バックで国道に出てくる以外にない。

揚げ足取りを許されるなら、この駅は史上初の、
道路交通法に違反しない限り、アクセスできない駅である。
この駅の利用者は須く道路交通法に違反している。

 
 国道の入口は信号があるが、押しボタン式であり、ボタンを押さない限り変化はない。
国道に駅からバックで出なければならないというのも、珍しい。
そもそも、田舎の駅としては駐車場がない時点で珍しい。
マイカー通勤との親和性を全く考慮していない、頑なな駅である。
幸いにして、国道から駅の存在は「まず気づけない」のだが…。





 なお、この酷い状況は、現在は行き止まりとなっている道の踏切が廃止されてしまったために生じたようだ。

写真の通り、駅に隣接して踏切が有った痕跡がある。
(ちなみに、反対側の道も入口に小さな「通行止め」の標識が掲げられている)
現在は、反対側からホームに近づく術は、大きく国道を迂回する以外になくなっている。

 

 十二所駅
 2005.10.29



 さらにお隣、十二所(じゅうにしょ)駅。

この変わった名の駅は、秋田鉄道開業時から名前が変わることもなく今日まで同じ位置にある。
大正4年開業。
当地は十二所町の中心地として、また大滝温泉の近隣として大いに栄えたところだが、昭和30年に大館市に吸収合併され現在に至る。
交換駅でもあったが、現在は単線無人化されている。
また、駅前から国道103号線に至る141mの道路が、一般県道134号「十二所停車場線」に指定されていたが、昭和57年頃に解除されている。
ほぼ同じ時期に国道103号線に「大館西バイパス」として米代川の右岸へとルートを改める大改修が行われており、町内の通行量が大幅に減ったことも、同地域の衰退の原因となっている。




 十二所駅の周辺には昔ながらの住宅地が広がっており、背後には里山が接している。
この駅のムードを一言で表せば、「風情」。
集落からは低い石垣と石段で隔てられ、列車に乗るという行為自体のステータスを感じさせてくれる、上品さ。
景観に調和した古い木造駅舎に駅銘板、駅頭のポスト、離れになったトイレなど、心休まるオーラが発せられている。




 しかし、十二所駅舎はいま、最後の時を迎えようとしている。
開業当初には1番線が通っていた敷地に新しいこぢんまりとした駅舎が建てられ、真新しい木造の匂いを漂わせている。
風格では二回りも勝る旧駅舎も、いまは四面を塞がれ、立ち入ることは出来なくなっている。
辛うじてトイレには入れるが、おそらくこれらは近日中に撤去されるだろう。

 またひとつ、開業当時の賑わいを伝える証人が、消える。


 石垣を積み上げた島式ホーム。
敷かれたレールは一本だけで、一番線の跡には、点々と国鉄用地を示す標柱が顔を出している。



 最期の時を過ごしている旧十二所駅舎。

幾星霜を耐えた母屋も、人の手によって間もなく葬られる。

せめて、国鉄臭漂う駅銘板だけでも、保存していただきたい。




 旧トイレ(新駅にトイレはない)最後の利用者。

細田氏。




 ここでクイズです。

この写真は、一体なんでしょうか?

東北の街角ハンターなら誰しもが見たことがあるはず。


 大滝温泉駅
 2005.10.29



 楽しい駅巡りも、いよいよ日暮れと共に終了。
これが、最後。

黄昏のホテル街…大滝温泉。

その中心たる、大滝温泉駅である。

大正4年1月19日に秋田鉄道の第2期工事の終点として開業した大滝温泉駅は、同年12月25日に毛馬内駅(現:土深井駅)まで延伸されるまでの11ヶ月間だけ、同線の終着駅であった。
当時の大滝温泉は北秋地域を代表する高級温泉地であり、憧れのリゾート地であった。
しかし、戦後の大館地方・鹿角地方の両鉱山の衰退による人口減や、観光の遠方化、国道のルート変更などにより、地域の再生努力も虚し余喘を保つに止まっている。




 大滝温泉は米代川の左岸の道目木(どめき)地区を中心とする温泉街で、いまも十数軒のホテルや旅館が営業を続けている。
しっとりとした食塩泉質には定評があるが、温泉中心部を通っていた国道が対岸の高台に遷移して以降、客足は衰えている。
現在は営業していないホテルも少なくないが、その中でも特に目を惹くのは、二つ。

一つは、数少ない右岸のホテルであるが、比較的早い時期に廃業したらしい(細田氏談)“お城の”ホテル。
悪趣味さが祟ったのか、完全に閉鎖されて久しい様子だ。
天守のシャチホコも片方が消滅しており、外壁の損壊も心配だ。




 お城のホテルとは橋の対岸にある「大滝グランドホテル」も、96年頃に廃業している。
このホテルは、かなり遠方からでも見ることができる、一帯ではダントツの高層ホテルであるが、逆境では巨躯を活かすことが出来ず、むしろ体力の消耗が激しかったのかも知れない。
不気味な静けさを纏ったまま、夕暮れの温泉街を見下ろしていた。





 大滝温泉駅は温泉地の南端、桜並木の先にポツンと建っている。
2005年現在、バスの路線からも外れてしまった駅前だが、ここから旧国道との合流地点までの305mが一般県道136号大滝温泉停車場線として、現在も県道指定を受け続けている。
これは、近接する十二所、土深井、末広、十和田南、柴平、陸中花輪駅までもが駅前停車場線を廃されてしまっている中では、異例のことと言える。
ところが、この県道136号大滝温泉停車場線だが、起点が駅前で、終点は旧国道との合流地点。
旧国道は県道にも指定されていないので、世にも珍しい、他の県道・国道とは一切接していない独立路線と言うことになる。
このような道の県内例としては、かつての羽後本荘停車場線(由利本荘市)がそうであったが、その後現国道まで指定区間が伸ばされている。



 大滝温泉駅は、建物の改修工事の最中であり、立ち入れなかった。
なお、1999年より無人駅である。



 当駅は島式ホームの両側が使われており、遮断機のないレールを跨いでホームに行く。
レールを跨ぐ場所には、相当に由来古そうな「線路横断時指差鳴呼確認モデル箇所」と書かれた立て札が残っていた。



 2番線が大館方面で、1番線が花輪・盛岡方面という風に使い分けられているが、花輪方面の乗り場表示板(写真右側の電柱に取り付けられている手の形をした案内板)が消失しており、さながら“11ヶ月間だけの終着駅”の再現のようである。




 1番線のさらに駅側には、草むしたホームの跡が確認できた。
貨物取り扱いの痕跡であろうか。




 あなたなら、旅の最後に何を期待するだろうか?
我々の旅についてではなく、己自身の旅について、正直に告白して欲しい。

え? 凄まじい廃隧道?!
 …それは、山行がに対する期待でしょ?

私を含め、おそらくあなたも期待する、旅の最後のシーン 「やすらぎ」 は、


この、待合室の中に、ある。




 まるで、死してなお愛されたエレナ・ミラグロ・オヨスのような、細田氏の姿。

山行がにおいては数年ぶりの死体画像ではなく、これもまた、生体の姿である。
しかし、意識はない。
なぜなら、この待合室が、あまりにも、

あまりにも、居心地がよいからである。



 居心地が異常に良い待合室の、唯一にして至高なるギミック。
それは、この椅子に他ならない。

この椅子の、座り心地の良さと言えば、想像を絶する。

椅子にはうるさい細田氏が、座った途端に一言「なにこの椅子」と言ったきり、一言も喋らなくなったほどである。
彼は、行儀良く座ったまま硬直し、しばらく後には、横になっていた。

 私も、この椅子をおそるおそる体験してみたのだが、絶句

この椅子を造った人は、天才である。
人間工学のネ申である。
見て欲しい(左写真)、この微妙な背もたれのラインを。
浅く腰掛けさせているように見えながら、実はヒップの位置に微妙な凹みがあり、体のバランスを完璧に受け止めてくれる。
木製ながら、まったく痛さや滑りを感じないばかりか、背もたれの裏が空洞でないために、すきま風を感じる侘びしさもない。
ヘッドレストも実によく考えられており、マッサージ効果さえ感じるほどだ。
横になっても最高である。
一見したところ、寝るスペースは少なさそうなのだが、凹みの部分が体を支え、緩い傾斜が最高級の羽毛布団のようなフィット感を実現している。

 この椅子、あらゆる角度から見ても、完璧な一品である。

おそるべし、大滝温泉。
湯に入る以前に、早くも体の疲れは何処かへ飛んでしまうだろう。



 冗談抜きで、本当に気持ちの良い奇跡の椅子である。
 お試しあれ。






JR花輪線 魅惑の駅たち



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