隧道レポート 大仏公園 謎の穴  第2回

所在地 青森県弘前市石川
探索日 2006.12.14
公開日 2006.12.18

続 公園の地下に眠るもの

断崖に口を開ける穴


 ある山行が読者は、いまから25年ほど前、弘前市にある大仏公園で洞窟を見つけ、友人と探険に入った。
当時中学生だった彼らは懐中電灯を手に潜り、そして、立体的に広がる迷宮のような洞内に戦慄した。
彼らが途中パニックになりながらも辿り着いた出口は、崖の中腹に開いた穴だった。

 数ヶ月前に山行が宛に届いたメールには、上のような話が、興奮気味に綴られていた。

いま私の目の前にある穴こそが、そのとき少年達の辿り着いた穴ではないのか。
もしそうだとするならば、この穴はどこか別の場所へと通じているのか…。



 午後4時20分、穴の真下へ到着した。
見上げる穴は思いのほか小さく狭いように見える。
そして、鉄の扉が開け放たれたままになっている。
なぜだ、なぜ開いている…?

 ともかく、あとはこの崖をよじ登って… 入るだけなのだが……。



  さて……

 どうやって登ろうか。
 これは、かなり手強いぞ… …。



 悩んでいても始まらない。
そうしている間にも辺りはどんどん暗さを増している。
最初に穴を見つけた崖下の市道も、徐々に通行量が増えてきている。
こんな所に居るところをあまり人に見られたくはないのに、あいにくもの凄く目立ちそうだ。
カムフラージュとなるものが何もないのが辛い。

 私は、その辺の岩場に手掛かりを求め、ゴキブリのように小汚くよじ登って行った。
ぼろぼろと崖の欠片をこぼしながら。
ほぼ垂直に近い崖で、しかも乾いた砂のような岩もあって手強かったものの、私は穴への執着心から恐怖を退け、事を成し遂げた。

 そして、遂に穴の前へ!




 本当は2人で中へ入りたかったが、細田氏はこの崖を登ることを辞退した。
そして、この得体の知れぬ穴へ私一人で入ることになってしまった。
代わりに彼は、2本持っていたマグライトのうち1本を貸してくれた。
実はいま私、恥ずかしながら「SF501」を持っていない。
また失くしたのだ(七影隧道北口付近、おそらくは開腹隧道内にあるだろう…)。
最近は仕方なしに代用として、従来サブ用だった1Wのマグライトを使って探索しているのだが、一人で探索するのにライトが1つだけしかないなどというのは気が狂う。
それで、細田氏のライトを一本借り受けることにした。

 実はこのライト、あの田代隧道でも使っていた曰わく付きの品だ…。



 鉄の扉が嵌め込まれた入口。
だが、扉は開放されている。
そして、いまその中へ入ることが許された。
が、この何とも言えない雰囲気は何なんだ。
とても立って入れる大きさではない。
いきなりの屈み歩き。

 「じゃ、ちょっと見てくる」

そう細田氏に言い残し、私は不安な気持ちのまま前屈姿勢で進入した。
現在時刻は、午後4時23分。



謎の穴 その奇妙な内部

 穴は狭かった。
入口付近でその巾は60センチ、高さは1mに足りない程度。
壁は岩肌がそのまま露出しており、鑿で削った跡が鮮明に残る。
洞床は中央がやや窪んでいるがほぼ平坦で、踏むとじゃりじゃりと音をたてる目の粗い砂礫が堆積している。
しかも、入ってすぐにまず左、そしてすぐさま右という風に立て続けにカーブしていて、見通しは利かない。
その上、緩やかだが登りとなっている。

 何らかの目的を持って、人が掘り抜いたものに間違いない。
本当に、街の噂が語る通り、当地に城を築き本拠とした約500年前の武将、南部高信が、戦の時の抜け穴として掘ったものなのだろうか。
彼が津軽氏に滅ぼされて以来の400年余りは、ここに住んだ者はなかったはずだ。
もしそれが事実なら、これまで山行がが接したどの穴よりも古いのだろう。


 20mから30mほど進んだだろうか、何度もカーブしているため、もう振り返っても入口は感じられない。
下で見た穴のように中で塞がれているだろうという予想を覆して、なお穴は蛇行を繰り返し、登っていく。
いったいどこへ向かおうというのか。
やはり、別の入口へ続いているというのか。
想像していた以上に、巨大な地底空間が存在しているのかも知れない。
洞内はとにかく狭く、方向転換出来ないほどだ。
壁は乾いていて不快ではないが、とにかく大人には狭すぎる。



 実際に私が目にしている光景は、この写真のような明るさである。
フラッシュを焚かないで撮影したものが、右の映像だ。
首からはデジカメ(防水粉塵対応の現場監督)をぶら下げ、片手にはマグライト二本をまとめて握っている。
断面が小さいのでこの程度の灯りでも周囲はよく照らせたが、心細い事この上ない。
隧道探索中でも最近はしばらく感じていなかった、地中にいることの「本質的恐怖」を覚えた。
崩れてくる様な気はしなかったが、この狭さと、得体の知れなさ、そして酸素濃度に対する不安……。

 私は、びびっていた。



 30mほど進んだところで、2m四方程度の部屋に出た。
そこはまさに地底の部屋で、立ってられる高さが嬉しかった。
私はまず背伸びと、次に深呼吸をした。
今度は時間が知りたくて、ポケットのケータイを取り出した。(私は腕時計が苦手だ)
まだ、入洞からは1分しか経っていなかった。
私はもう既に、腹一杯になりそうだった。この穴は、地底体験の具合が濃密すぎる。

 正直、ここで終わってくれても良いと思ったが、狭い穴は部屋を貫通し、まだ先へと続いているのだった。
しかも、この先の穴は更に狭く、もはや屈んで歩くことも出来なくなった。
膝を抱えて歩くより無くなった。
気持ち的に、かなり限界だ。


 部屋の壁面には、真っ黒い結晶状のものがびっしりと付いていた。
というか、ここはそのような地質なのだろう。
もしかすると、これは石炭かも知れない。

 城の抜け穴というウワサは“もっともらしい”が、或いはこの穴は、こうした石炭を採掘するための坑道だったのかも知れない。
だとしても、藩政期の鉱山で見られる“狸掘り”に酷似したこの狭さ、明らかに明治期以前に遡る古鉱山だろう…。



 部屋を出て掌を地面に触れながら進み始めた矢先、石や砂でない何か柔らかい手触りが伝わってきた。
私はゾッとした。
嫌なものでないことを祈りながら、一歩退いて、“それ”を照らし出してみた。

 それは、焼けただれた布きれだった。
傍には先端が炭になった木の棒が落ちている。
これは松明だ。
懐中電灯が普及する以前の遺物だというのか…。
周りには現代的なゴミは一切見られず、気持ちが悪い。



 うわ…

分岐だ…。

分岐が現れた……。
しかも、立体的な分岐…。

 真っ直ぐ(写真では左上方向)進む通路と、右下方へとねじ込むようにカーブする通路が分かれる。
気持ち的には下の方へは行きたくない。
空気も薄そうだし、とにかく気持ちが悪い。
だが、とりあえず、いちおう、すこしだけ、下へ行ってみることにした。

こうして私はいつも、好奇心に負けて危険な方へと歩み出す。



 立体的迷宮 


 こ  ここ

  こえー…


これは罠か。
望まない訪問者を地底の底へ葬り去るための、罠なのか…。
分岐から3mほど下った場所で、唐突に床が切れ、クレバスのようなギャップが出現した。
その向こうにも、闇に包まれた穴が見えるし、クレバスの底にも横穴があるように感じられる。
大雑把に言えば、ここは高低差の激しい十字路になっている。
しかし、こちらから向こうへ降りた場合、登ってこれるという保証がない。
これは無理だ、生き死にに関わるかもしれない。
引き返そう。

 そそくさと引き返す私。
その時、やっぱりこれは罠じゃないかと思った。
というのも、洞床の砂地は登るのに容易でなかったからだ。
へたをすれば、アリ地獄の如くにクレバスへ連れて行かれる。
もしこれがただの通路だとしたら、地面にこんなに凹凸が無く、しかも砂地である理由が分からない。
考えすぎだとは思いたいが。



 分岐に戻り、今度は真っ直ぐの通路へ進んでみた。
まだ登りが続く。ゴツゴツとした内壁と洞床の滑らかさが対照的だ。
恐ろしいながらも好奇心に背中を押され進んでいくと、またも部屋か、或いは今度はもっと大きな、広間のような空隙が見えてきた。
それはさながら、濃密な闇を満々と湛えたプールのようだ。

 近付いていくと突然、一匹のコウモリが闇から飛び出してきた!
これには心臓が止まるほどほど驚いた。
もう、やめてくれよ〜。

 彼はこの狭い中空を高速に周回し、私の侵犯行為に全力で抗議していた。
洞床には、彼らの黒い糞が積もっていたが、この狭さゆえ、その上を這い蹲って進むより無かった。



 あわわわわ…

そこには案の定、先ほどよりも規模の大きな広間があった。
しかも、この広間の四方には、目を背けたくなるほど幾つもの小穴が口を開けていた。

 こいつは、狂っている!!
小穴の中の一つは、匍匐でなければ踏み込めないほど狭い。

シャレになっていない!
これ以上は、マッピングしながらでなければとても入れない。
そもそも、一人では入る気になれない!!

 だめだ、細田氏を呼びに戻ろう。 怖すぎる。



 広間に口を開けている穴は、4つあった。
自分が入ってきた穴を含めれば5つだ。
しかもそれらは同一平面上ではなく、「黒髭危機一髪!」のおもちゃのように、四方八方へその穴を穿っていた。
これまでの隧道探険の常識から激しく逸脱した現況だ。

 細田氏次第では、今回は…このくらいで勘弁してやらんこともない。



 帰りは一方的な下り坂。
気持ちも幾分晴れやかになって、ザックザックと突き進む。
幾重のカーブもなんのその、あっという間に、嗚呼!素敵な出口の明かりよ!

って、もう外もだいぶ暗いな…。
それでも、いまの時刻は4時29分だから、この探索は約6分間の短いものだったということになる。
信じられん。




 ほそだサ〜ン! (ドラエモーンの口調で)

 私の牙は半ば折れていた。
細田氏がこの崖を攻略し、2人で洞内探索へ舞い戻るのならば良し。
一人きりならば、もうここで探索を打ち切る考えもあった。
言い訳はもう十分出来る。
そこに穴があり、しかもそれはかなり大規模であることを確認したのだから。
25年前には通り抜けられたかも知れないが、いまも出来るとは限らない。
風も流れてなかったし、あんな狭い穴で、しかも縦穴まで存在するとあっては、一人は厳しい。

 私は、崖に身を乗り出して 細田氏を 誘った。   








しかし、彼は来なかった。  






続きます…

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