仁別森林鉄道 峠の隧道
幻の隧道を求めて
秋田県秋田市 〜 五城目町

 五城目町杉沢の山中奥深く、遂に発見した隧道。
それこそは、日本最後の純粋な森林鉄道が、昭和46年まで利用していた、峠越えの長い隧道であった。
長年探し続けていた隧道との出会い、そして、水没という事実…。

 どうする、ヨッキれん!






 発見された坑門は、既に八分方土中に没していた。
そのすぐ手前を我が物顔で流れ落ちる滝と小川が運んできた土砂らしい。
坑門自体の崩落は特に感じられなかった。

しかし、河床より低い位置にある洞床、しかも雨の翌日。
これは水没していて当然といえる状況だ。

 それでも、何とか洞内へと進入したい。
長靴で立ち入れる場所まででも。



 そして、入り口に立つ。
内部に風は感じられない。
この日は外気温も低く、特にひんやりした感じもしない。
しかし、何度味わっても、この廃隧道の前の独特の雰囲気…
闇を前にした日なたの空気には、違和感を受ける。
私の場合は、これがある種の快感になってしまったようだが。

 ひっきりなしに壁を伝い、また天井から滴り落ちる水滴。
あたりには多量の羊歯植物がはびこっているが、坑門にもかなり自生している。
気色が悪い。


 坑門に堆積した土砂を超えると、その先は急に落ち込んでいた。
そして、ほんの2メートルほどで、目の前には湖が広がった。
水面の上には延々と暗闇が続いており、先には一切の明かりも無い。

 水深は、分からない。
ただ、天井が意外に高く感じられるので、そんなにはないと思う。
30cmくらいに見える。
ただ、その深さは確実に長靴の丈は越えている。
 ヘッドランプの先には、30mくらい先まではまっすぐと続く坑内が見えていたが、写真ではやはり薄暗く、殆ど写っていなかった。
そこで、強引ではあるが、画像処理により明るさを増してみたのが下の写真である。
実感は、これよりも暗い。





 意外に広く、しっかりと掘られた洞内が見て取れるだろう。
これほどに規模が大きいとは正直思っていなかった。
さすがに、ガソリン車が材木を満載して、時にはオマケの客車も引いて通行していたことはある。
乗用車もギリギリ通行できそうなほどだ。
 しかし、いくら画像処理をもってしても、写っていない物は写っていない。
目でも確認できなかった、約30mよりも向こうの世界は不明である。
ただ、現役当時の地形図から距離を算出するに、直線の隧道が少なくとも400メートルは続いていたはずである。
直線であったことが事実なら、辛うじて出口が見えてもおかしくないので、やはり、閉塞しているのか。
仁別側の坑門が発見できなかったことを踏まえると、そう考えるのが自然であろう。

 水没していなくても、この隧道の内部に侵入するのには、相当の勇気が要りそうだ。
さらに今回は、水深不明の水没である。

 辛い。




 奥へと進んでみたい。
やり場のない気持ちを見上げた空に訴えてみても、現実は何も変わらない。
すでに、この隧道は機能を停止しているのだ。
もう、道などではない。
山河の一部だ。

 もう、私には取り戻せないのだ。

廃隧道の現実を、思い知る。
しかし、坑門からほんの2mで探索終了と言うのは、比較的内壁などの状況が良いだけに、残念だ。




 直後、
私は意を決したように靴下を脱ぎ、それを近くの出来るだけ乾いた岩肌に掛けた。

 裸足に長靴という、余りに異様ないでたちに変身した私。
ちょっと、この画像は公開が憚られるほど見苦しいので、小さめのサイズで勘弁してほしい。
まあ、誰も私のすね毛など見たくないし、そもそも、こんな写真を撮影している自分もどうかしていると思うが…。


 そう、覚悟を決めた。 人柱的 深さチェック である。



 そしてこれは、一歩、二歩…、三歩踏み出した場所からの撮影である。
重いがけぬ私の侵入により、久々に激しく波打つ地底湖。
ばしゃばしゃと、激しい音がこだまする。
この写真も、かなり明度をあげているのだが、透き通った水面が、ずっと続いている様子がお分かりいただけよう。
きれいなものだ。
そしてやはり、見える範囲での崩落は無い。


 しかし、実はこの写真を撮影した時点で、私は 大変なこと になっていた。
次の写真を見ていただこう。



 水面にフラッシュが反射し、大変見辛い写真になっているのをご容赦いただきたい。
この状況が、お分かりいただけるだろうか。
長靴を犠牲にする覚悟で望んだ深さチェックだったが、3歩進んだ時点でもう。
もう、

 パンツの下まで濡れてしまった。

 この想像以上の深さには、久々に命の危険を感じた。
足元が良いのならまだ良い。
しかし、穏やかな水面の下に見えていた茶色の地面は、地面などではなかった!
それは、泥の沈殿だった。
泥のように柔らかいといったレベルでなく、殆ど水と同じ、本当の地面はそのさらに30cmは下にあった。

 一歩二歩、そして3歩目に一気に深まり、危うく転倒し掛けた。


 バランスを立て直すと、辛うじて上の写真2枚を得、その後すぐさま振り返り岸まで逃げ帰った。
水面を見ると、透き通った湖には、まるできのこ雲のような泥煙が舞い上がっていた。
そしてそれは、まるで生きているかのように滑らかに、湖底を這い、奥へ奥へと広がっていった。

 この水没隧道の危険性は、あの栗子隧道の福島側水没洞内よりも遥かに高いようである。
なぜならば、未舗装の湖底には、泥に隠された凹凸があり、それは実際に足を踏み入れぬ限り、分からないのだ。
ここを転倒せずに進むことは、ちょっと私のスキルでは、難しいと感じだ。
さらに、進むにつれ深まる水深に、溺れる危険性もないとはいえない。

 よって、残念だがこの探索は終了である。
バケツのようになった長靴を引きずり、斜面を登る。
敗走である。

 いや、やるだけはやったので、退却ということにしておこう。




 この洞内で目に付いた物がある。
入り口付近の天井だが、まるで石炭のように黒光りしている。
艶かしいほどだ。

 これは、SLの煤なのか、それとも?



 生還である。
坑門から、かつてはレールが敷かれていた筈の沢地を見渡すも、その痕跡はすっかり消えうせている。

 400m中、今回の探索延長は、約5mである。
目で確認した範囲に閉塞は無く、少なくとも50mはありそう。
ただ、反対側の明かりは見えず、出口は埋められている可能性が高い。
内部の水深は、坑門付近でさえ50cm以上。
地形的に、年中水没している可能性が高いが、せめて渇水期にもう一度チャレンジしてみたいと思う。
とにかく、想像していたよりも立派な隧道であり、峠越え隧道であるということも含め、魅力的だ。



 これが、坑門の遠景。
左の滝が目印になると思う。
しかし、林道からはここまで直線でも100mほど歩く必要がある。
沢は深くなく、長靴だけでここまで来れる。
深い杉の植林地内は、比較的下草が少なく、夏場でも歩くことは出来そう。
もし、この場所に赴こうという方は、決して内部には入らないほうが良いと思う。
当サイトのせいで、お客さんが怪我をしたりするのは、非常に辛いので。

 私も、今後再びここを訪れることはあると思うが、今回よりも状況が改善していない限りは、立ち入ることはしない。
まあ、私がケイビングの技術でも習い、それ相応の道具でもあれば、全く問題なく進入できると思うが、それはちょっと無さそうである(笑)。



 帰りは、大体位置関係がはっきりしたので、最短で林道に戻った。
ちょうど隧道から最寄の林道の山側には、この写真の滝が落ちている。
これも、目印になる。

 あっ、なんかこれ自分のために書いてるみたいだ。
もう、見失いたくないからね、愛しの隧道ちゃん。


   仁別林鉄杉沢支線 “峠の隧道”

竣工年度 1930年頃?  廃止年度 1971年  
延長 約 400m   幅員   約3.0m    高さ  約4.0m

県内最後の林鉄となった仁別森林鉄道杉沢支線にあった峠越えの隧道。
現在では秋田市側の坑門は消滅してしまった模様で、五城目側の坑門のみが僅かに地上に顔を見せる。
内部は水没しており詳細不明。





 オマケだが、この林鉄支線にもう一本あった隧道が、地図中の隧道Bである。
こちらは、林道を走っていれば自然と目に付くので、とっつきやすい。

 これは、林道から目立つ南側坑門。
先ほどの峠の隧道より断面は小さいが、ちゃんと貫通しており、濡れてよいなら通行は可能である。
延長は、20m程度。



 反対側、北側の坑門も、林道と垂直に交わっているが、注意していれば発見できる。
写真右に写る黒い巨岩に隧道は穿たれている。






 こちらも十分な迫力。
野趣あふれる林鉄隧道は、ずっと見ていても飽きない自然のオブジェのよう。
人工物なのに… これって、盆栽のような魅力かな?

   仁別林鉄杉沢支線 “林道沿いの隧道”

竣工年度 1930年頃?  廃止年度 1971年  
延長 約 20m   幅員   約2.0m    高さ  約2.5m

県内最後の林鉄となった仁別森林鉄道杉沢支線にあった隧道。
廃止後に敷かれた林道は、この狭い隧道を迂回しているが、林道からも良く観察できる。
内部は荒れているが通行は可能。





 遂に発見され、その内部を一部といえ晒しだした、峠の隧道。
この隧道にあったかは不明だが正式な名称や、その顛末など、今後も調査を続行したい。


 闇の中、静かな地底湖に守られた深部には、栄華を誇った林業王国秋田の一昔前が、今なお封じ込められているのかもしれない。

その全てが白日に晒される日は、果たして来るのか。


2003.5.12

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