隧道レポート 七影隧道  第二回 

公開日 2006.11.16

幻の未完隧道を捜索せよ!

次なる擬定地へ 

周辺地図

 大いに期待を抱かせる展開ではあったが、最初にアプローチを試みた「擬定地3」は、空振りであった。
それは現在の林道が出来る以前の、トチノキ沢を大回りで渡る林鉄時代のルートだった。
結局我々は、車を停めていた林道の終点へと戻ってきたのである。

 次に狙うは、擬定地の2。
擬定地2についても、3同様なんらそこに隧道があったという根拠はなく、単純に地図上から推定された地点である。
だが、存在した隧道の全長(129m)だけは判明している以上、ここを含めた残る2箇所の擬定地に隧道が存在しないとなると、我々に隧道を探す手だては失われる事になるだろう。

 せめて、何らかの手掛かりを掴みたい。


 午後0時40分、軌道跡を峠へ向けて前進再開。
地図上でもここから先は点線で描かれているとおり、普通車では入れそうもない。
だが、道に並行して設置された電線を管理するためか、路面はしっかりと刈り払われており、歩くことに支障はない。
また、昭和46年の軌道廃止後にも林道として使われていた期間があるようで、路面はフラットで枕木やレールなどと言った痕跡は全くない。
正直、軌道跡としての面白みには欠ける展開である。
それだけに、皆の隧道発見に寄せる期待は大きかった。



 葉も実も真っ赤に染まったガマズミ。
秋の山に入れば大概は目にするもので、普段なら私の食欲をそそる。
口に含むと僅かながら甘さもあるのだが、あんまり小さくて種もあるから食用には適さない。果実酒にはよく使われる。

 一行5人は、一塊になって秋の落ち葉道を歩いていた。
だが今は、目にする秋の実りに心ときめかせるわけでもなく、ただ失われた隧道を探そうと、みな目玉をギョロ付かせている。



 道は歩きやすい状態のままに推移した。
行く手には切り通しへと繋がるカーブが見えてくる。
杉林に覆われた鞍部も一翼も現れる。
擬定地2は、無名の沢の奥にある。地形図では沢の記号も描かれていないので、殆ど水も流れていないはずだ。
そして、いま足元は小さな築堤になっている。
ここが擬定地2の入口のようだ。
沢伝いに右手へ伸びる線形が無いか、私とくじ氏が先頭になって探した。



 だが、擂り鉢状になったその沢には、木洩れ陽に照らされた巨大な切り株が目立つばかりで、なんら道らしき痕跡は認められなかった。
立ち尽くす切り株は、まだ完全に死に絶えてはおらず、か細い幹を新たに空へと延ばしていた。


 失われた遺構を、目印の乏しいこの広大な山域で捜索するという我々の無謀は、果たして如何なる結果に逢着するのだろう。

 午後0時45分、
失意のまま、我々は擬定地2へ続くと思われる沢を、放棄した。



最後の希望 

 結局は、擬定地1に行き着くのだろうか。
確かに現在の切り通しの位置に隧道がかつて掘られたというのは、説得力がある。
そこは、越えやすい場所だったはずなのだから。

 だが、ここは既にシェイキチ氏が捜索済みの場所である。
そして、隧道が放棄されて半世紀以上が経過しているのだ。
残念ながら、最も有り得そうな場所だけに、逆に現存は絶望的という予感があった。


 ん! 

……ここも怪しくね?

 先頭を歩いていた私は、先ほど諦めた沢とよく似た沢がもう一本あり、その沢の窪みに沿うように、平坦な部分が広がっている事を認めた。
そして、上気した声で先の声を上げ、仲間達の反応を伺った。

 ここは、道っぽくは見えない。
むしろ、かなり広い平坦地。
そこに、若い木々が根付きはじめたような印象だ。
踏み跡らしいものはまるで無いが、周りに較べ疎林であり、踏み込むことは容易だった。


 0時48分、疎林の平坦地を突破した瞬間、一行に歓声が上がった。

 行く手には、明らかに人の手が入った切り通し道が出現したのである。
左には、浅いがはっきりとした沢が続いている。
擬定地2は、こちらの沢が正解だった。

 私と、もう一名のスイッチがここで、 “入った”。



  先頭は私、そしてウサギのようにすばしっこく木々の合間をすり抜け背後から接近する、くじ氏。
かつてこの2人で何度となく味わった“予感”に、私は震えた。
もっとも、震えながらも、歩みはいっときも止めていない。
止まれば相方に取り残されてしまう。
その “最高の瞬間” を、共有できなくなってしまう!

 目隠しとなった薮を素早く掻き分け、感情のままに身を滑らせる。
背後からもザクザクとたくさんの足音が迫ってくる。
全員が、一つの瞬間を予感した。



 ここ、地図に無い道が発見された。

 そしてそれは…
 狭まり行く谷へと、突っ込んでいく!



 沢の奥が見えてきた!
落ち葉がぶ厚く堆積した、一面の湿地。
もはや背後を除く三方には、かなりの急斜面が迫り上がっている。
堀割を抜けた道痕は、左から来た沢と合一してしまった。

 もはや行き止まりの見えた沢の奥。
だが、その最も奥の、日陰になった部分ままだ見えない!

 はたして次の瞬間は、

   落胆 か、 絶叫か!!








カメラさんカメラさん!!!
こっちこっち! こっち頂戴!!!
こっち写して!


 って、カメラさん俺だった!!


 果たしてそこには、コンクリート製の“何か”が見えたのである。
人工物といえば、もう“あれ”以外考えられない展開!
あと数歩歩み出せばその正体を完全に確認できただろうが、思わず、私は立ち止まった。
そして、カメラを取り出す。
まずは撮った 撮った撮った!!
そうするうちに後が追いついてくる。
細田氏、「ぐわー!」と吠える。
自衛官氏、トリ氏、笑ってる。





 合調隊。
 七影隧道を発見。
 発見しちゃいました。
 ありました。七影隧道が。



 予想されなかった事だが、隧道はコンクリート製を身に纏っていた。

 そして、まだ完全に埋もれてはいなかった!
崩れた土砂が坑口前に山積し、遠目には口を開けているのが見えないほど埋もれはしていたが、それでもまだ、わずかな隙間が残されていた。

 人々の期待や喜びを裏切り続けた、不運の隧道。
 ときには関わる者の命さえ脅かした、禍害の隧道。


人々が見守る中で潰滅し、そのまま地の底へ消滅したとばかり思われていた隧道は、
なお、その呪われし坑口を、閉ざしてはいなかった。





そして今、我々はその目前へと到達したのだ。