新日鉄の社線として利用されていた、釜石市中心市街地と平田湾とを繋ぐ長大な隧道。
記載されている地図に拠れば、その想定される延長は2.4kmほど。
既に廃止されて久しい隧道の今を、お伝えする。
永き暗闇の旅へ、ようこそ。

周囲を見回し、辺りに人の気配がないことを今一度確認して、チャリを傍の草むらに隠し、荷物は全て背負って、フェンスを乗り越えにかかった。
比較的高いフェンスだが、大人ならば乗り越えることが出来るだろう。
フェンスにある扉に鍵がかかっているかは調べなかったが、乗り越えている最中、なぜか南京錠が関係ない場所に掛けられているのを見た。
フェンスから飛び降りると、ズルッと足元が滑る感触。
泥がかなり堆積している。
此方側の坑門は、海に面したほぼ0レベルなので、大雨の時などは冠水するのかも知れない。
フェンスの外から見た景色と今はまだ違いはないが、体全体を覆う強烈な冷気は、闇の深さを感じさせるものだ。
外気温は約28度だが、内部は恐らく、15度前後だろう。
音はなく、静かな洞内に、当然のように出口は見えない。

どうしても、巨大な二機のプロペラに目が行くが、その下の内壁に右の写真のペイントあり。
隧道名などはどこにも記されていないが、延長らしき数字を確認できる。
ただし、地図上で数えられ延長よりも、この2.158mでもやや足りない気がする。
これまで、2kmオーバーの廃隧道には遭遇したことはなく、どちらにしても、山行が最長の闇となる公算は高い。
まだその長さが現実感を伴ってこないのだが、これまでの最長廃隧道である「旧大釈迦隧道」を思い出せば、往復1時間は下らないだろうと言うことが、想像できた。
正直言って、歩いて進むには長すぎである。
恐いと言うよりも、ウンザリというのが、本当のところだ。
ただ真ッすぐで平凡な隧道だったとしたら、私は悲しみさえしたかも知れない。

私には、これがなんなのか分からない。
プロペラ飛行機のエンジンのような物が、内壁の両側から生え出ている。
反対側の坑門まで続く、私の知らない空洞が壁の中にあるとでも言うのか?
確かに壁から生えてはいるのだが、この先の内壁には、このプロペラとの関連性を確信できる物は、何一つ無かったのだ。
あなたは、なんだと思われますか?これ。
教えてください!
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レールは半ば泥に埋もれながらも、確かに続いている。
これもまた、大釈迦の坑門のレールの有様に良く似ている。
そういえば、レールの幅だが、JRと同じ1067mm幅のようである。
往時には国鉄釜石線や山田線から分岐した社線は、工場の敷地を経てこの隧道まで続いていたのだ。
直通で通う貨物列車もあったのかもしれない。
このシチュエーションは、軽く萌えた。
私は、いざ奥へと進む前に、愛用のLEDライトの電池を交換し(この日の度重なる隧道探索でかなり消耗していたので)、さらに、夜間走行用のヘッドライトを装備した。
通常はLEDライトだけで充分だし、ヘッドライトなどLEDに比べれば暗くて探索には用を成さないが、万が一、洞内でLEDが故障した場合の予備としてヘッドライトを装着したのである。
一番深い辺りで唯一のライトが故障したとなっては、気が狂いかねない。
15:50,入洞開始。

間もなく、内壁に設置された小さな標識が目に付いた。
そこには、「2030m」の文字が見える。
そして、この先もこの表示は数度現れ、これから向かう鈴子坑門までの距離と思われる数字をカウントダウンし続けた。
また、これとは別に、鉄道隧道には付きものの待避口も存在した。
待避口は、人二人くらいしか入れない程度の狭い物だが、100m置きくらいに設置されていた。
その内部には、電話機や蛍光灯の残骸が見られた。

足元が泥っぽかったのは始めの30m程だけで、あとは濡れてはいる物の、良く締まった路面だった。
だが、大釈迦と同じ幅のレールが通っているとは言え、空洞の断面は遙かに小さい。
どこまで行っても、小粒のバラストが控えめに敷かれており、レールの外は歩きにくかった。
そして、結局は枕木上を飛び石のように歩くのが標準となるのだが、木の枕木は腐りが進んでいて、足触りが怪しい。
それに、枕木は均等ではなく、やや乱暴に設置されている印象だ。
この辺は、やはり「本線」と「社線」の違いと言うべきだろうか。
内壁は予想に反し立派なコンクリ製だ。
素堀をも覚悟したが、流石釜石(この隧道が掘られた当時の釜石は、本当に進んだ都市だった)、そんな中途半端な仕事はしない。
ただし、坑門付近はセオリー通りに地下水が多いようで、コンクリ鍾乳石はなかなかに成長している。
入洞から、約200m。
行く手の景色に、今のところ変化はない。
照明無しで進めるのは、この辺りまでだろうか。

洞内には、レール以外にも設置物があった。
向かって左側(西側内壁)に沿って数本の鉄パイプが通っていて、現役かどうかは分からないが、平田地区用の水道管だという情報がある。
そして、路面には無数の足跡がある。
水道管が現役であるならば、保守の為に入洞する者もいると思われるが、入口付近に集中して足跡が多く、また彼らの残したと思われる無数のゴミが散乱している様子からは、釜石ッ子の肝試し場にでもなっているのかもしれない。
落ちているゴミは、ペットボトルや飴の包み紙、パンの袋なんかが多い。
どれも年代物とはほど遠く、現役の物が多い。
ありがちな悪戯書きは見られなかった。
不謹慎ながら少し心強いものを感じたのも事実だった。
どうしても大釈迦と比較しがちなのだが、設置物は大釈迦ほど多くなく、レールの錆び付き振りなどは同等ながら、保線を再開すれば比較的容易に復活できるのではないかと思われる。
洞外のレールは完全に撤去されており、もはや鉄道としての復活はあり得ないだろうが。
今、釜石市では「源太沢トンネル」というバイパス道路プロジェクトが市民から熱望されていると聞く。
交通量が飽和し道幅も狭くて危険な国道45号線と、内陸へ向かう国道283号線とを短絡する山越えのトンネル計画だが、予算の都合もあって進んではいないらしい。
既にあるこの隧道を、新しいトンネル計画に活用することは出来ないのだろうか。
場所的には計画されているトンネルと同等の働きが出来ると思うのである。
このままの幅では使えないので、拡幅の大工事は必要となるだろうが、昭和初年の竣工と言う割りには崩落もない本隧道は、このまま埋め戻したりするには惜しいと思うのだ。

入洞から7分経過。
振り返ると入り口は豆粒のようになっていた。
そこにあった、「出口500M」の標識。
内壁には滴る水滴や、滴りきれない小さな水滴が全体に付着しており、フラッシュの光に宝石のように輝いた。
ここまでは、本当に真っ直ぐである。
そして、行く手もまだ暫くは真っ直ぐの筈。
手持ちの地図には、平田側坑口から1km近く直線で描かれている。
出口まではカーブもあり、当然まだ見えるはずもないのだが…。
いや、…
光が見える。
あと1600mも出口まではあるはずなのに、行く手にうっすらだが光が見えるのだ。
こんなに簡単に攻略できていいのか?!
って、いくら何でも、おかしいだろ? 何の光?!

錆付いたレールと、やはり錆の塊となった空き缶。
そういえば、いつの間にかゴミと一緒に足跡も消えている。
さっきまであんなに沢山あったのに。
まあ、肝試しでも、こんなに隧道が長いのでは興ざめしてしまいそうだものな…。
いい加減、歩く方も飽きるだろう。
私としても、覚悟は出来ているつもりだが、流石にまだ3分の一というのはうんざりだった。(帰りも含めれば6分の1…)
チャリを持ち込みたい気持ちにも、少しだけなった。

朽ちた枕木は、またとない榾木となっているようでもあった。
枕木だけではない。
レールと内壁以外の至る部分に、まるで綻びのような白い菌糸が発生していた。
それらのうちの幾つかは、キノコを生じさせていた。
写真は、その中でも最も立派な、大きな物であった。
同じ物は二つとなく、様々な色・形のキノコが、大体500mから先のしばらくの間、点在していた。
光を浴びて艶めかしく闇に浮かびあがるキノコ達は、棄てられた隧道の新しい住人のようだ。
そういえば、洞窟の住人といえば蝙蝠だが、僅か1羽を認めるのみだった。
延々と続くかに見える直線。
微かだった謎の明かりは、いよいよ輪郭を現し始めた。
しかし、私が見ていた明かりは出口そのものではなく、カーブの先にある照り返しのようにも見える。
なんというか、壁の一部が光を浴びて光っているように見えるのだ。
いずれにしても、写真に捉えられるような明かりではなく、全てのライトを消すと、闇に浮かぶように微かに見えるという程度だ。

来たたたたっ!
この遭遇は、どうなんでしょ?
鉄分高めの方に窺ってみたいですね。
私のような、鉄分やや高め程度の中途半端な人間でも、これは来たです。
だって、鉄道の象徴といえる(?)信号機が、そのままでそこにあるんですぜ。
しかも、ただの信号機ではなく、洞内信号機です。
もはや錆のオブジェのようなのに、双眼の光は失われていない …感激!
かつて運転士達が、この信号の現示を頼りに照明もない隧道内を運転していたのだと思うと …興奮!
どんな色で光っていたのかと、想像するだけで … 悶 絶!!
きっと、朧な色だったんだろーなー。

水道管といわれるパイプには、数カ所にメーターが設置されていた。
今現在は、「1」の辺りを指し示していたが、うっかりよく見てこなかった。
スケールとしては、0から1、2、…、6まであって、単位は…失念。
おそらくは、水圧計。
0でないということは、現役だと言うことだろうか?
なんか、至る所が錆び付いていて、この中の水はちょっと…頂きたくない気がするのだが…。

いよいよ、謎の明かりがライト点灯のままでも見えるようになったとき、入洞から13分が経過していた。
そして、大きな変化があった。
隧道の断面が、一挙に二倍くらいに大きくなったのである。
高さは変わらないが、両側の壁が突如遠くなり、それまでの細長い楕円形の断面から、ゆったりとした半円形に近い断面に変わった。
これは、一何かが始まる前兆なのか?!
私は、何か大きな遭遇を予感したのである。
そして、その予感は、外れなかった。
いよいよ次回、後半戦へと転じる長大隧道の探険。
私はアクシデントに見舞われる。