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コメント
2,8472010-04-14 12:29:36/road/isone/main.html [コメント一覧]10
先月、梅乃屋帰りに散策したので、親近感が沸くレポートです。その前に、ヨッキさんが歩いていらしたとは。やはり目の付け所が違うと感心しています。こちらは、崖の上の神社にいくのに何でこんな立派な、などと呑気に思うくらいですから、調査力?そんなものはありません、ええ。
2,8452010-04-14 01:24:18/road/isone/main.html [コメント一覧]10
この道は昔は軍用の道だったみたいです。
ボックスカルバートはバブル時に観光道路を作ろうとしたが、はじけて中止になったみたいです。

他の人ブログに書いてあることなので情報が正確かどうかはわかりません。
http://takaki-i.blog.so-net.ne.jp/2009-07-11
2,8432010-04-14 01:00:06/road/isone/main.html [コメント一覧]8
千葉県民です。まさかこんなところにループがあったとは、千葉の地図は隅々まで見たと思っていたんですが、気づきませんでした。房総にはこんな怪しげな点線道がまだまだありますね。富津に近いことからも軍事関係の廃道路か鉄道っぽい感じがします。
2,8422010-04-14 00:56:47/road/isone/main.html [コメント一覧]9
毎回愛読させていただいております。
今回のレポートを見て、ループの形で感じたのは高速道路のインターチェンジみたいということです。
もしかしてルート変更が生じて使われなくなったインターチェンジということはないでしょうか。

素人考えではありますが、参考になれば幸いです。
2,8402010-04-14 00:12:50/road/isone/main.html [コメント一覧]9
津波標識は、波が右向きか左向きかの違いはあれど、かなりオーソドックスなものです。
以下、参考サイト
http://www.bo-sai.co.jp/tunamihyoujiban.htm
http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/zukigou/chapter02.pdf

なお、千葉県とは逆向きの波の標識はJIS化していますので、覚えておくとよいでしょう。オブ的には、津波標識の変遷からも年代が推定できる可能性がありそうです。
http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/2103/210323-1houdou.pdf
2,8392010-04-13 23:39:55/road/isone/main.html [コメント一覧]10
昔の街道が程よく枯れた廃道とは生い立ちが違うような雰囲気ですね。
そこを通らないと、先には行けない地形でもなさそうですし。
やっぱり観光道路(スカイライン系)の出来損ないでしょうか。
まずは、このような物件を発見され、ループが実在した点に、10点!
2,8382010-04-13 23:33:39/road/isone/main.html [コメント一覧]7
カルバート上のガードレール、よく見ると上下の波の部分の断面が鋭角になっている
旧タイプの物ですね。形状で言うと > ←このタイプです。現行タイプは 〕 ←こんな感じ。

この旧タイプの物は経験上、昭和40年代ぐらいまで使われていたという印象があります。
とはいえ、たまにステンレス製の最近作られたと思われるタイプも少数ながら存在してるので
油断(?)は禁物ですが。
2,8372010-04-13 23:08:09/road/isone/main.html [コメント一覧]10
清水国道みたいに前人未到体力勝負的ディープもいいですが、こういう前人有踏知能的ディープってのが好きですな。味わい深いと思います。
きみのうちの裏山にこんな歴史が!みたいなwww

2,8362010-04-13 22:49:01/road/isone/main.html [コメント一覧]10
こんばんは、いつも拝見させていただいてます。

磯根崎には陸軍富津試験場の磯根着弾観測所があったので元は軍用道路かもしれません
(ちなみにまだコンクリート製の観測所が存在するようです)

でも航空写真を見るとBのあたりは東京湾観音ができた1961年は道が
はっきり見当たりませんが1971年だと見えるので例のボックスカルバートは
このあたりに(観光目的で?)整備されたものかもしれません
2,8352010-04-13 22:34:25/road/isone/main.html [コメント一覧]9
実家の近所にヨッキさんが来られたとは!これは楽しみです。
大貫漁港の国有地ですが、隣の道路と合わせれば優に4車線は取れますね。湾口道路関連で道路を作る予定だったのでしょうか。
湾口道路は確か磯根崎から馬堀につなげる予定だったはずです。

2,8332010-04-13 20:38:42/road/isone/main.html [コメント一覧]8
ネットでチラッと調べましたが
http://takaki-i.blog.so-net.ne.jp/2009-07-11
にループ部分の説明がありました。

http://tenten.daa.jp/yama/ootubo.html
にも説明が。地元の人は知っているかもしれませんね。
2,8322010-04-13 20:15:14/road/isone/main.html [コメント一覧]10
今この近くに住んでる人間です。
このループ橋は私が小学校低学年くらいに作られたと思うので35年以上前ということになります。
以前漁業センター無いときは、海水浴場となっていてよく泳ぎに来てました。
当時はこのループ橋の上から海岸方面へは見晴らしがよかったです。
このループ橋の近くに大きなコルゲートチューブの排水溝らしきものがあって、その中で遊んだりもしました。
あと、この場所へ行く途中のですが、緑地の海側の倉庫は昔の漁港で、埋め立てて現在の漁港になったと思います。
緑地は昔海苔を干す場所として、使われていました。
あと、この道の脇に砲台があったと聞いています。
2,8312010-04-13 19:43:33/road/isone/main.html [コメント一覧]5
はぅ。思いっきり地元です。(といっても、隣町ですけど)
このループ道、あるのは知ってましたけど、はいった事もなければ、素性を調べたこともありません。申し訳ない。
で、その前の道が異様に広いのは、これは廃道(?)にはいる直前にあった、「栽培漁業センター」に通じる道ということで、かなーり先行整備された道路です。補助金の恩恵?
反対方向に向かうと、「富津市商工会大佐和支所」のところに橋が架かっていますが、この橋の橋脚をみますと、半分しか使われていない(将来の拡幅を見越して、橋脚は4車線分の幅で建設されたものの、橋げたは片側2車線分のみ)のがわかります。で、その先(JR内房線大貫駅方面)は、まったくの未整備状態です。(でも、国道465号のバイパスとして、重要な道路です。なにしろ、国道465号側には、JRの線路をくぐる地点があり、路線バスはくぐれるが、それ以上の高さの車両(観光バスとか)は通れないのです。)
富津市は人家の少ない山奥の道はかなり整備されてるのに、この海岸線の道は私有地が多いせいか、整備が中途半端です。(成田闘争で長年千葉県には土地収用委員会がなかったのが原因かもしれません)
ちなみに、ご存知とは思いますが、近くにある東京湾観音に向かう道に廃トンネルがあります。心霊スポットとしても有名だったのですが、トンネルが小さく小型車しか通行できなかったため、バスが通れるよう切り通しの迂回路が建設され、廃止されました。現在は入り口が鉄柵で封鎖されていて、立ち入ることはできません。
2,8292010-04-13 19:39:33/road/isone/main.html [コメント一覧]9
多分広い道に関しては、この周辺に軍施設があった記録があるので、その関係でしょうけど・・・本題の道に関してはさっぱりですね^^;
・・・・東京湾観音に関連して未成観光道路な気がしますが・・・
2,8282010-04-13 19:10:36/road/isone/main.html [コメント一覧]9
いつも楽しく見ています。そーいえば、千葉県南房総市に住んでいます。川下(かわしも)という所(海にすごく近い所)で、珍しい?あの標識?を見かけました。白浜(川下も白浜)の根本(ねもと)でも、見かけました。(ただし、根本のは木製?の標柱型)暇があったら見にきてみてはどうですか?
2,8272010-04-13 15:53:24/road/isone/main.html [コメント一覧]6
横須賀の海軍航空隊の基地が追浜(おっぱま)に有りました。
追浜の飛行場は敷地が狭いので、対岸の千葉にも飛行場が有ったそうです
坂井三郎が大空のサムライの中で、飛び立つとすぐに着陸しなければいけないと書いています。
2,8262010-04-13 15:11:34/road/isone/main.html [コメント一覧]10
初めまして、大貫漁港でよく釣りをしている者です。ループ道の存在は別件ブログで知っていたので、興奮しながら拝見させて頂きました。

ぜんっぜん関係無いとは思うのですが、地元の釣り師のオジサンの話しですと神社だか道路だかの工事の際に白蛇が沢山出た事があり、この山は神様の山だとの事でした。また、沖に見える大島とは姉妹関係にあるのだとか。

若干オジサンも情報も怪しいですが、面白い話しなので記憶に残っております。
2,8232010-04-13 12:38:12/road/isone/main.html [コメント一覧]10
ヨッキれんと言えば、藪。藪と言えば、ヨッキれん。
2,8222010-04-13 12:30:00/road/isone/main.html [コメント一覧]6
千葉の海岸沿いは旧軍施設の宝庫ですから、これも富津の射撃試験場や海堡、要塞の建設用道路か、あるいは資材・弾薬の運搬路だったのかもしれませんね。ループなどは重量物・大型物を運ぶためのような・・・。機密だったから、資料もないし、土地の人もなかなか知らないし、困った物件ですね。
2,8212010-04-13 11:24:17/road/isone/main.html [コメント一覧]8
ループは本当にあった!ただボックスカルバートって味気ないですね。そんなに古いものではないのでしょうか。続き期待してます。
2,8202010-04-13 11:20:34/tunnel/isikawa/main4.html [コメント一覧]10
本当に城の抜け穴だったらすごいと思いました。
途中にあった、たいまつとかすごい鳥肌立ちました。
おもしろかったです!
2,8182010-04-13 10:01:28/road/isone/main.html [コメント一覧]10
大貫漁港の国有地、元軍用地ではないでしょうか。
直ぐ横の富津崎は、陸軍の射撃試験場でしたからね。

海岸沿いの怪しい道も、東京湾要塞関連な気がします。
軍に関係していた物件ですと、市町村史に残り難い
ですから、ヨッキさんが、地誌を調べても出てこないのは
判る様な気がします。
2,8162010-04-13 07:38:24/road/isone/main.html [コメント一覧]10
地元民です。
この道は以前通った事があります。
オフロードバイクで分け入ったのですが途中、山の尾根に
ハングライダーとかパラグライダー用のテイクオフポイントがあったように思います。

藪が深くなりオートバイでは走りきれませんでしたが
最終的には東京湾観音に道は繋がっていたように覚えております。
2,8132010-04-13 04:38:56/road/isone/main.html [コメント一覧]10
なにかちょっと不気味ですね、この道・・・
何時ものレポートではそういう風に感じないのですが。
2,8112010-04-13 00:19:42/road/usidake/main8.html [コメント一覧]9
歴史に思いをはせる筆者の思考の過程が垣間見えて、印象深かった。
2,8082010-04-11 22:48:41/road/spr288/main16.html [コメント一覧]10
すごい!としか言えない渾身のレポートですね。私の父の田舎が天竜川沿いだし、私自身も学生時代には自転車で山道を走っていたので、かなりはまりこんでレポートを読みました。
かなり危険なところもあったようですが、無事に帰ってこれてよかったですね。
2,8062010-04-11 19:02:08/bridge/toga/main4.html [コメント一覧]10
保養センターの壁
やwwwばwwwい

この写真、橋の欄干とか相当痛んでるし
オブローダーでなければ絶対に気味悪がるのに
堂々と一面に・・・・・

どう考えてもその趣味の人たち向けに用意しただろセンターの人
つか、壮大すぎる・・・・


あ
誤植でしょうか?
>その粗漏な工事のために落橋したのだから、村は1銭も出さない。むしろ賠償してもっt立派な橋を架けてくれ」と

もっt は もっと の間違いでは?
2,8052010-04-11 11:50:35/tunnel/aketi/main3.html [コメント一覧]10
いろはに・・・
の看板、レポートの最後に全て公開していただけないですか?

導入のテンション気に入りました(笑)
2,8042010-04-11 03:36:15/road/spr288/main16.html [コメント一覧]10
大変楽しく読ませていただきました。
子供の頃父に聞いた話では、35年前には通行できたそうです。(当たり前か・・・)
2,8022010-04-11 01:13:30/rail/koumyo/main3.html [コメント一覧]10
大変楽しく、興味深く読ませていただきました。
父が船明出身で、子供の頃(40年ぐらい前)実家の畑がこの坑道の直北あたりにあり、1,2度行った覚えがあります。ただ、その時点で、「中が崩れていて危ないから入ってはいけない。」と言われていました。
現在、坑道の北側は再開発工事が進められています。おそらく住宅地になることを考えると、残念ながらこの遺構も「危険だから」と、葬られてしまうのだろうと思います。

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