| ▼番号 | 書き込み日時 | 書き込みURL | 点数 |
|---|---|---|---|
| コメント | |||
| 1,614 | 2010-01-29 23:32:57 | /road/spr288/main16.html [コメント一覧] | 10 |
| いつも楽しみに読ませてもらってます。 私、ゆーひといいます。 こちらのコンテンツを読ませていただいて、r288にいってみたくなりました。 他の廃道はいくらか行きましたが、これほどの距離は踏破したことがありません。 いろいろと準備が整ったので、明日3人で挑戦してきます。 | |||
| 1,613 | 2010-01-29 21:11:34 | /rail/kunisakai/main.html [コメント一覧] | 10 |
| 大変興味深く読ませて頂きました。実は、私はこのレポートに起点の地名として出ている「門」の出身です。現在63歳の私が子供の頃までは、周辺にコンクリート製の橋脚や素堀状態の隧道が残っていましたし、道床造成の途中と思われる開削部分もあったり、神社を遷座した・・・というような話を聞いた記憶があります。特に隧道部分の地盤は崩れた岩石様の状態で、浸入した水が冬に凍って夏まで溶けず涼しいため、周辺の住民は冷蔵庫代わりに使っていました。真夏に毛布を持って入り口付近に行くと気持ちよく昼寝ができたモノです。また、レポートによると、鉄道を断念してからのことのようですが索道の記憶もあります。石炭を積んだバケットが延々と延びて動いていたのを思い出しました。 このような、私にとって貴重な思い出に結びつくレポートに感謝します。 | |||
| 1,612 | 2010-01-29 21:04:07 | /tunnel/itijo/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| 謎の多い隧道ですね。解明されることを望ム! | |||
| 1,609 | 2010-01-29 20:25:55 | /tunnel/itijo/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| 前回の見てからキリズシ隧道が浮かんでました・・・w でもあちらとは随分雰囲気違いますねぇ・・・ 実際には半分しか入ってないけれども 確かに壁際の突起部分は気になるところ・・・ ん〜・・・隧道内に雨水等が侵入して歩きづらくなったときの為の歩道とか・・・? | |||
| 1,608 | 2010-01-29 20:21:37 | /tunnel/itijo/main3.html [コメント一覧] | 8 |
| ながーい腰掛ではないですか? 一休みしてもらおうと。 | |||
| 1,604 | 2010-01-29 18:38:04 | /tunnel/itijo/main3.html [コメント一覧] | 8 |
| >今いる東側の峠が古くからの本道であり、次に西側の「謎の凹み」の位置に隧道を掘ろうとして工事に取りかかったが、何らかの事情により中止。 >代わりに東側の峠の下に掘ったのが現在の隧道。 西側の峠道は現在の隧道を工事していた間の迂回路 ではどうか 東側の峠が前後を隧道に切り取られているなら隧道工事中は峠自体が全面通行止めになってしまったのでは 隧道が完成するまで峠が全面通行止めでは困るから作ったのが当初作りかけた作りかけ隧道への道を流用した西側の峠道、と | |||
| 1,600 | 2010-01-29 14:38:38 | /tunnel/itijo/main3.html [コメント一覧] | 9 |
| 隋道の歩道のような出っ張り尾ですが、元々の高さがそこであり、後から何らかの理由で掘り下げたのではないでしょうか。よっきさんの推測とおり、車両の通行を考えず人が通れる幅だけ必要なら、掘り下げ幅が狭いのも頷けます。 あくまで写真を見た推測に過ぎませんが・・。 | |||
| 1,599 | 2010-01-29 14:03:08 | /tunnel/itijo/main3.html [コメント一覧] | 9 |
| 石工 賀○次郎? | |||
| 1,598 | 2010-01-29 13:08:08 | /tunnel/itijo/main3.html [コメント一覧] | 9 |
| 途中の急坂と言い、峠部分との標高差と言い、見れば見るほど、必然性の薄い隧道っすね。道の重要性にもそれ程の感じを受けるわけでもなし。 明治31年(西暦1898年)か、、、110年も時を経たにしては不思議と綺麗なままだね。通行路以外としても、最近まで使っていた様でもあるし。。。 近場のもう一つの明治隧道ってのも早くみたいです。 | |||
| 1,597 | 2010-01-29 12:30:58 | /tunnel/itijo/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| 一番最初の写真、サイズが分からなかった。縦横数十センチの排水溝にも見えた。 | |||
| 1,596 | 2010-01-29 10:16:48 | /tunnel/itijo/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| これは、いくっきゃないですね〜(笑) 今回も一緒に探索した気分にさせていただきました。ありがとう! それにしても。未成の隧道跡? 反対側が掘られていたら、さらに面白かったんですけどね〜 | |||
| 1,595 | 2010-01-29 09:48:20 | /tunnel/itijo/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| 民家の犬に吠えられませんでした?ワンワン | |||
| 1,592 | 2010-01-29 08:34:39 | /tunnel/itijo/main3.html [コメント一覧] | 9 |
| 一行目は「于時」(時に)ではないでしょうか。「時に、明治卅一年二月下旬、工成る」と。 伊豆はよいですね、 | |||
| 1,590 | 2010-01-29 02:14:11 | /koneta/koneta_117.html [コメント一覧] | 10 |
| フーン・・・ (σ_σ) | |||
| 1,588 | 2010-01-29 01:30:33 | /koneta/koneta_126.html [コメント一覧] | 10 |
| (o ̄∇ ̄o)ヘヘッ♪ー | |||
| 1,582 | 2010-01-28 17:59:38 | /koneta/koneta_131.html [コメント一覧] | 10 |
| =゜-゜)(=。_。)(゜-゜=)(。_。=)ニャンニャン | |||
| 1,568 | 2010-01-28 02:09:38 | /rail/waga2/main9.html [コメント一覧] | 10 |
| このレポートを見ていてふと思いました。ダムや発電所などを見ていらっしゃるので、JR東日本の信濃川発電所はどうでしょうか、と。廃ではありませんが、なかば廃状態にあり、荒んだ様子はもちろん見られませんが、完全に水が抜かれているダムはまず見ることができないでしょう。そしていくつもの発電所を結ぶので、その辺りの水路探索も面白いのではないでしょうか。このサイトの趣旨とは少々違いますし、水路等に入れる状態かは分かりませんが、水の無くなった湖底には何かが眠っているかもしれませんね。単にダムの構造を見るだけでも何か発見があるかもしれません。 | |||
| 1,566 | 2010-01-27 23:41:24 | /tunnel/itijo/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| く、矩形・・・。伊豆のキリズシですか? | |||
| 1,561 | 2010-01-27 22:51:04 | /koneta/koneta_142.html [コメント一覧] | 10 |
| ニャー \(^‥^=\)~ ~(/=^‥^)/ ニャー | |||
| 1,556 | 2010-01-27 21:40:43 | /rail/waga2/main9.html [コメント一覧] | 10 |
| スリリングな展開には、まるで自分が同行しているかの興奮を覚え、一気に読破してしまいました。 いや〜、凄いですねー。 なお、その4に登場する隧道内に取り付けられていたゴム状碍子ですが、あれは鉄道電話のための物でしょう。 時代を考慮すると、当時は銅の裸線が使われていたはず。 それを張るための碍子である可能性が高いですね。 今では何処でも、絶縁や耐久性能に優れた被服のケーブルが使われてますが、裸線使用のメリットは、いかなる場所でも電話機さえ所持していれば、その電話機と裸線とをクリップなどで接続することにより通話が可能であること。 通称「ハエ叩き」も、現在のような優れた通信ケーブルのない裸線時代固有のものです。 この裸線。地下鉄では今も現役の区間もあるようで、東京メトロの日比谷線中目黒地上部(例の事故があった、東急東横線との併走部分)にて、それらしきが見られます。 | |||
| 1,555 | 2010-01-27 21:39:29 | /tunnel/itijo/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 大発見!!!ですね。 「なんでこんなところに隧道が?」と思うくらい土被りの少ない隧道ってありますね。 でも妙に整った隧道ですね。 現役のようでもありますね。 私も、こんなの発見してみたい! | |||
| 1,553 | 2010-01-27 16:46:52 | /road/yamadera/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| この手の滑り台と言いますと昔住んでいた山梨県の甲府市愛宕山にあったこどもの国の滑り台を思い出しますね。こちらもコンクリート製でかなりの急勾配であり、けが人続出か何かの事情で平成の始め頃に閉鎖された、と言う話を聞いた事があります。 | |||
| 1,550 | 2010-01-27 15:37:23 | /road/r121_ootouge/main7.html [コメント一覧] | 9 |
| 旧道、喜多方側の最初の区間、2車線が確保されているが集落内を通っており、歩道も狭いのに50キロ制限には驚いた。 今大峠はどうなっているのだろう。 | |||
| 1,546 | 2010-01-27 12:30:29 | /tunnel/itijo/main2.html [コメント一覧] | 9 |
| あくまで予測ですが、この隧道、荷車か何かを通すためのループトンネルの様な気がします。 矩形の断面と言い、尾根伝いの道と言い、そんな感じがするのです。実際、私の地方にも明治に作られた煉瓦のループトンネルが存在します。 そこは矩形では無く、アーチトンネルですが、峠の少し下にトンネルがある事からもそんな気がするのですが。(ngajisさんの旧道倶楽部にもあったと思います) 長文失礼しました。 | |||
| 1,539 | 2010-01-27 07:49:01 | /tunnel/itijo/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 四角・・・・・・・ですか! また随所に石を切られた後があって、プールが広がっているんでしょうか!? そしてその中を再びヨッキさんが泳ぐ!? 後編が楽しみです | |||
| 1,530 | 2010-01-26 22:51:48 | /tunnel/atumi/main3.html [コメント一覧] | 8 |
| 小岩川〜あつみ温泉間の複線化を凍結。(国鉄の財務状況悪化のため) この複線化が実現しても短縮が1分程度である故採算がとれない。 という内容を見つけました。 以前(当時)は複線化の予定だったようです。 工期が長かったことの記述は見つかりませんでしたが。 | |||
| 1,528 | 2010-01-26 15:22:51 | /tunnel/usami/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| 初めまして 横浜市に住む小太郎と申します。 この旧宇佐美トンネルは小学生の時に一度だけ電車で通りました。伊東行き電車の最後部に立ち、後ろ向きの景色を見ながらこのトンネルに入りました。 私の記憶では、入って間もなくの場内信号機はトンネルの両壁に1機ずつ設置されておりました。ひたすら真っ直ぐな線路、そして遠ざかる信号機の赤い灯火。出口が針穴のようになる頃、さらに1機の信号機が去って行きました。おそらく管理人さんが発見したものと同一のものですが、あの写真、よく見ると背中合わせの信号機ですよね。 やがて下り勾配にかかって出口は消え失せ、手前の信号機も見えなくなり、やがて「宇佐美トンネル」と書かれた出口になりました。あの光景は何故か瞼に焼き付きました。それから10数年後に同じ風景を見たくて伊東線に乗りましたが、既に新宇佐美トンネルに切り替えられており、非常にガッカリしました。そんな思い出深い宇佐美トンネルを探検されたのを見て嬉しく思いました。 私もトンネルが大好きで、特に廃トンネルに魅せられていますが、胆力も小さいのでなかなか一人では行かれません。恥ずかしながら・・・。 しかし何時かは、近鉄の旧青山トンネルにチャレンジしたいと思っています。 長々とすみませんでした。 | |||
| 1,527 | 2010-01-26 11:29:52 | /road/r289_kassionsen/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| 1990年に旧国道289号を通ったときの写真(つづら折れ手前の排水路?シェッド?)を確認していて、このレポートに辿りつきました。 2008年に全通した新道を通ったのですが、その陰にこんなドラマがあったなんて全く知りませんでした。 迫真のレポート、楽しく完読致しました。ありがとうございました。 | |||
| 1,526 | 2010-01-26 08:42:53 | /tunnel/itijo/main.html [コメント一覧] | 10 |
| 南伊豆町民です。一條地区に廃道・廃トンネルがあるなんててっきり県道119号の下田市境にある『八声トンネル』のルート変更の事だと思っていたので知りませんでした。続きが楽しみです。 | |||
| 1,523 | 2010-01-25 22:53:18 | /tunnel/itijo/main.html [コメント一覧] | 8 |
| 「割れ欠けの小皿」ですが、これは瀬戸あたりで作られた、印判手(いんばんで)の銘々皿じゃないでしょうか?印判手とは、絵柄を転写で付けた量産品の事です。もともとは5枚一組あった中の1枚だと思います。 このような器を山の中で使うとは思えませんので、行商人が峠越えをする時に、割れた物を捨てて行ったのかもしれませんね。 真相はどうあれ、ちょっとした歴史ロマンですね。 ちなみに、この皿は陶器じゃなくて、磁器です。 | |||
1,845ページ中 1,823ページ目を表示(合計55,335件) 1 ... 1819 | 1820 | 1821 | 1822 | 1823 | 1824 | 1825 | 1826 | 1827 ... 1845 [前のページ] [次のページ]