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コメント
3242009-11-08 09:52:07/rail/kamioka/main15.html [コメント一覧]10
『永冨氏に重大な災厄』の予想
……冷たいドリンクで下痢をした、に一票。
3232009-11-08 08:58:13/rail/kamioka/main15.html [コメント一覧]10
15本目の隧道と16本目の間の遺構は、もしや「し尿処理場」の跡だったりして。
3222009-11-08 01:37:43/rail/kamioka/main15.html [コメント一覧]10
このオチの隧道って現国道から坑口が丸見えの丸見えの物件ですよね?
3212009-11-07 23:58:48/rail/kamioka/main15.html [コメント一覧]10
まさかヨッキ&nagajis最強コンビがこのトンネル諦めて終わり〜じゃないよねーっ!
3202009-11-07 23:50:13/rail/kamioka/main15.html [コメント一覧]9
永富さん、お、お腹壊しちゃったんですか……?^^;
3192009-11-07 23:00:32/rail/kamioka/main15.html [コメント一覧]9
厳重すぎでワロタ。
しかし、、、これは意外な展開。
nagajis氏にもたらされた重大な災厄とは?
次回に期待して、、、いい?
3172009-11-07 20:47:05/rail/kamioka/main15.html [コメント一覧]9
またあれか、マダニか・・・好きやねぇ。。。
3122009-11-06 22:46:15/road/yagisawa/main4.html [コメント一覧]10
>>さらに巨大な「中身入りドリンク」
形状から見ると、ミカンジュース系にそんなのが有ったような気がします。
3112009-11-06 16:07:54/road/r289_kassi2/main2.html [コメント一覧]10
2009年11月7日、この道路を通る予定です(芦ノ牧温泉での結婚式に出席するので)。白河から、東北道、磐越道を通って会津若松から芦ノ牧温泉へ行くのより早く着きそうです。
 何年か前に白河から会津若松にこの道路を通ろうとして途中で行き止まりに会って悔しい思いをしました。今回は是非恨みを晴らしたいです。
3062009-11-05 21:31:21/rail/kamioka/main14.html [コメント一覧]8
現道による軌道の損壊は致し方ないとは言え、なかなかにつらいものですね。そんな中にもキラリと残る隧道、、、いいなぁ。
藪漕ぎ必至?な次回に期待しつつ今回はちょっと辛目で。
3042009-11-05 20:49:41/road/shunesaka/main4.html [コメント一覧]10
体、心を蝕む寒さ。迫る闇。死の恐怖…。
シビレます!!
3022009-11-05 18:50:17/road/kpr515/main4.html [コメント一覧]10
一度原付でチャレンジして失敗したので、今回のレポートを見て感激しました。
3012009-11-05 18:01:23/rail/kamioka/main14.html [コメント一覧]10
うぉー!ついに!待ってました!
早く次回が読みたい!
当然旧国道も制覇したんですよね!
横浜・なまちゃん。
2952009-11-05 12:32:21/road/enna/main9.html [コメント一覧]10
東京在住の会社員です。
塩那道路の長旅お疲れ様でした。
先日、漫画『頭文字D』のステージにもなっている、この塩那道路にロードバイクでヒルクライムしてきました。
まさかこれ程奥深い道路だったとは思わず、大変興味深く
HPを拝見させて頂きました。
機会があればMTBでチャレンジしたいのですが・・・大変そうですね^^;
2942009-11-05 00:52:28/rail/kamioka2/main10.html [コメント一覧]8
今回の場所は、新しい方の神岡鉄道を撮影したとこだったけど、そのときには新旧神岡鉄道が並走していたとは思ってもみなかったのでした。
2932009-11-04 23:41:30/rail/kamioka2/main10.html [コメント一覧]10
愛知在住のテツです。
「今回お気に入りの一枚」の場所は神岡鉄道現役時代には山をバックに川沿いを行く列車を撮ることのできる、線内一とも言うべき撮影ポイントでした。
奥飛騨温泉口駅の喫茶店に長居しすぎて、このポイントに到着した頃にはお目当ての列車が行ってしまっていたのを思い出しました。
そうですか、あの洞門の下には神岡軌道が通っていたのですね。軌道があったとは聞いていましたが、まったく気づきませんでした。
2912009-11-04 16:37:47/koneta/koneta_144.html [コメント一覧]8
スゴいぞ!!細田氏!!
2902009-11-04 10:44:56/rail/kamioka2/main10.html [コメント一覧]10
国道のコンクリート壁、写真を眺めているだけでも、すさまじいコンクリートの使用量だと伝わってきます。
ヨッキさんのコメント「現代を象徴する眺めのようであった…」、正に斯くの如く実感致しました。
2872009-11-04 00:16:59/bridge/kasasagi/main7.html [コメント一覧]10
この鵲橋、本気で一度は行ってみたい。
観光化の再整備って、やっぱり難しいのかなぁ。
2862009-11-04 00:11:08/bridge/inamata/main2.html [コメント一覧]10
旧柴崎橋を往復したよっきさんでも、この歪みっぷりじゃあ流石に無理ですよねー。
いいもの見せて貰いました。これからも更新を楽しみにしてます。
2852009-11-03 23:53:41/rail/kamioka/main13.html [コメント一覧]10
SWATのテーマをバックに聞きながら見ると最高です〜
2842009-11-03 23:41:23/rail/kamioka2/main10.html [コメント一覧]9
葛の多いところは夏場などものすごい植生が有り地面の上に何も無いように見えるのは私の職場でも経験していますが、このレポ見ると改めて思い知らされます。

職場の所にいつもは使わない道がありますが今は葛のために歩く気にもならない状態です(普通なら大型車も通れます)

暗くなるまでご苦労さまでした、また対岸の石垣の場所に本当に道が有ったのですか、画像見ただけでもとても信じれません。
2832009-11-03 23:21:32/tunnel/kama/main7.html [コメント一覧]10
大変お疲れ様でした。
綺麗な写真と臨場感溢れるレポートで、現場で見ているような気持ちで読ませて戴きました。

私が、初めて釜トンを通ったのは、30年前で、地肌の出た内部が印象的で、とても恐怖したのを覚えています。

そんな釜トンが付け替えられたのは、少し嬉しく、大変ショックです。
やはり釜トンは、上高地と自然の関として、畏怖を与える存在であって欲しかったです。
2822009-11-03 22:38:37/road/spr288/main16.html [コメント一覧]10
1994年の大渇水でも、豊川・矢作川水系は貯水率10%を切ったが、佐久間ダムは水を湛えていた。今回のように飯田線旧線が見られたのはまさしくラッキーだったのだと思う。
2812009-11-03 22:19:24/road/r158_sawando/main5.html [コメント一覧]10
こういう廃道はいいですね。現道と交差しているのが素敵です。最強の危険地帯が楽しみです。
2802009-11-03 22:16:55/rail/kamioka2/main10.html [コメント一覧]10
ご苦労様。でもどうも駆け足レポの感がいなめない……
2792009-11-03 22:05:54/road/r45_rasho/main2.html [コメント一覧]10
無惨な廃車。廃村。
ヘアピンカーブ。峠の切り通し。
ボンネットトラック…。どれも味わい深いです。
2782009-11-03 21:22:32/rail/kamioka2/main10.html [コメント一覧]8
>写真は、�Г鉢Δ隆屬涼擦ぬ世�り区間で、来た方向を振り返って撮影。
画像正面、道路の外側に広がる空地は何だ?
東漆山洞門1の柱が赤く塗られている部分に吸い込まれていくみたいだけど
この空地が道路跡で現道の真下に軌道跡が埋まってる?
それとも空地は潰れたドライブインの遺構?
2772009-11-03 20:46:19/rail/kamioka2/main10.html [コメント一覧]10
「見てはならぬモノを見てしまった。」このフレーズ大好きです(笑)。それにしても、交差部では執念の遺構発見ですね! ありがとうございます。一緒に探索している気分になれました。
2762009-11-03 15:22:57/rail/kamioka2/main10.html [コメント一覧]10
神岡鉄道が、全線に渡って軌道と並行しながらもこれまでレポートにほとんど登場してこなかったのは、東海道新幹線と同じ時代に生まれた近年開通の鉄道にも通じる現代的構造の鉄道であったことの証左であり、それにもにも関わらず廃止の憂き目に遭ってしまったことを読みながら残念に思っていましたが、今回の登場を様々な意味で嬉しく思いました。Wikipediaにはかの鉄橋を渡る貨物列車の姿が載っていますよね。
観光鉄道に関しては紆余曲折があるようですし(三井金属から復活のために寄付を受けておきながら新市長がいきなり反故にするとは驚きです)、これまでの各地の例では、観光鉄道としての復活を模索といってもどうせ廃止された路線と醒めた見方が多かったように思われますが、これだけ色々なことが変わりつつある2009年のことです。すでに施設は整っているのですから、手垢にまみれた『町おこし』とはまた違った形で地域のアトラクションとして活用されていくことを願って止みません。

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