| ▼番号 | 書き込み日時 | 書き込みURL | 点数 |
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| コメント | |||
| 51,228 | 2022-12-26 16:15:56 | /rail/kido/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| 最高杉杉 | |||
| 51,227 | 2022-12-24 23:55:02 | /road/sabukawa/main6.html [コメント一覧] | 10 |
| 探索にとどまらず、文献に基づいた考察が素晴らしいです! | |||
| 51,226 | 2022-12-24 15:35:39 | /tunnel/kusagi/main7.html [コメント一覧] | 10 |
| ヨッキさんが心配していた避難坑の照明、あれは人感センサーでON/OFFされるのでは? よく施設のトイレ等に使われており、中に人が入るとセンサー感知で照明がONされます。 一定時間センサー感知が無いと自動OFFされ、OFFまでの時間も設定できます(3分、5分、10分、30分後にOFF等)ので心配無用かと。 OFF設定時間が短いトイレで身動ぎせずウン...していると照明が消える事があり、その際は両腕をワサワサ動かして再点灯させます(笑) | |||
| 51,225 | 2022-12-24 08:49:07 | /road/r343_sasanoda/main6.html [コメント一覧] | 10 |
| レポート3の2枚目の写真を右側に入ると旧道です。ここのカーブの手前120M位の所を人首と云います。今は小黒山まで往き来している路線バスはフリー区間に成ってますが合場バス停があった所です。ここの右側の山の斜面に綺麗に整備されたお墓が見えます。いつの時代かは、判りませんが昔、この山の斜面を生首が転がり今泉街道に落ちて来たそうです。その首を直ぐ近くにある民家のご先祖様がお墓を建てて、代々ご供養して来たそうです。更に、現当主の方が風化した墓石の替わりに新しく建て直しました。高田方向から車で走って来ると見えます。話しは変わって写真のカーブの所に戻ります。この写真には写っていませんが写真のカーブの手前に左側に入る道路が有ります。この道路は現国道が出きる前に上小黒山へ行く砂利道でした。今はこの道路は現国道と重なっている所もあります。又、現国道から左側に入ると直ぐに左側に中平川に架かる橋が有ります。この道路を真っ直ぐ行くと気仙沼の上早�鵑暴个詈涸�された林道が有ります。その途中に左側に沢に架かる橋が有ります。この橋を渡ると砂利道の林道になり更に進ん行くと開けた所に出ます。この辺の地名を立木と言います。ここに、ポツンと一軒家で紹介されたお宅が有ります。更に進んで行くと、このレポートの出発地点である梅木の橋から左に入り飯森峠を越え気仙沼の上鹿折に行く道路の途中に有る、飯森地区の集会所の所に繋がる林道が有ります。この道路は大原側から笹ノ田トンネルを出て遠方の山々を見ると一部道路の脇の崖をモルタル吹き付けになって有るのが見えます。 | |||
| 51,224 | 2022-12-24 00:59:15 | /rail/yubiso/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| 令和当今ではコンプライアンス云々で 再訪が至難となっている事と思われますので 貴重な記録となりました。 向後も永く、この記事を保存、閲覧に供して 戴ける事を切望致します。 | |||
| 51,223 | 2022-12-24 00:06:58 | /tunnel/naranoo/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 利賀村の一連のレポートを拝見してから、どうしても自分で行きたくなってしまい、先日(2021年12月)ついに足を踏み入れました。 道の駅まで車で行き、徒歩で楢尾隧道の前まで行きましたが(大変な坂でした)、入り口に簡単なバリケードが用意されていて、気軽には入れない雰囲気になってました。 | |||
| 51,222 | 2022-12-23 17:47:41 | /road/r343_sasanoda/main6.html [コメント一覧] | 10 |
| 坂下トンネルの写真の所を右側に入ると旧道に入ります、又直ぐに現国道に戻りますが途中に黒森地区へ行く舗装道路が有ります。入口付近に桜の木が有ります。そこで、春になると坂下地域の人々がお花見をします。黒森地区に向かい舗装された道路を進んで行きますと黒森の集落に出ます。この辺は土地が開けていて田畑が有ります。更に行くと左側に民家が一軒有り、車はこれ以上通行する事はて来ません。その先は林道みたいになってますが一般車両は通れません。しかし、実はこの先は人が通れる位の幅の山道となってます。山道を銅山を目指して登って行くと峠の頂上に出ます。そして峠を下って行くと大原の内野にでます。昭和40年代位迄、内野人々が矢作や気仙町、更に長部や高田町に用事や行商に往き来したそうです。この時、内野の人々が銅山から下って来た時、又は峠を目指して登って行く前に休憩したのが黒森の一番奥の家でした。この家では代々、いつ人が来ても良いようにお茶と漬物は切らすなと言われてきたと言います。 | |||
| 51,221 | 2022-12-22 11:01:02 | /road/r343_sasanoda/main6.html [コメント一覧] | 10 |
| 陸前高田側から坂下トンネルを出て左側を見ると中平川に沿って杉の木が見えます。そこには一里塚が有ります。30年位前までは目印の松の木が有りました。又、直ぐ近くには清水の湧く所が有ります。今でも近くの民家ではパイプで清水を引いて利用しています。ここの一里塚は江戸時代に伊達藩の殿様ご一行が休憩した所です。夏の暑い時には殿様は清水に体を沈め汗を流したそうです。ここで休憩をした殿様ご一行の行列は伊達藩とは深い繋がりがある大原に向かったのです。道中は笹ノ田の峰々から流れ集まって流れる沢に沿って上小黒山を通り(ループ橋の下)笹ノ田峠を目指して登って行ったのです。坂下の一里塚から上小黒山までの間には一の渡りニの渡りと呼ばれた所が有りました。江戸時代は河川に橋を架けることは幕府の許可無しには出来ませんでした。ですから仙台の殿様も家来も馬も平等に?裸足になり川や沢を渡ったのです。旧道の笹ノ田峠には現在、峠の所に大原内野当麻の人々が江戸時代に講を作り山形の湯殿山、羽黒山詣でを記念して建てた石碑があります。この石碑は本来は旧道の右側の森の中にあありましたが、ある方がブルドーザーで引いて来て旧道の路肩に建てた物です。この石碑から100M位行った所に左側に下る道があります。これが今泉街道です。下ると現在の国道343号に出て横断して下って行きます。(笹ノ田トンネルの大原側の入口付近に室根高原に行ける道路の入口に砂利が敷かれた駐車場が有る所です。)下って行くと大原山口の一番奥の集落(行山流獅子踊り発祥の地で、踊りを岩手県南から宮城県北の各所に教え伝えた方が生まれた所です。)に出ます。さらに山口川沿いに今泉街道を下って行くと大原の宿場町に着きます。伊達藩と大原の関係について、江戸時代に大原には代官所が置かれ伊達藩の直領地でした。北方十七カ村の蔵米は全て大原に集められました。ですから人々の往来も盛んで様々な物資も集まる宿場町として栄えました。又、大原は伊達藩の殿様、吉村公の生誕の地でも有ります。吉村公が領内巡視の際、亡き父と幼少時代の大原の思い出を偲び大原八幡神社に短刀一振を奉納しました。八幡神社の左側の住宅地に江戸時代から明治初期まであった八幡寺(神仏併合信仰)で吉村公は学問を教えられてました。又、八幡様の境内は学友と遊んだ所でも有ります。吉村公は幼少時代の大原の事を決して忘れる事はなかったんですね。吉村公のお人柄がよくわかる逸話として現在の今日まで言い伝えられています。 | |||
| 51,220 | 2022-12-22 00:08:49 | /road/kodakumi/main15.html [コメント一覧] | 9 |
| この前山手川の近くまでダムの方からマウンテンバイクで行きました。途中水中を通り崖崩れもあり途中で帰ってきました | |||
| 51,219 | 2022-12-21 20:32:12 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| みのうたに 三納谷 きのみ 木の実 のぶし 野伏 かせのぶ 挊信 べんぞう 弁蔵 ふこうり 布郡 まいち 舞地 もうざか 百坂 どうどう 百百 岡山吉備中央あたりの人なら読めるらしい | |||
| 51,218 | 2022-12-21 20:17:12 | /road/shimizu2/main12.html [コメント一覧] | 10 |
| 最高! | |||
| 51,217 | 2022-12-21 13:44:46 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 小生が子供の頃の話ですが、件のバキュームカーを「べんぞう車」と呼んでいました。それ以来「べんぞう」にはそんなイメージしかありませんが、関係無いか…。 | |||
| 51,216 | 2022-12-21 13:40:30 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 9 |
| 「べんぞう」ではなく「べんがら」かも知れませんね。 県道300号を北上すると「べんがら」の町、吹屋がありますので。。 | |||
| 51,215 | 2022-12-21 10:58:18 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 9 |
| べんぞう、とは「間に合わせに作りました」、ということじゃないでしょうか。こんな難しい言葉、昔は普通だったのでしょうかね。 https://kotobank.jp/word/%E3%81%B9%E3%82%93%E3%81%9E%E3%81%86-2863583 | |||
| 51,214 | 2022-12-21 09:36:15 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 面白いなぁと思って日頃読んでいるのですがこの記事でしみじみ本当に面白いなぁと。 自分が行けないようなところに挑むよっきさんの熱意に感服です | |||
| 51,213 | 2022-12-21 08:26:42 | /road/r343_sasanoda/main6.html [コメント一覧] | 10 |
| 矢作町二又地区の山崎は戦時中に軍事演習や教練をした所です。本土決戦に備えて地元の退役軍人が大人男子や兵役年齢に達しない青年に対し教練を行いました。国道の南側です。昔、自動車の部品を製造していた平屋建ての工場辺りから家電屋さんの辺りの南側です。 | |||
| 51,212 | 2022-12-21 02:45:47 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 9 |
| コロッケの作り方を主題歌とする某アニメに登場する永遠の浪人生が「べんぞう」さん いつも学生服を着ていてグルグル眼鏡をかけている山形訛りの人だ | |||
| 51,211 | 2022-12-21 00:10:44 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 9 |
| 「この辺り」の5mほど上に道があるように見えますが | |||
| 51,210 | 2022-12-20 22:20:38 | /road/r343_sasanoda/main6.html [コメント一覧] | 10 |
| 25年位前、私が陸前高田の消防団に入団して2年後のある日曜日に田んぼでトラクターに乗り田起こしをしいた時。突然防災無線のスピーカーから火事を知らせるサイレンが鳴り出し、作中業を中断し屯所へ急行、するとループ橋で火災発生との事。ポンプ車の後を追い現場に着くと燃えていたのは旧道に有る展望台と国道の間の法面でした。原因は展望台を訪れた人がポイ捨てしたタバコ火でした。これが消防団に入団して始めての出動でした。ちなみに、この時一関市と陸前高田の境上に有るループ橋付近の火災と言う事もあり両磐地区消防組合の消防車両も来ておりました。 | |||
| 51,209 | 2022-12-20 17:39:09 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 地理院地図にも記載されていない導水路というのは面白いですね。この導水路の下流側を探索した人のブログを見ると、地上部も蓋をされて暗渠となっており、県道からでは視認できそうもない感じです。 http://shuukeian.blog.fc2.com/blog-entry-262.html | |||
| 51,208 | 2022-12-20 17:09:10 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 水路が地上に現れる地点ですが、地図で見ると、県道より高い位置だと思われます。 左の「落石防護壁」の上ではないでしょうか? 水力発電所自体がほとんど存在しない(大多喜町の面白(おもじろ)峽発電所位か)千葉県では見られない施設です。 農業用水路は、トンネル含めて沢山ありますが。 最後に誤植の報告。『上川郡史』ではなく「川上郡史」です。 | |||
| 51,207 | 2022-12-20 16:36:05 | /road/r343_sasanoda/main6.html [コメント一覧] | 10 |
| 今から25年位前、旧道が一部復活した時が有りました。現国道の尼堤トンネルの天井が落盤した時です。 | |||
| 51,206 | 2022-12-20 13:06:55 | /road/r343_sasanoda/main6.html [コメント一覧] | 10 |
| 最初の写真の所は戦時中に矢作の 方々が出征する兵隊さんを見送った所です。小学校から列を作り梅木の橋の所まで行って見送ったそうです。その中で無事に故郷に何人の方が帰ってこれたのかと思うと本当に涙が出てきます。また、写真の道路の右側の民家の裏山には猫神社が有ります。 | |||
| 51,205 | 2022-12-20 10:28:16 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 今回も実に香ばしい所でした。 | |||
| 51,204 | 2022-12-20 02:35:39 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 7 |
| >>そして、唐突で申し上げにくいんですが、ここで引き返します! エエエエエエーーーーー | |||
| 51,203 | 2022-12-19 23:33:13 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| まあ、普通の人は「朽ちた吊橋」に突入しませんからね・・・>転落事故のニュースは、あまり聞いたことがない 横穴については、もともと水路隧道が先にあって、道路があとからぶつかったのかな、とか考えましたが果たして。 | |||
| 51,202 | 2022-12-19 11:36:50 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 9 |
| 見つかった人道用吊橋がやたら人の往来の激しいものだったらそれはそれで恐怖だ | |||
| 51,201 | 2022-12-19 09:56:59 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| さらなる冒険のはじまり…。 ゴクっ | |||
| 51,200 | 2022-12-19 00:24:35 | /road/npr187/main2.html [コメント一覧] | 1 |
| 書き掛け放置レポートについて、最近一読者として自分の中での方向性というか、一つの結論に達したので書き込みますね。 一連の記事を書いていて、「続く」として、そしてその続きを求めている読者の声が可視化されているのに放置しているというのは、 結局読者を大切にしていないという一点に収束するんだと思います。平沼氏御自身は決して「私はそんな積りではない」 と思っているであろうことは理解するんですが、結果が何よりも強く物語っています。 以前にも何度か、資料紛失などの理由があって執筆しようにも不可能であるならそう一言いってもらえると有難いと書きました。 それが真なのかどうなのかは平沼氏の頭の中にしかありませんが、その一言も公表する気が無いということは、「そういう事」だと判断します。 他方、「平沼氏が趣味でやっていることを無料で見ているんだから、未成レポを催促するのはおかしい」という意見もあります。 勿論、それはそれで筋が通っていますから、何らかの強権的な手段をもって平沼氏に執筆を迫る積もりはありません。他方、 上記に記したように、現に読者の期待が可視化されている状況にも関わらずそれを一切無視しているというのも現実です。 それを踏まえるに、「平沼氏って、そういう人間だったんだな」と思うだけです。現に私自身、六厩川橋の探訪記の頃は熱心に このサイトを読んでいましたが、最近の、テレビのB級ドキュメント番組のようなレポートは興味が持てず読んでいません。 平沼氏の著書なども購入したことはありますが、このサイトのアフィリエイト経由で買う気にはなりませんでした。 仕事で見積もりなどを頼んだ業者が「すぐ作って持ってきます!」と言ったまま年単位で放置されたら、そんな業者信用する?ってのと同じです。 色んな考え方の方がいらっしゃいますから、「どんなに待たされても信じて待つ!」というのも一つでしょうし、可視化されている 読者の期待をひたすら無言で無視する、という程までに馬鹿にされて愛想を尽かすというのも一つでしょう。 お邪魔しました。 | |||
| 51,199 | 2022-12-19 00:16:13 | /mini/270/main2.html [コメント一覧] | 9 |
| >>現実に、朽ちた吊橋から転落したなんて事故のニュースは、あまり聞いたことがないけれど…。 それはそうでしょう。状態が怪しくなった吊り橋なんて、人の管理が及んでいればまず封鎖されるでしょうから。 管理の手が及んでいない吊り橋だったら、荒天か積雪を契機に見るからに人が渡れない状態になるのでは。 | |||
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