公開中コメント一覧

1,845ページ中 579ページ目を表示(合計55,335件)    1 ... 575 | 576 | 577 | 578 | 579 | 580 | 581 | 582 | 583 ... 1845    [前のページ] [次のページ]  
▼番号書き込み日時書き込みURL点数
コメント
42,6522019-11-05 10:56:33/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
林道化後の急勾配を林鉄でどうやって稼いだか興味深いですね。まさかのループ橋だったり?
42,6512019-11-05 10:51:52/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
紅葉が進むと絵葉書になりそうな橋脚です。此処までで、あえて深く触れられていないのは片洞門の部分かな。
42,6502019-11-05 09:19:36/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
答えは..まったく分かりません次回を楽しみに待ちます
42,6492019-11-05 07:35:08/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
砂防ダムによる付け替えかと思ったけど、年代的に違いそうですね。まさかループ橋で高度を稼いでいる?
42,6482019-11-05 06:19:51/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]7
横から流れる沢が路盤によって滝になってるという懸谷地形の人工的なのを見つけたとかでしょうか?
42,6472019-11-05 05:40:12/mini/246/main2.html [コメント一覧]10
明治初〜中期の隧道と言って真っ先に思い出したのは「清水国道の本谷隧道」ですね(お疲れ様です)。この当時の隧道は本当に建設と維持の技術が乏しいようで、直ぐに崩壊が始まったのも似てますね。山道を素直に上り下りしたり、海沿いの自然形成された海喰洞を利用する方がよほど安定感が高いと多くの人が思ってたのも頷けます。しかし、それから数年も経たず、大規模運送の為の鉄道が国内各地に張り巡らされ、大量の隧道が一気に誕生する後期へと変貌するのですね。(元号も変わったので)そろそろ(国内における)隧道の(技術寄り)歴史みたいなまとめ記事をいただければと思います。
42,6462019-11-05 02:11:47/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
逆ですよね。急勾配の区間を避けて、砂防ダムより下流の林鉄は、左岸をずっと遡行していて、砂防ダム直前で右岸に渡っていたのですよね?  F生
42,6452019-11-05 00:12:54/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
何だか足尾線の草木ダム仮付け替え線を連想した。実は堰堤の計画はずっと以前からあり施工上の理由があって迂回せねばならなかったとか(しかし砂防堰堤だしなぁ…)というか、再渡河?の写真の中央にも何だか傾いた橋脚のようなものが見えるような、、、錯覚だろうけど。
42,6432019-11-04 23:36:09/road/ennakouji/sub.html [コメント一覧]10
鼻の奥がツーンと痛いです。心が震えます。ありがとうございました。
42,6422019-11-04 23:17:10/tunnel/jike/main2.html [コメント一覧]10
おつかれさまでした。興味深く拝読致しました。
42,6412019-11-04 21:40:32/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
急勾配が軌道跡ではなく、軌道は徐々に高度を上げながら橋脚元をくぐり(ここまでは林道に埋もれ消滅)、砂防ダム奥のあたりで対岸へ渡り方向転換をし、さらに高度を稼ぎつつ橋で再び右岸へ渡っていた、つまりこの橋脚はループ軌道の一部であった! とか?さすがに飛躍が過ぎてますね(笑)。
42,6402019-11-04 21:14:51/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]8
やはり急坂部分の林道は林鉄跡ではないのかな?
42,6392019-11-04 21:11:16/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
砂防ダムとお書きですが、営林署が作っているので治山ダムですね。
42,6382019-11-04 20:36:13/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
橋の起点終点側の向きが逆とか?砂防ダムの下流側で道路が川を越えて謎の急勾配になるけど実は林鉄はまだ川を越えず橋に向かって勾配を稼いでいて砂防ダム直前で川を渡って砂防ダムの上の道路その物が林鉄跡だったとか
42,6372019-11-04 19:35:38/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
林鉄の起点から林道との合流点までと、薄い橋脚から"?"までが41年度の廃道化の760mで、合流点から橋脚までの560mが自動車道への編入、橋脚から"?"までの右岸の路盤はその際付け替えられたルートってところでしょうか。拡幅するほどの工事を行ったのであれば、そのくらいしてても不思議ではありませんね。
42,6362019-11-04 18:40:48/koneta/koneta_118.html [コメント一覧]10
いつも脇の現在の道路を通りながら民家の前の砂利道が旧奥州街道ではなかろうかと思っておりましたが、一里塚が残っていたとは感激しました!
42,6352019-11-04 18:30:10/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
実はココでループして高度を稼いでいたとか…?
42,6342019-11-04 17:30:35/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]9
いつも楽しく拝見しております。第1回のレポート内の古地図の路線を示す線がどうしても気になります。次回の更新が待ち遠しいです。
42,6332019-11-04 17:21:54/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]9
ナローゲージの橋脚は細い構造のものが多く橋桁なども薄かったりしますがここまで細いのは初めて見ました。木材などで補強していたのでしょうか
42,6322019-11-04 16:51:52/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
いやあ、橋脚の空想がたのしい!!上越線のお膝元群馬在住者とすると、この橋は実は行くのではなく戻る橋で、実は砂防ダムあたりでループを描いていたのでは? とかと想像しちゃいますね。…まあ、無いでしょうが。
42,6312019-11-04 16:41:59/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
昔は滝の沢橋がなく、左岸を走り続けて砂防ダム前で右岸に渡っていたとかでしょうか?
42,6302019-11-04 15:19:41/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
この橋脚は「藤里モノリス」と名付けましょう。
42,6292019-11-04 15:10:33/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]9
第2回そういえば、昭和28年の地形図にループ線らしきが描かれていますね。
42,6282019-11-04 12:45:23/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
現在の路盤が林鉄からかさ上げしたものであることを考えると、下流から辿ってきた林鉄の路盤は背の高い橋脚には直接は繋がらないですね。ってことは、一旦上流側まで行った路盤が対岸をループして高さを稼いで戻って来るのか、あるいは林鉄とは別に木材を対岸から渡すための橋があって、このへんから(手前にあった広場から?)林鉄の高さまで落としていたのか。
42,6272019-11-04 12:33:53/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
>580mは改良による延長減減った分がこの路盤ということですか。
42,6262019-11-04 12:00:59/rail/takinosawa/main2.html [コメント一覧]10
防砂ダムに路盤が呑み込まれている・・と思いきや激薄T橋脚が沢山並んでいて、林道側へ戻らずどんどん上っていったりして。
42,6252019-11-04 11:27:28/rail/takinosawa/main.html [コメント一覧]10
ネタも画像も鮮度一番ですね。
42,6242019-11-04 07:45:47/rail/takinosawa/main.html [コメント一覧]8
板!柱と言うよりも、板ですねコレは。鉄筋コンクリートの板を垂直方向に繋ぎ合わせた・・・何だろ?橋脚というよりは門柱っぽい。人道橋にならまだ使えそうですが、鉄道は・・・。砂防ダム建設時の足場?でも、もっと古そう。この状態なら、格闘技素人のオイラの蹴りでもトドメが刺せそう。(怪獣気分)正直、よく立ち続けてるなぁ・・・。
42,6232019-11-04 02:09:08/rail/takinosawa/main.html [コメント一覧]10
素晴らしい橋脚!絶景ですね。
42,6222019-11-04 01:52:42/rail/takinosawa/main.html [コメント一覧]10
県境越しに接しているのは弘前市ではなく、中津軽郡西目屋村ですね。二ツ森付近で接しているのが西津軽郡鰺ヶ沢町。どちらも白神山地観光の拠点として機能していて、過疎化は進んでいるのでしょうが現金収入もそれなりにあるようです。だから、弘前市に吸収されずに済んだのでしょう。藤里町も似たようなことが出来る(と思ったから独立を守った側面もあるのでしょう)けど、いかんせん道が・・・地図を見る限りでは、西目屋村側からの方がアクセスしやすそう。

1,845ページ中 579ページ目を表示(合計55,335件)    1 ... 575 | 576 | 577 | 578 | 579 | 580 | 581 | 582 | 583 ... 1845    [前のページ] [次のページ]  

この画面の説明