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コメント
42,4112019-10-08 14:13:00/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
飢餓海峡は小説も映画も好きな作品です。作品の発想の元になった場所だと知って驚きました。それほど印象的な凄い景色の場所が、今は誰も見られないのは勿体ないですね。海上から眺める遊覧船コースとか組んだら受けるんじゃないでしょうか
42,4102019-10-08 12:47:03/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
読んでて凄く楽しかったです。あらためて廃道には浪漫があるなぁと思いました。北海道の廃道これからも楽しみにしております。
42,4092019-10-08 11:32:04/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
静謐な、それでいてドラマティックな結末でした。名文。(←もちろんヨッキさんがですよ)こんな静かな仄暗い道にも、当たり前ですが、ちゃんとひとの息遣いが感じられるのですよね。たぶん、実際に行くことは、ないのでしょうけど…。(お)
42,4082019-10-07 11:59:42/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
そうだったのか。『飢餓海峡』だったのか。雷電という地名どこかで聞いた気がしていたのですが。それにしても、素晴らしい結末、思わず瞼があつくなりました。
42,4072019-10-07 11:03:08/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]9
(投票するを押してしまったので続き)旧国道より高い位置で崖に張り付いて行こうとする海岸道が防波堤を従えて海岸を辿る旧国道を目指すヨッキに気付かれなかったとしても不思議ではない隧道を挟んでヨッキは下へ海岸道は上へ行きたいのだから(但しそうだとすると海岸道は袋澗跡と大正6年地形図にカバソマナイに1つ描かれている建物に寄れないが)>>同一レポート(シリーズ)への採点は1日1回までとなっております。 ガッ
42,4062019-10-07 08:30:02/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
面白く拝見させていただきました。江差の五月は江戸にもない、と言われたくらいだから、おっさんが道をかけるくらいの剛毅さがあったと思いたい。
42,4052019-10-07 08:12:37/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
お疲れ様でした、大変興味深く読ませて頂きました古より人々が自然に抗い続けた軌跡に畏敬の念を抱きます袋澗付近の小穴は人が歩く桟橋とするには少し貧弱そうな感じもします番屋を設けるにはかなり手狭で絶えず落石の危険がある崖が続く土地、オーバーハング下を番屋替わりに使いたくなります網干しやひさしの延長程度に使ったと考えるのが妥当な気もします
42,4042019-10-07 07:58:24/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
小説の中にこそ風景のリアルはある、というのは慧眼ですね。物語がフィクションであれば、それが寄って立つ世界のありさまを、克明に記述する必要に迫られる。紀行文よりも創作物にこそ、過去の真の姿が眠っているのかもしれないですね。そして机上調査の作業量は倍加する(笑)
42,4032019-10-07 04:36:52/rail/kamioka2/main10.html [コメント一覧]10
つづいてほしい
42,4022019-10-07 02:10:32/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
>そこのオッサンが、私財を投じて断崖絶壁に道をつけたりしたらしい「オッサン」について。「鰊漁場建築」〜鰊御殿とまり〜 北海道泊村http://www.gyokou.or.jp/100sen/pdf/100sijitu/si011.pdf>武井家は代々、忠兵衛を名乗った。>岩内・古宇両郡で翁に資金を仰がないものは稀であったと言い伝えられている。>また、明治年間には武井忠兵衛らは茶津トンネルを開通。>当時難所であった兜岬のトンネル工事を竣工させた。時期が一致するか不明ですが、「岩内では資金を仰がないものは稀であった」とか、「私財でトンネルを整備した」とか、色々活躍したらしい「武井家」の方かもしれませんね……岩内より北の方ですが、近隣では海岸を強行突破するような移動をしてたみたいですね。時代と共に道はあった : 積丹半島の道https://www.envcom.jp/personalPC/0454.pdf>道なきみち>海の中からわずかに現れている鉛形の熊石から彼方の岸へと跳ねては飛び時に脛まで海水に浸って岬頭まで急ぎ足に迂回する。>熔かも番号に順って進むように甲の岩からこの岩と飛び跳ね超へ身軽に渡って行く軽からの荷物を負うて能くまあああ能きるものと感服する神威岬 - 国土交通省 北海道開発局https://www.hkd.mlit.go.jp/ot/kouhou/vu2tjq0000000qxz-att/vu2tjq00000010np.pdf#page=4>波が静かなときは海岸の岩伝いに腰まで濡らしてゆくより道がなかったコレに比べれば、現代の感覚では危険な崖道でも、海岸の直接歩行に比べれば安全で確実な道だったんでしょうなぁ……安政時代江差岩内間道路開鑿之図http://www3.library.pref.hokkaido.jp/digitallibrary/dsearch/da/detail.php?libno=11&data_id=2-2322-0ちょっと期待したのですが、コレは岩内近辺まで描かれてないっぽいですね……左端の「スツ」が多分「寿都」で、もう少しで岩内だったんですが……関内嶋小牧間新道開鑿之図 / 長坂庄兵衛https://www2.lib.hokudai.ac.jp/cgi-bin/hoppodb/record.cgi?id=0D016450000000000&lang=0上記の元になったっぽい資料でも、やはりスツ山までっぽいですね……るくす
42,4012019-10-07 01:04:05/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
最高です。
42,4002019-10-07 00:14:59/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
かれこれヨッキさんを知ってから10年近くなろうとしてますが、ここ数年で文章の書き方が飛躍的に上達したように思います(上から目線ではないですからねw)皆さんが書かれているように今回の机上調査編の文章は一つの頂点に達しているように思います。継続は力なりですね。健康には十分気をつけて死ぬまでオブローダーでいてください!          同い年生まれのおっさんより。
42,3992019-10-06 22:29:05/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
投稿は2回めです。最近は机上調査に磨きがかかり、深みが増してきたと思っていましたが、今回は特に秀逸だったと思います。単にプロのオブローダーということにとどまらず、もはや「学芸員オブローダー」ですね。「廃」の民俗学のような領域を追求してほしいです。今後も、各地での深い探求を期待しております。
42,3982019-10-06 21:36:08/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
すばらしい。水上勉に勝るとも劣らないよっきれん文学。
42,3972019-10-06 20:37:20/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
32,859さんヨッキさんへの支援なら、トップページに案内がある「アフィリエイト」での買物や、ヨッキさんご執筆の書籍購入での印税貢献などがありますよ。「アフィリエイトで、Amazonでヨッキさんご執筆の本を買う」のがベストかと。
42,3962019-10-06 20:33:36/rail/kamioka/main17.html [コメント一覧]10
つづけー
42,3952019-10-06 20:32:50/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
今回のレポートは名作です。感動しました。
42,3942019-10-06 20:26:35/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]9
>>道は穽に沿うてまがりくねっている。時々、昔の旅人がどうしてそのような穴をあけることが出来たのかとおどろかされるトンネルも見られた。>>『飢餓海峡』(水上勉著)よりん?んー?んーー?この記述を抜き出して真に受けるとすると樺杣内覆道が横たわる区間の海岸道は開削された時期は全く読み取れないものの道が存在した位置としては覆道の山側というか崖に張り付くように付けられており隧道も存在したという理解に達する旧国道より高い位置に張り付いていたとしたら旧国道を辿りたかったヨッキの進路と重なるのは旧国道の封鎖された隧道に対応する範囲だけ
42,3932019-10-06 20:14:21/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
雷電トンネルが飢餓海峡の元ネタ?だった可能性があったなんて。これは他の文献などでも知られていない可能性があるので、確証が取れれば無料公開がもったいないくらいの話だと思います
42,3922019-10-06 18:55:15/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
いやー、面白かった!まさかの文豪登場、机上調査すごいね!!
42,3912019-10-06 18:53:51/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
水上勉の「飢餓海峡」にたどり着くとは。まだ読んでない。ついに小説を調べるまでになりましたね。これはもう、本出版してほしいですを
42,3902019-10-06 18:12:09/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
小説の一文まで引用されて、事細かに検証されているよっきれんさんに頭が上がりません。このレポート、完璧です。しかも、探索と執筆に忙しいのに、その上小説まで読んでしまうとは!
42,3892019-10-06 13:34:31/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
雷電海岸のレポートを興味深く読ませていただきました。岩内町ふるさと写真集のサイトの昭和40年代には、樹木の邪魔がなくて展望のよい、雷電展望台らしき写真もありました。
42,3882019-10-06 13:05:19/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]8
とりあえずamazonで『負籠の細道』を注文するそんな日曜日
42,3872019-10-06 13:00:30/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
水上勉の『飢餓海峡』に到達するなんて、思ってもいませんでした。彼もこの地を訪れ、この道を通ったんですね。『負籠の細道』の一節に触れることができて、とても感動しました。ヨッキさんの凄まじい知的好奇心に震えています。感動のレポートをありがとう!応援しています。
42,3862019-10-06 11:06:37/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
文学的かほりのする終章でしたなぁ。
42,3852019-10-06 11:02:22/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
道路レポと言うより、もう民俗学の領域。素晴らしかったです。
42,3842019-10-06 10:29:35/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
机上調査編がいつにも増して読みごたえがあった。ヨッキさんに加えて水上勉氏の、雷電海岸に対する大きな感動が上乗せされていたからかもしれない。> 恐ろしい垂直の絶壁が、かなしい人間の歴史を抱きながら咆吼していた。名文です。何度も読み返してしまう。
42,3832019-10-06 10:10:21/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
>『飢餓海峡』を読まねばならなくなった。ここまでされるのが、凄いです。
42,3822019-10-06 08:56:57/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
素晴らしい。とても読み応えがありました。机上調査の最後が「飢餓海峡」に繋がるとは思いませんでした。

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