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コメント
41,5382019-06-27 05:12:49/road/npr526/main7.html [コメント一覧]10
今は通れるようです。
41,5372019-06-27 04:33:57/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
まだこれからハーフマラソンの距離を歩くのですか!?
41,5362019-06-27 02:06:56/road/hotokenoyama/main2.html [コメント一覧]10
便利を楽しんで、それを生み出す苦労を忘れる…普段なにげなく通っている道路も、なにげなく使っている便利なものにも感謝しなければと改めて感じました。
41,5352019-06-26 22:51:33/road/suyama/main5.html [コメント一覧]10
古地図からの発見、現地調査、机上調査による文献的な掘り下げまで、見事としかいいようがありません。やまいがならではの真骨頂です。楽しく読ませていたきました。できれば古道も調査してほしかったと思いますがそれは机上探検隊(?)の勝手ないいぶんですね!
41,5342019-06-26 20:25:25/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
ネミズのヘリポート、気になる!!面白い!!
41,5332019-06-26 19:38:26/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
再開ありがとうございます。一語一句食い入るように読み込んでしまう…さすがヨッキさんのライフワークだけありますね。釜ノ島小屋(釜ノ島製品作業場)だけでもレポート一回分は書けそうな(笑)これ、殆ど文化遺産ですよ。
41,5322019-06-26 18:21:05/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
ライフワークもいよいよ帰還編ですね。簡単にたどり着けない奥地の読み物は大きな遺構がなくても楽しいので、可能なら新ネタも仕入れていただきたいなと思います。ところで、上西河内と逆河内の出会付近にある橋がGoogle Earth(Pro)の空撮に映っていますが(2015/10/31版, 2017/5/21版)、現存しないと書かれた主索1本タイプに見えます。15833さん情報の「上西第一吊り橋」と命名が矛盾しませんし、かろうじて原形を保っている可能性があり、地上に残る最後の地獄かもしれません。地形図に書かれている橋ですし当然ご存じだとは思いますけど……。
41,5312019-06-26 15:52:58/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
待ってました帰還編!続きも気長にお待ちしております。無線のメリット表示、懐かしいです。以前、職場で定時メリット交換してました。私の職場のケースでは常設型で点検も行き届いていたので、常に受信・送信とも明瞭に聞き取れる「メリット5」でしたが、「お立ち台メリット2」とあるのは、位置的に山の陰になるためか聞き取りづらかったり、途切れる場合がある…という感度だったのかもしれませんね。
41,5302019-06-26 14:22:05/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
歩いて帰ったんだ。お疲れー。誰か知り合いにでもヘリで迎えに来てもらえばよかったのに。
41,5292019-06-26 11:16:23/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
心がとてもぬっこりしました。
41,5282019-06-26 08:55:34/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
ハクビシン、近所で捕まえてる人がいたのでどうするのか聞いてみたら・・食べるんだそうで。イノシシも旨いがハクビシンはもっと旨いそうです。
41,5272019-06-25 23:15:42/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]8
繊維壁の内装とか最近めっきり見なくなりました50年くらい前に流行った材料なのでまさに林鉄廃止前後の建築ですね昭和の安アパートみたいな部屋が山奥に有るって面白いところで[プレハブ]とは工場で事前に(pre)制作された(fabricated)壁や床や屋根などの部位を現場に持ち込んで組み立てるだけで建設できる建築物の事ですが製品作業所にある建物は内外装の材料が違うだけで建物の構造自体は木造在来工法であってプレハブではありませんね骨組みの建て方は林鉄時代とさほど変わっていないはずです
41,5262019-06-25 22:36:36/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
帰還編、心待ちにしておりました。帰るだけでも1話では終わらないボリュームになるのですね。千頭、もうしばらく楽しませて頂きます。
41,5252019-06-25 21:29:03/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
ハクちゃんの部屋、手前左側にあるのはレジ袋か。見るポイントが変なようだが、最期に人間が来たのが何年前か手がかりになろうか、と。
41,5242019-06-25 21:26:22/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
サバイバルとしての本編スタート!
41,5232019-06-25 17:48:08/road/r45_sanriku/main4.html [コメント一覧]4
だんだんてんすうがへっていく
41,5222019-06-25 16:53:17/road/tadaisi/main3.html [コメント一覧]5
いやこれ、本来はまだ続きがあるのでしょう。「工事中止」ではなく「工事中」、だと信じたい、、、
41,5212019-06-25 13:28:32/road/setoguti/main6.html [コメント一覧]10
小学校低学年だった昭和50年代後半にテレビで見た、冬は閉ざされる村や分校まで2時間歩いて通学する小学生はこういう場所だったのではないかと思いました。それから、観光地の一極集中のところは、本当にそう思います。
41,5202019-06-25 08:30:44/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
待ってました! ワクワク
41,5192019-06-25 08:14:29/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]9
おぉっ!遂に物語は終幕へ・・。期待度マックス!!
41,5182019-06-25 07:20:52/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
隧道ぬこ「ぬっこりしていってね!」
41,5172019-06-25 06:18:28/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
楽しく拝見しております。宿舎内掲示物のなかの責任者「水畑白司」氏は、google検索によれば数年前時点で千頭に住んでいたようですよ。電話番号も出ているので、連絡してみたらいかがでしょうか。不幸にして亡くなっていても往時の写真などあるかもしれませんしね。
41,5162019-06-25 04:32:21/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
無線…CB(市民バンド)ですね。特定小電力機が登場するまでは仕事に、レジャーに活躍していたのが懐かしいです。
41,5152019-06-24 23:13:56/rail/senzu2/main26.html [コメント一覧]10
帰還編だけでレポができる千頭林鉄は奥が深い
41,5142019-06-24 22:31:33/road/suyama/main5.html [コメント一覧]10
エラく複雑な経緯で、訳が分かりにくい。道の変遷を年を追って精密に作成するのは資料不足や矛盾した記述(に見えて、記録の抜けがあったら実は矛盾していない可能性が。)の為もはや不可能では。
41,5132019-06-24 21:26:32/road/suyama/main5.html [コメント一覧]9
秋葉信仰街道網を代表とした遠江,信濃,三河の旧道は魔境だと思う…旧遠江の内でも山住権現〜秋葉山秋葉寺〜春埜山大光寺〜大日山金剛院〜大尾山顕光寺と山岳信仰の拠点を結ぶネットワークには浪漫がある
41,5122019-06-24 14:32:15/road/spr39/main2.html [コメント一覧]10
続きは???
41,5112019-06-24 14:14:39/road/suyama/main5.html [コメント一覧]10
秋葉道の複数記載が良かったです。秋葉道というと秋葉詣でのための道というだけで、実際は名称ですらないからです。三河にも秋葉神社たくさんあります。秋葉神社の前が秋葉道であることが多いです。
41,5102019-06-24 01:09:49/koneta/koneta_154.html [コメント一覧]9
哀愁漂う公園ですね・笑
41,5092019-06-23 14:01:36/road/suyama/main5.html [コメント一覧]8
バスの件ですが、家にある宮脇俊三著の「国鉄全線各駅停車�ヅ豎て�360駅」の三河大野駅の記述には、駅舎に隣接した建物は飯田線の前身鳳来寺鉄道の経営した旅館で、当時三河大野と浜松を結ぶ国鉄バスがあり、夜遅く下車したバス沿線の人々が利用した。と書いてあり。買収後は国鉄の官舎として活用された。となっています。が、国鉄買収は昭和18年。その頃に国鉄バスがあったか疑わしいですが、他のバス事業者がいたのかもしれません。ちなみに隣の湯谷温泉駅も同様の駅舎ホテルがあり、国有化後に国鉄の独身寮にしたと書いてあるので、作者か地元の人が両駅を混同している可能性もあります。この建物は来月解体予定らしいので一度見に行きたいです。

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