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コメント
40,0082018-12-08 22:29:55/road/aotowa/main8.html [コメント一覧]4
で?続きは何時掲載するんですかね?もう三年も経過してますけど?と思えば新規レポートはすぐ完結しますけどもしかして完結してないレポート把握してない?手を拡げすぎたからですね。もう一度確認したらどうですかね?中途半端で何年も更新しないレポート有りますよ?きつい言い方になりますが楽しみにしてる形もいると思いますのであえて書かせて頂きました。(気に入らないなら削除しても構いませんけどね)
40,0072018-12-08 19:24:55/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
2003年の立倉隧道のレポート、かなりあっさりしていて、臨揚感に欠ける…15年の修練の賜物とお見受けします。しかし若い、若すぎますそれはまあ15年前ですから、この世の全てが15年若いのですが。この立倉隧道がどうつながるか、楽しみです。
40,0062018-12-08 18:53:38/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]9
いわゆる地元しか知らない無名隧道って日本各地にあり、人の往来が無くなった時点で消えて逝ったのでしょう。今回のものもそのような人臭い隧道だったのでしょうか
40,0052018-12-08 16:23:26/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]9
ファッ!?再訪だってぇ〜!!!??
40,0042018-12-08 14:10:33/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]9
峠の隧道自体に関しては曖昧模糊としつつも一帯の住民の「道」への渇望がよく分かる机上調査でしたヨッキさんのレポ群を読んでいなければこれほど近代まで、地元民による普請が多かったなんて知ることも無かったと思います再訪編にも期待したいです
40,0032018-12-08 13:31:57/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
ここでレポートされなければ、古老がいなくなるとともに「なかったこと」になる地史が、こうして残されたことに、深い感動を受けました。学校の通学に使われていたとなると、通学対象の学校の文献(学校史や卒業文集など)に記録が残っていたりしないのでしょうか。
40,0022018-12-08 12:25:39/road/sukki/main5.html [コメント一覧]10
北海道に、あんなに荒れていた生活道路が、あったなんて知りませんでした。
40,0012018-12-08 12:06:25/tunnel/9gou/main3.html [コメント一覧]10
発信機放り投げて探すとかいう斬新な開口部探しいかがですか
40,0002018-12-08 11:44:25/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
最新のZENRINのWeb地図では、普通に車道として描かれています。
39,9992018-12-08 11:44:21/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
最新のZENRINのWeb地図では、普通に車道として描かれています。
39,9982018-12-08 10:03:19/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
トンネルが残ってないにも拘わらずレポあげてくれたヨッキの労苦に感謝の10点!収穫無くて没になったネタも多いと思うけど今後のそういうネタの執筆にも期待!!
39,9972018-12-07 19:33:50/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
埋まってしまった通学隧道に涙ウルウルです。
39,9962018-12-07 18:06:18/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
古老の証言。なるほど、ストンと腑に落ちました。通学のために隧道を掘ったり、熱心に請願を繰り返したり、水路隧道の上を歩けるようにしちゃったり(笑)、交通不便な土地では地域を問わず同じような親の心があると知り、ちょっとほっこりしました。“通学という種類の交通”というのも印象に残る表現ですね!ここの読者さんは皆さんご承知とは思いますが、現代でもローカル線やローカル路線バスにおいて、主に高校生による“通学という種類の交通”が最後の頼みの綱になっている所が非常に多いですよね。集落で最後の高校生が卒業したため廃駅になる駅があったり、公立の高校が県単位の学区になっているため“本線”と名の付いたJR線でも県境では超閑散路線になっていたり、路線バス旅の番組で県境は高確率で徒歩越境になるのも、ある種“通学という種類の交通”の影響が色濃く反映された風景と言えるかもしれませんね。(高校は義務教育ではないですし小・中学校と比べやや広域な話にはなりますが)
39,9952018-12-07 17:34:36/rail/kido/main5.html [コメント一覧]10
楽しく読んでいたらミカーン(・∀・)お手すきの時にぜひぜひ続きをお願いします
39,9942018-12-07 16:25:57/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
とてもよかった
39,9932018-12-07 15:43:04/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
昭和9年版地図に記された、隧道の上を通る尾根沿いの道に萌えました(藁
39,9922018-12-07 15:24:14/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]7
こういう隧道や小さな峠道は個人的に好きですね。知られていないだけで全国にはこういう道がたくさんあるのだろうな〜。
39,9912018-12-07 13:25:36/mini/241/main2.html [コメント一覧]1
 私にとってこの県道は、約7年前からの七尾方面から西岸駅へ至る能登島経由の高速ルートですが、始点や橋にまさかこのような歴史があったと知り、大変興味深く読ませていただきました。
39,9902018-12-07 12:08:32/road/ipr212/main5.html [コメント一覧]6
行きたくなりました。
39,9892018-12-07 09:42:15/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
当日の湿り気とは裏腹に、秋の空のように晴れ晴れとした結末でした。ありがとう。
39,9882018-12-07 09:25:24/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
既に崩壊していたのは残念ですが、今回のような古きよき温かみのある古道は好きです例えその道を歩む人影は途絶えても土地の人々の懐かしい記憶の中に残っているその道は未だ血の通っている道だからいずれは忘れ去られる運命にある道であったかも知れませんがそれを記録として残す事は意義のある事だと思います
39,9872018-12-07 09:17:57/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
一寸涙目になったし。洞門の語り部、よっきれんとその仲間達・・いい話だにゃ〜。
39,9862018-12-07 08:44:38/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
こういう方向性のレポはとても好きです。探索もさることながら、見えなかった歴史の発掘と考察でまとめていくというのは山いがでしかできない学術だと思います。
39,9852018-12-07 03:26:47/tunnel/azuma/main5.html [コメント一覧]9
main4.html の【空中写真】リンクが切れています
39,9842018-12-07 02:00:38/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
大正2年測図の地形図に記載されている隧道なら、大正3年の秋田仙北地震に直撃されてるはずですよねぇ……大沢郷村震災誌http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/926747/13>同村字戸川山林崩壊ノ状秋田県立博物館研究報告第37号:「大地震の記」についてhttp://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10655429_po_aktpmrep37_051-068.pdf?contentNo=1#page=9>此細い谷は所々地震の為めに出来た山崩れが出来て、道などは大分埋って居る。>今は人夫がたくさん居って、盛に道をこしらへて居る。四尺幅位の小きれいな道である。この辺りは相当ひどい被害を受けていたようで、土被りの浅い隧道には致命的だったんではないかと思うのですが……地震の後から昭和初期の間に掘られて、昭和9年の修正版で追加されたんですかねぇ……?るくす
39,9832018-12-07 01:17:29/tunnel/kotogawa/main4.html [コメント一覧]10
やはり地元の古い方々による証言はよいものです。レポ3まで「煽るだけで何もなかったやん!つまらなかった押そ!」でしたが、聞き取り調査でいっきに採点ストップ高!洞門が生きていた時代とそれを支えた人々に思いを馳せつつ…。
39,9822018-12-07 00:50:00/road/toume/main3.html [コメント一覧]10
ここいらはフォッサマグナの西端になり、断層銀座になってます。静岡側が太平洋側に、焼津側が陸方向にずれるストレスがかかり続けていて、ぶっちゃけ、いかなる土木構造物も短命が予想されます。故に、日本人は永遠に穴を掘ったり橋を架けたりして道を造り続ける運命にあります。
39,9812018-12-06 21:41:13/tunnel/kotogawa/main3.html [コメント一覧]10
栃折隧道のような雪道よけの隧道なんですかねぇ。ショートカット効果のない人道隧道を掘る理由ってそれくらいしか思いつかないけど。でも、糠塚も小戸川も川沿いに下っていけば比較的楽に外の集落と連絡可能で、わざわざ峠を越える理由はないように見える。三角点があるくらいだから古い道なんでしょうけど、昔はそこまで重要だったのか?
39,9802018-12-06 20:58:31/tunnel/kotogawa/main3.html [コメント一覧]9
残念、潰れてたか〜。しかし、こうも露骨に地形が陥没していると、隧道が圧壊する瞬間=山が凹む瞬間がどんな様子なのかも見てみたいものである(笑)
39,9792018-12-06 18:11:07/tunnel/kotogawa/main3.html [コメント一覧]10
隧道表記が消えたのは地図作成にかかわる誰かが実際に歩いたから?

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