http://yamaiga.com/tunnel/asagawara/ の公開中コメント一覧

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コメント
55,5292024-11-16 02:37:32/tunnel/asagawara/main3.html10
あったかいレポでした。
54,7712024-08-14 22:32:13/tunnel/asagawara/main3.html10
十日町市民です。
浅河原交差点は何百回と通りましたが、レポートのような道があったとは知らず驚きです。
地元にもまだまだ知らないことがたくさんあるんだなぁと実感させていただきました。
楽しいレポートありがとうございます!
54,6582024-07-26 21:57:39/tunnel/asagawara/main3.html10
初めてコメントします。地元民です。法面防護工事がされるまで、崖面に夏でもはっきりと道形が見えたのを懐かしく思い出しました。
以下、拙い長文で申し訳ありませんが、情報提供をさせて頂きます。
本記事の浅川原交差点から国道253号を上越市方面に10kmほど行った旧松代町•犬伏地区にある(はずの)雪中隧道「昭和の青の洞門」の第2トンネルが現在所在不明となっています。
これとペアになる第1トンネルについては、国道253号現道の犬伏トンネルと雪覆道の間に旧道の分岐があり、この分岐からほど近い旧道沿いに立て札付きで東側の坑口が開口しておりまして、西側の坑口も立て札等は無いながらもすぐに発見出来るのですが、第2トンネルがどこにあるのかが分かりません。
上記の旧道の、犬伏地区に近い位置の崖面にある2つの穴を第2トンネルとするブログ記事もありますが、これは地元の方の貯蔵庫目的の穴かと思われます。
犬伏地区のお年寄りに訊けばあるいはすぐに分かるのかも知れませんが、周辺の道路を車で回った限りでは(夏季で草が生い茂っている事もあり)老眼の節穴では開口部は発見出来ませんでした。
雪中隧道であるからには冬季に通行困難となる難所にあるはずで、ならばこの辺にあるのではないかと見当が付けられる場所もあるのですが(第1トンネル西側坑口付近から渋海川を橋で越え、すぐに地中に入り、現在は松代蕎麦の工場がある辺りに抜けたのでは)、
それも素人の根拠の薄い想像でしかなく、またその現場は心臓に持病を抱えたオッサンが気軽に突入できる状況でもありませんでした。
長々と書き連ねてしまいましたが、興味を持たれましたら探索して頂ければと思います。
54,5692024-07-11 12:17:37/tunnel/asagawara/main3.html10
これ、通ったことあるなら忘れられないよね’’’’
崖どーーーんやもんね
54,3102024-05-29 12:34:31/tunnel/asagawara/main3.html10
和泉軒食堂が登場してとても嬉しかったです。最近ごぶさたなので明日にでも行きたくなりました。個人的なおすすめメニューは牛丼とラーメンです。あの橋や崖にそんな歴史があったとは……貴重なレポートを楽しく拝読しました。
54,2542024-05-20 11:45:59/tunnel/asagawara/main3.html10
表題の写真を見てすぐ気が付きました、柏崎市に単身赴任していた2010年頃に、巻機山などへの登山口までの車での移動の際に、この崖を見て記憶していました。
橋のたもとの信号待ちで、崖を観察することが出来ました、今回の活動記録には触れられておりませんが、滝のように大量の水が落下するさまは見ごたえがあり記憶に残っていました。
このような生活道路があったんですね、探索有難うございました。これからも安全最優先での活動を期待しております。

なった用水路(?)をだいなみっくに



54,2452024-05-19 01:02:26/tunnel/asagawara/main3.html10
ええ話や。何より100年続くドライブインがすばらしい。
54,2422024-05-18 17:28:20/tunnel/asagawara/main3.html10
第一世代の道が崩れて第二世代になったきっかけは新潟地震(昭和39年)じゃないでしょうか。
他のコメントの「道が昭和22年にはなく昭和42年にはある」にも合致します。
長岡で震度5だったそうですが、この地域って元より地滑りが多い地域ですよね。
ある程度の強い揺れなら崩れてもおかしくないかと。
54,2352024-05-16 05:27:55/tunnel/asagawara/main3.html10
面白かったです。中越地震から20年、すっかり景色が変貌した場所もあれば、歴史の足跡が刻まれた場所もあるのですね。
54,2192024-05-12 11:06:28/tunnel/asagawara/main3.html8
ええと、つまり
(店主の証言)・ 「隧道の内部がどのように曲がっていたかは、よく憶えていない。」
ということは、問題の隧道が地中でUターンしていたか否かは
確認できなかったということでしょうか。

逆方向に折り返すトンネルなどというレア物なら、
オブローダーでなくても強烈に印象に残りそうなモノですが、
覚えていないというのは
「(証言)・その頃も隧道はまだ通れたが、潜った先が崩れていて、上の田んぼまで抜けることは出来なかった。」
とある、崩れて失われた部分に問題のターンがあったという事なのか?

そもそも、
情報提供メール(抜粋)・ 「つづら折りに隧道は有りました。」
というタレコミが、『つずら折りの折れ目にあった』という意味なのか、
『つずら折りの道の途中にあった』だけなのか、
解釈がブレる余地があるというか、不確かな所がありますね。
ねえ、どうなんです?
足立区在住の高橋さん?

結局のところ、現時点ではヘアピン隧道説自体が
ヨッキさんの想像でしかないという理解でよろしい?
未確認の地図に隧道が記載されているといいですね。
54,2182024-05-12 03:43:28/tunnel/asagawara/main3.html9
ジグザグ道の切り返しはどうしても急勾配になりますよね
スキー・スノボで斜滑降からの山回りターンがきついのと同じで
一般的な道では切り返し部を整地してそれを軽減していると思われますが
土地に余裕がない場合、それを隧道で行う、というのもアリなのかな? と
54,2012024-05-09 07:29:54/tunnel/asagawara/main3.html8
謎の隧道内はもしかしたら階段だったのかもしれませんね、前後の崖道ももしかしたら…。
今も各地の河岸段丘の崖地にある「〇〇坂」と名の付く坂が実は階段だなんて事がよくありますし。
この当該の坂にもちゃんと名前があったと思われますが、生憎そこには触れず終いで少し残念でした。
54,1992024-05-09 01:24:23/tunnel/asagawara/main3.html10
いつもお疲れ様です。現存していれば珍百景でしたね。実際に見られないのが残念です。(^^;
54,1822024-05-07 20:40:23/tunnel/asagawara/main3.html10
追記待ってます
54,1802024-05-07 17:54:07/tunnel/asagawara/main3.html10
S22米軍撮影の空中写真には道筋が見えずS43撮影の空中写真にははっきりと道筋がこんにちはしてますね。S30年代に撮影の空中写真がこのエリアは無いみたいでむず痒い……。
54,1792024-05-07 15:35:44/tunnel/asagawara/main3.html10
道に歴史あり、店に歴史あり!
店主さまご家族の記憶をこの場で共有いただけたことに感謝を込めて。

あと吊橋もかっこいいね!
54,1782024-05-07 12:41:36/tunnel/asagawara/main3.html9
第一世代の道の古写真には、下流側に折り返さずにまっすぐ上流側に向かう道形があるようにも見えますね。
もしかするとこれは第一より古い第零世代の道なのかも。
昭和20年代の航空写真を見ると、それらしきラインが辛うじて見えるような気もします。
戦前の地形図での道の描かれ方もそのラインに近いようですしね。
第一から第二への切り替えの動機が崖の崩落だったのと同様に、第零の崩落もあったのかも。

聞き込みを出来た食堂は段丘の下に位置しているわけですが、
この崖道を必要としたのはどちらかと言えば段丘の上に住む人たちなのでしょうから、
道を作ったのも上の人々だった可能性が高いかもしれませんけれど、
どうやら丘の上は戦後に土地の高低差を均してしまうほどの大規模な農地改良で
集落の配置まで大きく変わってしまっているようなので、
昔話を伝え聞いている人を探すのも難しくなってしまっているかもしれませんね。
54,1772024-05-07 08:32:58/tunnel/asagawara/main3.html10
法面工を見て、過去に大規模な崩落があったのかな?と思っていましたが、中越地震が原因でしたか。
山古志なども地形が変わる程の被害を受けましたが、食堂の方々はご無事だった様で何よりでした。
しかし、平成初期なんてほんのちょっと前の感覚ですが、よく考えてみれば30年以上前なんですよね。そりゃ自分も老眼になるってモンです(笑)。
54,1732024-05-06 22:47:06/tunnel/asagawara/main3.html10
自然そのままの崖よりこういう施工されてる所の方が怖いわあ
54,1722024-05-06 22:10:33/tunnel/asagawara/main3.html10
浅河原、千手と言えば、昔JR飯山線十日町駅とJR信越本線安田駅を結ぶ「刈羽鉄道」という計画があったそうです。
JR東日本千手発電所建設の際に使った引き込み線を活用して結ぶ予定だったそうですが、あの河岸段丘をどうやって鉄道で登ろうと考えていたんでしょうかね。
ちなみにサイトがすでに閉じてしまったので詳細は忘れてしまいましたが、浅河原〜吉田あたりに調査用だったか、実際に線路を想定した工事跡があったそうです。
54,1712024-05-06 22:06:33/tunnel/asagawara/main3.html10
できては潰れる飲食店が多い中、百年続く店とは。
創業者の慧眼が素晴らしい。
もちろん奢れることなく努力する代々の店主もすごい。
54,1702024-05-06 21:51:13/tunnel/asagawara/main3.html9
ここの交差点はよく知っていたが、隠れた歴史があっておもしろかったです。追記に期待しています。
54,1692024-05-06 21:18:20/tunnel/asagawara/main3.html9
探索から現地の聞き取りまでぜんぶ面白い…!
しかし、中編から後編へのリンクがmain2.htmlのままです…!減点1…!
54,1682024-05-06 21:10:03/tunnel/asagawara/main3.html10
現地に長く住んでおられる方からのお話は、道の歴史を知るうえでとても貴重ですね。
54,1652024-05-06 13:27:24/tunnel/asagawara/main2.html10
さながらミニおせんころがしですな
54,1642024-05-06 12:08:17/tunnel/asagawara/main2.html9
展開と文章に面白さを感じるのですが…以前のようなワクワク感が無い。閉塞されているとか無くなっているという事例の場合、往時の姿を映した写真や映像をまっさきに示して、これが今どうなっているかを探索しました〜という方がよりワクワク感が増す気がするんですが
54,1632024-05-05 20:30:44/tunnel/asagawara/main2.html9
小泉からさらに山に分け入ったところが祖父の出身地の、情報提供者の方と同姓の高橋です。小泉の宝泉寺が親戚の菩提寺で、一度だけお参りしたことがあります。準地元ということで、興味深く拝見しています。
54,1612024-05-05 13:01:26/tunnel/asagawara/main.html10
穴の中にはお久しぶりの黄金様が-人-
54,1572024-05-04 16:40:53/tunnel/asagawara/main.html9
リンク切れっす♪

10:53 《現在地》
https://yamaiga.com/tunnel/asagawara/map_7.gif
54,1562024-05-04 15:52:07/tunnel/asagawara/main.html10
隧道内で切り返しがあるかも…という、また何というか凄い物件なのでしょうか…? ワクワクが止まりません

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