廃線レポート 木戸川森林鉄道 (乙次郎〜木戸川第1発電所) 第7回

公開日 2022.12.29
探索日 2006.12.09
所在地 福島県楢葉町〜いわき市

 “最後の難所” はじまる!



2006/12/17 14:34 《現在地》

よくぞまあ次々と橋が現われるもので、早くも「橋20」である。
そしてこの橋、規模が特別大きいわけではないが、周囲の風景とセットで額縁に入れて飾りたくなるくらい綺麗な橋だ。
3径間連続の単純木橋で、門形コンクリート橋脚によって支えられた桁は、一部架かった状態で残っていた。
橋脚の堅牢性こそが、木橋が長持ちするための最も重要な要素なのだろう。これまで現われた橋で、桁がわずかでも架かっていたのは、だいたいがコンクリート橋脚の橋だった。

また、橋脚の流失が起こりにくい桟橋の方が現存度が高く、この橋のように明確な流水のある谷を渡っている橋は対照的に現存度が低かった。
その点からも、本橋はよくぞ(一部とはいえ)現存してくれていたものだと思う。点数高いよこの橋は。




この橋の美観ポイントの一つが、多角形カーブとなっている右岸側の石造橋台だ。
この林鉄で見られる石垣は、路肩などの土留め擁壁はありふれた谷積みだが、橋台はどれも手の込んだ布積みになっていた。

布積みの石垣は、谷積み以上に石材を丁寧に整形する必要があり、手間がかかる。
また、布積みの石垣には古い鉄道構造物の印象が強い。そのため、林鉄でありながら、より上等な鉄道構造物を思わせる雰囲気を醸していた。




右岸橋頭より見渡す橋の全景。
第一径間は完全落橋、第二径間は主桁一本のみ健在、そして第三径間は、三本すべての主桁が架かっている。

渡って進むことは当然出来ないので、谷底へ迂回して進む。


(←)
実際の大きさ以上に巨大に見える、マッシブな質感を持ったコンクリート橋脚。表面はツルツルしている。

この路線の開設年度には完全に解明されていない部分があり、本橋を含む区間の開設は昭和13年から23年までとされるが、おそらく昭和13〜17年頃と考えられる。なぜなら、この期間に他の路線から4kmを越える長さの6kg軌条が木戸川林道へ転用された記録がある。

ということは、太平洋戦争中に建設された区間である可能性が非常に高い。
戦時中、木材は極めて重要な物資であったから、全国的にも多くの林鉄が開設されたが、建築資材や技術の不足が慢性的していたために、粗製濫造の傾向が強かった。
このことを実際の構造物から判断する手掛かりとして、コンクリートの品質の劣悪さがある。

だが、本橋をはじめとする木戸川林鉄に多数ある門形コンクリート橋脚には、コンクリート品質の劣悪さを感じない。戦時中の構造物には見えない綺麗さである。

おそらくだが、開通当初は全て木造だった橋脚を、戦後、老朽化した木橋を更新する際に、一部の橋脚をコンクリート化する改良工事が行われたのではないだろうか。もし林道台帳が保管されていれば、改良工事の有無が確認ができると思う。

路線の廃止は昭和36年だが、コンクリート化してからは数年しか使われていないのかも知れない。そのくらい状態の良い橋脚が多かった。
なお、この路線にまつわる謎の一つである、多くの橋台は石造なのに、橋脚には石造のものがなく、木造かコンクリート造であるということの答えも、戦後の改良にあるのではないだろうか。



14:41

無名の支流を渡る「橋20」を越えてすぐ、本流沿いに戻ったこの写真の場所が、楢葉町といわき市の境である。
といっても道路のように標識があるわけではないし、地図を見ていなければ間違いなく意識せず素通りする場所だろう。

ここまでは双葉郡楢葉町で、昭和31年以前は双葉郡木戸村といった。
そしてこのさきはいわき市で、昭和41年以前は石城郡小川町、さらに昭和30年以前は石城郡上小川村であった。
林鉄が走っていた時代は、これらの町や村の境だった。(そして郡境だった)




14:48

いわき市……という感じが全くしない寂しい道を進んでいくと、木戸川の両岸が鋭く切り立っていくような変化を感じた。
前方にV字谷的なシルエットを感じるでしょう?

この先に険しい部分があることは、地形図からも予想していた。
木戸川の両岸を塗り潰すほどの等高線の密度は、これまでの最大の難所だった“クランク谷”に匹敵しており、険しい区間の長さはそれを上回っている。
極めて険悪な地形が予想されるが、ここさえ抜ければゴールは間近である。

具体的な数字でいうと、車をデポしてある地点まで残り700mほどだ(極端な迂回がないと想定して)。
そして、日没までの残り時間はあと1時間半。
普通に考えれば余裕で間に合う距離なのだが、万が一、どうやっても前進できずに引き返すような事態になると、途端に絶望的な状況となりそうだ。
なにせ、引き返してから1時間以内で安全地帯へ脱出できるエスケープルートがまるで想定できない。入山ルートだって、ほとんど無理矢理に乙次郎の滝を下りてきたわけで…。

……うん…、結構怖い状況だよこれは。
別にいま初めてそれに気付いたわけではなく、ずっと徐々に気付いてはいたんだけど、最後の難所を意識したところで、初めて文章化した次第。


でもまあぶっちゃけ、御託はどうでもいい。

黙って700m歩き通せば俺らの勝ち。そこははっきりしている。




14:49

これは始まったな。

この先は、高い石垣で守られた狭路になっている。

最後の難関エリア、突入!




14:50 《現在地》

!!!

唐突の桟橋出現!

橋の存在を予感できるような前景なしで、突如現われやがった。

渡らなければ進めない桟橋が!




渡る!

この「橋21」、厳密には迂回不可能ではないと思うが、

そのためには谷が険しくなる前まで戻ってから、川に下りて迂回する必要があるだろう。

もちろん、この橋が渡れない状況……落橋……だったらそうするしかなかったが、

渡れそうな気がするんだよな。何となく…。



この桟橋は2径間で、中央にコンクリートの橋脚がある。

手前の第一径間は、全ての主桁が健在で十分に頑丈そうだが、

問題は橋脚の先の第二径間だ。あるべき位置に桁が見えないので、壊れている。

中央の橋脚まで行ってみないと、渡りきれるかどうかが分からない。

緊張で心臓がバックバクいっている。頼むぞ、戻りたくないんだ。



行けるッ! 渡りきれるッッ!!

第二径間はおそらく落石の直撃によって破壊されていたが、

一番左側の主桁が、なんとか残ってくれていた。

この写真の印象よりも恐ろしい一本橋状態となった主桁を、

幸いにも手が届く位置にある崖を左手で触りながら、よくバランスを取って渡った。



14:54

渡橋成功!

この右端の桁が落ちていたら、たぶん渡れなかった。
渡れなければ、ずっと戻って迂回する羽目になっただろう。
直近の崖がいかに険しいか、この写真から分かると思う。

つうか、川を迂回するのも相当大変だったんじゃないかなこれ…。
ちょっとしたゴルジュみたいになっていて、簡単には歩けそうにない。



「 いやー。怖かったがよく越えた、いまの橋…! やった! 」

滝が好きなくせに高所は苦手なくじ氏も、ほんとによく頑張った!



… … … … ん?



「くじさん、前見て!」




 未知の隧道を発見!



14:54 《現在地》

隧道がある!

ここまで、もの凄い数の橋があった。
橋と隧道は、それぞれ地形の凹と凸を克服するものであり、緩やかな相関関係がある。
これまで橋ばかりたくさんあって隧道は見つからなかったが、乙次郎の出合から進むこと約3km、21本もの橋を見送った先で遂に隧道が現われた!

ちなみにこの隧道、木戸川林鉄が描かれている昭和28年版の地形図にも、なぜか描かれていない。まあ多分短いせいだと思うが。

なお、木戸川林鉄には今回のレポートで紹介している区間よりも下流に、少なくとも2本の隧道が存在していたことが『鉄道廃線跡を歩く』のレポートによって判明している。
1本は女平地区にあり、廃線後は県道として利用されたが、木戸ダム工事に伴って廃止された。もう1本はダムと乙次郎出合の間にあったようだが、今回はダム工事中で近づくことが出来なかった。
これらの隧道についても後日探索を試みているので、今後紹介したいと思う。

それではさっそく隧道へ近づいてみよう。



隧道は、貫通している!

まあこのことは、隧道が見え始めた時点で分かっていた。
最初から反対側の景色が穴の中に見えていたから。
小さな岩尾根を通過するための隧道であり、周りには露出した岩が多く見られる。
また入口前には、前も見た【自然環境保全地域の看板】が立っていた。


見ての通りの短い隧道ではあるが、まずは貫通していてくれてありがとうと言いたい。
橋と同じく、隧道は、通れないと大きな迂回を強いられる大きなリスク要因だ。




内部の様子はこの通り。全長は目測25m弱といったところ。
露出した岩盤の凹凸がなんとも荒々しい、完全な素掘り隧道だ。
そしていかにも林鉄用らしく、横幅に対して天井の高さが際立つ縦長の断面形だ。

昭和36年頃まで、この短い隧道を、空のトロッコを何台も引き連れたガソリン機関車の列車や、『鉄道廃線跡を歩く』の【古写真】のような木炭満載の単車のトロッコが、行き来していたのだろう。

ところで、隧道内は路盤の保存状態に最も期待が持てる環境だが、本隧道の洞床には、川砂利と思しきバラストが敷かれていた。だが、枕木やレールはなく、枕木を埋設していた路盤の凹みも確認できなかった。



今日初めての隧道内は、いっこうに降り止む気配を見せない土砂降りの雨から身を隠せる絶好の場所だったが、あいにく我々にはここで停滞する時間的余裕はない。
それに、風が通り抜けている隧道の中は寒すぎて、びしょ濡れのうえ手袋さえ身につけていない私には、とても立ち止まっていられる環境ではなかった。
さっさと通過して、振り返りざまに上流側の坑口を2度撮影して立ち去った。

上流側の坑口は、下流側にも増して険しい岩場に口を開けており、岩窟と呼びたくなるような姿であった。
相当堅牢な岩であるようで、崩れがほとんどみられない。鑿岩は大変だっただろうが、おかげでほぼ永久的な構造物になっている。




さあて、隧道の先はどうなっている?!
“最後の難関”のエリアは、まだ終わっていないはず。

体力バケモノであるくじ氏がハイペースで前進するのに頑張って追従していくと、少し先の谷底を見渡せる場所があった。
そこでは広い谷底の両側に水流が分かれていて、どちらも低い滝となって落ちていた。流れが集まるところは大きなプールのような滝壺になっている。
山雨に煙る谷の風景は美しかったが、最後にこの川を一度渡らなければゴールできないということが、ずっと気がかりだ。
今朝、車をデポしたときはまだ真っ暗だったから、どんな地形のところかが分からないんだよな…。




またあった! 架かった橋が!

うひょーーー!

でも、喜びと同時に不安が押し寄せてくるのも、いつもと同じで…。

大丈夫か、越えられそうか? この橋。




15:02 《現在地》

おぉお!!

4径間連続の曲線木造桟橋。
こいつはシビれっちまう格好良さだ!

「橋22」は、4径間全ての桁が一応は架かっていて、これまで見た橋の中でもトップクラスの保存状態。
とはいえこれは、全部の径間に桁が架かっていることを重視した評価であり、各径間の状況は相当ヤバイ。
もとは3本の主桁があったはずだが、手前の径間から残る主桁の数は2−2−1−1と半数以下だ。
しかも、連結している全ての主桁が右方向へ捻れるように傾斜していて、不気味だ。

無理矢理やれば渡れないこともナイかもしれないが、
上面が平らではない丸太のような主桁(しかも濡れている)を、
立って渡るなんてことは自殺行為であり、もしやるなら座った姿勢で渡ることになる。
しかしそれは、たぶん時間がかかりすぎる。それならまだ、迂回する方が早そうだ。

では、どのように迂回して進むかということになるが――



桟橋を渡らず、山側の崖を橋の高さでトラバースできないか検討したが、
1本目の橋脚の脇にある切り立った大岩が邪魔をしていて無理だった。

そこで、この1本目の橋脚の下へ入り込むルートを開発した。
架かったままの橋の下へと潜り込むのである。



おおっと! そこには先行するくじ氏の姿が!

って、重要な発見はそれではなくて、くじ氏の足元にあるものだ。

橋の下にあるこれは、旧橋の橋脚に間違いない。
はじめはこの低いコンクリート台の上に木造橋脚を建てていたのだろうが、
後から軌道の改良工事として橋脚全体をコンクリート化したのであろう。
少し前の「橋20」で披露した“戦後の改良説”を具体的に裏付ける発見だった。

こうして見較べても、旧橋脚の表面はざらざらで、単純に10年から20年ほど古い
という以上の老朽ぶりが感じられるのではないだろうか。品質の差があるように思う。



このように橋の下へ潜り込むことで、小さな迂回で上手く難所を突破することが出来た。

写真は「橋22」を振り返って撮影。使われている橋脚と、使われていない旧橋脚が、
交互に立っているのが分かる。どうやらこの路線で多数見かける特徴的な門形橋脚は、
全て戦後の改良時に整備されたもので、門形以外の橋脚は初期のものと判断できそう。



雨が強いし、時間もないしで、せっかくの名橋をじっくりと撮影出来なかったのがツラい。
それでもちょっとだけ欲張って真横からの撮影にトライしたのがこのパノラマ合成写真。
時間があったら、木戸川から見上げたアングルとかも撮りたかったな。

探索中は当然ながら生還することが第一で、目の前に架かっている木橋の貴重さを、
長い探索人生で二度と巡り会えないほどのものだとは思わなかったんだ。
まあ、そう思ったところで、本当にのんびりしているゆとりはなかったのだが…。




15:07

「橋22」の突破には約5分を要した。

本当に、針の穴を通るみたいなギリギリのラインで、谷底まで降りる大きな迂回をせずに済んでいる。
周りは崖ばかりだから、仮に一度下りてしまったら、次に路盤へ復帰出来る場所を探すのに手こずりそう。
そんなことをしているうちに暗くなってしまうのが恐ろしい。いまはできる限り路盤を忠実に辿ることが重要だ。



前進再開。

マジで険しいな、オイ!

道の下にある崖の高さは、木戸川との高度差が変らないので従来通りだが、道の上の崖が、これまではなかった高さになっている。
何かあっても絶対に高巻とかは無理な地形だ。
下にも行けそうには見えないので、緊張感がヤバイ。
頼むぞ! すっぱり切れ落ちてるとか、橋がないとか、そういうのヤメてくれよ。




一級フラグ建築士かよ〜〜〜(涙)

超絶険しい状況のまま、この先に見えるんですけど……

苔色ノ橋脚ラシキモノ…

せめて架かっててくれよなーー。

でも架かっていてもきっと怖いんだよなぁ。 嫌だなー、いまは橋が怖いよー…。






あっ…。