小坂森林鉄道 濁河線 第9回

公開日 2014.12.20
探索日 2013.05.02
所在地 岐阜県下呂市

根尾滝の上を越えて


2013/5/2 11:46 《現在地》 

辛うじて1径間が架かったままで残っていてくれた木橋を後に、前進を再開する。

既に探索開始から4時間あまりを経過しているが、まだ上部軌道の知られている総延長の半分も歩けていない現実があった。

ここから先にもどんな難所が現れるか分からないし、探索のスピードを稼げる部分では稼いでおきたいと、足を速めていた。




だが、そんな焦りが私を負傷させた。
木橋がある谷を渡渉で横断する最中、倒木の枝に手首を引っ掛けてしまい、尖った部分で傷付けてしまった。
幸い、関節など動きに関わる部分のダメージにはならなかったが、この怪我は少しばかり、後を引くことになった。


足を後に歩き出すこと約3分で浅い掘り割りを通過し、木橋が架かっていた枝沢から、再び濁河川本流に面する山腹へ取り付く。
そこから更に3分ほど進んだ所からは、路盤上に多くの落石や崩土、倒木などが現れるようになり、敷かれたままの軌条はほとんど見えない状況になった。

そしてこの辺りから、「ザー」というような滝の音が聞こえるようになってきた。
それまでも「さー」という谷川の音は常に聞こえてきたが、より大きな落差を水が一挙に落ちる音が聞こえてきたのである。
GPSを確かめると、「根尾滝」の表記が、現在地に迫っていた。

私は身構えた。




11:57 《現在地》

GPSの表示と、現場に木霊する滝の音を根拠に、ここが軌道跡と根尾滝との最接近地点である。

滝は、軌道跡からはどうやら全く見えないようだ。
私の気持ちは、残念が3、ホッとしたが7くらいで、こんなに立派な根尾滝が間近にあるのに観賞できない事への落胆は、滝と結びつけられる断崖絶壁な険悪地形によって路盤が杜絶するという、そんな最悪な事態を回避できた事への安堵に、遠く及ばなかった。

また、距離の点では未だ上部軌道全長約9kmの中間地点に及ばないが、外部からのアプローチの難しさを考慮した上での“山場”は、この根尾滝の通過にあると予測していたので、その達成は踏破への大きな自信へと繋がった。



路盤からはどのように身体を乗り出してみても、落差63mもあるという飛騨国有数の直瀑を目にする事は出来なかったが、その瀑音が後方へ遠ざかるにつれ、見下ろす谷の風景に大きな変化が現れた。

滝の直前までは、濁河川の谷底からおおよそ100mも高い所を歩いていたのだが、その高低差は一瞬にして60m縮まり、今は40mそこいらになっていると想定される。
風景から高度感がだいぶ失われ、山腹を歩いていると言うよりも、普通に谷沿いを歩いている雰囲気である。
未だ水面を直接見るほどには近付いていないが、それも遠からず実現するだろう。

本軌道跡は、いよいよ濁河川の強烈な浸食を直接受ける不安定な高度に入りつつあるのだ。
このことは、これより上流で展開する中〜後半戦の全体について言える、最大の不安材料であった。
しかしその一方で、地形図を見る限り、この根尾滝上部から約1kmにわたる右岸は、本谷中流部では珍しく等高線の間隔が“疎”になっている部分だ。さらなる現存遺構にも期待したい。



谷の眺めだけではなく、行く手の大きな風景にも変化があった。

あの山の上に方に微かに見えるのは、御岳パノラマラインの愛称を持つ岐阜県道441号線である。
今朝、この探索の準備の段階ではクルマで1往復をしているし、今日これからもまた、あそこを自転車で走る事になるはずだ。

地図で確認すると、今見えている道はここから350mくらいも高い。
つまり、私を待っている自転車は、まだあんなに高い所にあるのである。
この高低差の全てを軌道跡が詰めるわけではないが、まだ先は長いと感じられた。

しかしともかくも、こうして一歩一歩着実に進むしかない。



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名知らずの森 色々なものがあった


地形図で予感していたとおり、根尾滝を過ぎて5分ほど歩くと、周辺の地形はこれまでになく穏やかな表情を見せ始めた。

それに伴い路盤の状況が急激に回復すると、これが軌道跡の当然の光景であると言わんばかりに、敷かれたままのレールが惜しげもなく姿を見せる。
またしても、私の本当に幸せな時間が始まったのだ。


ただ、私の左の手首だけは、“幸せさ”とは全く無縁の姿に変わってしまっていた。

枯れ枝で付けた傷は思いのほか深かったらしく、自然に流血が止まるまで案外に多くの血を垂らしてしまったのだ。
焦って止血を試みなければならないほどの出血では全くなかったが、鼻血以外では、探索中における私の最多出血記録となった。

それどころか、この傷は今も私の左の手首に1cmほど、しっかり残っている。
探索中は軍手をした方が良いと証明してしまったが、苦手なんだよな〜、素手じゃないのが。



ここでは敷かれたレールの下を木の根が横断し、
そのまま成長した根がレールを大きく持ち上げていた。

今まで、沢山のレールが無い廃線跡を目にしてきて、
「もしレールが残っていたら、こんなかななぁ」と夢想した風景が、
ここでは次々と現実のものとして、私の前に現れていった。



続いては、こんな場面も。

森の木々が、線路を避けるように育っていた。
周りは広葉樹の広々とした森である。よって、夏には鬱蒼とした緑陰が、
秋には錦の絨毯が、このレールを覆い隠すのであろう。その全て見たいと思った。



12:21 《現在地》

きききキターッ!!

軌道跡での相当嬉しい発見。

本日2度目、2両目の廃車体発見である。

前回見たのは黒光りするような鋼鉄製のモノコックトロであったが、今度のは同じ台車は台車でも原始的な木製台車である。

しかしそれでも十分貴重である。
特に車軸が1本だけでなく、一両の台車を構成する2本の車軸がそのまま残っていたのが嬉しかった。



見たところ、ここにあるのはこの台車1台きりであった。
どのような経緯で、ここに残されたのか不明であるし、それを正確に知る術は最早残っていないだろうとも思う。

だが、どのような姿で最後を迎え、そして朽ち果てたのかは、想像が可能だ。
この台車は、隣にあるレールから持ち上げられ、そしてひっくり返されて、車輪を上にここへ置かれたのだ。

そのように木造台車を保管するとはとても思えないので、その前に「役目を終えた」と判断される何かがあり、それでここに打ち棄てられた可能性が高い。
見たところ、4つの車輪は綺麗に形を留めているし、重大なトラブルがあったようには見えないが、台車部分は既に原形を失っていた。

私は、この車両を再びレールの上に戻すということを考えた。
だが、車体が朽ちすぎていて、それをするためには車軸と車体をバラバラにするよさそうだった(一人で作業すればなおさらだ)。
どうせ朽ちてはいるのだが、無人の山野に辛うじて形を留めていた車両を、今さら人の手で壊すのは忍びなく、レール上に置けば確実に数メートルから十数メートルは車輪を走らせる事が出来たであろうが、それを実行しなかった。



なお、この廃台車の車輪には、「イワサキ」銘の陽刻が施されていた。
そして私は今日、この名前を別の場面で目にしている。
上部軌道起点の岳見台停車場付近に沢山あった転轍機のダルマレバーに、この社名の陽刻があった(当レポート第5回)。

岩崎レール商会(岩崎レール工業)という会社は、軽便/普通鉄道の別なく、転轍機の製造では特に有名であったようだが、狭軌の産業用機関車や客車の製造も行っていたらしい。
全国森林鉄道 JTBキャンブックス』巻末の全国の林鉄保存車輌一覧に同社の名前を見る事が出来た。(しかし、いわゆる“3大メーカー”である協三、酒井、加藤から見れば少ない)

今まで車輪にこのような刻印を確認したのは、初めてだと思う。(少なくとも、廃線跡で放置されていた廃車体では初だ)
これまた嬉しい発見だった。




12:27 《現在地》

心弾んだ2台目の廃車体を後に進むと、思いがけないところに小さな沢が軌道跡を横切って流れていた。
地形図では水線も描かれない小さな“凹み”に過ぎなかったが、実際は案外と本格的な谷をなしていたのである。
そしてそこに、上部軌道で目にする第3番目の木橋があった。

残念なことに橋は落ちてしまってはいたが、原形を想像しうる程度には多くの廃材を留めていた。
沢を流れる水が少ないので、落橋後の部材流出が抑えられているのだろう。

本橋は緩くカーブした3径間の木橋で、2本の橋脚の基礎はコンクリート。その上に木造橋脚が立つ構造であったようだ。




落橋に対しては特に有効な手立てもなく、正直に谷底へ下りて、それから対岸の斜面をよじ登った。
せっかく止まった手首の出血が再び始まることを心配したが、幸い大丈夫だった。
完全に傷口が固まるまでは、敢えて出血を洗い流さず、このままにしておいた方が良さそうだ。

なお、この無名の谷には、木橋のすぐ上流に、結構な大規模の砂防ダムが築かれていた。
形も変わっていて、森林鉄道が現役であった時代よりは新しいものかとも思ったが、銘板などが見つからず、建造年は不明である。



3本目の木橋も無事乗り越えた。

次にはどんな風景が現れるのか、ワクワクしっぱなしだった。



お?

線路端に一斗缶やら何やらが捨てられているぞ。

何か、黄色いものもあるなぁ。




これは?
もしや!