今回は、鎧畑ダムの建設に伴う玉川林鉄の路線付け替えによって誕生した道を辿る。
この付け替え軌道は、水没している旧軌道とは対岸、玉川の左岸に沿っている。
もちろん、昭和30年代には廃止されている訳だが、その大部分を現在でも容易に辿ることが出来る。
なぜならば、付け替え軌道はその大部分が、車道との併用軌道として建設されており、車道としては、軌道が廃止されてからもしばらく現役であったためだ。
いや、一部などは現在でも国道である。
ご覧頂く皆様においては、分かりづらくなって大変に申し訳ないのだが、一つ注意点がある。
今回と次回の二回連続で付け替え軌道を紹介するが、前回までとは異なる日付のレポートであるだけでなく、その進路方向もこれまで下流から上流方向であったものが、まるっきり逆となる。
これは、2003年9月11日の探索を用いてレポートを作成したためである。
ご理解頂きたい。
それでは、前回レポの到達点からは約5km北方の、秋扇湖上端付近、玉川大橋からレポを開始する。
詳しい位置関係は、右の図をご覧頂きたい。

玉川大橋から、現国道を南下
国道から秋扇湖の上端付近を眺める。
現道からは対岸が見える。
その足取りは決して早くはないものの、この区間でもバイパス工事が続いている。
そうした中で、平成元年の鎧畑トンネルの完成によって一挙に鎧畑ダムサイト付近の隧道4本が不要となったのを皮切りに、その後もバイパス工事は逐次進められている。
左上の写真で、おにぎりの奥は現在では切り通しであるものの、かつてこの左側に6号隧道があった。
この先3枚の写真は、2004年2月11日の早朝に撮影されたものだ。
1メートルを超える、今まで体験したことがないほどの積雪に、全身で挑む。
そして、吹きだまりとなった雪の裏に私は発見した。
そして、続いてこれが5号隧道の北側坑門だ。
反対側の坑門もこのとおり、すっかり消失していた。
この写真のみ、2003年11月19日のものだ。
小野草沢の旧道
付近から秋扇湖を撮影。
断崖に沿って蛇行を繰り返す旧道。
そして、現道はすぐに次のトンネル、鎧畑トンネル(平成元年竣工全長655m)に入り、鎧畑集落へと直結している。
| 当サイトは、皆様からの情報提供、資料提供をお待ちしております。 →情報・資料提供窓口 | |
|
このレポートの最終回ないし最新の回の「この位置」に、レポートへのご感想など自由にコメントを入力していただける欄と、いただいたコメントの紹介ページを用意しております。あなたの評価、感想、体験談など、ぜひお寄せください。 【トップページに戻る】 |
|