道路レポート 三重県道745号片野飯高線 粥見不通区 第2回

所在地 三重県松阪市
探索日 2014.02.01
公開日 2020.05.19

溺れる県道?!


2014/2/1 12:53 《現在地》

起点から8.3km、最後の交差点からおおよそ600mで、予告なく

こうなった。




“終点”から振り返る、来た道。

序盤以来の“良い道”だったが、急転直下の展開だ。
とはいえ、慣れた人の目から見れば、“良い道”の正体が典型的な未成道だということは、十分に感じられたと思う。
集落と農地が沿道から途絶えると同時に、綺麗な未成道が終わる、ありがちなパターンだった。



“矢印”の所のガードレールに、赤ペンキの走り書きのような文字があった。
一見して汚らしく、一瞬落書きかと思ったほどだが、内容を見ると、道路管理者か工事関係者が書いたものらしいと判断できた。

どうやら、未成道の末端であるこの地点を境に、右側(来た方)はHという区間で50m続いていて、左側(これから進む方)はJという区間でやはり50m続いており、かつ「W=2.0」、つまり幅員2mということの表明だと判読した。
何らかの管理上の必要があって、外見の悪さを押しても敢えて記してあるのだろう。

紛れもなく、県道がまだ続いていることの表明でもあった。




それではいよいよ、その問題の「幅員2m」の区間へ進むことにしよう。

ナビゲートしてくれるのは、これまでになく近くに姿を現わした櫛田川の清流だ。
前回も述べたとおり、この辺りの櫛田川の景観は総じて渓谷的で美しく、これに対して香肌峡という美称も与えられている。
流域は三重県の県立自然公園に指定されているほか、地理院地図の表記によれば、これから立ち入る県道の不通区間は、環境省が定める長距離自然歩道の一路線である「近畿自然歩道」にも指定されている。

……確かに、不通区間の入口に、何かの看板が立っているのが見える(矢印)。



きけん ここではあそばない

自然歩道の案内板なんていう、生やさしいものじゃなかった。
この県道、何か“溺れる”要素があるんですかね……。 少年の身体をはった危険アピールのイラストが、ちょっと怖い…。

とりあえず、現地にある情報だけを総合するれば、【通行不能】【きけん】を告知するばかりで、ぜんぜん国が定めた「自然歩道」のウェルカム感はない。

もしかして、今はもう自然歩道の指定を解除されているのかと疑うほどだが、ちゃんと三重県サイトの近畿自然歩道の紹介ページに、立派なパンフレットが掲載されている。
ちなみに、コースの難度を示すカテゴリは、「ファミリーコース」らしい。

……このファミリーという不穏な文字を見た瞬間、私の中で、あるファミリーが脳裏に甦った。釜トンネルのレポート第5回の妄想に登場した、初心者ドライバーパパのファミリーが…。




突入開始!

いきなり、四輪車の轍は皆無で、「自動車交通不能区間」が現実の風景になった。

しかし、踏み固められていて藪のない、いわゆる地道が続いているので、不安は感じない。

なかなか良い感じだ。



50mほど進むと、さっそく、道の様子に変化があった。

チェンジ後の画像に描いた補助線を見て欲しいが、補助線のように道幅が急に狭まる。
ここまでは2mどころか4mくらいは平らな幅があったのだが、ここで「ガクッ」と狭くなる。

明らかに、道を作った者の作為を感じる狭まり方だ。断じて自然に狭くなっているのではない。
この道が作られた当時から、ここまでは広く、この先は狭くなっていたのか。
だとすると、これもまた、時代の違う未成道の末端ということなのかも知れない。

過去、幾度もこの県道を車道として開通させようという取り組みがあり、その都度、失敗に終わっていたのだとしたら……
私がもっと好きになっちゃいそうだ。




今度こそ、自動車の通行が困難な道幅になった。
実測値ではない目測だが、道幅1.2〜1.5m程度である。
山側は掘りっぱなしの岩肌で、川側は切れ落ちた石垣の路肩である。

そしてこの石垣、見える範囲の川縁にずっと続いていて、護岸を兼ねているようだ。
そのうえ、路面がコンクリートで舗装されていることにも、ここで初めて気付いた。
自然歩道として整備されたのかも知れないが、なかなか手間が掛っている。



この不通区間、おおよそ700mほどの短いものだ。
そして、おそらくその出口と思われる辺りに、1台の軽トラックが止まっているのを発見。
そこに至るまでの道は川べりの照葉樹に隠れて見えないが、あることだけは確かだろう。

白い巨岩が変化に富んだ造形を見せる渓谷と、長閑な里山が好対照をなす香肌峡の景観を、
ただ道を走るだけでほとんど独り占めにできるところが、この県道の面白いところだろう。
水の少なさが渓としての魅力をいくらか削ぐが、前回紹介した用水に取られているので、やむを得まい。




車道とは思えぬほど狭いのに、なぜか舗装されているし、
また勾配も全くないという、なんとも不思議な県道である。

舗装は自然歩道化した後年のものだとしても、この平坦さは、後からではないはずだ。
これが車道を意識した平坦さではないとは考えにくいのだが、その割に本当に狭い…。

……この道、林鉄のようなナロー鉄道の廃線跡を彷彿とさせる。 まさかこれって……?



そしてこの直後、川縁をほんの少し離れると――



12:57 《現在地》

激狭の切り通しが!


そして、ここに意識を向けているとき、


あなたの後ろに……




黒い影。

地図にない廃隧道が、ぽっかり口を開けていたのだ!




この展開には正直驚かされた。

狭い県道の正体について、色々思いを馳せている最中だったので、探索自体にうわの空というわけではなかったものの、景色の先の展開を予見する方向には意識を向けていなかった。
そんな私の横面に、強烈な張り手をぶちかまされた心境だ。
私は卒倒こそしなかったが、ヌメヌメとした冷気を漂わせる等身大以上の坑口前に立ち尽くし、数瞬呆気にとられたのはやむを得なかっただろう。

謎の坑口だが、こうしたものが遊歩道沿いにあるときの通例によらず、なぜか、塞がれていなかった。
かといって、どう見ても、現役の道路トンネルですよというお顔立ちではないし、出口も見通せなかった。
なんとも不可思議だが、位置的には、この県道の旧道か新道を思わせるトンネルだ…。
しかし、進行方向の反対へ向かっているのが、また悩ましかった。

いったいこのトンネルは、どこへ向かっているんだ?!

これまでの行程のどこかで、私はこのトンネルの反対側の坑口を見逃して来たのだろうか?!



疑問の答えを得るには、立ち入ってみるのが最速の手段だろう。
立ったまま入っていける大きさであることを確認した時点で、考えは決まっていた。
ただし、貫通しているかどうか分からないうえ、進行方向を逆行するので、自転車は置いていくことにした。

12:58 ヘッドライトを点けて、入洞開始!

入洞直後の印象は、小さな素掘り隧道だということだった。
立っているのはギリギリで、この先頭をぶつけそうな感じもある。
幅の方が高さより少し大きい感じもあるが、いずれにしても小断面。いわゆる人道隧道でしかあり得ないサイズ感だった。

直前まで、もしかしたら鉄道の廃線跡なんてことも考えつつあったが、少なくともこの隧道は、良くて“未成隧道の導坑”だ。完成形だとしたら、人道サイズでしかない。



探索中の沿道に、地図にない坑口を発見することは、珍しい事態ではない。

発見する坑口の正体は、本当に様々だ。
農作物の小規模地下貯蔵庫(山沿いの農村でよく見る)や防空壕(都会に多い)、そして灌漑用水路の跡などは、全く珍しくない。
地方によっては小規模な鉱山坑道が無節操に口を開けているし、ダムなどの地質調査用の試掘孔なんかも、場所によっては良く見るものだ。

坑口が、人や車や鉄道が通るための“交通用トンネル”であるかの査定は、扁額の存在などで即座に判断が付くことも多いが、それが無理でも内部を確かめることが出来れば、大抵は解明される。

しかし、今回はまだ決め手となるものが見つからない。
奥行きやサイズの観点から、人道トンネルか水路トンネルのどちらかに絞られてきているが、まだ決定打はない。

そして、もしこれが水路だとすると…、隧道探索者としては落胆するものの、同時に、県道745号片野飯高線という道に対する驚きの度合いは、地上へ戻った後で、さらに倍増することが予期された…。

だから、どちらへ転んでも、ここは震える場面だった。
私は既に、お宝に巡り会えた喜びを、確信していた……!



出口の光だ!

入洞直後は見通せなかったが、それは内部が微妙にカーブしていたからで、しかし総体としてはほぼ直線的に西へ進み、入洞からおおよそ3〜40mといったところで、ついに反対側の光が現われた。

いったいどこへ出るのか。
地形を考えれば、私が直前に通過した県道の山側法面としか考えられないが、やはり見逃しがあった訳か。
いささか腑に落ちないが、外へ出れば間違いなくはっきりする。

なんか狭そうだが、脱出しよう!



出口に近づくと、側壁に巻き立てが現われた。

それも、なぜか向かって右側(つまり山側)の壁だけが、コンクリートで抑えられていた。
天井や左側の側壁は、これまで通りの無巻きの素掘りだ。
そのまま坑口までコンクリートの壁は続いていた。




最後が狭い! ちょっとキツイが、慣れている。 

これは洞床に土砂が堆積しているせいで、天井は崩れていない。
もしかしたら、地上側から一度は埋め戻されたのかも知れない。
四つん這いになって、スリットから地上へ!

ここはどこだ?!




13:02 《現在地=まだ不詳》 ↑この穴から出て来ました。

洞内にいた時間は4分弱で、長さは、せいぜい7〜80mといったところだろう。

たいして移動しているはずはないが、ここがどこかは、まだピンと来ず。

隧道の正体もはっきりしなかったし、なんか変な気分。



なんか左に道が見える。

明らかに見覚えがある道が。

……やはり見逃していたようで(汗)、 実は… ここに坑口があった。↓



分かるかこんなモン!(ノ>_<)ノ ≡●


しかしこの配置は、意味深というか、なんというか……

普通じゃないな。

道幅の半分が隧道、半分が明り道へと分かれていく。

そして両者は、わずか70mほど先で、また1本に戻っている。



地図に示すと、こんな風になっている。

この県道に隧道はないはず探索前に県資料で判明済み)なので、隧道は県道ではないのだろう。

では何なのかということになるが、状況証拠的に考えて、


水路だろうな。


県道745号の前半戦は、立梅用水という水路に依存した径路だったが、

ここに来て再び、謎の“廃”水路の亡霊に取り憑かれたらしい。

こんな無造作に道路脇に水路隧道が口を開けているのは、さすがに想定外だったが…。



というわけで、私の推論――

県道745号は、水路跡を転用している。

というか……




ただの水路跡じゃねーかよ!

水を抜いただけの水路跡を県道に認定し、そのまま供用開始を宣言するとか……

さすがにこんな県道見たことないぞ…!

まさか…、突然水が流れてきて【こうならない】よね?!



あれ? ここどこだっけ? 良い道だね。



三重県だよ。