2026/5/10 7:47
これが、ガレ斜面を10分登って辿り着いた、「現在地」の全天球写真だ。
背にしている岩場に1本、短い隧道らしい岩穴が開口しているほか、正面の緑が濃い岩場にもう1本、黒い岩穴が口を開けている。
この場所は、2本の隧道に挟まれた、私の知らなかった空間だった。
こんな場所が、雑穀谷に隠されていた……!
加藤氏が撮影された写真に、「現在地」と、そこまでのアプローチルートを示した。
さらに、チェンジ後の画像には2本の隧道らしき岩穴の位置を示している。
あくまでも「この辺りにある」表示であり、写真から認識はできない。
改めて写真を見ても、「5本の隧道」の姿は、見えない。
特に、「現在地」の上流側(右側)は、切り立った岩場(クライミングエリア)が連続しており、道などありそうにない地形である。
いったいどのような道が、隧道が、このエリアに存在するのか。
GPSが「現在地」を捕捉した。
ここは直近の道路から50mほど高い山腹で、改めて、地形図に道は描かれていない。
標高は830m附近。雑穀谷の入口から見ると130mも高い。
この場所から、探索をはじめる!
7:49
まずは、下流側へ行ってみる!
そうすると、いきなり隧道である。
とても短い隧道(全長4m程度)で、坑口も内壁も天然岩盤の節理に沿って割れている感じ。
ある程度は経年による崩壊もあるだろうが、もともとこのような野趣溢れる素掘りの隧道だったことに疑いはない。
情報の通り、貫通している。それは即座に判断できたが――
最初に見えていた短い隧道の奥に、すぐに次の隧道が見えていた!!
この下流側の2本の隧道は極めて近接して存在する。
隧道に挟まれたごく短い空間はガレ場の斜面で、触ると動きそうな落石が積み重なっているので、横断に注意を要する。
7:51
下流側2本目の隧道の上流側坑口である。
今度は少し長く、壁面も明らかに人の手で整えられている感じがあるから、より隧道らしい隧道だ。
そしてやはり、ちゃんと貫通している。
岩がカラカラに乾いていて、表土が少ないから、落盤で閉塞しづらい環境であるようだ。
こんな感じで、ちゃんと開口した隧道が連続して口を開けているが、通路として利用されている感じは乏しい。
少なくとも、日常的に人が歩いている感じはしない。廃隧道なのは間違いないと思う。
下流側の2本の隧道に挟まれた狭い空間で撮影した全天球写真だ。
足元は、私が攀じ登ってきたガレ場とすぐ下で繋がっている。
加藤氏は、おそらくこちら側を登ってきたのではないかと思う。
(4本目と5本目の隧道の間に出たと、彼は書いていたが、私が最初に辿り着いたのは、3本目と4本目の隧道の間であったから)
また、上部は逃げ場のない岩場で、オーバーハングしている部分もある。
誰が、いつ、どのような目的で、この険しい場所に道を通したのだろうか。
下流側の2本目の隧道へ入る。
全長は15mくらいで、よく原型を止めている。
おかげで、この正体不明の“謎の道”の路面を、洞床という形で初めて観察できる機会となったが、路面にレールや枕木は見当たらなかった。ただ、平らに均されてはいた。
また、隧道の断面サイズは、目測で高さ2.4m、幅1.8m程度。
ただの人道用通路としては幅も高さも大きいが、自動車が通れるほどではない。
いわゆる、手押しトロッコなんかが通る道っぽいサイズ感。
何らかの工事用目的で作られたトロッコ道ではないかという、そんな漠然とした印象を持った。
隧道は出口に近づくと少しだけ右へ曲がっていた。
そして、四角い出口の向こうには、入口側とは一転して青々とした樹林の景色が広がっているようだった。
脱出する。
7:52 《現在地》
地表へ出ると、そこは尾根に近い場所であった。
相変わらず右手は険しい岩場で、左側は急傾斜の樹林帯が落ち込んでいる。
樹木が多く見通しは効かない。
道形はあるが、灌木が多く、踏み跡らしいものはない。
路肩を見ると、石垣らしき構造物の痕跡があったが、規模は小さかった。
7:54 《現在地》
そのまま少し進んだが、2本目以降の隧道は現れず、代わりに広場のような空間が現れた。
しかし道はその先にも水平方向に続いている気配があり、覗いてみたが、間もなくチェンジ後の画像のような猛烈な灌木の斜面となった。
そこには、クライミングエリア内の所々で目にしたブルーのリボンが、通せんぼするように取りつけられていた。
加藤氏は、「上流側は崩落と工事による立入制限のため、下流側は深い藪のため、この道がどこからどこへ通じているものかはわかりませんでした」と述べていたが、これがその下流側の端部であろう。
私もこの道がどこからどこへ通じているのか分からないし、今回の探索の主目的である「5本の隧道」の捜索の途中なので、私も、大人しく引き返すことにした。撤収!
引き返して、下流側の2本目の隧道の下流側坑口と対面した。
これが報告にあった一連の隧道の最も下流側にあるものとなるので、改めてこれを「1号隧道」と仮称することにしよう。
続いて現れたこれが、「2号隧道」である。
ここまでは既知。
7:58 《現在地》
「3号隧道」、ここからは未知だ。
これまで潜った下流側の2本と同じサイズ感だが、入洞時点で出口が見えていないことが大きな違いだ。
各隧道の“長さ”については、事前情報がなかったが、これは長そうだ。
ちなみにこれを潜ったら、【重機の通せんぼ】
よりも先へ進むことになる。
7:59 (入洞1分後) 《現在地》
長いぞ、こいつ!
いま私は、下流側から数えて3本目の隧道の内部にいる。
1本目と2本目は短く、特に2本目などは石の門のような佇まいであった。
が、この3本目は、そんなこれまでの2本とは一転して、本格的な長さを持った隧道だった。
洞内には、ホンモノの闇が満ちていた。
この場所の地表をゲレンデとして利用してきたクライマーたちは、当然これら隧道の存在に気付いていただろうが、そこを通路として利用することはあっただろうか。もしあったとしても、自然の胸を借りることを愛する彼らは当然マナーが良く、何かを残したりはしていない。
洞内は、まるで私が数十年ぶりの通行人であるかのように、無垢だった。
同じ場所で撮影した全天球写真である。
背にしている小さな光が入口で、前方に出口の光はまだ見えない。
ここまで50mくらい進んでいる状況である。
周囲の岩肌がゴツゴツとした質感で、いかにも堅そうだ。
実際、長年の風化に耐えて地表に聳立している岩盤の内部である。
柔らかい岩でないのは明らかで、いわゆる手掘り隧道でもない。トンネル掘りのプロが機械力を以て掘り進めた、専門職の隧道ということになろう。
断面の大きさは、やはり土砂運搬用トロッコの通行を前提にしているように見えた。少なくとも、人道トンネルにはない余裕があった。
ただし、洞床に枕木を敷いた形跡は残っていなかった。
8:00 (入洞2分後)
入口から7〜80m進んだところに、少し奇妙な光景が待ち受けていた。
向かって左側……すなわち山側の内壁に、石垣が築かれていたのである。
覆工と呼ぶには規模の小さな、一部の側壁だけを埋めた石壁。
これまで膨大な数の素掘り隧道をくぐってきたが、あまり見ない光景だった。
真っ先に疑ったのは、横穴が埋め戻されているのではないかということで、石垣の隙間を覗いてみたり、空気の出入りがないかを探ってみたが、どうやら横穴はなく、単に壁の凹みを埋めているだけのようであった。
珍しいニャア。
あとは、壁にこんな模様を見つけた。
模様というか、削岩機のロッドが付けた削岩孔である。
この隧道が紛れもなく機械力で掘られたものであることを物語っていた。
もっとも、削岩機を利用した歴史は古く、明治期から事例がないわけではないので、これだけで即座に年代を特定することは難しい。
分かるのは、トンネル掘りの専門職が工事を担当しているということである。いわゆる手掘り隧道と呼ばれるものには鑿の削痕が見られるが、それとは建設手法が違うことが分かる。
8:01 (入洞3分後)
状態が良いのでスタスタとハイペースに進みながら、約3分を経過。
既に入口から100m以上進んでおり、歴代の地形図に描かれたことがない隧道としては稀と評しても良い長さになっている。
が、ここで初めて進行方向に光が見えた。
出口そのものではなく、出口から入った光が濡れた壁に反射して映っているようだ。まだ本当の出口まで50mはありそうだ。
事前情報によって貫通は把握していたが、こんなに長いとは思っていなかった。
そして、直近の壁面と天井の様子にも変化が見られた。
うおっ、凄いなこれ……。
山側の壁と天井が急に異様な感じになって、断面の形も歪になった。
さらに、地上2mの高さまで崩土が積み上がった落盤が起きていた。
山側の壁の姿は、地表でクライマーたちを喜ばせている一枚岩の垂壁の再現のようだ。
地表にある垂壁のようなものが、地中にも節理という形で埋蔵されていて、それが人為的な隧道の掘削によって部分的に露出したのだと考えられる。
そして節理の近くを無遠慮に掘ったことで、支えを失った天井の落盤が起きたようだった。
落盤箇所を慎重に通過する。
8:02 (入洞4分後)
またなんか出た!
天井付近の壁に、つっかえ棒がされているではないか。
これには、二重の意味で驚いた。
一つは、トンネルの断面全体を囲うような支保工ではなく、ただ1本のつっかえ棒(それも本当に木の棒である)で落盤という巨大な外力に抗おうとしているように思え、荒唐無稽さを感じたこと。
そして、そんな絶対的に無理ゲーと思えるつっかえ棒が、1本だけとはいえ、ちゃんと天井につっかえたまま残っていたという事実にも驚いたのだ。
だが、荒唐無稽云々ということに関しては、冷静に考えると私の認識不足である。
というのも、かつてのトンネル掘削現場において、こうしたつっかえ棒は決して無謀ではなく意味のあるものとして多用された標準的工法であった。
つっかえ棒には、掘ったばかりのトンネルによって地山が緩むことを防ぐ目的があった。これは支保工も同じである。
たかが木の棒如きで崩れてこようとする地山や、その地圧を抑える事は、当然に無理である。
それは百も承知のうえで、支保工やつっかえ棒が目指したのは、トンネル掘削前は当然に保たれていた地山のバランスが崩れること(これを「山が緩む」と言った)を防ごうとしたのである。地山のバランスが崩れる前であれば、さほど大きな力でなくても支えてやることは出来たという。
隧道が、いつ作られたのか、そしていつまで利用されていたのか。
この2つの重要な要素がまだ分からない状況だが、普通に考えて平成生まれではあり得ないと思うし、このつっかえ棒の耐久ぶりは、やはり凄いのだと思う。
そんなこんなで、ここに貫通している隧道があるという“既知の情報”の再確認だけでなく、その隧道が思いのほかに長かったことや、内部が整っていたことなどに新鮮な驚きを抱きつつ、無事に出口の光の元へと迫る。
入口からずっと真っ直ぐだったが、最後だけは右に曲がっていた。
曲がった先に、眩しい光……。
上手い具合に外光が射し込んでいるので眩しいが、かなり崩れていそうである。
わーお!
なんだか鳥の雛になって、巣穴から外を眺めたみたいな風景だ。
貫通しているという情報に間違いはなかったが、結構ギリギリだったな。
うん! でも良かった。地上へ出られるな!!
8:03
5分ぶりに地上へ復帰!
いったいここはどこなんだ。雑穀谷の中なのは間違いないが、入山地点より上流なので、当然景色に見覚えがない。
隧道に入る前にいた場所とそっくりな崖錐斜面である。
そこまで険しい感じはしないが、大量の瓦礫で道形は全く見えないな。
そもそも、今いる場所は洞床よりも天井に近い高さである。本来の路盤はそれだけ埋まってしまっているのだから、見えるわけがない。
チェンジ後の画像は、足元にまるで縦穴のように口を開けている“出口”である。
現在地がGPSの測位によって判明するまで、少し待機。
全天球写真も撮影した。
たぶんここまで来るとロックゲレンデとして使われている領域から外れていて、あまり人が来ていないんだと思う。地面が踏まれている感じがしない。
現在地測位完了!
おおおーっ!! 一気に地中を移動したなぁ!
地形図で等高線が物凄く密になっている尾根(=ロックゲレンデ)を一気に潜って、最初に登ってきたガレ場の隣の谷に辿り着いたようだ。
図上で計測してみると、直前の隧道の長さは150mくらいあった。
そして、これまでこの未知の廃道を歩いた距離の半分くらいが、この1本の隧道に占められていたことに。
このような隧道の長さは、一朝一夕ではない大仕事だったと思うが、情報によるとここで発見された隧道は全部で5本という。
もう2本、この先にあるらしい。
とっても楽しみだ!
こんな画像も用意してみた。
加藤氏が撮影されたロックゲレンデの全体写真に、ここまで探索した一連のルートを書き加えたものである。
複雑な形をした岩壁地帯を長い隧道で潜り抜け、その上流側へ抜け出した形だ。
8:05
前進を再開した。
まずは目の前のガレ場をトラバースして渡っていく。
ちょうど真っ正面に次の岩尾根が立ちはだかるような感じに見えており、そこに次の隧道があるのかと思ったが、それは誤りだった。
ここは右下の縁を回り込むのが正解だった。
本来の路盤はガレ場の相当深いところに埋もれていて、その高さを錯覚した。
チェンジ後の画像は、同じ場所から振り返った3本目の隧道であるが、ほんの数メートル離れただけで、全く見えなくなっている。
ここに隧道があると予め知らなければ、これ以上先へ進むこともしないだろうから、見つけることは難しいだろう。
そして、遠くない未来には、完全にガレ斜面に埋没してしまうことだろう。
ガレ場から眼下を見下ろしている。
谷底はまだ30mくらい下にあり、近づいてはいるがまだ遠い。
相変わらずたくさんの砂防ダムが連なっており、麓から続く工事用道路も見えている。そこに今のところ工事関係者の姿はない。
ここで横断している草混じりのガレ場は、致命的な危険こそ感じないものの、ガレ場は横断時特に怪我をしやすい場所なので慎重に行動している。転んで擦りむくくらいならまだいいが、捻挫なんてやらかすと、この探索だけでなく、始まったばかりの今遠征全体を棒に振ることになりかねない。
切り立った岩場の下を回り込む場面。
岩場が少しオーバーハングしたみたいになっているのは、もしかしたらかつて路盤を設置していた名残なのだろうか。
手前だけでなく、奥側もガレ斜面に呑まれていて、今では全く道があったようには見えないが…。
情報にあった通り、これだと確かに下にある道路から見上げても、ここに道の存在を認識することは無理だと思う。
ここに居て見えないのだから、下から見えるわけがない。
同じ場所から振り返り。
隧道は、当然全く見えない。
場所が分かっている私の目にも見えない。
しかし、ここから見ても本当に険しい岩場であり、あのような長い隧道を用いるほかに越える方法がない地形だったことがよく分かる。
ここは砂防ダムか、あるいは発電所の導水路か、そのどちらかの工事用道路/軌道跡の可能性が高いと思っているが、一般的に工事用○○のような一時的通路にコストや手間も膨大にかかるトンネルを掘ることは珍しいが、それ以外の手立てがなければ当然選ぶしかないであろう。
ハングした岩場を潜った先のガレ斜面。
こちらは日陰で、しっとりとした感じの草地だが、やはり道形は完全に消失している。
ただ、あともう少し進むと、樹木が生えている場所に辿り着ける。
樹木があるなら、道形が残っているかもしれない。
8:07
おお! あったあった!久々の道形!!
人為的に切り開かれたであろう高い岩壁の下に、不鮮明ながらも路盤らしき平場が伸びている。
緑のせいで見通しが悪いが、どうなってるんだこの先。
あるある! これが4本目の隧道だろう!
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