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コメント
26,4232017-08-25 10:10:06/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
完璧な石碑でしたね。詳細はもとより竣工式の場面まで想像できてしまう。
26,4222017-08-25 10:05:02/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
分村合併の多かった昭和の大合併ですがこんなドラマ(と廃隧道)を残したとわ!!あなも良かったし文句なしの10点です。慾を云えば何故栃窪が見付を選んだのかの解明が欲しかったけどまあそれは山行がの範疇ではないよねw
26,4212017-08-25 02:29:25/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]9
(´Д`)ノ お地蔵さまがとても素敵です。そしてとんでもなく古い歴史の道が、当たり前の様に存在している事に感動です。
26,4202017-08-25 02:01:42/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
26,397です。
訂正です。むしろ、「起工セラレ・・・貫通セラル」が妥当かもしれません。
26,4192017-08-25 01:58:23/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
26,397です。
さっそく沿革の部分の高解像度の画像をupして戴き、ありがとうございました。

画像と見比べてみましたが、
「要望シタ所」は、植生で判読不能ですね。ただ、全体が漢文訓読(文語)調なので、やはり、「シタ所」は不自然に思えます。
「貫通ヲシ」は、たしかにそのように見えます。ただ「貫通」の下に3字片仮名があり、「□ラル」のようにも見え、「貫通セラル」とも考えられるかもしれません。というのも、「貫通ヲシ」の「ヲ」は余分な印象を受け、上と同じ理由で、むしろ「貫通シ」となりそうに思われるので。また、少し前に「起工セラル」とあります。どちらも同じ「隧道」を主語にした述部ですから、どちらの動詞にも受動の助動詞がつくのは、文として自然だと思います。
「喜ビノママ」も、たしかにそのように見えます。ただ、こちらも「ママ」の下に1字片仮名があるような陰が見え、「アマリ」という推定がされたのも、わかる気がします。もし1字彫られているなら、「ママニ」かもしれません。というのも、これもまた「喜ビノママ記念碑ヲ建立ス」という表現が、ややしっくりこないように思われるので。

石井善松氏の肩書きですが、碑文に「副」と彫られているなら、事情はさておき、疑問は解決です。26,407様のご推測ようなことは、十分ありうると思います。
26,4182017-08-25 00:57:53/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
開通して記念碑を建てたまでの経緯は良い話だが
自動車の普及によって利用者の関心が薄れて行ったのだとしたら寂しい時代の流れか
費用だが
歩道や中央分離帯もトンネル情報板も消火栓も非常電話も無し
トンネル専用に作られた照明も避難坑も換気設備も無し
この辺が現代のトンネルより安上がりな理由ではないだろうか
更に偉い人に揮毫させた扁額とか
地元(自治体単位で)をアピールする意匠を凝らした坑口レリーフも無いのもな
26,4172017-08-25 00:23:04/road/npr178/main2.html [コメント一覧]10
不通区間はあっさり?超えたかと思ったらその先が…だったんですね。
雷に打たれず無事で何よりです。
26,4162017-08-24 23:20:38/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
なんだか久しぶりに心に染み入る隧道ネタでした
石碑から読み取れる歴史が、ヨッキさんの探索の原動力なんでしょうね
26,4152017-08-24 22:44:08/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
隧道西口の堰となってる土砂に穴を開けて中に溜まってる水を抜いてあげたいなあ
26,4142017-08-24 22:34:03/mini/229/main.html [コメント一覧]10
更新履歴に載ってなかったので、見忘れてました。
26,4132017-08-24 22:33:33/rail/asama/main4.html [コメント一覧]10
建設時に殉職者が出てないはずはないのだが、慰霊碑は見当たらなかったですかね、まぁアミューズメント的な用途ですから相応しくないか。
しかし竣工記念碑も無いのかな、力の入れようは半端ないので何らかの誇示はしてそうですが。
26,4122017-08-24 21:14:28/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]9
石碑の文面の正確さについて読者コメントがありますが、totikubo_93.jpgではなかなか読み取りづらいところがあります。ただ、totikubo_93.jpgを拡大してみたら「喜ビノママ」の部分はそのように読み取れました。
他サイトにある「喜ビノアマリ」は誤り(読めないところの補い間違い)だと思うので気にされなくても大丈夫だと思います。
26,4112017-08-24 20:51:49/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]8
残念ですね…アレだけ水没してたら無理です。石碑は思いの外,熱い思いが感じられました。ご苦労さまでした。
26,4102017-08-24 20:37:44/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]9
>>西口から見る、東口の光…。

“かそけき”という言葉の用法の手本だと思いました。

>>東京との関係性など皆無に思える隧道の貫通記念碑へ、なぜ少なくない東京在住者が寄付を行ったのか。

おそらくそうでしょう。これ、いい話ですね。
26,4092017-08-24 20:35:59/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
起工日が12月8日と、わざわざ冬の農閑期に工事しているところから想像すると、地元の人間が作業に携わった可能性があるのでは。
工費参百万円の理由はその辺にあるのでは。
普通に建設会社が施工したのでは、とてもこの距離単価では出来ないとかんがえます。
また、予算の獲得には、県議の力が大きかったと思います。昭和30年当時の県議は、現在の大臣並みの影響力があったと思われます。
丸山県議が栃窪出身ということではないのでしょうが、その辺の機微に明るい人物がいたということでしょうか。
26,4082017-08-24 19:18:05/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
恩は石に刻め
恨みは水に流せ
26,4072017-08-24 17:11:56/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]9
26397様

>栃窪の石井善松氏の肩書きが、功労者の項では「副区長」、世話人の項「区長」と二様になっている点。

これについては、次のような事情だと思います(資料にあたったわけではありませんが)。

「功労者」というのは、「隧道工事」の功労者です。
隧道の計画から竣工まで。つまり遅くとも昭和31年時点での肩書きを記したはずです。
「世話人」というのは、石碑を建てる事業での世話人です。石碑は昭和33年に建てられているので、隧道完成とは時期がズレています。
昭和31年から33年の間に石井氏が副区長から区長になったと考えれば矛盾はありません。
26,4062017-08-24 17:08:36/bridge/ichiba/main2.html [コメント一覧]9
高島線は横浜港の貨物線がほとんど廃止されてしまってだいぶ寂れているように見えますが、今でも貨物の大動脈です。
震災で報道された、JX根岸製油所からの貨物列車はすべてここを通過します。
26,4052017-08-24 15:09:46/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]9
石碑とても良かったです。
ご安全に。

愛知県犬山市在住46才
26,4042017-08-24 13:21:25/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]9
石碑を建てる程待ち遠しかった隧道だったのでしょうね。しかしながら、痛みがことのほか早く進んでしまい使われなくなったという経緯なのでしょうか。それともスペックが低く通りにくかったからか。もっと隧道が立派に役目を果たせていれば集落の人工が減るのも止められたかもしれませんね。 石碑の他に開通式の様子を収めた写真とかが残ってないのかなあ。 あ、それと廃道本第二弾を予約済なのです。見るのが楽しみです!
26,4032017-08-24 12:56:17/road/yamadera/main2.html [コメント一覧]10
コメントNo.20,020さんの絵葉書にある案内図からする限り、元から笠岩付近がゴール地点だったようですね
恐らくは楽に降りるのが目的ではなく、純粋にアトラクションとして楽しんでもらおうという意図での建設だったのでは?
ていうかだいたいがスリル満点で大して楽でもないし(笑)
26,4022017-08-24 12:30:44/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
このレポートの2年前に探索している ニコ動ののださんの動画と ラケットの落ちている位置が違ってるな
大雨の時に水で動いたのか それとも本当に隧道内でバトミントン大会が・・・w
26,4012017-08-24 12:09:06/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
栃窪住民の声も聞きたかった気がします。
26,4002017-08-24 12:07:39/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
まさか隧道レポで泣く日が来るとは思わなかったぜ、、
26,3992017-08-24 10:10:54/road/sengan_k/main6.html [コメント一覧]8
歴史の隙間に埋もれていく遺構ですね
26,3982017-08-24 08:50:57/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
当時の人々の喜びはいかばかりのものだったのでしょうか。今は夏草に沈む石碑は隧道が息絶えた後も何時まで喜びを伝え続けるのでしょうね。すばらしいリポートを有り難う。
26,3972017-08-24 05:18:29/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]9
碑文の文字おこしについて、幾つか疑問があります。

栃窪の石井善松氏の肩書きが、功労者の項では「副区長」、世話人の項「区長」と二様になっている点。

※なお、次のサイトに石井善松氏の事跡を記した碑の画像がありました。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-184681.html

また、沿革の、「要望シタ所」「貫通ヲシ」「喜ビノママ」は、
ほかのサイトをみると、
「要望シタル所」「貫通セリ」「喜ビノアマリ」と読まれ、または、推測されています。

碑文の高解像度の画像を示して戴けると、みなさんに正誤を判断してもらえるのではないでしょうか。
蔦が生えていたりするので、どうしても読めない部分もありそうですが。

欲を言えば、隧道の建設費用についても、もはや門外漢などとおっしゃらずに、
各時代の資料を集めて、だいたいの距離単価を把握されても、損はないと思われます。

上記の石井善松氏の句碑等によると、栃窪は(田井町・栃栄町・椿澤町へ、のようだが、不確か)集団移転したそうです。
栃窪隧道の完成後、5年ほどで峠越えの林道が着工されている、という事実は重いと思われます。
完成時の「喜び」は、正味のところ、隧道を通って見附へと外出した栃窪のひとたちに、何をもたらしたのでしょうか。
26,3962017-08-24 03:21:51/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
スコップを持ち込んでトンネル手前の土砂を掘れば通行できそうに思いますが、役場が設置した通行止めのバリケードが発掘されそうですね。
26,3952017-08-24 01:40:01/rail/iida_mukagaito/main2.html [コメント一覧]8
(´Д`)ノ こんな勤勉な国鉄とストライキばっかしの国鉄、同じ組織なんですかね?不思議です。
26,3942017-08-24 01:30:02/tunnel/totikubo/main3.html [コメント一覧]10
人も立ち入らないような林の中に、いつまでもあのまま立っている石碑が少し不憫に感じる。
東口に立っていたら忘れ去られることも無かっただろうに、、

トンネルの水抜きには挑戦してみなかったんですね(笑)

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