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コメント
21,6312016-01-29 11:11:12/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]10
このような小道に柴田勝家が通ったかもしれない。織田信長が撤退に使ったかもしれない。そう思ったらわくわくしてきました。
てんぱっぱ
21,6302016-01-29 03:54:55/road/asahi/main3.html [コメント一覧]9
(´Д`)ノ 静岡県は海のイメージですが山も深いですね。

21,6292016-01-29 02:51:36/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]10
県道杉津停車場線には立ち寄っていないのでしょうか(時間なくスルー?もしくは行ってみたがボツ?)。
国道8号と北陸自動車道杉津PAとのアクセスにも使われてる風景的には
面白みに欠けるつづら折れの急坂舗装路ではありますが、
国道8号側入り口付近のヘキサはまだ残存していると思います。
21,6282016-01-28 23:11:38/road/ennakouji/main13.html [コメント一覧]10
待った甲斐がありました。お疲れ様です。
21,6272016-01-28 22:01:43/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]9
明治42年測図[大正2〜3年発行]の5万分一地形図(と思われる)に「里道」と補入されていますが、明治42年図式の一本破線ですから「小径」または「徒小径」と記すべきでしょう。また、大正6年図式から達路・聯路などの概念的区分ではなくて、幅員の区別(半間以下・一間以上など)が明確になるので、本文中の「里道(連路)」の記述も、精確には「里道」とすべきでしょう。そして幅員については、県道指定による拡幅ではなくて、山間部でも近世から1間の幅員があったのではないか、という感じがします。
幅員の大小はさておき、この峠道は今日まで自動車道だったことはなく、(或いは古代から)徒歩道または荷車道としての機能を貫いてきたのではないでしょうか。(ポッと出の林道が無視しがちな)地形の緩やかさや安定さもあると思いますが、ヨッキさんが「道の地力が高い」と感じられた要因は、非自動車道の機能を全うしてつづけてきた道の歴史にもあると思います。実際、「自転車にとってはちゃんと使い出のある道といえるだろう。通行がただの道楽に終わらず、国道を迂回して進むよりも短時間で今庄へ向かう事が出来るのだ」と称えごとを述べられることで、この道が徒歩道の機能をいまだ全うしつづけていることを、しっかり裏付けています。
県道=自動車道というまなざしに泥んでいるかぎりは、みすぼらしく廃れて見える道も、道の本質である徒歩道の本領を数百年にわたって常に発揮しつづける堅固な道なのであり、もはや存在しない鉄道駅への連絡路という県道指定の冠は、この道にとってはほんのお飾りの一つなのかもしれません。願わくば、この峠道はそのままに、計画中のバイパスは新道を延長して、なんとしても隧道で超えてほしいものです。そして、道の神に憑かれた嗅覚の鋭い往来者の称讃を、沿道のさまざまな祠や石像がこれからも変わらず聞き続けることを祈るばかりです。
21,6262016-01-28 21:25:20/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]8
「ウロロギ」は「ウロの樹」の訛りですかねえ?イメージとしてはこんな感じかな
http://blog-imgs-49.fc2.com/a/m/a/amaopineapple/amao123s.jpg

いかにもな田舎の末梢県道として最低限の整備をされた田尻側よりも、
古道の雰囲気を残す五幡側の方が断然味がありますね。
車道偏愛者であるヨッキれん氏がどう思われるかは存じませんが・・・。

味があるといえば、
前編で転載されていた航空写真で、現在の区画整理された無味乾燥な農地に対して、
平成6年以前の農地が味わい深い棚田であった事に興味を惹かれて
国土地理院のサイトを見てみたら、1965年(昭和40年)3月の
雪景色を捉えた写真がとても印象深いですね。
http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=737953&isDetail=true
この写真で見ると現県道の沿道にも小さな耕作地が続き、
峠付近にも集落があるようで、古代から続いていたであろう人の営みに思いを馳せたくなりますね。

また現在の五幡側の未成改良区間の先が唐突に森にぶつかってブツ切りになっているように見える所も、
昔の棚田の斜面を登って行く計画なのだなと解って面白い。
そして新道がそのルートを通るならば、
現道の自動車通行不能区間、つまり古道の痕跡が、
上書きされて消えてしまう事は避けられそうな事に安堵します。

もう一つフォローして欲しかったのが、国道8号とこの歴史有りげな峠道との関係ですかね。
近世以前は海辺の集落から海沿いに敦賀に向かう道は凄く貧弱か
そもそも無かったのかも。
だとするとウツロギ峠は五幡と周辺の集落にとってまさに生命線だったという事に。
21,6252016-01-28 21:11:21/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]10
15:56の現在地間違ってません??京都にも廃村田尻というどんづまりの廃聚落がありますが,考えたら田尻ってそういう谷の奥まった場所の地名ですねぇ〜。こういう不通県道ネタ大好きです♪公共事業に批判的な俺ですがここの道路はあっても良いような気がする。
21,6242016-01-28 21:10:05/tunnel/honnou/main.html [コメント一覧]10
学校の裏なんて、子供の遊び場にはうってつけ!よくもまぁ埋め戻されずに残ってましたね。
てんぱっぱ
21,6232016-01-28 21:09:32/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]10
美味しいレポート有難う御座いました。小さい県道なのに古くから有り、色々な歴史を見てきたこの道は素晴らしいです。
そんな道を紹介してくれるのは毎度お馴染みヨッキれんさん
by丸山 熙人
21,6222016-01-28 21:05:21/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]10
「道の地力が高い」
道への愛着がたかいよっきさんの言葉だけに印象に残った言葉でした。
21,6212016-01-28 20:43:10/road/ennakouji/main13.html [コメント一覧]9
お疲れ様でした!ただ遺構的にはやはりものたりないっすね。。
21,6202016-01-28 19:40:40/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]10
今回はヨッキレンさんの激藪を踏破する雄姿を拝読できませんでしたが、『道の地力が高い』、『古道はしぶとい』、『ポッと出の林道なんかだと、使わないとあっという間に終わる』など名言がありました。古より愛されていた道は、忘れられようとしても、いつまでも人々の心に刻み込まれ、存続しているのだと思います。こういうレポートもヨッキレンさんならでは、また次を期待します。
21,6192016-01-28 19:39:34/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]10
ほのぼのした感じがいいいですね
21,6182016-01-28 18:58:33/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]10
元は官道の北陸道だったとは!!
素晴らしい感動した!!
21,6172016-01-28 18:16:22/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]9
木にあいている穴を洞(うろ)と呼びますので、ウロロギは「穴のあいた木」の意味ではないでしょうか。
21,6162016-01-28 17:46:49/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]10
こういうほのぼのとした探索もいいですね。
しかも、歴史までひもといて下さるとは、いつもながら頭が下がります。
21,6152016-01-28 17:33:29/road/fpr209/main3.html [コメント一覧]10
ありがちな不通県道レポかと思いきや歴史ある峠道だったとは。こういうの好きです
21,6142016-01-28 07:55:57/bridge/toga/main4.html [コメント一覧]10
残念ながら、この保養所も昨年末に廃止になりました・・
21,6132016-01-28 02:16:14/tunnel/daishaka2/main7.html [コメント一覧]10
初めてのコメントとなります、東京に住む大学生です。数年前にこのサイトを知り全てのレポートを拝見したつもりでいましたが、甘かったです。こんなにも追体験したくなる隧道レポがあったとは...!
機能テスト中であるおすすめレポートにて本件にたどり着けました。ツイッターで過去作品のタグ付け等大変と伺っておりますが、応援してます。
21,6122016-01-28 01:02:15/bridge/musou/main5.html [コメント一覧]10
もうやめて、何回死んだんですか。ドローンで撮ってわたってないんでしょ。何て言いませんが、こんな事ビルとビル渡る映画の比じゃない。あれも凄い。貴方は凄い。日本人の中にもこんなに、凄い人がいたものか、見てて、息があがっちゃいました。と言って、このサイト、やめられない、とまらない。あーたまらない。度肝を抜かれました。冷静で入られません。
21,6112016-01-27 23:58:33/tunnel/honnou/main.html [コメント一覧]10
地元が出てきてビックリ!ここに隧道があるという噂は聞いていましたが、まさかこんなヘンテコ隧道だったとは
21,6102016-01-27 23:56:17/tunnel/honnou/main.html [コメント一覧]10
地元が出てきてビックリ!ここに隧道があるという噂は聞いていましたが、まさかこんなヘンテコ隧道だったとは
21,6092016-01-27 23:19:31/road/fpr209/main2.html [コメント一覧]7
国道からの分岐から人里が尽きて山に入る所まで来て
ここまでで県の関与を示す物が朽ちかけた規制看板だけなんて・・・
制度的には現役県道といっても
こんなん供用されているとは言えないよねえ・・・うふふ
21,6082016-01-27 22:56:48/road/fpr209/main2.html [コメント一覧]10
おおお。この県道はよく知っています。
どういう結末に持っていくのか楽しみですが、ひとつだけ情報を。

3年前には軽トラが通行止め区間を走破しています。
来るはずの無いものが来たのでとても驚きました。
21,6072016-01-27 22:17:43/road/fpr209/main2.html [コメント一覧]8
こんな狭くて判り難い場所が県道だなんて…。どー見ても町村道か私道レベルですよ。対向車とすれ違いも不可能なのに一方通行でもない…。今更,拡幅工事もムリだろうから,せめて「自治体管轄の道路」に格下げすべきです。近所の人達も,まさかココが県道だなんて思いもしない筈。
21,6062016-01-27 21:36:25/road/ennakouji/main13.html [コメント一覧]10
天空街道の景色は素晴らしかったです。また、そこで同志と出会うのも塩那道路のような困難な道だからこそ会えたのだと思います。これからの活躍を期待しています。
21,6052016-01-27 20:28:14/road/fpr209/main2.html [コメント一覧]10
最後の写真、何が起きた!
by丸山 熙人
21,6042016-01-27 19:34:03/road/fpr209/main2.html [コメント一覧]10
田畑は「区画整理」ではなくて「耕地整理」というような。
21,6032016-01-27 18:04:23/road/ogati/main8.html [コメント一覧]9
今から40年ほど前、東京で学生生活を送っていた頃、バイト先で知り合った年長者2人とレンタカーを借り、東北を旅した際、山形から宮城に抜けようと思って、誤ってこの雄勝峠の道に迷い込んでしまったことがある。確か峠で日本海をバックに「雄勝峠」という道路標示板をいれて記念写真を撮りました。このレポートの写真を見せていただいたが、当時の面影は全くありませんでした。ただ当時も車1台がやっと通れる獣道の様で、3人で本当にこの道良いのか心細かったことを思い出しました。興味深く拝読させていただきました。
21,6022016-01-27 17:30:52/road/fpr209/main2.html [コメント一覧]9
Googleマップのリンクを開いて目についた「御宿なかや」さんのサイトを覗いてみたらアクセス地図の交差点の箇所にはっきり「進入禁止」とありました。
http://www.nakaya-web.com/minshuku/

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