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コメント
51,9802023-07-02 20:43:45/rail/ikegou/main7.html [コメント一覧]10
道に歴史あり。歴史すなわち人の営み、生きる為の知恵と技。
ヨッキさんのレポからは、いつもそれを学んでいます。
51,9792023-07-02 19:57:41/mini/273/main2.html [コメント一覧]10
後続車がいるときに県道用地を遵守した走行をして、後ろのドライバーを困惑させてみたい!
51,9782023-07-02 18:31:06/road/tpr72/main3.html [コメント一覧]10
田圃の交差点のお堂風景がえいで!賑わっていた頃の
建物群、かすかな思い出をまとって、こうゆう時、幻見とうなる。荷車から荷を下ろす人足。反対に積み込むをする丁稚さん。旅人、。。ゆするぎの名物を出す料理屋その店の子供達、雪の無い晴れた日の雑踏の中に立ってみたい。そう思わせる今回のレポート、
そして月日が流れ大水にも流されて変転し、それでもそこには電柱を擦って車が入るおもろい道ができたとさ。
51,9772023-07-02 14:52:44/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]10
峠越えしてますが毛無隧道も雪中隧道の目的だったかも。
51,9762023-07-02 10:06:22/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]8
雪中隧道というと 積雪期の孤立や通行危険という悪条件を 
なんとか解決したいという村落住民の切実な願いから生まれる 
ある意味 慎ましいトンネル というイメージを抱いていましたが 
こちらの 倉俣へっつりの“雪中隧道” は 断面規模としては慎ましげながらも 
きっちりと端正にコンクリートで巻き立てられた 
ある種無味乾燥で不愛想な雰囲気で 
これまでの“雪中隧道観”を覆えされる感じがありますね 

そして現地探索にも増して 机上調査で得られた情報も 
行政の議事録などの木で鼻をくくったような内容が多く 
この雪中隧道がどの程度地元から求められ 完成後にどの程度使われ 
どの程度愛されたのかという 血の通った実感に乏しいのが少し残念かも 

廃止後も車道のシェッド裏に埋め殺されてしまうなど 
「お前はもう用済みだ」と言わんばかりの扱いをされているように見えて 
時代の流れに遅れて生まれたであろうこの子は はたして幸せな生涯を送れたのだろうかと 
ざわつきを覚えるのを禁じ得ません 

全線がこれほどしっかりと覆工されているという事は 
地山の地質が堅牢ではなく崩れやすかったということなのでしょうか 
開通まで9年も要し 工費も大幅に増したという所からも 
トンネルを掘るのが容易ではない場所だったような匂いがしますね 

ひょっとすると 昭和33年に県の事業として着工されるより前に 
地元住人が掘削を試みたが断念を余儀なくされた 
なんていう秘史が有ったりするかもしれませんね 
“唯一の写真” に写る坑口が 崩落した穴を玉石積みで繕ったように見えるのは 
そのような紆余曲折の痕跡だったりするのかも
51,9752023-07-02 06:16:08/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]8
地味すぎるゥ!!
51,9742023-07-02 05:11:06/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]10
雪中隧道、知りませんでした。
雪国に住まれる方々の知恵から生まれたんですね。興味が湧きました。中国地方にもないか気になってきました。いいレポートありがとうございます!
51,9722023-07-02 00:03:01/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]10
9年で時代遅れ。。。オサバシ、へっつり。。。
封鎖せんといかんか?コウモリ的にはラッキー
51,9712023-07-01 23:18:21/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]10
お疲れ様です。
正に小粒でもピリリと辛いレポートでした。
51,9702023-07-01 23:11:27/road/setoguti/main6.html [コメント一覧]10
今年の14センチ積雪で、猛者は無理矢理車で出勤。しかし、追突、歩道乗り上げ、横転が、スバラシク発生。自分?早朝の仕事で駐車場から出るのもその後走るのも恐怖で、徒歩で30分路面電車が動いてるのを祈りながら、新雪をゆーーっくりふみしめふみしめ、
停留所へ、やあ!幸い電車は動いていた!しかしだれか除雪したがやろう、土佐電の方々か。。。。
だがバスに乗り換えるべくバス停で待つも30分たっても1台も来ない。 これは。。。⁉︎待ち続ける皆さんを見て、バスは動いてないと確信。え?ケータイで調べろって?そうゆうニュースすぐにでんがよ。
バスと電車がおんなじ会社やき、電車動きよったら、バスも動きゆうと思うやいか。
、、、で、自分は1時間かけて、またゆーっくり歩いて帰ったよ。車は次の日、残雪の道を1時間歩いて無事迎えに行けた。そう、電車は遠回りの道やった。始めから元来た道を帰った方が早かった。ちょっといやだいぶパニクってたから。だあってね、此処ぜーんぜん除雪設備ないがで、人力しかないし、各家庭にスコップ常備してないし。
かくのごとく、雪は恐ろしい。(豪雪地帯の方々に笑われますな)現在の国道が整備されてほんとうに良かったと、他地の事ながら、平伏してしまう。このレポートがすごい。へつり道からの脱落いや脱出もううほんと怖い。机上調査いつも楽しみゆうき。
51,9692023-07-01 18:03:05/road/komuro/main4.html [コメント一覧]10
県と国の意図の違いと計画の齟齬、全て私たちの意向、欲望が絡み合った結果だったのは、いつもの事とは言え、話しが大きくなりましたなあ。うちの市でもやりくさしの都市計画道路がありまして四叉路になるはずが三叉路(往復2社線車道としては)になってまして、残る車線が数メートルでちぎれ、軽トラしか通行できない1車線。なのでこの交差点からは、進入禁止。50年はほったくり。この路線を完成させるには、ここにつながる道の方を拡幅整備せんと行かんろうね。。。偽物2車線やから。。。


51,9682023-07-01 17:27:49/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]10
2022年4月と2023年4月のストリートビューでは北口坑口がはっきり見えてますね
https://goo.gl/maps/p9SRwf9GqzUtxFwE8
https://goo.gl/maps/8YsEGGnck7xzZv3r5
51,9672023-07-01 10:11:05/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]10
県単事業だから「総巻立て」なんですね。
「1年30メートルずつ」は「村の3分の1の負担金」が財政的にギリギリだったからではないでしょうか?
「当初計画130メートル」も同様の理由ではないかと思います。
51,9662023-07-01 09:57:44/road/raiden1/main8.html [コメント一覧]10
何々旧道を探索に行ったはずが超絶おっとろしい旧旧道の深掘りに!もうね、見ただけで、膝がくブル。平沼さんが這い回った道?を昔の人も歩いた(辿った)とは!驚愕、、、波濤の中を病人担いでって、、、ぞんぞんするで。今回もご無事生還。レポートありがとう
51,9652023-06-30 15:24:12/road/okutadami/main7.html [コメント一覧]7
面白いけど、本当に危ないからもうやっちゃダメ。で、-3の7点。(今のヨッキさんならもうやらないでしょうけど)
話は変わって、本日(2023年6月30日)又々行って来ましたよ。
チャラチャラしていないガチの土木構造物なのに、2〜3ヶ月位経つと何故か「又行ってみるか」っていう気分になっちゃいます。もう何回目だ?
8時半頃にパトロールカーとすれ違いました。トラックや工事関係車輌も頻繁に通行してます。
時々観光バスが来ますが、カーブでかなり大回りして対向車線にはみ出して来るので軽自動車以外は本当に気をつけて。
路面は濡れている上にかなり荒れていて、MTタイヤのジムニーでは滑りました。2輪車通行止めの意味が実感できます。ありゃ間違いなくコケますよ。
夏場の雨降りの日はトンネル内に部分的に濃い霧が発生しますよ。
ヘッドライトの光が乱反射して前方の路面がほとんど見えなくなる事があるので、イエローのフォグランプが無い車はご注意を。
51,9642023-06-29 19:24:22/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]9
あ・・入っちゃた・・

すごく気持ちいい・・イキそう・・
51,9632023-06-28 23:13:31/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]10
広報「なかさと」における雪中隧道関連の記述がもう少し見つかったので追記します。

昭和33年2月15日
https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1958_02.pdf
明年度は収入の面において大口固定資産税が約九十万圓の減となるにもかかわらず、才出の面において組合立貝野小學校の屋体の改築の負担金、十二線の開鑿、田代〜越後田澤停車場線(ヘツリ)の雪中隧道工事等があり、


昭和33年3月15日
https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1958_03.pdf
ヘツリに雪中燧道
縣道田代−越後田沢停車場線の通称ヘツツリに、縣単事業として雪中隧道が三十三年度において開さくされることになつた。

昭和33年11月15日
https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1958_11.pdf
�い悗弔蠕稈胛�道工事、本年度四十五万円着工の見込み


昭和34年3月15日
https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1959_03.pdf
その他対外的諸問題については、中部大同合併間題を始め、上越西線誘致、清津川総合開発、高田−松之山−六日町線、十二峠開通問題、貝野堰堤通路橋、ヘツツリ雪中隧道、豊里地区開拓不振事業等、今後益々研究を進め、出来る限りの努力を続けて行きたい考えであります。


昭和35年3月15日
https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1960_03.pdf
▽土木費=田沢、芋沢、倉俣の開拓路線の補修と、国道の山崎地区を二百米の舗装、継続事業として、へつつりの雪中隧道三十米、釜川橋修繕二十一万円、白羽毛あざみ沢橋三十九万円があげられているが、全般としては四十万円の減である。


昭和40年1月15日
https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1965_01.pdf
年頭のご挨拶
国県事業としまは、十二線開さく工事、釜川橋架替工事、芋川雪中墜道、田沢駅通り道路ほか県道改良工事ニカ所、国道舗装工事など着々と進捗いたしておりますことはご同慶にたえません。


昭和41年11月15日
https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1966_11.pdf
座談会
合併十年を省りみて
C まずなんといっても道路問題ですね。倉俣地区は雪季になるといまだにオサ橋だ。雪中隧道の工事も年々進んではいるが、なんとか永久橋をかけてもらいたいとおもいます。


昭和42年5月15日
https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1967_05.pdf
芋川雪中隧道完成
昭和三十三年着工以来九ヵ年の才月を要し、総工費千三百万円が投じられ、昭和四十二年三月、芋川雪中墜道が完成した。
ここは通称「へっつり」と呼ばれており、冬期間はしぱしぱなだれがあり、危険な所であったが、


昭和45年1月15日
https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1970_01.pdf
”村づくり”新春座談会
高橋 倉俣地区においては、ヘツリの道路改良があり、さらに対岸への架橋問題もぜひ七〇年代に実現してもらいたい。
村長 県道については、倉俣のヘツリは隧道がよいか、スノーセットがよいか、よく検討してもらい、七〇年代にはぜひ実現に努力したい。
(コレは自動車用の道路改良の話?)


昭和60年2月10日
https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1985_02.pdf
錦糸町朝市で交流
一月十七日、倉俣のへっつりのトンネル内に貯蔵しておいたダイコンをはじめシメジ、ナメコ、モチなどの特産物をニトントラックとマイクロバスに満載して


るくす
51,9622023-06-28 22:47:27/road/suyama/main5.html [コメント一覧]10
人間の足と言うものは優秀やねえ。舗装が無くても、急勾配でも、最短距離で行こうとする。そして未舗装の車道を通行した車達に敬意を表する。昔同乗して、通ったけど、がったんがったんで、石やら何やら蹴り飛ばす騒音と揺れでろくに話しもできんよ。昔のタイヤは性能が悪いし、四輪駆動もないし。ぬかるみから抜け出す用に板を乗せてたよ。
51,9612023-06-28 20:05:24/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]10
よく入れたな…。
51,9602023-06-28 17:11:01/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]10
50mの表記はよくトンネルで見かける入口からの距離表記に似てるけど、終点までの距離が無いから別物ですね。
51,9592023-06-28 16:17:05/mini/267_/main.html [コメント一覧]10
2023年4月のストリートビューを見ると、坑門前の瓦礫がすでに波でだいぶ片付けられつつあるようですね。内部に再侵入できるようになるまでそんなに時間はかからないかもしれません。道路管理者からすれば、早く再封印しないといけないでしょうけれど(苦笑)。
51,9582023-06-28 14:40:24/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]10
表情的に「絶望する弱小冒険者」というより、弱小冒険者をトンネルの奥に迷い込ませるのに成功して(さてどう料理してやろうか…)と入口を塞いだサイコキラーか何かにしか見えないのですが…(笑)(もちろんこの直後に邪悪な笑みを浮かべる)
51,9572023-06-28 14:24:07/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]10
カタカナの「ヘッツリ」で調べると、いくらかHITしますね。

昭和32年12月21日
新潟県 昭和32年 12月定例会 本会議 12月21日−委員長報告、採決、閉会−04号
https://ssp.kaigiroku.net/tenant/prefniigata/MinuteView.html?council_id=1111&schedule_id=5&is_search=true
>第167号 県道田代越後田沢停車場線の雪中隧道開さく工亊施行に関する請願

昭和33年3月15日
なかさと
https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1958_03.pdf
>ヘツリに雪中燧道
>縣道田代−越後田沢停車場線の通称ヘツツリに、縣単事業として雪中隧道が三十三年度において開さくされることになつた。


昭和34年3月15日
なかさと
https://www.city.tokamachi.lg.jp/section/kyusityousonkohoshi/page_nakasato/pdf/na_1959_03.pdf
>その他対外的な諸問題については、中部大同合併問題を始め、上越西線誘致、清津川総合開発、高田ー松之山−六日町線、十二峠開通問題、貝野堰堤通路橋、ヘツツリ雪中隧道、道豊里地区開拓不振事業等、今後益々研究を進め、出来る限りの努力を続けて行きたい考えであります。


1990年8月
高志路
https://dl.ndl.go.jp/pid/6062408/1/13
>セッチューズイドー
>通称ヘッツリに。

昭和32年に県議会で請願が可決され、33年から「県単事業」として工事が始まったみたいですねぇ……

るくす
51,9562023-06-28 13:52:00/mini/273/main2.html [コメント一覧]6
「チェンジ後の画像は、2車線区間の始まりに立っていた県道標識(ヘキサ)。
狭隘区間にはなかったくせに、恥ずかしくない道路になった途端に現れた。」

くそ……電車の中でわらっちまったじゃないか…………苦笑
51,9552023-06-27 23:49:14/tunnel/kuramata/main.html [コメント一覧]10
>この場所のストビュー画像は、2022年3月と2023年3月にも更新されており、そちらを見ると多分笑ってしまうので

前編見終わってからストビュー開いたらマジで笑っちゃいましたw
51,9542023-06-27 18:47:12/mini/273/main2.html [コメント一覧]10
ヨッキれんさん 大変失礼なのですが、昭和36年の航空写真の直線道路が県道認定以前の道路ではないのでしょうか? 道路は集落の中央を通っていますし、一番左の家も昭和50年と比較するとよく似た感じ。昭和43年の地形図でも、道はまっすぐ書かれています。(現在の市道は集落の東側を迂回している)
土地改良事業の際に、耕地1筆面積拡大の為、町道が西の集落へ行く小道と共に、水路脇に移動され、その後県道に昇格したのでは。昔は、町内の勤労奉仕も有りましたし、もし道路があれば、「険道化」してないと思いますよ。
また、四角い土地ですが、田より用水が低いため、ポンプ小屋が有ったのかも知れません。現在は、3か所グレーチングがあり、そこには何等かの水路が存在している為、土地改良区も譲れない。しかし、直線の道路を曲げてしまった為、舗装等交換条件に乗り入れる事に寛大なのでは・・・。土地改良区も市町村とずぶずぶの関係(概ね市町村長が理事長であったり、市町村役場内に事務局がある)ですから。福岡町土地改良区に聞いてみるべきですよ。
因みに、田は「青地」指定見たいですから、拡張難しいでしょうね。
51,9532023-06-26 21:59:00/koneta/koneta_157.html [コメント一覧]10
記念すべき初島いが作品!
ちなみに広島県福山市には走島が存在します。こっちは船しゃないといけないけど…。興味を持たれたらぜひ行ってみてください!ちなみに漁師の島で特に何もありません(笑)
51,9522023-06-26 21:56:05/road/sabukawa/main6.html [コメント一覧]10
とても興味深く読みました。
中学生か高校生の頃(昭和51〜54年頃)だと思うのですけど、一人で探検した記憶があるんですよ。函館山の裏側を見てみたいと。
でも肝心のルートをしっかり記憶していなくて。

このレポートを読み終えて、おそらくですけど、立待岬から登山道を上り、山の腰のあたりから下って寒川に出て、穴間のつり橋や隧道は通らず、70mほどの高さを越えて入船町方向に出たのかなあ…と。
だって隧道つり橋の記憶がまったくないんですよ。もちろん泳いでもいないし。
いやー面白かった、夢中になりました。
51,9512023-06-26 20:18:55/tunnel/kuramata/main.html [コメント一覧]10
マジか!?
51,9502023-06-26 20:10:24/tunnel/kuramata/main.html [コメント一覧]10
近くの倉俣集落出身の者です。実家がここのレポートで取り上げられるなんて!と感動しています。
「へっつり」は他の地域で言う「へつり」がなまったものだと思いますが、若い世代にはすでに認識されていない地名な気がします。
旧倉俣小学校では毎年、全校生徒が書いた文集を作るのですがその文集の題名が「へっつり」でした。地域を象徴する交通難所から文集名が取られていたのだと思いますが、私が在学していた1990年代末〜2000年代の頭頃には、すでに隧道地点が交通難所という認識はなくなり、その地点を指す地名も日常で不要になっていたのだと思います。小学生の私も変な名前だなあと思っていました。地名が由来だと知ったのは大人になってからです。
隧道の入り口ですが、スノーシェッドの工事当時は、工事の関係で藪がなく、車道からよく見えました。その当時はまだ封鎖されていませんでしたが、工事の進捗と主にいつの間にか格子が入っていた記憶があります。

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