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コメント
34,7582020-05-02 18:50:00/rail/iida_misakubo/main2.html [コメント一覧]10
佐久間湖系列のレポートを一気にここまで読んできました。素晴らしいです!2020年5月2日現在、地理院地図とOpenStreetMapではヨッキさんの描いた青破線とほぼ同じように修正されましたが、Yahoo地図、Google地図、MapionとMapFanではまだ正しくなっていません。Yahoo地図では線形が旧道のままにして隧道の長さが南に延ばれたという、奇妙な(旧道とも新道とも合わない)描き方となっています。因みに、ヨッキさんの探索ではOpenStreetMapを利用したことをまだ見ていませんが、この地図も情報源の一つとしてぜひ活用してみてください。世界中のユーザーさんよりWikipediaみたいに編集されている地図で、面白い情報が見つかる可能性もあるかもしれませんので。
34,7572020-05-02 08:51:29/road/numanohama/main3.html [コメント一覧]10
神戸では、震災で崩壊した岸壁の一部を保存しています。ここも、これだけ壊れるのだという事例として一部でも残せれば。でもアプローチが大変過ぎて誰も来ないかな。保存の代わりに、このレポートが貴重な記録となりそう。
34,7562020-05-02 06:17:02/road/numanohama/main3.html [コメント一覧]10
津波の恐ろしさが良く判る風景のオンパレードだ!!
34,7552020-05-02 01:23:21/road/numanohama/main3.html [コメント一覧]8
先にコメント欄で指摘している方を見るまで、妙に縦長なトンネルや銘坂だなぁと思ってました(笑)
34,7542020-05-02 01:11:57/road/numanohama/main3.html [コメント一覧]10
他所に転用できる土木構造物といえば、橋桁くらいだろうか。
34,7532020-05-02 00:20:52/tunnel/honzongan/main2.html [コメント一覧]10
元地元民です。本尊岩の平成2年頃は常に片側交互通行で工事をしていました。おそらくそれで新潟側の工事を通行止めをせずにしたのだと思います。懐かしい風景の写真を拝見できて、良かったです。現在はりっぱに(?)廃道になっていたので、いずれ見に行きたいですね。
34,7522020-05-01 23:54:06/road/numanohama/main2.html [コメント一覧]10
本当に凄まじい津波だったのですね。震災前に昼に通行できてたらよかったんでしょうが、まさかこんなことになるとは思わないですよね。Androidでもトンネルが妙に縦長に見える写真が何点かあります。コロナ流行で探索は当分無理でしょうが、その分、ぜひ未完レポートの続きをお願いします。
34,7512020-05-01 20:54:56/road/numanohama/main2.html [コメント一覧]10
震災の威力は凄まじいものがありますこのレポートを見ていて物悲しい気持ちになりました人間が工事で作ったものも自然の一部でしかないんだなと思いました
34,7502020-05-01 19:50:59/road/tadaisi/main6.html [コメント一覧]9
もしバイクの絵でなくヨッキれんの顔写真だと誘ってるのはほぼ間違えない
34,7492020-05-01 06:07:00/road/yakuwa/main7.html [コメント一覧]10
先日八久和林道いってきました。紅葉橋手前1キロあたりから土砂崩れ、コンクリのり面の付け根からした全崩壊の箇所が点在していて、もはや道ではなくなっていました。橋以後はかつて道だったものが山の斜面と一体化していて、もうただの谷でした。
34,7482020-04-30 22:32:08/bridge/oohata/main4.html [コメント一覧]10
こんな巨大木橋が現存していたなんて凄い。それを渡った経験は、とても無謀で、とても貴重。
34,7472020-04-30 15:54:34/road/raiden2/main9.html [コメント一覧]10
20年近く前、札幌で勤務していた頃、当時の彼女とよくドライブしましたね。
34,7462020-04-30 12:47:06/road/numanohama/main2.html [コメント一覧]7
コワっ😖
34,7452020-04-30 11:55:04/bridge/toga/main4.html [コメント一覧]10
傑作です!!!ロマンがありますね。
34,7442020-04-30 06:42:01/road/numanohama/main2.html [コメント一覧]9
道路という視点から災害復興に思いを馳せるこの企画、いいですね。ところで、iPhoneで見ると写真の縦横比が崩れてしまい、妙に縦長のトンネルに見える写真が何枚かありました。今どきスマホで見る人も多いと思うので修正を!
34,7432020-04-30 05:29:20/road/tadaisi/main6.html [コメント一覧]10
完結してるくせにhttps://yamaiga.com/road/index10.html(インデックス)には最終回は出ていませんでした。未反映ですか?
34,7422020-04-30 02:31:21/road/numanohama/main2.html [コメント一覧]10
ちらちら写っている第三トンネル、不穏な気配…。
34,7412020-04-29 20:47:57/road/numanohama/main2.html [コメント一覧]10
何というか……東日本大震災の直後、遠くから来て被災地で念仏を唱えて回ったという僧侶の方がおられたそうですがその方を何となく連想させられるレポである。追憶と哀悼、鎮魂……
34,7402020-04-29 19:20:48/road/suyama/main5.html [コメント一覧]10
技術系ではないですが、以前は道路関係、現在は土木系コンサルの企業に勤務しており、実生活まで山いがにインスパイアされている感があります。。橋やトンネル、シェッド等は、委託を受けたコンサルが点検し、報告書を提出する流れです。私のいる地域では、役所の職員は現地に来ることはないと思われます。このレポをみて、改めて技術系職員に憧れます^^
34,7392020-04-29 18:57:48/road/numanohama/main2.html [コメント一覧]10
震災の生々しさが伝わってきました
34,7382020-04-29 18:27:46/rail/natsuse/main6.html [コメント一覧]10
緊急事態宣言で過去のレポートで未読のものを楽しませて頂いています。観光でですが、抱き返り渓谷に数年前に行きました。遊歩道を隧道のちょっと先まで辿ったのですが、この先はどうなっているのだろうと思い続けていただけに、このレポはありがたかったです。しかし、あのエメラルドグリーンの水がなみなみと流れているところに落っこちるなんて、ほんと恐怖ですね。帰路も大変だったのでは思います。
34,7372020-04-29 13:19:19/road/nippara3/main7.html [コメント一覧]10
これは凄い・・・旧坑道に鉱滓を捨てるのは合理的(廃坑に対しては不憫な気もしますが)な感ですが、それなら南にある廃吊橋−塞がれた廃坑もアリなので、それに比べると物凄く手のかかるような事してそうな、という気もします。まあ色々事情があってこうなったと思いますが・・・
34,7362020-04-29 12:11:57/road/numanohama/main2.html [コメント一覧]6
一部、広告バナーで本文が隠れてしまっています。
34,7352020-04-29 10:57:32/road/numanohama/main2.html [コメント一覧]10
感傷にひたるよっきれん。
34,7342020-04-29 10:56:07/mini/251/main.html [コメント一覧]10
話がどこに落ちるのかと思いました(^。^)
34,7332020-04-29 09:14:36/road/nippara/main7.html [コメント一覧]10
やばいわ、これ・・・
34,7322020-04-29 00:10:47/road/numanohama/main2.html [コメント一覧]10
モバイルのトップからページアクセスできません。ツイッターで更新されていることにきづきました。
34,7312020-04-28 23:04:25/road/enna/main9.html [コメント一覧]10
塩那スカイライン走破!感動のレポートありがとうございます。2005年時点は車で通れるほどまだそんなに荒れていなかったんですね。実は私地元黒磯の出身で、高校生の頃はよく自転車で木ノ俣川や小蛇尾川に渓流釣りに行きました。どちらの谷からも塩那道路が遥か上方に見え、一度だけ川の最上流を攻められないかと自転車で塩那道路に入り込んだことがあります。しかし谷底に降りるのがあまりにも無謀な高度差で断念した記憶があります。あれから40年。いつかは登山として塩那道路の天空の道を一泊してでも踏破したいと思っています。強者はやはりいらっしゃったのですね。
34,7302020-04-28 22:20:36/mini/224/main.html [コメント一覧]9
クイック氏が『穴と橋とあれやらこれやら』にレポートYahoo!ブログ終了で移転されてますね。(移転でコメントは消失した模様)↓野中山隧道 【前篇】(静岡県熱海市咲見町)https://ameblo.jp/quicknick/entry-12450875116.html
34,7292020-04-28 20:55:27/rail/sakata/main5.html [コメント一覧]10
酒田は生まれ故郷だったため、興味ふかく読ませていただきました。昭和4年生まれの父は既に15年前に他界しましたが、終戦時は、今でいう酒田東高校の夜学に通いながら、学徒動員で鉄興社で働き、卒業後はその鉄興社に勤務していました。きっと引込み線や走っていた車両、頻度や使われ方など、聞くことができたでしょう。戦時中は、時局がら鉄興社大浜工場でも兵器を作っていたそうで、終戦直前には、新型高射砲が完成、軍人を招き試射式典を行っていたところ、単発機が飛来、「おおぅ、試射式のお祝いに飛行機が来てくれた!」と、みんなで帽子を振って迎えていたら、実はグラマンでその機銃掃射で数名が亡くなられた、という話も聞きました。(せっかく完成したばかりの最新型高射砲もさっぱり命中せず。。。)鉄興社は、富山、四日市、新南陽(徳山)、日向(宮崎)に工場を持っており、オイルショックのあおりを受けて我が家も私が2歳半の時に富山に転勤となりました。その後、東洋曹達工業に吸収合併されることとなりました。

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