廃線レポート 祖谷川三縄堰堤軌道(仮称) 第3回

公開日 2026.04.15
探索日 2026.03.16
所在地 徳島県三好市

 改めて上流方向へ、軌道跡探索のスタートだ!


2026/3/16 11:16 《現在地》 

下流側終点から、軌道跡と最初に遭遇した地点まで、約150m戻ってきた。
写真中央のザックの場所が軌道跡と道路の交差点で、今度は道路を突っ切って、上流方向へ軌道跡を進む。

引き続き、全く情報のない軌道跡である。果たして何が待ち受けているだろうか。
ぶっちゃけ、最初にとても珍しい遺構を発見できたことで、この時点でかなり満足していたが…。



なんだこりゃww

軌道跡の入口に、その全幅をちょうど塞ぎきるサイズの大きな岩が、ドスンと置かれていた。
偶然にしては、塞ぐという目的に特化しすぎているように見えるし、こんな大きな岩がポツンと一つだけあるのも不自然だ。
が、道を塞ぐ目的で、こんな大きな岩を動かしたというのも、不自然と言えば不自然。

とりあえず、この岩で塞がれているという実態だけを報告しつつ、背景不明のまま、進入。



11:19

50mほど進むと、軌道跡はまたしてもスギ植林地に飲まれた。
例によって、道としては廃道状態で、踏み跡などはないのだが、写真の右端に写っているように、道に沿って点々と赤ペンキや赤プラスチックの見出標が設置されており、おそらくは現在でも国土調査の対象になっていることが窺えた。

(国土調査は地籍調査であり、ときには明治期などの古い公図に基づいて土地の区画や利用状況を記録・測量する仕事となるため、実態が廃道である道へ立ち入ることが最も多い行政の仕事である。そのため、私が廃道探索中最も頻繁に見る先行者の痕跡は“彼ら”によるものである。ただ、実際に現場で遭遇したことが一度もないから、本当に人間の姿で実在しているの者なのか、ずっと不思議に思っているが…)

――そんな仄かな先行者の気配を感じながら、鬱蒼としたスギ林へ分け入って行くこと、わずか1分後――



11:20

えっ マジ?!

橋が、見えてきた……?!



11:21 《現在地》

マジだった!

絵に描いたような、ナローゲージ鉄道用のコンクリートガーダーが架かっておる!

個人的な好みで言えば、木橋>プレートガーダー>コンクリートガーダーなので、その中では最弱だが、橋の種類でえり好みをするなんてのはもって贅沢な話であり、基本的に架かったままの橋が残っているだけで、そうではない橋跡の100倍は好ましい。

つまり……



超絶嬉しい!

しかし、この状況で突然この規模のコンクリート橋が現れたのは、完全の意表を突いてくる予想外だった。
地形を見ても、ここは支流を渡るような場面ではないし、全く目立たない場面である。
それなのに、川岸の凹んだような所に、さりげなくこの規模の橋が架かっている。

橋としての規模は、3径間で、全長20mほど。高さは中央部で7〜8mと目測した。
周りが鬱蒼としたスギ林で、川からもやや離れているので、対岸を走る県道からだと、季節を問わず全く見えない。
まさに、想定外の“お宝出現”であった!

久々に、かつて鍛え上げた渡橋術を披露する場面となったが、昨今めっきり機会が少なく、トレーニングも怠っているから、衰えが著しい。
とはいえ、この程度の“平均台”なら、流石に心配には及ばない。
スタスタを渡って、対岸へ(迂回も簡単そうだった)。



11:23

振り返る橋の全景。

桁の上面に枕木を固定していたであろう鉄筋の突起が沢山突出しており、明らかに鉄道橋として使われていた形跡がある。
橋脚を支える部分に石垣が使われているほかは、全て鉄筋コンクリート造りのようだ。
苔生していて古びてはいるが、煉瓦のような特別古そうな素材は使っていないので、建設時期の想定が難しい。
鉄筋の断面が、現在使われる異形ではなく、古い丸型なので、戦前のものだとは思うが。

文献によれば、この軌道の開設は大正元年頃で、廃止時期ははっきりしないが、昭和34年以前と考えられる。
構造物の外見から受ける印象もこれと矛盾しないが、当初木橋であったものを後年に架け替えたような想像はしている。

まだこの軌道跡を500mも歩いていないが、早くも現存橋が現れるという大番狂わせの好展開!
これはいよいよ本当に、“お宝廃線跡”を、掘り出した?!



コンクリート橋を渡り終えると、軌道跡の上下に沢山の石垣が同時に現れた。
狭い軌道跡の中央に、一際太いスギがそそり立っていて、廃止からの年月の経過を物語っていた。
やはり廃止からは50年どころではない時間が経過していそうだ。
しかも、その間ずっと道ならざるものとして過ごしてきた感がある。



11:26

周囲の石垣は、路盤の路肩と法面だけでなく、上方斜面の相当範囲に亘って段々に築設されていた。
廃村跡や、段々畑の跡にしては、いささか急峻に過ぎるので、古い治山工事の現場だろうか。
石垣の古びた感じも、軌道が敷かれていた年代と一致するような印象だ。



路盤から見下ろした祖谷川の底の様子。
現在のところ、水面との高低差は15mくらいだろうか。

三縄堰堤が建設される以前は、平水時も水量は多かったのだろう。
かつての水勢を物語るように、河床にはオブジェのような巨石が乱舞している。
現在の水量は見る影もないが、それでも淀んだ感じがしないのは、頻繁に取水量を超える増水があって、その都度川の役割を果たしているからだろう。



11:33 《現在地》

入口(今回冒頭の地点)から400mほど進むと、急に川岸の地形が絞られて、路盤は岩場へ突入していく。

この変化は、この道を描いていない地理院地図にも、川縁に200mほども続く崖記号の列として表現されており、どうやら軌道跡は最初の難所と呼ぶべき地形へ差し掛かったようであった。
まず、この時点で既に高巻きが困難な地形を見せられているが、このまま軌道跡を正面突破が出来るか、要注目である。



11:36

国土調査員が残した目印は、まだ路盤上に続いている。
私も負けじと先を競う。
川側もだいぶ切り立つようになってきて、逃げ場がなくなったところで、小さな橋の跡が現れた。
木橋だったようで、桁は完全に喪失していたが、空積みされた石垣の橋台が綺麗に残されていた。

簡単にここをパスして、前進継続。
最初の難所と目される崖記号連続地帯も、そろそろ中間越えかと、そんなことを考えながら歩いて行くと。




11:35

えっ マジ?!

隧道“も”、見えてきた……?!?!




11:36 

マジだった〜!!!

旧地形図にも描かれてなかった、正真正銘の初登場隧道?!

ってか本当に隧道でいいの?

左にも道あるけど、そっちは何?! まさかの旧線跡とか?!!




とりあえず、穴は貫通してるみたいだし〜〜……。

これはマジで、隧道発見か?!



 橋に続いて、隧道&旧線跡のペアが現れた?!


2026/3/16 11:36 《現在地》 

やりおった! 完全なる新発見隧道だ。

しかも、一見して新線と旧線のように見受けられる二通りの進路が示されるという、ボーナス付き。

盆と正月が一緒に来たような嬉しさだが、しかしオブローダーの世界にはこう言ういい回しもあるので、要注意すべき場面だ。
「福袋の中に死神が入っていた」という、ヨッキの格言……。
すなわち、嬉しい発見は危険と隣り合わせだということで、橋や隧道に喜ぶときは地形的危険が隣にありがち。

ただ、とりあえず隧道が貫通しているらしいことが、この時点で“光”を以て察知できたのは幸運で、最低限、先へ進むことは出来そうだ。
このことを保険に、まずは……。



たぶん旧線であろう、川側の道から探索してみようねぇ!!

この道、初っ端から強烈な片洞門である!

が、片洞門によって日差しや種子、土砂、落石、流水など、頭上より降り注ぐものから守られてきたおかげで、廃線跡の旧線跡なんていう“古さマシマシ”の存在である割に、とても綺麗な路盤であった。まるで現役のよう!



11:38

クソッ! さっそくの度胸試しだ!

ここを通るのは、難しくはないが、ちょっとだけ勇気を振り絞らないとならない。
道幅の8割がスッパリと崖に落ちて消えていた。
残り2割の幅は50cmくらい。
そこを生きた木の根が占拠している。
眼下は落差10mの真に垂直の崖で白い河原へ落ちている。

絶対に躓けない2歩。
加えて、背中のザックと腰のバッグ、首から提げた一眼レフらが、右の岩壁に接触し強く跳ね返されるとバランスを崩すので、そうならないよう荷姿をよく整えてから、慎重に入る。

一歩、二歩、

突破。



11:39

今のところ、出来れば戻りたくないので、このまま旧線経由で隧道出口まで前進をしたいと願う。

しかしまだ、出口は見えない。

正面の樹木帯の先、もうひと難所ありそうな気配……。



やっぱりあった! 難所再び!

今度は邪魔な樹木“抜き”だが、前よりも奥行きがある。
路肩が崩れて狭い部分が、4mくらい。5歩分くらいか?
さっきより少しだけ広いから、両足を一直線上に置く必要がないし、荷物が壁に反発するリスクが低いのは良い。

でもやっぱり、怖い。
落ちたら、一番痛い思いをしながら死にそうな高さである。
難しい動きではないが、慎重に…… 突入。



11:41

――突破。

間髪入れず、今度は雨降り。

正確には、頭上の高い崖から滴り落ちてきている地表水だ。
道に問題はないものの、ボタボタと水が落ちてくる下をくぐるのは、なんというか、精神力にスリップダメージが入る。



滴る水に打たれながら、この動画を撮った。
さっきから薄暗いシーンばかりだったが、今日は快晴だ。
この片洞門の旧線跡が、昼なお暗いだけである。

そろそろ、旧線に入って50mくらい。
もう迎えに来てもいい頃だ。安心安全な隧道の出口!!



!!!

薄暗くて分かりづらいが、木の影に苔生した石垣が見える!

そして石垣の右側に、あつらえたような岩の大きな凹み……!!



11:44 《現在地》

よっしゃ!!
隧道出口への探索上必須ではない先回り成功!

こうして繋がっていたところを見るに、やはりいま通った道は、隧道に対する旧線だった可能性が高いと思う。
ただ、見るからに地形条件は悪く、運材列車を走らせるには危険度が高いことや、路肩が崩れるなどの被災の末に、隧道化したのではないかと想像した。

大正元年頃から、最長では昭和30年代前半まで半世紀近く使われていた可能性がある路線だが、こうした新旧線の存在は運行期間が長かったことの裏づけになりそうだ。



……これで難所を突破できたと思った?




残念だったね。

やっぱり、福袋の中には死神が……。

旧線と新線(トンネル)が一つになって、救われたと思ったら、隧道出口の先5mが、ご覧の有様だったという

嫌がらせのようなオチが待っていた!


まだここからの前進を諦めたわけではない。
その証拠に、背負ってきたザックを“末端”に置いてから、身軽になって、隧道へと引き返した。
当然だけど、隧道内部も探索したいからね、引き返す。



 隧道を抜けると、水に濡れた難関が…!


2026/3/16 11:46 

一旦前進を中断し、背にした隧道へ逆進入した。
これは立地状況的に、軌道の新線として整備・利用された隧道であると思うのだが、その姿に「新しさ」といえるようなものは全く感じられない。
荒々しい岩肌を隠そうとしない完全な素掘りの隧道で、頼りなさげな断面の小ささと相まって、年代不詳の古隧道の風体である。

いわゆる林鉄の隧道は見飽きるほど見てきたが、洞床に少なからず厚みを持ったバラスト、枕木、レールを敷いた所に、木材を積載した貨車が走るという構造上、幅はともかく、高さについてはそれなりの大きさが必要であり、林鉄隧道と人道隧道を見分ける一つの傾向として、高さが人の背丈より相当に大きいというのがある。
が、この隧道については正直言って、この判断基準だと、“林鉄落第”であろう。
天井の高さは、目測だが、2mあるかどうかだ。

しかも、よくある手掘りの古い人道隧道がそうであるように、内部は法則性のない微妙な曲線を描いていた。
そのせいか、入口側からは歪に見通せた外の光が、この出口側からだと見えなかった。



10mくらい進んだところで初めて出口(=最初に見つけた入口)の光が見えた。
一安心といったところだが、隧道の先にさらなる大難所を見つけてしまっていた関係上、今さらこの隧道が通り抜けられたところで…みたいな心境もあって、正直心は晴れやかではない。

が、ここで一つ、嬉しい発見が。
それも、この隧道の正体に関する疑義を晴らすような発見である。
洞床の様子に、目を凝らして見て欲しい。(↓)



見えるだろうか?

洞床に浮かび上がった、梯子のような黒い影。

これ、ほぼほぼ間違いなく、枕木を敷設していた痕だと思う。

枕木自体は撤去されたのか残っていないが、洞床に痕が残ったのである。

この発見により、隧道が軌道のために用いられていたことを確信できた。
新旧線という当初の見立ても、たぶん間違っていないのだろう。
見慣れた林鉄の隧道と比べると相当に小断面ではあるが、貨車の寸法や積載の量や方法によって対応していたのだと思う。
ただ、少なくとも、機関車運材は行われてなさそうかな…。



この全天球画像を見れば、強烈な圧迫感を覚えるほどに狭小なサイズ感が伝わりやすいと思う。
写真で私が背にしているのは北口で、いま入ってきた南口は洞奥の闇に遮られて見通せない。
頭の上に、余り空間の余裕がないことが分かると思う。

隧道の全長は、50mくらいである。
決して長くはないが、5万分の1地形図には描かれてもいいはずだ。
軌道が描かれたのに隧道が描かれなかった理由は明確ではないが、運行当初は隧道が存在しなかったことの証左であるような気がする。
後年、換線によって隧道が出来たが、旅客鉄道ではない地方の小規模な産業用鉄道の小規模な換線を地形図の作成者が把握しなくても不思議はないだろう。



洞内には、コウモリが数十匹程度棲息していた。
普通に歩いていても間近にある天井に、身体を寄せあって冬眠していた。
大変もふもふしていて可愛らしいが、暖かい時期だと蜂の巣をつついたような騒ぎに見舞われると思う。



11:47

入洞から2分足らずで、無事、貫通。通り抜けに成功した。
非常に狭小かつ原始的外観を持った隧道だが、その狭小ぶりが功を奏しているか、単純に地質がいいのか、洞内には全く崩壊している所がなかった。
前述の通り、旧線らしき外の道の通行は危険なので、この隧道の存在は、探索面でも大きなアドである。

……出た直後に本当の難所が待ち受けているのは、笑えないが……。

見知った外へ出ることはせず、ここで再び進路反転。



北口から、南口を見通して撮影した。
約50m先の出口が歪な形に見えているが、その理由は、チェンジ後の画像に示したような微妙な蛇行の存在である。
このいかにも怪しい洞内に、枕木が敷かれていた痕跡があって、軌道跡であると私は断定した。

この軌道、木材を運んでいたという根本的な要素では、いわゆる森林軌道、森林鉄道の一種であるが、普段よく目にする(探索する)国有林森林鉄道ではない、いわゆる民間軌道である点に特徴がある。しかも、林業事業者自らが開設したものではなく、水利権を獲得した電気事業者が河川流材の補償として開設したものらしい。
いろいろな点で探索をし慣れた林鉄と素性が違っていて、そのことが実物の見せる“違い”に影響していると思う。



11:49

もっともっと、この違いを堪能したい。
そして、ゴールへたどり着きたい。
そんな願いも新たに、改めて、隧道南口へ!!

チェンジ後の画像は、隧道内の壁がまだ見えている位置(=洞内)から、現時点の最終到達点を見ている。
私が5分前に、突破したい気持ちを表すようにデポした青いザックが、写っている。
しかし……



11:50 《現在地》

この先は、改めて見ても、ヤバそうだ…。

この足元までは苔生した石垣があり、それによって路盤は支えられているのであるが、この先目測約10mの範囲では、その石垣が完全に喪失し、路盤そのものが失われていた。

残っているのは堅い地山、石垣という構造物を支えていた基盤層であり、ここから先へ進むためには、道形といえるものが刻まれていないこの岩肌を、横断しなければならない。
前進可能性を判断すべく、冷静に岩肌の傾斜、岩質、状態の諸々を観察してみるが、安全上の最大の懸念は、岩場の全体がしとどに濡れていることだった。
濡れていなければ、私の決断はもっと容易かっただろう。



石垣の末端から見る、眼下の様子。

黒く濡れ、いかにもヌメリを帯びた岩肌は、軌道高度附近では比較的緩傾斜だが、下は15m底の河原へ直落している。
スリップしたと思った次の瞬間には、なすすべもなく致命傷を負いそうな地形である。

しかし、このリスクを回避するために選べる迂回は、手近なところに存在しない。
周辺の地形的に、ここから引き返して、河原へ安全に下りられる場所を求めるとすると、最低でも片道10分は余計に掛かるだろうし、進んだとて、今度はどこから路盤へ復帰出来るか分からない。
当然のことながら、出来うるならば、このまま進んでしまいたいのである。



これは頭上の様子。

ここも“雨降り”である。

今は雨降り程度の水量だが、増水時には滝となって路盤を撃ち、結果、石垣を崩して、路盤を洗い流してしまったのであろう。



11:51

濡れた岩場の横断可能性を実験すべく、その第1歩目の位置まで下降した。
写真奥のやや見上げる高さに片洞門のテラスが見えるが、あそこが路盤の続きである。
ここから斜めに登るようにステップを刻んで、濡れた斜面を横断するのが、私の作戦だ。

ただ、滑るかどうかを行き当たりばったりでテストするのは無謀なので、ここでテストしてから臨む。
ここで普段はザックの奥に隠している簡易アイゼンを両足に装着した。
滑りやすい場所では無類の強さを発揮する、探索の秘密道具だ。


安全な場所での試験の結果、グリップを確認できたので……




突破。

流石に途中でカメラを構え撮影する余裕はなかったので、これは間もなく向こう岸に到達できる場面の写真だ。

高度感や濡れ感など、見た目の怖さで怖じ気づきかけたが、滑りにくい足回りであれば十分余裕を持って横断できる地形であった。



11:54

乗り越えた難関を、振り返って撮影。

隧道が掘られていた岩場の険しさが、ここからだとよく分かる。
祖谷川らしいといえば、その一言で片付いてしまうのだろうが、そこを“車”で通り抜けるために先人が刻んだ苦労は深い。

ここで、最初に軌道痕にたどり着いてから、ちょうど1時間が経過。
行ったり来たりがあったので進みは遅いが、成果としては上々すぎる出だしだった。
今ようやく序盤の難所を越えたかなといったところで、残りはまだ2km以上もあるはず。
この先、どんな景色が待っているのか、楽しみだ!






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