2022/10/8 10:23 《現在地》/海抜200m
富内橋から約7.8km(通行止ゲートから0.3km)の地点にある、鵡川の蛇行が作る尾根を回り込んだ直後、
道路が無残なことになっていた!
路体全部が、ごっそり落ちている!!
ただ、不幸中の幸いというべきなのか、それとも探索者を死地へと誘う恐ろしき“罠”なのかも分からないが、
ずり落ちた先で、道の形が概ね保たれていた。
落ちた先、なにやらブルーシートで養生を試みたらしき路面のすぐ隣に、ガードロープや2本の道路標識が、やや傾いてはいるが、概ね道路との相対的位置を保ったまま立っているのが見える。
少し深いところに地滑り面があって、地表に乗った道路を保ったまま、10mほども滑り落ちたようである。
……あんな状態になっても立つことを止めない標識たちに、感動した。
と同時に、これを進まねばならなくなった自分を、笑いながら呪う! 楽しい! 呪われ楽しい!
しかも、ここから見通せる範囲の路面は、全部落ちてしまっている。
少なくとも50m以上先までは落ちていると思う。
たまたま電信柱は巻き込まれていないようで、道があったときと変わらぬ空を電線が跨いでいる。
あの電柱がある場所は、まだ無事なのだろうか。……そう思いたいが。
いずれにしても、道路としては致命的と表現することにためらいを感じない崩壊である。
これを本復旧させるとしたら、観測によって地滑りの範囲を完全に確定させたうえで、周囲の斜面を治山で安定化させるか、トンネルなどでこの場所自体を回避する必要がある。潜在的な滑動の範囲は見えている以上に大きい可能性もあるだろう。また、地滑りの下は70〜80mも低い所に鵡川の激流があり、その護岸も行う必要があるかもしれない。
これは復旧に億単位のお金を要しうる崩壊に見える。
10:25
しかし、いま重要なのは、道路管理者がどうするかじゃない。
私がどうするかだ!
選択肢は二つ。
自転車ごと突入するか、自転車をここに置いて私だけ進むか。
ハイリスクハイリターンか、ミドルリスクミドルリターンか。
幸い、ほんの300m手前までは車が入れたので、ここに自転車を置いていっても、後で車で来て回収するのは、追加の歩行距離としては僅かである。(それのためだけに50km以上も多く運転するのは普通に面倒だけどな)
俺の自転車は、どうしたいんだ?
やっぱりこうなったな。
自転車が、逝くときは一緒だよって言うもんでな。
あとはこれが“罠”でないことを祈るばかりである。
10:27
上にいた私を誘っていた、後ろ姿の道路標識たちと真っ先に対面する。
手前の黒ずんでいる標識は、「警笛鳴らせ」である。
ここがいつ崩壊したのか、また、道道封鎖の直接の原因となった崩壊であるのかは、はっきりしていないが、足元にあるブルーシートは意味深だ。
たぶんこれは路面に崩壊の兆候(ひび割れ)が現れたときに、雨水が崩壊を助長させることがないよう敷かれたものだと思う。
その時点で道が封鎖された可能性があるが、少なくとも今のように関係者ですら近づかなくなってから、人知れず発生した崩壊ではなかったのだと思う。
したがって、この崩壊が道道封鎖の直接原因である可能性は、十分にありそうだ。
そこから進行方向を撮影した。
足元にブルーシートを乗せたままの平らな路面があり、山側には道路標識もあり、周囲には普通に穏やか緑の樹林が広がっている。
ここが本来の場所から10mもずり落ちた道路であるとは思えない景色であり、面白い。
チェンジ後の画像は、少し進んだところから振り返って撮影した。
反対向きの道路標識は、旧制標識の「避難所」であった。
珍しい標識ではない(この道路でも既に何度も登場している)ので、現行の標識と思っている人も多いかもだが、昭和61(1986)年の改正で【待避所】
に置き換えられて廃止された旧標識である。
それにしても、私はいま自転車を押すでもなく、普通にこの路面の上を走っているが、これは本来の道路ではない空間座標上を走っているのである。なんか変な気分だ。
10:28
50mほど“落ちた道”を進むと、再び平坦が破られた。
地滑り地帯の端まで来たらしく、今度は本来の位置にある道の続きが、10mほど上方に現れた。
目の前の斜面は急だが、自転車を担いで攀じ登ることは出来そうだ。とりあえず助かった……のかな?
自転車を持ち上げて登るのは、滑り降りるように楽ではない。
それなりに苦しみながら、ひぃひぃ攀じ登る。
だが、あと少しで復帰できる!
未舗装道路の断面を、下から迫り上がるように観察しながら、本来の位置にある道の続きへ復帰を果たす。
気になるのは、この先の道路状況である……。
10:31 《現在地》/海抜200m
うむ。とりあえず、道はあるな。
いまはそれだけでも良しとしよう。
電柱や道路標識、デリニエータ、それに砂箱だろうか。
あるべきものが、あるべき場所にある。
ただし、相変わらず新しい轍は見当たらない。……まだ、油断は出来ないな。
普通に致命傷レベルとみられる崩壊地を振り返り。
ただの路肩欠壊なら土を盛るだけで復旧できるかもだが、ここは完全に地滑り地形だったので、問題は複雑そうである。
それほど傾斜がきつくなかったので、横断自体は難しくなかったものの、この斜度でこれだけ大規模に崩れていることも、地滑りという根の深さを感じさせるのである。
そして次の写真は――
――同じ場所から撮影した、鵡川上流方向の風景だ。
前述の通り、河床から70〜80mも高い位置にいるので、蛇行する川の地形を遠くまで見通せた。
水面自体はほとんど見えていないが、ごうごうという大河の音が足元から地鳴りのように聞こえる。
そして気になるのは、これより上流の川べりの複数の箇所に、まさに“大崩”の地名で呼びたくなるような尾根を削るレベルの大崩壊斜面が見えたことだ。
このうち、近くにある方(崩壊地@)は明らかに対岸であるから、道への影響はヨシ!としよう。
しかし、遠くの方に見える“崩壊地A”は、明らかにこちら側の岸である。
ずっと右岸を遡っていくこの道路は、この後しばらくして絶対に遭遇するはずだった。
道はあの見えている崩壊地より下を潜っていると思うが、果たして無事なんだろうか……。
どうやらまだ難所は潜んでいそうだ……。
2022/10/8 10:31
長さ100mを越える路体欠壊現場を自転車同伴で突破した。
突破はしたが、道の状況はまだ、廃道状態といえるものであった。
この先にも、クルマの通行を妨げるものがあるのだろう。
少なくとも、潜ったゲートの片割れはあるはずだ。
それにしてもこの道は、標識とか、砂箱とか、デリニエータとか、電柱とか、もちろんガードレールとか、付属物が多い。
色々な“険道”と呼ばれる道を通っていたけれど、砂利道1車線幅という条件の中では、かなり装備品に恵まれた上等な部類だと思う。
オブローダー的には、道は粗末であればあるほど嬉しいと思っている人もいるだろうが、少なくとも私はそんなことはなくて、むしろこういう注文が多かったり、おしゃべりな道の方が好みである。
出発時点では全く土地鑑がなく、万年通行止の区間を2つも持つこの道道は、有っても無くても同じというような扱いに甘んじている泡沫的路線だと予想していたが、現地の走行を進めるごとにこの予想は崩れ、現役当時は案外重要な役割を与えられていた道だったのではないかという考えに変わりつつあった。そうでなければ、こんなにたくさんの付属物を持たないだろうと。
これは同じ場所の路肩から見下ろした鵡川の流れだ。
すぐには上手い表現が思いつかないのだが、独特の印象のある川である。
私にとっては圧倒的に見慣れている内地の渓谷風景とは、色々な部分に違いを感じる。
標高的には低山なのに沿川に全く人工林めいたものや構造物が見えないことも、川岸に連なる岩壁ではない崩壊した斜面のザラついた感じも、汚染とは違う粒子感強めな不透明な川の色も……、そうした全部の「違い」をひっくるめて、こんな道路の近くで、しかも開けた景色なのに、人跡未踏の山河っぽい印象を受けるのである。
共感して貰えるだろうか。
なお、この奥に見えている川べりの崩壊地が、直前に【遠望で観察】
したものであった。
現状、道はそう悪くない。
藪が濃いわけではないし、酷く崩れているわけでもない(さっきは崩れてたけど)。
でも、死んでいると分かる。
酷い嵐が過ぎ去りました。
道はその嵐をやり過ごそうと、必死に備えました。
しかし、耐えられませんでした。
道は死んでしまいました。
……路上に散らばったままのブルーシートに、生き残ろうとした必死の備えを感じるし、それが回収されなかったこと、現に大きな崩壊が起きてしまっていることに、“死”を感じるのである。
もちろん、ここでの嵐というのは比喩で、実際にはそういう劇的な一日はなかったのかも知れない。ただ、ある日の路上に崩壊の兆候であるヒビが現れ、それをブルーシートで養生しながら様子を見ているうちに、決定的な大崩壊が起きたのかもしれない。
私の“良い癖”で、道に対してすぐに自分勝手な感情移入を始める。
……泣きそうなんだけど、もう。 笑っちゃうでしょ……。(涙)
10:33
遺体袋のようなブルーシートの数々を乗り越えて進むと、「32km」ポストが現れた。
ひとつ前の33kmポストは封鎖ゲートの直前にあったので、1km近く封鎖区間内を進んできたことになる。
10:34 《現在地》/海抜200m
高い樹木がない、明るい場所に出た。
ちょうどこの辺りが富内〜福山間の道路上の最高地点である。
河床から約90m高く、標高200mに迫る。
景色の明るさに広場の存在を感じたが、路外の藪が深いために、起伏がよく分からない。
しかし、よく目を凝らして見るまでもなく、変な場所(赤矢印)に、変なものがあることに気付いた。
どうしてあんな所に道路標識があるの?
明らかな異常事態を察知した私は、自転車をここに残したまま、歩いて藪の向こうを確かめに行くことに。
Anne knows Joe. そこには廃道があった。
道路標識は古そうに見えなかったが、路肩から数メートルは滑り落ちた斜面に建っていた。
標識ごと、路肩どころか道幅の大半がごっそり落ちていた。
路体の欠壊を理由に廃止された旧道であるのに違いなかった。
ようするに、路体欠壊は1箇所だけではなかったのである。
道幅の大半が失われ、かつて山側の路肩であったろう地面が、藪の中で辛うじて向こう側へ通じている。
もちろん、わざわざそこを通る人はなく、叢である。
向こう側に道が見えるが、そこは現役なのである。
自転車を置いてきているので、“分岐”まで戻る。
10:36
“分岐”へ戻ってきた。
左の道が新道というか現道で、右の道が旧道である廃道だ。
旧道の路体欠壊を受けて急遽、左の道が造られただろう。
一目瞭然に後付けと分かる。
進んでみよう。
存在する理由が分かり易すぎる、小さな迂回路である。
地滑りから少しでも距離を空けるべく、本来必要のない登り坂で山側へ激しく突っ込み、斜面を抉る深いブラインドの右カーブで反転後、下りながら谷側へ脱出している。
一応砂利で鋪装されているし、幽かに轍もあるが、いったいどれだけの期間使われた道なんだろうか。短い気がする。
最終的な封鎖の前に、最初の崩壊がここで起こり、対処としてこの道を造った感じがする。
この崩壊には対処が行われ、【さっきの現場】
では対処が行われていなかった。この違いは重要だろう。
この場所の対処を行った後で、遙かに大規模な第二の崩壊が起こり、打つ手なしで放棄された。そんなストーリーも想像できる。
10:37 《現在地》/海抜190m
新道と旧道の合流地点を振り返る。
新道側にも道路標識が設置されているから、ちゃんと道道として使うつもりがあったのだろうと思うが、なぜか崩れた旧道側に封鎖された痕跡がない。(前後とも)
それが不自然である。普通封鎖するよな。藪もなきゃ、間違って入りかねないし。
不自然の原因を想像してみたが、新道を一般に開放する前に、この区間全体が封鎖されたとか? ……不思議だ…。
10:39
ミニ旧道区間を後にすると、道は堰を切ったように下り始める。
まだ道が良かった【35kmポスト】
辺りから登った高さの大半を放出し、再び鵡川と同じレベルまで下って行くのである。
相変わらずひっきりなしに道路標識が現れて、久々の通行人を歓迎してくれた。
路面状態も悪くなく、下り坂はとても爽快。山チャリ最高! (あ、【徐行】
のコト忘れてたッ…)
10:41
調子よく下って行く道の先に、
思わず「オイオイオイ」と呼びかけたくなるような、極大崩壊地 が見えるんだが…!
オイオイオイ……
「注意」でどうにかなるもんじゃねーだろ!(逆ギレ)
「祈れ」とか書いておいて貰った方が、まだ納得出来る。
こんな昔のジュースのプルタブみたいな太ったビックリマーク付けやがって……。
ちなみにこの標識「その他の危険」が、前見た【注意】
を置き換える形で登場したのは、昭和46年11月の改正である。古そうに見えて、実際も古そうだが、これでも現行の標識である。太って見えるのも多分、気のせいなんだろう。
10:43
で、そのまま極大崩壊地を視界に収めたまま一直線に近づいていくかといえばそうではなく、路傍の樹木とか標識に隠されて(見た目は)平穏になったりした。
そんな中、思いがけない標示物が。
「トンネル内 凍結注意」と書かれた、まだ相当に新しそうな看板である。
トンネルなんて、この道にあったかぁ? 地図にはなかったぞ……。
訝しがりながら、ブラインドカーブの先を覗いてみると。
オオオッ!
トンネルじゃない覆道ってヤツだが、狭い砂利道に少々似合わぬ豪勢な道路構造物が確かにあった!
金かかってんねぇ〜〜。
地理院地図にも確かにこの覆道は描かれているのであるが、この探索中はネットに繋がなくても見られるスーパーマップルデジタル(SMD)ばかり見ていたので気付かなかった。驚いた。
オイオイオイ
死ぬわコイツ…… (←足元の道路を見ながら)
あそこに電柱見えてるのは、流石に擁護不可能だが……
今回は、この自転車ごと突破出来ないと、 マジで死 ゾ……。
……奇跡、起きるって、祈ってる。
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