2024/11/5 6:41 《現在地》/海抜1320m
起点から1.1km、松川がS字に蛇行する処に差し掛かると、道を取り囲む植生の衣が突然破れて、荒々しい岩の筋骨を剥き出しにした。
人が暴力を用いて切り開いた道が、今はただただ自然による逆襲の暴力に晒されている現場だ。
先に根を上げたのは道路管理者である。ただし、道路利用者については、まだ完全には死滅していない。命懸けの轍が続いていた。
突入!
豪快な岩場潜りに、テンションが上がる!
ほとんど植生のないこの高い岩崖には、これまでになかった火山性のものを感じた。
いわゆる、熱水変質帯の典型的な風合いをしているように見える。
この岩質の特徴は極めて脆く崩れやすいことである。道路にとっては天敵と言って言い過ぎではないくらいワルイやつだ。
この道が立ち向かう“大敵”の正体が、早くも見えた気がした。
S字カーブに差し掛かると、眼下の谷の眺めはダイナミックに変化した。
物凄い瀑音が路上の空気まで揺らしているが、地形図にはこの先にひときわ大きな砂防ダムがある。
この場所にもとから備わる荒涼感が、薄暗い天候によって著しく迫力を増強されていた。息を呑む迫真さがあった。
地図の予告の通り、目測で高さ20mはあろうかという特大の砂防ダムが現れた!
ダムの先は、一転して穏やかな紅葉の森の景色が見て取れる。ダムを越えれば、ひとまずこの険悪を逃れられそう。
景色の緩急が、かなりはっきりとしている。
破れた景色に正面突破を企てた、道の雄姿を振り返り。
この200mほどの区間は、全く逃げ場のない、ギリギリの崖道であった。
勾配もご覧の通りに強烈で、まさに絵に描いたような難所といえる。
しかし、まだ自転車で自走可能な程度に道は保っていた。
突破!
6:47
特大の砂防ダムを巻き越える地点に、地形図は標高1333mの標高点を記している。
ここでも路肩の大規模な欠壊が放置されていて、道幅が半分くらいに狭まっていた。
今日のような雨の後は地盤が緩んでいるリスクが当然高く、うっかり無防備に路肩に近づくと、縁ごと墜落しそうな怖さがあった。
ここまで出発地点から100mくらいしか高度は上がっていないが、見渡す森の景色は、確実に季節を進めている。
濃いガスに隠されて姿を全く見せない山上は、今どうなっているのか。
気温はここで10℃くらいあるので、12年前の11月4日のような積雪はないと思うが…。
道は外見の平穏を取り戻した。
しかし、ずっくりとした腐葉土路面のせいで、元来の勾配以上にペダルが重く、進行は当然にゆっくりである。
とはいえ、時間に余裕を持って出発しているので、焦りはない。
万座峠は長野県と群馬県の県境にあり、両県の境は全て日本列島の中央分水嶺である。そこに挑む心構えは出来ている。林道山田入線を簡単に走破出来るなんて、はなから思っていない。じっくりいく。
6:54 《現在地》/海抜1360m
起点から約1.7km地点で、地形図に描かれている分岐地点に差し掛かった。
正面の道が林道の本線で、左は松川の対岸へと伸びる治山用道路である。
かつて南志賀パノラマルートが大崩壊した後で、崩壊地の下流で大規模な治山工事が行われた。そのときに使用された道らしい。
本線を続行。
6:59
谷底から50mの高所を進む道は、この先で進路を大きく変える。
これまで遡ってきた松川の本流を離れて、支流の渋沢へと分け入って行く。
写真は、この谷の枝分かれを前にした風景だ。
正面の雲霧に消える谷が松川本流、右へ入っていくのが渋沢である。
目指す万座峠は、渋沢の源頭に位置する。
7:03 《現在地》/海抜1390m
起点から約2km。
松川と渋沢を分ける小尾根を回り込む場面である。
この場所の路傍に、崩れかけた小さな木祠が建っていた。
跪くようにして、中を覗き込んでみると……
ああっ! お地蔵さまの首が痛そうだッ(涙)。
地蜂を育てているお地蔵様、なんと首の力だけで屋根を支えておられる。
お顔の表情も、幾分優れない感じがする。
このまま祠が身体を貫通してしまったら、シュールな絵面になってしまいそう。
それはともかく、素朴で角のない造形からして、林道年代のものには見えない。万座街道に由来する故物だと思う。
跪いたまま、旅の無事を祈願。
そうして、新たなステージへ挑む!
万座峠 まで のこり 6.3km
2024/11/5 7:03
古のお地蔵さまに別れを告げて、渋沢沿いの幻想的な朽葉色ダートを漕ぎ進む。
落ち葉のせいで路面は見えず、したがって轍も全く見えない。そのために、車道というよりは、理想的な自然歩道のようである。
道路標識の乏しさや、沿道に人工林が見当たらないことも、その印象を強めている。
ちょうど正面の谷(渋沢)の頂上にゴール(万座峠)があるのだが、山の上はまだ厚い雲に隠れていて、稜線は見通せない。
目指す頂の見えない状況でのアルバイトは、下積みであり、興奮へと飛び立つための滑走路でもある。
7:08
しばらく黙行すると、対岸のずいぶん高い所(矢印の位置)にガードレールが見えだしたことに気付いた。
地形図で直ちに確認し、それがこの道の遠くない続きであることを理解する。
目前の穏やかな森の道が、谷の向こうでは白霧の山肌を突き上げていることのギャップに、興奮を覚える。
最初からこの道について回っている「豪快」というキーワードが、またもアピールを始めたのか。
この道は、静かに予兆を重ねることで、私の期待感をくすぐることに、ずいぶんと長けているようだ。
7:09
なんだここ?!
おならの匂いがスゴイする!
ここをカップルでドライブして気まずくなった人が過去には居たはず。
出所は、まず間違いなく私ではなく、私の下の渋沢の底だ。
目に見えるような噴気や湯気はないが、微量の火山性ガス(匂いは硫化水素)が噴出、滞留しているようである。
ほんの少し離れると匂いはなくなり、ピンポイントにこの場所だけだった。
7:11
道を塞ぐ倒木が現れたのは、これが初めてだ。
だいぶ前から、路肩の欠壊等で四輪の通行が厳しくなっていたが、ここで完全に無理となった。
道幅も少し前まではダブルトラックだったが、今はシングルトラックしかない。本来の道幅の中にかなり笹藪が侵入してきている。
そして、この倒木を潜って間もなく……
7:12 《現在地》/海抜1437m
渋沢を渡る橋が現れた。
この林道は計3回渋沢を横断するが、ここが1回目である。
起点から約2.6km地点で、1437mの標高点がここにある。
いかにも古びた姿のコンクリート橋で、落ち葉と苔がよく似合う。
4本の親柱に4枚の金属銘板が完備されていたが、これが妙に黒かった。
わざわざ黒い金属を使って銘板を作るとも思えず、おそらくこれは銅合金銘板(青銅や黄銅)が硫化水素に触れて硫化した結果だと思う。さっきの匂いがそう考えさせる。
それはともかく、銘板はそれぞれ、「渋沢橋」「志ぶさわばし」「林道山田入線」「昭和三十七年三月竣功」と刻んであった。
下流にあった虎杖橋よりも4年も古いのは、峠側から開通したか、虎杖橋は早期に架け替えられていたかだが、多分後者だろう。
橋の上から見る、下流と、上流。
登ってきた麓の方も、流れてきた雲に隠されている。
道は、この流れの最初の一滴まで登ることになる。先は長い。
橋を渡ると、直ちに左カーブ。
そうして、少し前に遠望したガードレールがある上り坂へ。
7:20
進路が反転して、景色は束の間の高度感を得た。
しかし、林道はあと2回渋沢に追いつかれる。
だからこれは束の間の高度感だ。
ガードレールが現れたり、消えたりしするのを、スローモーションに感じながら、きゅりきゅりと、チャリを軋ませ進んでいく。
対岸下方、お地蔵さまと会った尾根が、上がってきた雲に隠されそうになっている。
快晴じゃないから見られなかった景色を悔むより、二度とはない隠微な景色を楽しもう。 ……って、これは負け惜しみっぽいか(苦笑)。
7:28
尾根を回るように再び切り返し、なおも進むと、万座峠の1km東に聳える万座山から直落して来る無名の谷をひとときの進路とする。
この谷にいるごく短い間だけは、万座山を正面に見ながら登っていたのであるが、その山頂を含む国境稜線の全ては、壁を思わせるような白雲の中にあった。
だが、この「見せない」という天の采配が、驚くべき光景を私に、「見せる」。
万座山に秘された“鬼”が、姿を現す……。
7:30 《現在地》/海抜1480m
極度に尖った山が、見えだした。
こんなに尖った山ってあります?!
まるで角だよ!
槍ヶ岳よりも、マッターホルンよりも、なお尖ってそう。
7:31
私が知らなかっただけで、こんなに尖った山が万座山にはあるんだな。ていうか、これが万座山なの?
地形図で見る万座山の山頂は、ここまで尖っているようには見えないが…。
それに、もしこれが万座山なら、もう少し尖っていることで有名になっていそうなもんだ。
いろいろ不可解さは感じたが、それを科学的に解釈する術がサドル上の私になく、ただただ驚きながら、進む。
そして間もなく、半ば笹原に埋もれたような小さな橋を渡る。
これが前述した無名の谷だったが、銘板などの手掛かりを何もくれない橋だった。
で、この橋の上から、尖った山を見上げると……
尖った山が、左側にももう一つあった!
こっちは少しだけ丸みを帯びてるが、さらに大きく、高いトンガリ山だ!!
二つ一緒に並べて見ると、鬼がいた。万座山の鬼。
ここからちょっと閑話休題。
私が見た、鬼の角のような二つの尖った山の正体だ。
現地では不思議のままに終わったが、帰宅後に「カシミール3D」を使って、科学的解釈を試みた。
その結果、特殊な条件下でのみ出現する、“万座山の鬼”の秘密が、解き明かされた?!
ずばり、こういうことである。
二つの尖り山は、海抜1750m附近から上が雲で完全に隠れたときに、本来の国境稜線の手前に浮かぶ形で現れる。
だが、これらの“見える頂”を地形図に照合しても、そこに実際の山の頂があるわけではない。
それらは、万座山の山腹に無数に存在する複雑な起伏に過ぎなかった。
これらの起伏を、特定の場所から、特定の雲の高さのときに見ると、“鬼が現れる”のだ。
この奇妙な風景もまた、道と共に忘れられる悲しき定めを、共有している。
幻を後に、本編へ復帰。
万座峠 まで のこり 4.8km
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