2026/3/21 8:21 《現在地》
鬼女洞の西洞口から覗き込んだ内部の様子だ。
見た目に奥行きがあり、高さ以上に幅のある断面である。
先行者の記録には、貫通を物語るように風が吹き抜けていたとあったが、今日はもともと無風に近いためか、残念ながら通風は感じられなかった。
また、季節柄地上の空気も冷たいので、洞内との温度差は少なく、水蒸気でモヤっているようなこともなかった。
通常の人工物であるトンネルと一線を画しているのは、奔放な坑口の断面だけではなく、洞床の様子もそうである。・
洞床はもろに河原、あるいは川底のような岩礫が堆積した状態になっており、路面がない。ただ、渇水の影響か、水は流れていない。
高梁川水系柏南平谷川……おそらくそのような正式名称を持つ河川が、この洞窟を徹頭徹尾に通じており、かつその創造主でもある。
天然洞窟なのは間違いないが、過去の観光開発のために、拡幅などの掘削も行われていないとは限らない。
もしも人為的な掘削が多量に及んでいれば、それは天然洞を利用した人工のトンネルともいうべきで、そうしたことを確かめることも、単に“遅れてきた観光客”ではなくオブローダーを自認する私の観察目標であった。
地理院地図並びにスーパーマップルデジタル上では、この“トンネル”はここから地下に潜り、約200m東南東へ進んだほぼ同標高の地表に通じるように描かれている。
したがって、地図の表記通りの直線であれば、約200mのトンネルである。天然の洞窟が直線であるとは正直思えないが……
ニュニュニュニュ入洞!
おおおっ! さっそく怪しげな鍾乳石たちが!!
凹凸の激しい天井の様子は、明らかに人工物と一線を画していた。
アルカリ質である石灰石の岩盤を、酸性を帯びた地下水が溶かしてできる空洞が、鍾乳洞(石灰洞)である。
その際、一度溶け出した成分が、流れる過程で再固形化して生じる特徴的な岩石を二次生成物という。
冒頭で紹介した『角川日本地名辞典』の鬼女洞の解説文には、「二次生成物は発達せず、つらら石・石筍・カーテン・石灰華がわずかに見られる」とあったが、その「つらら石」というのが、ここの天井を埋め尽くすように凸凹しているものの正体であろう。
なお、私がオブローダーとして鍾乳洞に入ったことは、過去にほとんど経験がないが、実は子ども時代は鍾乳洞大好き少年で、家族旅行で各地のメジャーな鍾乳洞を経験しているから、鍾乳石自体は見覚えのある景色であった。
しかし、私が経験してきた鍾乳洞の大半はガチガチの観光洞であり、見栄えはもちろん良かったが、こんなに生々しい場末た雰囲気ではなかったわけで、なんかこう……、輝きのない死んだような鍾乳石の見栄えが、むしろ新鮮であった。
8:22 (入洞1分後)
ふむふむ。
なるほどなるほど。
天然の洞窟だけに、内部も奔放である。
なにやら脇道らしき支洞が、左右どころか、全く手の届かない天井にも口を開けているのが見えるが、入れる場所にあるものも含めて、一切を無視して行くことにする。
本題は鍾乳洞探検ではないからね。
あくまでも本洞……幸いにして川が流れ下っているのが本洞なので極めて分かりやすい……を辿って、いち早く出口を目指していこう。
怪しい怪しい。
ここは急に天井が高すぎる。
いかにも、ドロドロに溶けた物体の中に入り込んでいる風景だ。
今のところ、進むべき本洞の天井の高さは常に2mを確保しており、身を屈めなければ進めないような場面はないが、高い所は10mくらいありそうで、とても凹凸が激しい。
また、川底を辿っているのだから当然だが、常に下り坂である。
急激ではないが、着実にトントンと下っている。
8:24 (入洞3分後)
ここで初めて洞内で動画を回してみた。
前進しながら撮影しているので、実際の洞内の広さや、洞床の様子、二次生成物の存在などが、見て取れると思う。
地下であるという特別さを除けば、基本的にはその辺の水がない渓流の川底を歩いている感覚に近い。
あと、至るところに電線がぶら下がっているが、照明自体は一つも残っていなかった。かつて観光洞として開発していた名残であるという。
8:25 (入洞4分後)
動画の最後のシーンのやや狭窄している地点を過ぎたところで入り口を振り返ると、まさにそれが見えなくなる局面だった。
だいたい入り口から40mくらい離れたかと思う。ここまでの洞内は、障害物を左右に避ける程度の蛇行はあっても、概ね直線であった。
入り口の光の見え方から、いいペースで下っていることが分かると思う。
なお、この辺りの洞床には大量かつ様々な大きさの岩石が散らばっていて、もともとの地形を埋め尽くしているが、岩石の大半は地上から洪水によって持ち込まれたものだと思う。
洞内には崩れたような感じはない。
怪しい怪しい。
ここを通り抜ければ決定的に地上の光とはサヨナラだろうという、異形な感じの狭窄部があった。
狭いと言っても、歩いて通るのに不自由はないが、気持ちは少し締め付けられる。
怪しいよぅ。
8:26 (入洞5分後)
うわ〜〜。これは立派な鍾乳石だ。
リムストーン(畦石)と呼ばれるタイプの鍾乳石である。(動画にも写っていたがこっちの方がより大規模)
しかもこれは現在進行形で地下水によって成長している状態の、いわば“生きている”やつ。それだけに色合いも瑞々しくて綺麗である。
これは生粋の鍾乳洞ファンには喜ばれない話かもしれないが、完全に人工の廃トンネルでも、これによく似たものをけっこう見る。
一番立派なのは、ダム工事で閉塞された廃トンネルの末端部なんかで、セメントミルクが地下水で溶け出してきてできるコンクリート鍾乳石だ。それはホンモノの鍾乳洞とほぼ同質の同じ物体だが、より速いスピードで生成される。
また、単に石灰岩中に掘られた素掘りトンネルでも、地下水の作用で鍾乳石が生成されることがある。
廃トンネルの最大年齢であるたかだか100年程度では、ここまで立派に育ったものは未見だが、数千年後の日本には、こんな立派な鍾乳石に彩られた廃トンネルもあると思う。
話が脱線してしまった。
おお〜〜…
なんだかここは今までで一番、見慣れたトンネルっぽいな。
この場所の写真を山行がで説明なく見せたら、全員どこかの廃トンネル内だと思うのではないかな。
スケール感としては、鉄道の単線電化トンネルくらいだ。幅に対して天井が高いが、不自然な高さではない。
まあ、こんな素掘りの単線電化トンネルはどこにもないと思うが…。
そしてここに来てはじめて、コウモリの大群を見た。
時期的にまだ冬眠中で、天井に集まったまま死んだように眠っているので、気が散ることがなくてありがたい。
私が彼らを目にする場所って、これまでほとんど全て廃トンネル内だったので、専ら廃トンネルの住人という印象だったが、ちゃんと自然の洞穴にも住めたんだねお前たち(笑)。
にょにょにょ?!
天井がにょにょーんと遠のいていく?!
入洞以来、最も天井が高い場所が現れたのだが、
この唐突に始まった異変は、これで収まらず――
にょーんと、3階の屋根くらいまで高くなった天井に、
コウモリたちのさらなる大コロニーが形成されていた!!
今度のコロニーは前とは比べものにならないスケールで、数千匹以上いると思うが、例によって冬眠中なので、静寂の内に通過可能。
洞床に、あまりグアノが堆積している様子もなかったので、頻繁に流水で流されているのだと思う。
コウモリについてはともかく、この天井の高さの異変で、完全にトンネルの埒から外れた感がある洞内の様子。
だがこれはまだ序の口に過ぎないことを、私はすぐに思い知ることに……!
8:28 (入洞7分後)
ここの天井の高さ、20mはあろうかと思う。
一方で幅はこれまでで最も狭く、左右の壁を同時に触れそうなくらい(約1.5m)しかない。
左右の切り立った壁は、流れるような模様の二次生成物に覆われた石灰岩で、洞床には相変わらず外から流れ込んできたらしき茶色い瓦礫が堆積している。
もしこれが地表の渓流であれば、ゴルジュと呼ばれる地形に近いだろう。
だが、未だこの地形の創造主である流水は、姿を現さない。
ここは水の流れる音も聞こえない、真に静寂の洞内である。
(↑これは天井を撮影)
高すぎる天井の神秘に目を奪われているのであるが、よく観察すると、そこには数万年以上昔に削られたと思われる、洞窟の化石のような痕跡が刻まれていた。
あのギザギザの亀裂のように見える天井の溝が、最初に刻まれれた洞窟なのだと思う。
そこから長い年月をかけて、今いる洞床まで、下刻が進んだのだと思う。
端的に言って、人工物には見ない造形であった。
……すごいなぁ、大自然の神秘は……。
これが、人工の対極にある天工の技というものか…。
うっかり、新たな快楽に目覚めそうだぜ…。
8:29 (入洞8分後) (↑これは洞床を撮影)
むむっ!
初めて洞床に、看過できない大きな段差が現れた!
背丈くらいの高さを持った、切り立った段差だ。
なぜか洞内のどこよりも黄土色なのが謎なのだが、幸いにして、この黄土色の物体、見た目の印象とは異なり、とても堅く、しかもザラザラとした手触りをしている。
いわゆる汚泥(黄金様…)のようなものではなく、謎の金色の岩石なのだ。流動的な姿なのに、ガッチガチに固まっている。
とはいえ、迂闊に足を踏み入れれば、たちまち滑り落ちそうな地形であり、なにより怖いのは、降りたら最後、戻ってこられなくなることだ。
……降りないと、先へ進めないんだよな……。
6:30 (入洞9分後)
降りちゃった。
降りちゃったよぉ〜〜!
……ま、なんとかなるだろ。戻れると思う。
あとここで初めて、堆積物に隠されてていない、ホンモノの洞床である岩盤を目にした。
段差直下の滝壺部分が石灰岩の滑らかな地肌になっていて、凹んだところが透き通った水で満たされていた。
それにしても、間もなく入洞から10分が経過するところだが、一体どのくらい進んできたんだろうか。
洞内にはギザギザとした小刻みな蛇行が多く、案の定、地形図に描かれているような直線の地下道ではなかった。
とはいえ、劇的に遠回りをしている感じはなく、全体としては直線的なのだと思う。
経過時間と経験則から逆算すると、確実に100m以上は進んでいるはずで、全長の後半に差し掛かってくる頃合いかと思うのだが…。
黄土色の段差を降りたところから、前進再開!
8:31 (入洞10分後)
え……?!
えっちだなぁ。
いや、入るべき進路は、そっちじゃないけどね。
2026/3/21 8:31 (入洞10分後)
“黄土色の段差”を降った先の洞内の状況には、一つ大きな変化があった。
これまで洞床を埋め尽くしていた大量の岩礫からなる堆積物が少なくなり、代わりに石灰岩の地肌が露出している部分が増えたのである。
この変化の内容を聞けば、障害物が減って歩き易くなると考える人が多いかも知れないが、実態は真逆であった。
というのも、河床で現在進行形で浸食を受けている石灰岩の表面は、どこもかしこも恐ろしいほど滑らかな曲面として磨かれており、私のスパイク付き長靴を以てしても、ある程度の斜面では全く歯が立たなかったのである。
加えて、隠れる場所がなくなった水は、至るところにポットホール状の凹みを作って溜まっており、油断するとそんな小さなプールにはまり込むような場面が連続して現れた。
もしこれを読んで訪問を考える人がいたら、足回りはスパイク靴では全く不足で、フェルト底靴が好ましいと思う。
この写真に写っているような小さな水溜まりが、至るところにあった。
狭い洞床の大半を占領している場所もあり、水面下と岸の境も曖昧だから、引き込まれそうになる場所が多くあって大変緊張した。
どこもかしこもツルツルで、足も手も掴めるような場所がほとんどない地形なのである。
仮に落ちても命に関わるものではなかったが、こんな洞内で冷たい水に落ちたら萎えることは絶対で、本当に気を遣わされたのである。
8:32 (入洞11分後)
おおっ!! コレハッ!!!
大量の電線に次いで、この洞内では2つ目となる、観光洞であった名残と思われるものを発見した。
洞床の一画に作設された、石とコンクリートを使った幅1mほどの通路の残骸である。
狭い洞床を占めるように設置されているから、増水時には当然流れの下になるはずで、おそらくその繰り返しによって、ほとんど原形を失うまでに破壊されているのであろう。
特にここは通過が難しい場面というわけではなく、むしろ平坦な場所であったのだが、だからこそ流勢が削がれて破壊を免れたとみるべきで、おそらくここまで通過していた他の部分にも、本来はこれに類した通路が作設されていたものと推理する。
大半は、堆積物に埋もれているのだろう。
この写真の手前右端に写っている黄色っぽい岩の塊も、セメントで壁に固定された通路の残骸らしかった。
だが、写真の通り、ほとんど流失してしまって、今は滑らかな流水路を歩くよりない状態になっている。
この日は水自体は全く流れていなかったので救われたが、仮に穏やかな小川程度の水量であっても、洞床が広く水に浸かっている状況では、私のような経験に乏しい者の探索は危険だと思う。足回り次第ではあるが、滑って戻れなくなりそうな気がする。
天井の高さは進むほどに高くなり続けており、その限界の無さは、私を常に驚かせた。
人工物ではあり得ない奔放さが、遺憾なく発揮されていたと言える。
そしてその驚きは、次の局面で、最高潮を迎えたのだった。
8:34 (入洞13分後)
遂に外の明かりが!!
地形図には【ありふれたトンネル】
と変わらぬ姿で描かれていた存在が、確かに私を入口とは異なる出口(それも綺麗に山の反対側にある)へ運んできたということ――これが事実トンネルとして利用できる洞窟であったということ――が間もなく証明されるという予感に、おそらく洞窟探索者が洞窟を貫通するときに感じるであろう開放感や達成感に加え、交通を探求するオブローダーとしての激しい興奮が私の全身に漲ったのであった!
(これは天井を撮影)
しかし、上の動画でもご覧いただいたとおり、私が出口の存在を最初に察知することになった外光の“見え方”は、通常のトンネル探索ではあり得ないものであって、出口が近づいているという事実を通常以上にドラマチックに演出していた。
進むほどに高くなり続けてきた天井は今や20mを越え、30mもあろうかと思えるほどに遠ざかっていたのであるが、その遙かな天井部分だけに私のヘッドライトとは異なる光源(外光)が投射されて、発光していたのである。
それはさながら、地割れの底から満天の星空を見るような、拘束と解放が綯い交ぜになった眺めであり、この天然の地下迷宮に微かに人の息吹を留める電線の頼りなくも消えがたい存在感と相まって、尋常ではない洞窟が尋常のトンネルの如く描かれていた面白さを強烈に印象付けた。
外の光を察知したら、あとは出口まで一直線と思うのがトンネル探索の感覚であるのだが、この洞窟は尋常ではない。
天井に光が灯ってからも、その光が遙か底の洞床へ届くまでには、まだしばらくの文字通りの紆余曲折が待ち受けていた。
その一つが、まるで巨大な歯のような石灰岩が狭い流れを堰き止めるダムとなった、この写真の段差である。
高さは1.5mくらいで、前の“黄土色の段差”よりは上り下りしやすいが、これも流れ次第では面倒な障害物になると思う。
このように、洞床は最後まで激しい下刻作用の存在を物語る傾斜を持っており、一方で天井は数万年前か数十万か具体的には見当も付かないが、最初に洞窟を貫通した太古の昔の天井を化石のように保存しているがために、進むほどに高くなる天井という特異な断面変化を見せているのだ。
折り重なるような小刻みのカーブを繰り返す洞窟の向こうに、外光によって照らされた壁の範囲は次第に下へ降りてくる。
したがって、次かその次かと開口部が現れる瞬間を期待して歩いて行くのだが、これが思いのほかじれったく勿体ぶられた。
次第に光の密度が増えていく洞内にワクワクしながらも、磨かれたゴルジュの底のような滑り易く緊張を強いられる洞床を歩かせられ続けたのである。
そして……
8:35 (入洞14分後)
美極まる!
これにはさすがに数秒間ほど固まった。
自然美よりは人工美に傾倒していると自認する私だが、これは鉄槌でぶん殴られた気持ち。強引に、わからされる。
こうなってはもはや私の道路偏愛が縋る言い分は、地図上にはトンネルとして描かれているという一点しかなくなるが、その部分だけでも本当におかしくて、何度も笑いがこみ上げてくるのである。
にしても、これで……、この景観を以てして……なお、観光開発には、「交通の便、洞内景観ともに観光に適さず失敗」したというのだから、前者はともかく後者も敗因とは、岡山の観光洞って他が強すぎるのか? なんで失敗したんだよほんとこれ……。
(これは天井を撮影)
あんなに遠くて、絶対に手が届かない天井所だけど、相当立派な鍾乳石も、ぶら下がっているのに!!
附近の断面は、傘があるキノコを縦に割ったような形をしており、水が流れる洞床は一際低く狭い谷底にあるが、遙かに高い天井附近は体育館がすっぽりと収まりそうなくらい広い空洞である。これで支えもなくて良く崩れてこないと、トンネル脳的には思うが、さすがは天工の妙だ。
光と影が混ざり合ったこの場所が、本洞内における景観のハイライトであろう。
8:37 (入洞16分後)
ヨッキれん、思わずトンネルではない洞窟探検の楽しさに心を奪われかけるも……
これが地形図にはトンネルとして描かれているから探索したんだよという探索動機(言い訳)を頼りに、ギリギリ耐える。
オブローダーとしての道優先主義を守り抜く(笑)。
そんなこんなで……
8:38 (入洞17分後)
お外だ〜〜〜!!!
いまだかつて、こんなに縦長い坑口から外を見たことない(笑)。
鬼女洞を貫通した柏南平谷川、ついにどこか(GPS測位待ち)の地上へ出る。
洞窟探検者にはここがゴールかもしれないが、
私にとってはここからが……
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