隧道レポート 秋山郷の切明隧道(仮称) 第3回

所在地 長野県下水内郡栄村
探索日 2012.06.25
公開日 2013.06.06

隧道北口へ 水ほとばしる麗しの旧道探索



2012/6/25 8:18 《現在地》

簡易なチェーンゲートの脇をすり抜けて旧道へ。

どうせ完抜出来ない事は分かっていたが、一応少しでもペースアップ出来ればと思い、自転車を持ち込んでいる。

すると、先ほどの南側旧道に較べればだいぶマシとはいっても、日当たりの良い場所の宿命的に下草の繁茂が進んでいた。
路盤も柔らかな土の下に埋もれているようで、MTBの太いタイヤが沈み込んで漕ぎ足が非常に重い。
早くも自転車を持ち込んだ事を後悔するレベルだが、こちらは隧道までわずか400mの行程と予測されているから、力押しで頑張っても良かろう。

泣いても笑っても、この往復で決着だ。




100mほど進むと、道は再び麗しい樹林帯に入った。
南側の旧道と景色が似ており、隧道を挟んで繋がっている一連の道である事を思わせた。

なお、ここには南側には見られなかったブロックの法面工があり、その上に送水パイプが通じていた。
そしてパイプの前後には、涼しい林間をさらに清涼に感じさせる、大量の水のほとばしりがあった。




この水は、どこから来ているの?

明らかに不自然な、水の流れがあった。

地形的にも不自然で、路上に勢いよく注いでいることも不可解だ。
そして何より、水の流れの隣に苔むした階段や梯子が通じていることも、普通ではない。
加えて、送水パイプからも大量の水が、巨大なバルブを介して路上へと供給されていた。

経験上、これはおそらく地中に掘られた発電用水路隧道の余水ではないかと思ったが、
さすがに沢を遡って確かめるまではしなかった。

ただ、この確実に清らかであろう大量の水は、バルブの下に無造作に差し出された私の頭部を強烈(過ぎるほど)に冷却し、昨日と今日これまでの疲労をだいぶ軽減する効果があった。
おそらく枯れる事のないこの水は、暑い時期の探索者に至福の喜びをもたらすものだろう。





大量の清水によって心身をリセットした私は、

森の生気に充ち満ちた廃道を、さらに突き進む。


情報提供者はこの南側の旧道について、

途中で 道が細くなり ここだと言う自信が なくなり  途中で 引き返しましたが 多分そこを進めば あったようです

と述べていた。

今のところ、先行きに不安を感じるようなシーンは現れていないが、距離的にもあと200m内外で隧道に辿り着けるはずであった。

そしてもう一つ気になるのが、情報提供者を介して知らされた古老の弁である。

かなり怖い所と 言っていました

意味深なこの言葉に合致するような場面は、今のところ現れていないと思う。




8:21 《現在地》

なんて思いながら進んでいくと、やはりというべきか。

急激に道が荒れだした。


頭上を覆う森が途切れて、先行きが“明るく”なったと思えば、


そこは案の上の激藪地帯であり、

しかもそれだけでなくて、路盤が平坦じゃない!
おそらくここは、道を横断するような土砂崩れの跡らしく、道全体が崩壊斜面の一部と化していたのだった。

地図が無ければ、この直前が道の終点であったと考えても不思議ではないレベルの急変であったが、この道も隧道も現行地形図に描かれているもの。
それを信じて、黙々と前進する。



この決壊はかなり規模が大きく、断続的ではあるが既に100mほども続いていた。

そのため、自転車も途中に置き捨てざるを得なかったが、何よりも私が恐れたことは、

この連続する崩壊の中に、肝心の隧道北口が埋没してしまっているのではないか―

ということであった。

これは非常に重大な心配で、それほど路盤自体は荒れていなかった(一部の藪は深かったが)南側でも坑門は完全に埋没していたという状況であるだけに、それよりも明らかに状況が悪い北側で隧道の開口を期待するのは、そもそも難しいのではないか。

いや。

もし本当に埋没しているのならば、それはもう諦めもつくのだが(そういうことは良くある)、もっとも警戒すべき事は、このような本来の路盤が判然としない荒れ果てた状況の中で、私が僅かな開口部を見つけられずに「閉塞」と判断してしまう事。
それだけは何としても避けたかったのだ!
そして既に藪が繁茂している時期だけに、そのリスクは十分にあると思われた。

私はGPSの画面をいつになく注視しながら、慎重に地形を精査しつつ進んだ。



そして、そのような私の心配は、




杞憂という形で、報われた。




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切明隧道(仮称) 寡黙なる坑門



8:27 《現在地》

思いのほか小さな坑門が一つ、青空に切り取られた緑の下に、ぽつんと取り残されていた!

人工の物が自然へ還る時に見せる“廃美”が、かつてコンクリートという名を与えられていた石と砂の集合体によって、相当巧みに表現されていた。

この佇まいはもちろん、最悪の結末も十分覚悟していただけに、まずは開口している坑口が存在した事に、歓喜した。


小躍り。

跳ねるようにして、私は坑門前に近付く。

まだ清水に濡れたままの顔面を、ひんやりした空気が触る。

コントラストの強い闇は、見透かせない濃さを見せた。


閉塞確定状態、かつ推定全長300m超級という、

侮れぬ廃隧道の逸材が出現!! やったぞ!




事前情報によれば、この坑門は大正時代に工事用軌道を通すために建設された当初のものではなく、その後(時期は不明)に車道として改築された姿であるという。

なるほど、確かに鉄道用というよりは道路用と思える扁平に近い断面をしている。
しかし、それだけで説明出来ない奇妙さを持った坑門である。

コンクリートが二重に巻かれていたような形跡がある。

いつ、誰が、なんのため?

大正時代よりは新しいとしても、激しい経年劣化が見て取れる坑門の姿から読み取れる情報は、多くなかった。
そして肝心な扁額などの文字情報も、皆無であった。

坑門は、ただここにあるだけ。
地上と地中を隔てる門、通過地点として、そこにあるだけであった。

―来るなら来てみろ―  ということか?

立入る以外、私がこの隧道について新たな知を得る方法はないのだと、そう言わんばかりの姿だった。




浅い水溜まりが、見通せぬ暗がりへ通じている洞内。
その断面は小さく、車のすれ違いなど絶対に出来ない。
果していつ頃まで現役であったのかも分からぬが、最近でないことは明らかだろう。

そして情報提供者の予言通り、ここから出口は見通す事は出来なかった。
だが、それは線形による以前に、閉塞確定という状況が約束している事でもあった。




遂に出現した、“秘境の闇” 。

そこに待ち受けていたのは、本当の恐怖



次回はあなたがそれを見る。






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