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コメント
55,0472024-09-15 22:56:34/road/omori/main4.html [コメント一覧]10
ドキドキしながら読みました
55,0462024-09-15 22:55:30/tunnel/komoridani/main.html [コメント一覧]10
色々な廃隧道の入り口を拝見させて頂いてきたけど、排水パイプ?が埋められているのは初めて見るかも。
55,0452024-09-15 22:13:44/tunnel/komoridani/main.html [コメント一覧]10
旧道っぽい痕跡がここまで皆無、そもそも旧道自体が現道とほぼ並行してるというのは珍しいような気が
改修じゃなく新トンネルを掘る判断に至ったのも気になりますね
55,0442024-09-15 20:56:56/tunnel/komoridani/main.html [コメント一覧]10
扁額の下側、丁度年度の所にしっかりと苔がくっついているので分かりにくくなってますな。
ズームアップしてよーく見ると苔が四角になっている様に見えるので昭和二十「四」年だと思います。たぶん。
しかし、数少ない拠り所である大鑑や調査書でまちまちな表記がされていると、裏をとる為に苦労しますよね。「まあコレで良いだろ」なんて安易に記述すると凄まじいツッコミを受けてしまう(笑)
ホントにお疲れ様です。
55,0432024-09-15 20:02:54/tunnel/komoridani/main.html [コメント一覧]10
入りたくない隧道ですか…。
あの白骨に比べたらまだなんとかなりそう?
55,0422024-09-15 18:40:46/rail/ooarasawa/main3.html [コメント一覧]10
異常低水位時に浚渫を行って駅全体の遺構を明らかにできないものだろうか。
55,0412024-09-15 17:37:26/road/omori/main4.html [コメント一覧]10
秘境駅が気になり検索して飛んで来ました。臨場感のあるレポートで非常に楽しく読めました。
55,0402024-09-15 15:10:39/tunnel/komoridani/main.html [コメント一覧]10
確かに入りたくない怪しすぎる。
いつものことである。
55,0392024-09-15 14:19:07/tunnel/komoridani/main.html [コメント一覧]10
小矢部市在住の20代の者です。
普段走っている道にこういう歴史があるのを知ることができ、とても楽しく拝見さていただきました。
これからも、楽しみに待っています。
55,0382024-09-15 13:19:17/tunnel/komoridani/main.html [コメント一覧]10
外観でもう入りたくならなすぎる…
55,0372024-09-15 11:13:16/tunnel/komoridani/main.html [コメント一覧]10
扁額、苔むしてわからないですが、自分にはどちらかというと「二十九」より「二十四」に見えました。
55,0362024-09-14 23:05:06/mini/285/main3.html [コメント一覧]10
地元に縁が無ければ全く関わり合うことの無いような道ですが、そんな道にも深い歴史がある事が判り面白い記事でした。
55,0352024-09-14 22:39:47/tunnel/komoridani/main.html [コメント一覧]10
前回のレポートで気になっていたのですが、早速執筆してくださるとは…!
55,0342024-09-14 20:34:55/tunnel/tochu/main6.html [コメント一覧]10
『篏空石乳岩、隔断両戸村、両村欃咫尺、沓如隔乾坤、坤軸震将裂、狂濤吐又呑』


…それっぽく訳そうとしたけどだめだ。3文目で全くわかんなくなって4文目以降多分こんな意味的意訳↑↑ですが。 多分一文目は「乳岩(鍾乳石)の石が空に篏しい(険しい)」 二文目「両つ(二つ)の戸村(戸中と戸地だろう)は隔断(遮断)されている」。  3つ目が分からん。両村とも『欃』と僅かな距離(咫尺)?だと思うんだけど欃ってなんだ…。辞書引くと木の名前か彗星の事らしいけど分からん… 四文目「沓なり(重なり)が乾坤(天地)を隔てるように」?かな。  五文目「坤軸(けんこん。天地を支える軸)は震えで破裂しそう」? 六文目「狂濤(やばい荒波)は吐くか吞み込むかしかない」 ……あんま正しく無いかもしれんが「酷ぇな」って雰囲気だけは伝わればいいな。
55,0332024-09-14 18:22:59/rail/kudosawa/main6.html [コメント一覧]10
三富村に勤めていたことがあります。三塩軌道のことは聞いたことがありましたが、馴染みの広瀬あたりから民間軌道が伸びていたことは驚きでした。三富はとても山深い田舎の小さな村(今は市ですが)です。訪問していただけてレポートも書いてくださり、本当に嬉しかったです。これからもお体に気をつけて、探索を続けてください。
55,0322024-09-14 13:47:39/mini/285/main3.html [コメント一覧]10
不明点が多いですが、文献以外に地元の古老や郷土史家にも見分を聴けると良いですが、ドンドコ過疎化が進んで史実が闇に消えていきますね。
55,0312024-09-14 10:08:57/road/toume/main3.html [コメント一覧]10
浜当目トンネルですが、内部で変状が発生したため7月から通行止めになっているそうです。
https://www.pref.shizuoka.jp/machizukuri/doro/1064693.html
完成からまだ7年しか経っていないのにこれとは、ヨッキれんさんが書かれているようにこのエリアの環境の厳しさを再認識させられました。
またその後には台風10号の影響による大雨で東海道線が冠水するといったこともあり、以前レポートされた旧東海道線の状況も大きく変わっているかもしれません。
55,0302024-09-14 08:50:27/mini/285/main3.html [コメント一覧]10
除は昔の人の誤字?
面白いレポートをありがとうございます
55,0292024-09-14 04:53:47/mini/285/main3.html [コメント一覧]10
面白い内容でした。
55,0282024-09-14 03:34:26/tunnel/koiji/main.html [コメント一覧]10
小木石を使った恋路隧道、健在との能登町広報2024年5月号が有りました。24ページ

https://www.town.noto.lg.jp/prnoto/24/2405.pdf
55,0272024-09-14 02:25:39/mini/285/main3.html [コメント一覧]10
この区間のレポートと言ったら、これを思い出します。

http://classicmegu.g3.xrea.com/kiniikir285.html
55,0262024-09-14 01:44:13/mini/285/main3.html [コメント一覧]10
何となく隧道変遷に振り回されて接続先を見失った上に存在を忘れ去られた感
稜線使った明治古道ルートの方が理に叶っているような気もします

この道の南側にある桑山城跡、由緒調べると加賀一向一揆に繋がる話が出て興味深かったです
55,0252024-09-14 01:22:59/road/kurone/main4.html [コメント一覧]10
めちゃくちゃ面白かった....
先日サークルの合宿で島を訪れたのですが、怖くて廃トンネルの先に行く度胸が出ませんでした。こうして探検した記録が残っているのはすごく興味深いです。ありがとうございます!!
55,0242024-09-13 20:18:14/mini/285/main3.html [コメント一覧]10
地元ですが、大変面白く読ませていただきました。今後の追記も期待しています。
55,0232024-09-13 19:13:02/mini/285/main3.html [コメント一覧]10
近場なのでヨッキさんに紹介しようと思ってたけど、先を越された。
55,0222024-09-13 18:49:06/mini/285/main3.html [コメント一覧]10
面白い!でもなんでこんな道が?線形的には本来の道が災害にあった時の迂回路に見えるけど
55,0212024-09-13 17:33:40/tunnel/kuramata/main2.html [コメント一覧]10
いつも興味深い記事をありがとうございます。
本件とは関係ないのですが、
石原慎太郎著『男の粋な生き方』に以下の様な記述があります。
==========
妙高高原にあった大学の寮(一橋大学町田山寮 新潟県妙高市関川2251-9)で最初の小説「灰色の教室」を書いた。
(一橋大学3年生、1954年夏休みの)ある日目の前の妙高山に登った。(中略)
一人で登頂を果たし、(中略)へとへとになって燕温泉へたどり着き、転がりこんだ宿屋で、(中略)
この先どこまで帰るのかと聞かれ妙高高原といったら、山裾を回ってのとんでもない長道だという。
近道を聞いたらこの先に小さな山を潜るトンネルがあるが、
村の人間の手作りで時々中が崩れて塞がることがあるから止めておけといわれた。
行ってみたらいわれたとおりの手掘りらしいトンネルがあった。
周りはただの土の壁がむき出しでいかにももろそうな作りだ。
入り口で覗いてみたが中は崩れた様子はなかったが、長さ二百メートルほどのトンネルを抜ける途中、
何かで壁が崩れたらそのまま生き埋めで行方知れずとなりかねない。
トンネルの手前で暫く考えたね。時計を見るともうじき暗くなる。
そこで意を決して息を溜めた後、頭をぶつけそうな天井の低いトンネルの中を死に物狂いで走ったよ。
なんとかトンネルを抜けきってみたら、小さな尾根の向こう側は手前側よりもまだ少し明るくてほっとしたものだ。
==========
1954年当時は、燕温泉から赤倉温泉への道(妙高高原公園線<39>や<396>)はまだなくて、
関温泉から山裾(国道18号付近)を回らないと妙高高原へ行けないように感じられる記述です。
関見峠(関見トンネル(延長:57 m))付近、あるいは、
赤倉温泉スキー場、赤倉観光リゾートスキー場付近のどこかの尾根に雪中隧道があったのでしょうか。
55,0202024-09-13 17:28:54/tunnel/naganuma/main4.html [コメント一覧]10
よっきれんさんて八王子の方だったんですね笑
立川の方に下宿してるので、後で行ってみたいと思います
55,0192024-09-13 15:55:06/mini/285/main3.html [コメント一覧]10
びっくりしました。これは予想つかんわ・・・
55,0182024-09-13 15:51:56/koneta/koneta_146.html [コメント一覧]10
決定的瞬間を撮影したのが凄いです。

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