小坂森林鉄道 濁河線 第14回

公開日 2016.7.15
探索日 2013.5.03
所在地 岐阜県下呂市

新しい朝が来た、軌道の朝だ!


2013/5/3 5:46 《現在地》

おはようございます。

昨夜は買い出しに向かった高山市内で車中泊をしたが、眠った時間は4時間くらいだろうか。
朝の4時台には起きて車を運転し、昨日の朝も訪れた追分(海抜1350m)の分岐地点へやって来た。そしてそのまま自転車を車から降ろし、探索の装備を身に付ける。
明らかに寝不足で、昨日の疲れが十分に抜けていないのを自覚しているが、旅先の明るい時間はとにかく惜しくて、眠ってはいられない質なのである。
ちなみに、今回の遠征探索の中では今日が3日目の最終日だった。だから存分に燃え尽きようと思う。

予定時刻(6:00)よりも少しだけ早いが、既に辺りは十分明るいので出発しよう。




綿帽子のような雲を被った今朝の御嶽山に一礼をした後、ゲートが閉じた林道へ自転車で入った。
昨日は1時間20分もかけて歩いたこの道を、今日は自転車で一気に駆け下る。
目指すは3.5km先の「橋梁跡」(海抜1150m)だが、その前の2.8km地点にある「林道分岐」が、最初のチェックポイントである。

探索、スタート!


5:57 《現在地》

出発から僅か11分で2.8km地点の「林道分岐」に到達した。さすがは自転車!下りだけならこんなにも早い!

さて、この分岐を右に行くと、橋梁跡を経て小坂川発電所に着く。昨日歩いた道である。
対して左の道は軌道跡の終点付近に通じていると思われるので、探索後の帰路はこの道を戻ってくる予定だった。

そんなわけなので、自転車はここに置いて行こう。




6:04 《現在地》

自転車を降りて林道を歩くこと僅か7分。出発から数えても僅か18分で、軌道跡との再会を果たす。
下り坂と自転車という地球で一番相性の良い組合せのお陰で、考え得る限りの最速にて昨日の中断地点《セーブポイント》に戻って来た!

そしてここ、濁河川橋梁(仮称)跡地付近は、昨日とは逆方向の眩しい光に照らされ、沸き立つような朝特有の空気に満ちていた。そんな中で少しも変わっていないと思われるのは、間近に聞こえる川のせせらぎの音だった。

本当の意味での今日の探索はここからだが、早速にして難関がある。
橋のない地点で濁河川を渡るという難関が!



気合一閃!ザブザブーン!

昨日眺めた林道側(右岸)橋頭を今日はスルーし、気合いもろとも、一気に谷底の河中へと躍り込んだ!

その水量は源流域と思えないほどに豊富であり、昨日は最後まで濡らさず終えた登山靴を開始20分で完全に浸水させた。というか膝より下は全部水に浸かった! そして、この川の源がどんな光景であったかを思い出してみて欲しい。
ああ…、本当に水が“痛”かったぜ!!



川を渡っている最中は逆光が激しく、橋の跡はほとんどシルエットとしてしか見えなかったが、

橋桁が無いにもかかわらず架かったままになっているレール達は逆に際立って見えた。


落ちた橋の先へ向かう高揚感と、足元から強制的に送り込まれる氷水の作用が、

寝不足だった私の脳を完全に覚醒させた。同時にとても晴れ晴れとした気持ちになった。



流れを渡り切って、左岸側に立つ橋脚の元に辿り着いた。

巨大なコンクリートの土台上には丸太を組んだ橋脚が辛うじて立っており、完全に落ちてしまった橋桁に代わって、独りレールを支え続けていた。

この橋脚があるお陰で、往時の橋がどのくらいの高さであったのかを、リアルに観測することが出来る。
感覚的にも「高い橋」だが、数字にすれば河床から15mくらいはある。




あるべき場所に無くなった橋桁の一部が、川原に山積みになっていた。
既に落橋から相当の時間が経過しているのか、残骸は全体的に苔に覆われ、繰り返し洪水に晒された形跡もあった。
金属製のパーツが混在していなければ、ただの流木群と区別が付かないかもしれない。

そんな状態だけに、この残骸から架かっていた姿を想像するのは難しい。
方杖橋か、それとも木造トラスだったのか、そんな根本的な部分さえ分かりかねる。
ただ言えることは、とても大きな木橋であったという事だけだ。

なお、このレポートの最終回では、本橋の“架かっていた姿”を公開する予定である。



今までは全て逆光だったので、順光になる位置から振り返って撮影した橋の跡。

これはおそらく、上部軌道中最大の橋梁遺構だろう。本来は訪れるのが難しい大変な山奥だが、
林道があるお陰で自転車ならばあっという間に、無くても比較的安全に訪れる事が出来る。
だが、この先の軌道跡はきっと甘くはない。再びガチの廃道探索が待っていることだろう。



河床を離脱し、左岸の斜面を登り始めた。
目指すは橋台の上にある路盤の続きだ。

苔生した石積みの橋台からは、まるで透明の橋でもあるかのように整然とレールが空中に飛び出しては、先ほど下から見上げた左岸側の橋脚に架かっていた。

しかしこうして間近に見ればよく分かるが、この左岸橋脚の木造部も、よくぞ立っていられるなと思えるくらいに傷みが進んでいる。
遠くない未来に倒壊してしまうだろうし、その時には遂に空中のレールも悉く河水に浸かり、その後の増水で断ち切られてしまうことだろう。


この先を人が踏み込むのは、いつ以来だろうか。
そんな根拠の無いことを考えて悦に入った渡河を終え、踏み跡無き斜面をよじ登って辿り着いた、“新たな地平”。

もはや確信に近い程の期待を背負った“そこ”には、全く以て、期待を裏切らない光景が待っていた。

昨日、「取水堰」を目前に忽然と姿を消したレールが、濁河ではこれがデファクトスタンダードなんだとでも言うかのように、当たり前に敷かれていた。
思わず「あちょー!」と声が出た。無論これは歓喜の雄叫び。
昨日の朝に現役さながらの索道を発見した時、次に路盤跡に到達し敷かれたままのレールを見た時、それらに続いての3度目の放声となった。



6:17 《現在地》

さあレールよ、
思う存分私を誘え!



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巨巌の下に、軌道は続くよどこまでも


2日間を通じて初めて足を踏み入れた、上部軌道の左岸区間であるが、初っ端からかなりの荒れっぷりだった。
右山左谷の急斜面を路盤は横切って行くのだが、大量の落石と倒木が折り重なって障害物と化していた。
全体的に苔生しているので、斜面の崩壊は昔から連綿と続いているのだろう。
また、一帯はとてもひんやりとした日陰であり、5月だというのに小さな雪の塊が残っていた。

不思議なことに、ここのレールは3本あるが、左側の2本のレールは路盤上に存在しない。
もとは複線区間だったのが雪の重みで押し流されたのだろうか。




ぬわー!! きっついな倒木!

ここまで倒木が多いと、山歩きというより、もはやアスレチックの様相を呈している。
これはとても負荷の大きな全身運動だし、ペースも尋常で無く遅くなってしまう。
レールもどこかに散って残ってはいるのだが、もはや見る影も無い。

このようにかなり厳しめのスタートではあったが、終点までは残り2kmを切っているだろうし、今日は時間もたっぷりある。腰をじっくり据えていこう。



この大量の倒木と落石は、いったいどこからもたらされているのだろう。
そんな自然な疑問から、今いる斜面を見上げてみて、驚いた。

そこにあったのは、櫛を逆さに立てたような大懸崖。
おそらく大昔に御嶽山より流れ出た溶岩流が、濁河川に浸食された斜面なのだろう。
かなり風化していて、いかにも崩れやすそうに見える。
そして路盤が通っているのは、絶壁の下にある崖錐(崩れた岩が積み重なった斜面)であって、荒れているのも道理であった。

そしてこの崖錐と垂壁の組合せは、この後もしばしば路盤上に現れて、私に少なくない面倒をもたらした。




ジャングルジムのような倒木の山を数分かけて乗り越えると、少し路盤の状況が改善し、敷かれたままのレールが再び出現した。
大量の苔生した障害物に埋もれかけた路盤は、木々の隙間から注ぐ淡いモザイクの光に照らされ、とても幻想的で美しかった。

なお、改めて観察してみると、やはりこの一帯は複線であった。
これが待避所か、木材の積み込みのためか、その両方かはわからないが、周辺に散乱しているレールの中に分岐を構成するパーツの一部もあったので、間違いないだろう。

写真の右側が石垣に路肩を固められた路盤で、ちゃんと2本のレールが敷かれているのが見える。
対して左側の斜面には、とんでもなく太い倒木が2本並んでいるが、その上にもやはり2本のレールが乗っかっている。
これほど太い丸太(!?)を橋として利用していたとは思えないが、路盤から押し出された結果なのかもしれない。



キタァー!! 幸せだぁ〜!

レールが残っているというだけで、これほどまでに軌道跡の景色は潤沢な説得力を持つ。
これに勝る遺構はない! 敷かれたレールの発見こそ、林鉄探索における至上にして至福であると私が信じる所以である。

いやはや、日を改めたのも大正解だったな。
時間と心に余裕を持って、心の底から探索を楽しむ事が出来た。
こんなにも幸せを感じてしまったら、
もう…

も う………


ハッピーターン」を食うしかないッ!!

ハッピーな粉がたっぷりと付いた「ハッピー天国」の塊を、恍惚とした表情でむさぼり食った!!!
何でこんな喉の渇くものをオヤツとして持ち込んだのかは覚えていないが、多分食べたかったんだろう。
とりあえず…、
見たか! これが俺のハッピータイム!



直後、あっけなくハッピータイムは埋没終了。


か〜ら〜の〜



ハッピータイム再開!!

良い石垣、良い石垣、良い石垣ィ!!



かと思えば、またハッピータイムは斜面崩壊と倒木の山により強制終了。

オブローダーをぞっこんにさせる、異常に上手い飴と鞭の使い分けだ。

お陰で私は少しも退屈することなく、疲労にさえ気持ちよくなりながら、徐々に奥地へと連れて行かれた。



橋からは300mほど進んだと思しき辺りで、景色のムードが変化した。笹藪が急に深くなり、視界が急激に悪化。
> これまでの明るい疎林と巨木と岩塊からなる、いかにも山の渓谷っぽいスケールの大きな風景が、矮小な笹と土と砂が支配する、高山(の谷)的風景に。

相変わらず目を凝らせば路盤にレールは敷かれているが、これまでとは違い、ほとんど笹やその枯葉に埋もれてしまって見えない。

贅沢な感想だとは思うが、今までと較べてしまえば大いに残念と思わせる変化だった。



6:42 《現在地》

笹藪を掻き分けながら少し進むと、水の涸れた小さな谷が現れた。
軌道は少しだけそれに付き合って山側へ入った後に、反転して渡っていく。

当然そこには「橋」の存在が期待されるのだが、果たして現存はするだろうか。




う〜〜!! 惜しいッ!

この橋は、かなり「惜し」かった気がする。
ごく小さな木橋ではあるが、10年前だったら普通に架かっていたような気がする。
全体的にあらゆる部材が苔生して朽ちているが、本来あるべき場所から失われたものはなさそうで、とても静的に朽ちたようだった。

これまでも何ヶ所か、こういう「惜しい」と思える木橋があった。
そう思いながらも、しかし現実としては一度も「架かったまま」の橋は見つけられていない。
これは、私が思っているほどは実は「惜し」くも無いということなのかなぁ…。



今までテンションが上がり過ぎた反動か少しモニョっとしながらも、先に望みを繋ぐべく歩行を再開。
軌道跡は再び雑然とした笹藪に呑み込まれた。
周辺は砂地で、路盤も緩やかな傾斜に埋没している場所が多かった。

少し進むと、前方に再び小さな谷が見えてきた。
先ほどの谷よりさらに規模が小さそうだ。


?!

次の瞬間、私は見た。

胸丈の笹のアタマ越しに、“念願のそれ”が、現れたことを。



現存橋梁、出現!