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隧道レポート 新見市井倉の白谷隧道群(仮称) 中編

所在地 岡山県新見市
探索日 2026.04.22
公開日 2026.05.06

 北口を諦め、南口を探しに向かったが……


歴代地形図にたった1度しか描かれなかった、おそらく、おそろしく短命に終わったと見られる隧道。
秋田から遠路はるばる1000kmオーバーで探しに来て、現地での捜索開始から5分で呆気なく見つかったら、それはそれで“幻の隧道”らしからぬ感じがしたかも知れない。
しかし案の定というべきか、そんな腑や拍子が抜けたようなことは許されなかった。
北口、発見に至らず!

なので今度は南口を探しに行く。

最初、北口と南口のどちらを先に探すか考えたときに、北口を選んだのは、より簡単に現場へ辿り着けそうだったからだった。
南口は、石灰鉱山に近く、立入禁止の構内に属しているリスクがあった。
最悪、現場を確かめることさえ許されず、諦めざる得ないかもしれない……。

が、もはや選択の余地はなくなった。泣いても笑っても、ラストチャレンジだ。……時間的にもね。



2026/4/22 18:00 《現在地》

「現在地」の位置にある、県道50号と国道180号の交差点へやって来た。
この先の国道は以前車で通ったことがある道だが、隧道を意識しながら走るのは初めてだ。
向こうに見える切り立った岩場が、問題の隧道の在処である。

なお、前半終了後から急に25分ほど経過しているが、この間本編とは関係のない行動をしていたので省略した。(井倉駅を見てきた)



交差点附近の国道路上から対岸を撮影した。

昭和32年地形図には、この岩場を横断する道路が描かれており、途中には2本の隧道がある。
しかし、改めてこのように邪魔がない位置から観察しても、隧道も、隧道同士を繋ぐ途中の道も、全く見えない。
というか、もしもこの崖を横切る“片洞門”や、ぽっかりと口を開けた坑口があるのなら、私がたった1枚の地形図から見つけ出すよりもとっくの先に、膨大なこの国道を行き交う“目”が見つけていると思うのだ。



少し位置と角度を変えて撮影。
天工の妙を窺わせる石灰岩の恐るべき垂壁が、高梁川の黒い深淵に音もなく洗われ続けている。
この目を惹く勝景には、今日ではおそらく忘れられてしまった答瀧(もしくは答嶽)という変わった名があることを探索後に知った。

写真奥に薄緑色のタンクのようなものが見えるが、これからあそこへ向かう。
私の答えを、得るために。



国道(と県道50号の重複区間)を200m南下すると、県道50号の右折する交差点が現れる。
そして右折すると直ちに、(チェンジ後の画像)高梁川を渡る白谷橋が架かっている。
昭和49(1974)年竣工の記録を有する橋であり、隧道が描かれていた昭和32年の地形図にはなかった。
というか、そもそも当時ここに橋が架かっていたなら、問題の隧道を掘る動機はなかった気がする。



橋の上から見る、隧道擬定地――答瀧(答嶽)の全景。

差し渡し約300mの顕著な崖で、再三再四の確認にもかかわらず、依然として道路の気配はなし。



18:02 《現在地》

橋を渡ると直ちに丁字路に突き当たり、県道の順路は広い方に従って左折する。
なお、鬼女洞がある柏集落へ行くのも左折だ。だからここまでは以前も来ている。
今回は初めて右折する。右折側には大きな建物があり、外壁に「岡山県共同石灰(株)→」の表示があった。



ぐぬぬぬぬーーん……

右折すると、直ちにご覧の光景だ。
見るからに、採石場やセメント工場の構内っぽい風景である。
思わず気後れするが、おそらくここはまだ公道だ。
地形図に「園路」ではなく通常の道路として表現されているし、ストビューも入っている。

だが、奥に見える坂道は、入口に「立入禁止」の看板が見えるので、構内通路だろう……。



そして、肝心要の私が進みたい隧道擬定地への接近コースは、正直とても微妙だ…。
構内なのか外なのか、本来なら関係者に確認を取るべき所かもしれないが、18時を回ったいま、周囲はすっかり無人であり、機械音さえ聞こえなかったので、ここは自分に都合良く解釈させて貰う。わざと遅く来たんじゃ…。

ちなみに、探索前に予習していた2014年1月に撮影された唯一のストビューだと、ここはもっと“構内感”が強く、とてもじゃないが無断で隧道擬定地方向へ進めるような雰囲気じゃなかった。ラッキーじゃん!



18:03 《現在地》

うわっ! 道があるっ!!

隧道擬定地方面へ続く、崖伝いの明確な道の入口が…!

マジか………

これが、【北口で見た廃道跡】に繋がる片割れなのだとしたら、やはり両者を繋ぐ隧道は実在したのか?!

長く稼働している鉱山関連のこともあり、北口以上に現存の期待は薄いと思っていた南口だが、この先手付かずだとしたら、これは……。


直ちに突入する!




これは間違いなく道だ。

しかも思っていた以上にしっかりしている。

なぜこれが対岸から見えなかったのか不思議なくらいだが、まだ目立つ岩場の区間に入っておらず、ここは樹木でカモフラージュされているようだ。



18:03

小さな祠を発見!

謂れが分からないが、この先に待つものに関係があるかもしれない。
ただ、さほど古いものではなさそうだ。
祠の前は広場のように広くなっており、そこが道でもあるのだが、新しい轍は全くなく、砂利が敷かれた更地といった雰囲気だ。



祠の広場の先は、予想通り、廃道化。

が、これはむしろ理想的。隧道の正体は現役の鉱山施設という残念パターンが遠のいた。

そして、隧道の擬定地は極めて近い。

なぜなら、隧道無しでは絶対に越えられない崖が、真っ正面に迫っている!!



あぁぁぁぁあああ!!!




 隧道発見!!!


なんだこりゃ?!

廃道と化した道が、川縁の切り立つ岩崖に突き当たったその場所に、なぜかゴルフ練習場の打ちっぱなしブースのような設置物が置かれていた。
だが設置意図が分からない。
とてもじゃないが、このネットは“落石”からは身を守れない。

設置物は謎であるが、私にとって真に重要なのは、この半透明障害物の背後に隠しきれていない“黒い空間”だ。

恐る恐る、

自身の採点済みテスト用紙か通信簿でも捲るかのように、本当に忍びやかに、

ネット脇を回り込んで、闇の正体へ目を向ける。




18:04 《現在地》

隧道発見!!!

昭和32年版地形図だけに描かれていた、幻のような隧道は、ここに実在していた!

1000kmを越える遠路の果て、夕暮れ間際のギリギリで、辿り着いた!

私の信仰は、またしても廃道の神の寵愛を勝ち取ったらしい。強すぎる俺。有頂天不可避。



これは坑口前の全天球画像。

隧道は、シンプルに、あるべき場所に口を開けていた。
川からの高度は対岸の国道や集落のある地面とほぼ変わらない。
川岸の斜面を削ってここまで来て、いよいよ垂直に切り立った石灰岩の大岩盤にぶつかったところで脇目を振らず穴を穿っている。
自然地形と考える余地はなく、完全にゼロから人が掘った隧道だと思う。

普通の乗用車や貨物自動車が収まりそうな大きさの坑口は素掘りであった。坑門工は無い。
そのため、扁額や銘板など、隧道名などを知る手掛かりは見当たらなかった。



先に白谷橋の上で撮影した写真に坑口の位置を示した。
写真では手前の道も含めて見えないが、もし樹木の葉が落ちていれば見えるだろう。坑口も見えそうな気がするが…。

それにしても、ここから隧道が始まるとなると、果たして次に地上へ出るのはどこなのだろうか? 
この隧道が描かれていた地形図だと、100mトンネル→100m明かり区間→100mトンネルのような感じだったが、この崖に100mもの明かり区間があるとは思えない。
この部分は地形図の誤りで、1本の長い隧道ではないかという気がする。

本当の姿を確かめるためにも、隧道が入ってすぐ閉塞となっていないことを願うばかり。
まあ、既に探索済みの北口の状況的に、最終的にはどこかで塞がれてしまっているのだと思うが……。




いざ、入洞!

と同時に、

とりあえずの貫通を確認!!

あの光の見え方からして、貫通とは言っても側壁に明かり窓があるだけっぽい。

だとしても、少なくともあの光の場所まで目測70〜80m程度は続いていることが分かった。今はそれだけで十分嬉しい!

この入ってすぐに洞床に、大型車のタイヤが8本ばかり捨てられていた。
それが写真上から断面のサイズを知る手掛かりになる。
直径1m程度として、それが2本並んでほぼ幅いっぱいだから、幅員は2〜2.4m程度であろう。
また、幅と天井の高さが同じくらいに見えるので、高さも2〜2.4m程度と判断できる。



振り返る坑口。
謎の打ちっぱなしブースの存在感よ。謎過ぎる。

あと、坑口の形が歪だ。川側に無駄に広い。
もともと洞窟的な凹みがあったっぽい。石灰岩であることを考えれば、小規模な鍾乳洞だったのかもしれない。



18:05 (入洞1分後)

古タイヤを踏み越えると、もう障害物は無くなった。
素掘りの坑道が、最初から見えていた出口? 明かり窓?のある場所まで一直線に続いていた。この隧道は全体が直線である。

洞床は目の細やかな砂利で、とてもフラットに均されていた。
湿ってはいるが、水は溜まっておらず、壁も乾いている部分が多かった。
車の轍らしいものも見当たらず、もちろん枕木などもないから、実際にこのトンネルを何が通っていたのかは、見た目では分からなかった。

この整然とした断面を維持したまま光の元まで辿り着くかと思いきや、終盤に至って、予想外の変化があった。



ナンダコリャア?!

急に天井の高さが半分くらいになった!!

これは予想外過ぎて、驚いた。
出口のシルエットは、横に広いのではなく、高さがなさ過ぎるのだ。
横幅は全く変わらず、天井の高さだけが縮小している。
具体的には、縮小直前の天井の高さが3mくらいだったのが、縮小後は1.8mくらいになっていると思う。普通に歩いていても頭が付きそうだった。ここまで天井の低い道路トンネルというのは、なかなかない。



断面が変化する部分を撮影した短い動画には、注目すべきものが写っていた。

動画の2秒付近にて、天井の壁に沢山の削岩孔が打ち込まれているのが見えるだろう。
これは石灰岩の一枚岩を掘り進むために削岩機を用いていた痕跡だが、このように削岩孔が沢山打たれている部分は、本来は掘り抜かれるべきだったのだと思う。
掘削が何らかの事情で中断されたから、削岩孔が沢山残された岩盤によって断面が圧迫される結果となったのではないか。

つまり、この奇妙な断面の縮小は、工事中の何らかの事情(岩盤が想定よりも固すぎたとか、工事規模の縮小などが想定される)によって、当初の計画通りの断面で掘り抜くことが出来なかったことを示しているのではないかと私は想像している。
ありがちな、出入口両側から掘り進めてきた坑道が地中で上下にずれて接合したという施工ミスの結果だと考えるには、いささかこの断面変化は極端すぎると思う。

また最終的に施工者が、この隧道の天井の高さはこの程度で足りるものだと判断したことが、本隧道が地図上において極端に短命に終わった事に通じる重要な情報なのかもしれない。
この天井の高さでは、通れる車両は相当限定されるだろう。乗用車は通れても、荷台がある貨物車輌の大半は通れないと思う。
あるいは、人道専用として想定していたのだろうか……。



18:06 (入洞2分後)

うわ〜〜…… つらら石(鍾乳石)がいっぱいだぁ…。

極端に近くなった天井が自然と目に飛び込んでくるのだが、そこには生まれたばかりの鍾乳石たちが無数にぶら下がっていた。
この隧道が掘り抜かれているのは石灰石の岩盤であるが、石灰岩中に溶食作用で自然発生する空洞を鍾乳洞という。
鍾乳洞の壁には一度溶けた石灰岩の成分が再凝結して生じる様々な鍾乳石が観察されるのだが、これは人為的に掘られた空洞であっても当然生じうるものである。
ここは鍾乳洞ではないが、生じている鍾乳石はホンモノである。

なお、鍾乳石のうち天井から垂れてくるつらら石の成長速度は、一般的に、1cm伸びるのに30〜100年もかかるという。
ここにあるつらら石のうち長いものは2cmくらいあるので、少なくとも隧道が誕生してから60年は経過していると計算できる。
昭和32(1957)年の地形図に初めて描かれていたこととの矛盾はなさそうだ。



入洞時から見えていた“光ある場所”が目の前に迫った。

曇り空の夕暮れ時でやむを得ないが、外の光はもう薄暗い。

果たしてこれは隧道の出口や入口にカウントすべきものなのか。それとも、1本目の隧道の途中にある横穴とすべきなのか。

判断が付かないまま、鍾乳石に触れそうな低い天井を潜って、鈍い光の元へ。



 幾千本潜って、私は初めて出会った


18:06 (入洞2分後)

道は、ほんの一瞬だけ地上へ出ていた。

この超絶に短い明かり区間の長さは5mほどで、すぐにまた出て来たのと同じサイズ感を持った黒い坑口へ差し出される。



短すぎる明かり部分から見ることが出来る、縦に細長い外界の風景。

重い岩の隙間の風景に、天の岩戸のワードを自然に連想。私は今、阿哲の古き景勝地、“答瀧”の中にいる。

そして、このように狭い視界ではあっても、“見覚えのある外界”がここから見えるということは……



対岸からもここは見えているはず!!

実際、今いる場所がどこなのかは、対岸から撮影した写真の中で、すぐに絞り込むことが出来た。
というか、地中を歩いた距離や、見える地形を総合すると、候補はここしかない。
そそり立つ崖に両側を挟まれた、まるでクレバスのようなスリット部分。ここに私はいるのである!
しかし、そこはちょうど影になっていて、肉眼だと穴があるようには見えなかった。(少なくとも探索時は)



しかし、画像に処理を加えると、確かに片方の開口部は見えていた。

もっとも、ここにトンネルがあると想定していない状態からだと、これを見てもトンネルとは思わない気がする。
前後に道が見えないし、この短すぎる明かり区間自体も、崩土で全体的に斜面化しているので、道に見えない。石垣でもあれば分かりやすかっただろうが。



こんな場所だから期待していなかったが、少し待っているとGPSの測位に成功した。

現在地は……、

ちょっと突飛すぎて笑っちゃったんだが、ここだ。
めっちゃ絶壁のただ中である(笑)。
この測位成功のおかげで、1本目の隧道の長さは約90mと測定された。



地上でありながら、地下の付属物のようなこの場所で、全天球写真を撮った。

手を伸ばせば前後の坑口を同時に掴めるのではないかと錯覚するほど狭い“地上”だが、頭上は意外にも塞がってはおらず、ビルの隙間より見るような空があった。
とはいえ、どこかに抜け出せる余地はない。
驚異の壮大さを誇る自然物のただ中に、恐るべき秘やかさで、昔人の叡智と執念が辿り着いていた。
これこそが、私が道において最も好むシチュエーションだ。 堪らなかった……!

とびきりハイテンションのまま、2本目の隧道へ!



18:07 (入洞3分後)

1本目の北口と対面している、2本目の南口。
今度は入口から頭が擦りそうなほど天井が低い。1本目の北口と同じサイズ感だ。

だが、1本目の入洞時とは明確に違う所が2つあった。それに気付くのは一瞬で、私はそこに嫌な予感を持った。
一つは洞床が泥っぽいことだ。水溜まりは見えないが、明らかに泥濘んでいる。
そしてもう一つは、闇の奥に一切の光が見えていないことだ。

この時点で、貫通に黄色信号が点灯したと認識したが、とはいえ閉塞自体は覚悟の上だ。
このまま地中で閉塞を迎えるのか、もう一度くらいは地上に出る機会があるのか、行けるところまで行って確かめるスタンスに変わりはない。
突入だ!



さっそくだが、これはなんだろう?

ひとつ前の写真をもう一度見て欲しいが、なぜか左側の側壁が増し掘りされたように広がっているのが分かる。
車がすれ違うための拡幅部というには中途半端なサイズだが、落盤の結果と考えるには整いすぎているような気もする。
そんな微妙に謎な存在である“洞内の膨らみ”部分の壁を撮影したのが、この写真だ。

何かを岩の中から掘り出したようにも見える、30cm四方ほどの穴があった。
奥行きはないが、もっと大きな横穴を埋め戻した跡のような感じもある。
周囲の岩盤とは異質なズリっぽい土砂が、壁の周りに堆積しているのである。

もしここが金属鉱山や石炭鉱山だったら古い試掘跡と考えるだろうが、ここは石灰山であり、極めて近くに現役の石灰鉱山もあるが、石灰鉱山がこんなピンポイントな試掘坑を掘るというイメージは正直ない。
謎である。



ぬったら…ぬったら……

そんな歩行音が聞こえてきそうな粘土の重さを持った洞床と、頭を擦りそうな低い天井。
そして見えない出口。
強烈な圧迫感に息が詰まる。
慣れている私だから気持ちの問題なのだと分かっているが、それでも酸素が薄いような息苦しさは、楽しさに冷や水をぶっかけた。緊張してきた。

そんななか、

今度は天井に奇妙な発見が…。




頭の上に、 縦穴が……。

天井の一角(川側)から、ほぼ垂直に立ち上がる縦穴があった。

しかも、縦穴の周囲の壁は、削岩機によって作られたゴツゴツとした隧道の内壁とは明らかに異なる質感を持っていた。

まるで生き物の胎内を思わせるように滑らかな壁。しかも、そこかしこに鍾乳石が……。

それはどう見ても、人工のトンネルとして掘られたものではない、太古の空洞だった。




隧道は、地中で鍾乳洞を掘り当てていた。

これはそうとしか考えられない状況だった。

これまで、トンネルと呼ばれるものをおそらく1000本以上も潜ってきた私にとっても、これは初めての経験だった。

だが、実はこのような遭遇、石灰岩の地中においては、ままあることらしい。
例えば、観光洞として全国的に有名なあぶくま洞は、昭和44(1969)年に近くの石灰鉱山の採掘作業中に偶然発見されたものである。
また当地の井倉洞も、昭和32(1957)年頃に大理石(石灰岩)の産業資源調査中、やはり偶然に発見されたそうだ。
少しマニアックなところでは、石灰岩地帯を貫く岩手県の仙人トンネルにある塞がれた横坑の一つは鍾乳洞へ通じているというのだが、このトンネルも元は釜石鉱山の探鉱坑に由来する。

ようは、石灰岩地帯を貫くトンネルにおいて、工事中に地中で空洞を掘り当てることは珍しくない。
それほど石灰岩は空洞に満ちている。
だが、トンネルとして完成した後も、引き続き鍾乳洞を観察できるケースが極めて少ないというのが、真実に近いと思う。
私は、現象としてさほど珍しくなくても、トンネル利用者としては滅多に見ることがないものを、予期せずここで掘り当てた!

そういうことだと思う。







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