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<読者さまにお願いしたいサイト貢献>
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2026/5/10 8:16
これが5号隧道の内部である!
この隧道はとても短く、そのうえ、両坑口ともいつ塞がっても不思議ではくらい崩れている。
入って立ち上がった時点が既に全長の中間であり、そこに立ってこの全天球写真を撮ったら、洞内の全てが写った。
ここまで状態が悪い隧道となると、大抵はもう立ち入れない状況になっていて、結果的に内部を見ることもないというパターンが大半だと思われるが、今回はギリギリのギリで入れてしまったというか、入ってしまったというか、とにかく……、私が生涯最後の通行人になりそうな感じが凄くする隧道だった。
それだけに、長居は圧倒的に無用だと思った。
周りの壁や天井の至る所に亀裂があって、特に天井の太い亀裂は全長に渡っていて、隧道全体がごっそり崩れるんじゃないかという怖さがあった。
わざわざ私がいるタイミングでそれが起きることはないと信じるが、念のため、モタモタしないで早く外に出た方がいい…。
これが、私が潜り込んできた下流側の坑口だ。
本来の坑口の天井辺りの高さに残った歪な形の開口部であり、右側に見える40cm四方ほどの部分から入り込んだ。
節理に沿って割れた天井が、柱状の岩塊と分裂して、重力に負けたところからバラバラに落ちてきている。隣の岩塊との摩擦で、どの塊が先に落ちるかを競っているような状況だった。
私は、ザック、ウエストバッグ、一眼レフカメラという、嵩張る道具を全て外して細身になって潜り込んだが、それらを拾って再装着したら、すぐに脱出する。
これが、出口だ。
入口よりはいくらかマシな開口をしているが、埋没しかかっているというのは一緒だ。
土っぽいので、こちらの方が完全閉塞までのカウントは短い気がする。
すみやかに脱出!!
ふぅ……!
ムシの巣穴みたいなところから、這い出した。
いや〜〜、ここは思いのほかヤバかったな! 入る前も、入ってからも、ヤバい隧道だった。
なんとか抜け出せはしたが、今度はどんな場所に出たんだ?!
8:18 《現在地》
GPSに表示された「現在地」は、最後の隧道に入る前から、ほとんど変化してなかった。
まあ当然だな。あの短さだ。
それでも、隧道へ入る前は見えなかった領域へ足を踏み入れていた。
幸い、先ほどの場所より居心地が良い。
崩土で跡形もなく道が埋もれているのは一緒だが、地形は崖ではなく、ガレ斜面だ。
そして、これで情報にあった5本の隧道を終えたが、道自体はまだ終点ではない様子。
加藤氏は、「上流側は崩落と工事による立入制限のため、下流側は深い藪のため、この道がどこからどこへ通じているものかはわかりませんでした
」と書いていたが、ラッキーなことに今はまだ工事関係者の姿がない。今日は日曜日なので、休みなんじゃないかな?
このまま上流側へ、進めそうである。
だったら、
進もう!
ちょうど眼下の谷底に、工事用道路の終点があるようだ。
見たところ、終点の傍らに砂防ダムの建築現場がある。
最初、今いる廃道に辿り着いた時点では、道路から50mも登る必要があったが、今の比高は15mくらいまで縮まった。
ここから道へ下りて対岸に行くこともできそう。
そして相変わらず、対岸に気になる平場が見えている。
ちょうど今いる場所と同じくらいの高さだし…。
アレって、この道の続きなんじゃないか……?
8:20
岩場と崖錐斜面が接する辺りをトラバースして進む。
この足元のガレ場、最初はぜんぶ瓦礫だと思っていたが、たくさんの残雪が混じっていてひんやりとした。
滑りそうで怖かったが、前方に見える緑色の場所まで辿り着ければ、ひとまず滑落の危機からは解放されると信じ、慎重に歩みを進めた。
振り返ると、5号隧道と4号隧道が見えたが、
これで「見えている」と判断できるのは、実際に通り抜けているからだ。
そうでなければ、この道の“プロを自称”する私も、全く見える気はしなかった。
そのままさらに下流へ視線を向けると、4号隧道の背後には、1〜3号隧道によって貫かれている巨大な岩山がそそり立っていた。
現在の砂防工事用道路は、谷底にダンプが通れる広い道を強力な土木のパワーで据え付けているが、以前には針の穴のような5本の隧道によってのみ連絡されていた時代があったのだろう。
どう考えても、この雑穀谷に用事がある人は少なさそう。
少し手軽な工事用道路というものが出来るまで、外からここを訪れた人は、とても少なかったと思うのだ。
だからこそ、加藤氏が再発見して伝えるまで、隧道群は本当に忘れられていたんじゃないかと思う。
8:21
よし!
久々に路盤っぽい平らさを感じられる場所へ辿り着いた。
そして、まだ見通せない前方、すなわち谷の上流方向からは、これまでとは明らかに次元の異なる大ボリュームで水の爆ぜる音が聞こえている。
大きな落差を持つ流れが、この先にあるようだ。
―― 2分後。
めちゃシブ橋が
あらわれた!!!
8:22
凄い!橋が架かっている!!!
隧道の情報はあったが、橋は聞いてなかったぞ!
前方推定60mの位置に見えた橋は古びたコンクリート造りで、径間の異なる2種類のアーチを用いた、連続3径間の変則アーチ橋であった。
また、一番長い径間にはコンクリートの高欄が備わっており、何らかの通路として利用されることを想定した橋だと分かった。
橋の外観は、古さを全く隠そうとしていなかった。
この橋の古さは、荒廃著しい一連の隧道群と同年代のものではないかという印象を与えた。
なお、橋が跨いでいるのは雑穀谷の本流だが、橋の直下の流路は古色を帯びた石畳の床固工で保護されていた。
だが、その下流側は著しく洗底されて崩壊し、崩れた断面から全水量が滝となって放出されていた。
これが先ほどから間近に聞こえていた瀑音の正体であった。
橋について、もう一つ、ここから見て分かることがあった。
それは、橋はここより高い位置に架かっているということだ。
物凄く差があるわけではないが、おそらく5mくらい高い位置に架かっている。
この落差は、橋が隧道群がある道の構成物ではないという印象を与えた。
矛盾したこの二つの印象が、同時に私の頭に宿ったから、当然に競合が起きて悩むことになった。
しかし、いま立っているこの場所で、改めて周囲を見回すと、早速に矛盾を解く材料があった。
私が立っている場所から、周囲を見回してみる。
これは全天球画像なので、実際に見回してみてほしい。
私の前方には、片洞門のようにオーバーハングした岩場があり、その奥に雑穀谷を跨ぐアーチ橋がある。
ここまでは“既知”だ。まあ、ほんの数秒前に得た“知”だが。
次に、私の背後を見て欲しい。
いま何気なく踏み越えてきたところだが、気付かずに橋台をスルーしていた。
この橋台の存在には、いま気付いた。
さらに、私のいる場所の左の岩場にも、天然なのか人工物なのか判断に困る、意味深な凹みがある。
ここまで5本も隧道があったことを踏まえれば、この凹みが6本目の隧道の未成物ではないかという、そんな想像がどうしても生じるが…。
なお、写真に赤色で書き入れたものたちは、おそらく同じ高さ(レベル)に存在していて、黄色で書き入れた橋だけが、一段高い位置にあると思う。
色の違いはレベル差を表す意図からだ。
これが、発見された橋台の姿である。
明らかに、橋台であり、それ以外の何物でもないと思われる形状をしている。
全体がコンクリート造りで、載せられていた桁はどこにも見当たらない。
ただ、形状的に桁は木材(角材か丸太)であったと思われる。
かなり古そうに見え、前述したアーチ橋とどちらが古いのかという判断は難しいが、どちらも古そうだ。
5本の隧道からの一連の路盤上にある橋台で、この道はここから対岸へ渡っていたと考えるのが自然だろう。
路盤脇の岩場にある謎の凹み。
正体不明だ。
仮に人工地形だとしても、未成隧道とは限らない。
火薬庫など、工事中に何かを設置するために設けたものかもしれない。流石に判断材料が乏しすぎる。
念のために確認したが、既に通り過ぎたこの岩場の反対側に、対応する穴はなかった。
発見した橋台の上に立って、対岸を撮影した。
ここに橋が架かっていたのであれば、川幅的に複数の橋脚が立っていたと思うが、川の中も対岸も工事のために地形が変わっており、それらしい痕跡は全くない。
ただ、対岸の同じレベルに、先程から盛んに意識している“謎の平場”が、存在している。
橋台がここにある以上、あの平場がこの道の続きである可能性は極めて高いと考えた。
さらに橋台の下流側まで少し引き返して、撮影し直した。
橋台、対岸の平場、謎の岩の凹み、そしてアーチ橋。
これらの位置関係が分かると思う。
岩の凹みはについては、この角度からはもともと見えないので、おおよその位置であるが。
……あ、あと、バケモンがいるな………。
アーチ橋のさらに背後に、バケモンレベルの巨大な砂防ダムあるっぽいぞ…。ちょっと見えてる。
現在地の状況を改めて地図上で整理しよう。
私の足元の橋台から、対岸の平場に向けて、チェンジ後の画像に“赤破線”で書き加えたような橋が、架かっていたのではないだろうか。
一方で、少し上流のやや高い位置に架かっているアーチ橋は、元の地理院地図に水路トンネルと堰堤が重なって描かれている位置にある。
このことから、地下水路と密接な関係を持つ構造物だと判断する。
実際に堰堤として表現されている通り、アーチ橋は取水“堰”だったのかもしれない。(現在は取水機能が失われていそうだが)
ならば、地下水路の正体はなにか? というのが当然気になると思うが、
これは、地図上の水路を辿っていけば一目瞭然である。
ここからトンネルばかりの地下水路を約5km下ったところに、北陸電力の称名川発電所が待ち受けている。
私が地上で目にしているのは古ぼけたアーチ橋だが、発電所は現役であり、橋はともかく、地下に埋設された導水路トンネルは間違いなく現役だろう。
一方、地図上の水路を上流に向かうと、約1.2km先に称名川第二発電所が存在する。
厳密には、第二発電所のタービンを回した排水が、再び取水されて称名川発電所へ流れ込んでいるのである。
称名川発電所の稼働開始は昭和8(1933)年である。
それを知ったのは電波のある場所へ下山してからだが、現地探索時点でも、この発電所が相当に古いものであることは知っていた。
だから、アーチ橋の古さを見た時点で、内心では「やっぱりな」と思った。
アーチ橋が発電所の導水路関係施設であるのは、間違いないと思う。
だが気になるのは、これと私の足元にある橋台や、ここまでの隧道群の関係性だ。
歴代の地形図に一度も描かれたことがないという理由から、短期間しか使われなかった工事用施設という想定をしていた隧道群の正体は、ずばり、称名川発電所の導水路工事用だと思う。
この推測が正しければ、アーチ橋と隧道群は当然無関係ではないのである。
完成した水路の一部と、その水路を作るための工事用道路という深い関係性があり、おおよそ同年代のものということになる。
自分の推理が正しいかを確かめるためにも、引き続き探索を続行する!
まずはこのままアーチ橋を目指すぞ!
8:25
橋台があった地点から、対岸へ行かずそのまま右岸を進む道は、確かにあった。
その証拠に、ちゃんと平場が続いていて、さらには遠方からも見えていた片洞門が、まさしく進路上に現れた!
片洞門の向こうには、一層と近づいたアーチ橋が見えており、明らかに一段高い位置にあるというのも分かる。
ここにアーチ橋へ迫る道があることも、水路の工事用道路であれば、さもありなんだ。
アーチ橋の建設現場へは当然行く必要があったはずだから。
橋台のところで分岐していたのだろう。
アーチ橋まで、あと30mくらいだ!
ぐわっ!
目前に現れた片洞門に、私は立ち入ることが許されなかった。
なんと間の悪いことに、片洞門の入口(すなわち一つ前の写真の私の足元)にクレバス状の深い谷があり、橋が架かっていた橋台という明確な痕跡も足元にあるのだが、肝心の渡るべき桁がなく、スッパリと切れ落ち過ぎていて迂回も出来なかった。
ここまで耐え進んで来た雑穀谷の右岸は、敢えなく、前進不能になってしまったのである。
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