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コメント
10,1812012-07-18 03:00:19/tunnel/kuki/main5.html [コメント一覧]9
(´Д`)ノ久々に読みましたよー
歴史の発掘お見事でした。たくさんの協力者さんがいるのも山行がさんの実力のひとつですね。
10,1802012-07-17 22:05:45/road/r148_simodera/main4.html [コメント一覧]10
平成4年と平成8年に東京多摩地区から富山県に行くのに2度通過したことがあります。その間に災害があったのですね。2回目の平成8年に通過したときにこの場所かどうかは判りませんでしたが「道が新しくなっている」と思った場所が有ることを覚えています。今は上信越道が全線開通しているので、この道を利用することはなくなりました。仕事でなければ上信越道よりこちらの道が楽しそうです。
10,1792012-07-17 18:49:21/road/miyama/main2.html [コメント一覧]10
レポを読みながら思わずクスクスしました。勿論ヨッキれんさんのレポが可笑しいわけではなく、あの布教活動にです。なにか途方もない無駄な努力を感じてしまった。さて読者としては危険なことはしないでと願いながら、でも危険な場面ほど面白いと思う、まことに自分ながら身勝手というしかありません。今後のレポに期待しながらヨッキれんさんの無事な帰還を祈ります。これは断じて宗教活動ではありませんよ(^^
10,1782012-07-17 12:09:58/tunnel/kusagi/main7.html [コメント一覧]8
おもしろかったのですが、廃道ならともかく管理された避難通路に進入するのはいかがなものかと思います。
非常時の避難路ですから照明が点灯するのは当然ですが
自動で消灯することは避難終了を確認するまであり得ないことが容易に想像されます。
つまり、管理者が照明点灯イコール有事と判断しトンネルへ急行した可能性もあるわけです。
あれだけの設備ですから、何かしらのテレメータ通信回線があってもおかしくなく、それに付随する監視カメラもあったのではないでしょうか。
その映像があったとしてどう扱うかは管理者次第ですが。
10,1772012-07-17 02:20:24/road/r135_tomoro/main8.html [コメント一覧]10
知らないことだらけですごいおもしろかった!
ちな地元民
10,1762012-07-16 23:14:07/road/yamadera/main2.html [コメント一覧]10
今日行ってきたんですが、この話を知っていたら、もっと楽しめたと思います。残念。というか、滑り台計画、再チャレンジしてほしいw
10,1752012-07-16 16:19:25/road/shimizu2/main12.html [コメント一覧]10
 非常におもしろく読ませていただきました。自分がその現場にいるような気分にさせられる、惹きつけて放さない臨場感に、夜が明けたのも知らず読み入っていました。

 清水国道は30数年ほども前、谷川岳幽の沢までは三,四回あるのですが、この夏又は秋にその続きをと考えて、(もちろん、一般ハイカー用の清水峠越えルートですけれど。)当サイトを見ました。
 あなた方のようなフロンティアスピリッツの「冒険野郎たち」にであって、今夜は祝杯を挙げないわけにはいけない。実際の探検行もさることながら、検証の確認作業の深さも尋常じゃない。すばらしい!
 秋田だったら津軽「語」の『モツケ』者なることばを知っているでしょうか。『モツケ』は突破行動者!、『モツケ』は最先端!、『モツケ』は異端児!。『モツケ』は異端、先端を実践する者たちのノーベル賞称号です。あなた方は最高の『モツケ』者たちです。じつにたのもしい。
(しょうがいモツケめざし_くどう)
 
10,1742012-07-16 08:11:07/tunnel/imokoma/main3.html [コメント一覧]8
雪深い山地で学校へ通う為のトンネルとは
胸熱ですなぁ
10,1732012-07-16 03:13:32/koneta/koneta_120_7.html [コメント一覧]10
うーむ、くしくも、この先十数年?数十年?数百年??は辿ることのできない道を辿っていたのですね。
コトが起きる前の現地の状況を記録した貴重なものであるとも思うので、ぜひとも、続編を公開して欲しいとおもいます(どうせならば、通常の道レポートに格上げしてもよいかと・・・)。
10,1722012-07-15 23:45:11/road/ipr248/main3.html [コメント一覧]10
スリルがあり、楽しく見る事が出来ました。お疲れ様でした。
10,1712012-07-15 20:35:02/rail/moriyosi5/main9.html [コメント一覧]10
今ではすっかり大御所のよっきれんのパートナー的存在、「ミリンダ細田氏」の登場はこのレポが初めてなのですね。
みんな、若い!この時は、永遠のパートナーとなることすら微塵にも思ってなかっただろうに・・。
10,1702012-07-15 20:09:13/rail/moriyosi4/main9.html [コメント一覧]10
このときのレポートみたいに、MOWSONの時間を長く取ってくれ〜かなり面白いぞ!
10,1692012-07-15 19:36:40/tunnel/kutino/main4.html [コメント一覧]9
文中、鉄柵で塞がれた縦横2mほどの正方形の穴、謎の横穴の痕跡と記載された穴は他にも沢山存在しています。太平洋戦争末期、伊豆特攻基地として人間魚雷「回天」・特殊潜航艇「海竜/蛟竜」・特攻艇「震洋」が配備された壕址です。現沼津マリーナは第一五突撃隊基地の静浦ドッグでした。口野には「嵐部隊」(特攻隊)の本部がありました。
10,1672012-07-15 00:59:28/tunnel/totiori/main3.html [コメント一覧]9
久しぶりにサイト見まして、この記事を読みましたが少しドキドキ恐怖感もありとても楽しめました。完全に閉塞ではなかったのが良かった点です。歴史についてもなるほどと思え気持ちのいい終わり方。しかも貫通間近というところで得体の知れない、プラントに生えた植物にやられました。この植物が何なのか調べてもらえれば満点でした。まあそういう湿った場所で成長する植物で変なものではないと思いますけれど、ブルーシートの向こうで育てている(?)のがなんだかすごく怪しい感じがしていいですね!
10,1662012-07-14 00:32:42/koneta/koneta_172_2.html [コメント一覧]10
西伊豆町の隣の松崎町の住人です。
橋の下がコンクリ詰めは知りませんでした!びっくり!
撤去されたベルトコンベアの山側の付け根から採石場までトンネルがくりぬかれていたみたいです。もう桟橋撤去と同時に埋め戻されているとは思いますが。
10,1652012-07-13 21:26:55/road/fpr53/main2.html [コメント一覧]8
明治の中頃まで、この先に銀山があって、この道は大変賑わってたそうです。
10,1642012-07-13 18:07:54/tunnel/imokoma/main3.html [コメント一覧]9
小松倉と芋川の今の関係はどんなものでしょうね。
10,1632012-07-13 09:06:12/road/omori/main4.html [コメント一覧]10
寸又峡の立てこもり事件の後、私も興味本位に遊びに行ったことがある。ヨッキれんさんのレポを見て、昔を思い出し6月末に再訪した。サイクリングと温泉が主で、ヨッキれんさんがあの辺を探索されていたと思うと旅はより興味深くなりましたよ。
10,1622012-07-13 05:59:11/rail/kido/main2.html [コメント一覧]10
木戸川森林鉄道沿線には妖怪が絶対に棲んで居ますねぇwww 写りこんでいたりしません?
10,1612012-07-12 23:23:58/road/morimo/main13.html [コメント一覧]10
私は現在56歳になりますが、子供のころから廃村になる18歳くらいまで森茂に住んでいました。大変懐かしく拝見できましたが、大洪水と朽ち果てたすべての景色に涙がとまりませんでした、あなたの勇気と行動力には頭が下がる思いです。お体に気お付けて今後も活躍していただきたいと思います。
10,1602012-07-12 22:10:01/rail/kido/main2.html [コメント一覧]9
階段の行き先が気になります。林鉄と関係なさそうだし、時間と体力を考えるとスルーも当然なのはわかりますが、今後のアプローチに使えるのならば、階段の行き先も貪欲に調べ尽くしたいと思ってしまうのは僕だけ?新しそうな階段に探索当時のプリキュア。最近人が入ってることは間違いないんで、誰が何のために・・・気になってしまいます。
10,1592012-07-12 13:44:37/tunnel/9gou/main3.html [コメント一覧]10
キタァァァァァァw(^n^)/
10,1582012-07-11 15:17:39/koneta/koneta_166.html [コメント一覧]10
テレビ、見たかったです。
10,1572012-07-11 14:36:13/rail/nisizawa/main6.html [コメント一覧]10
昔甲武信を登り国師岳の天狗尾根を下りて、林道を伝い林鉄跡にたどり着いたことがあります。尾根を下る途中で道に迷ってしまい早く帰りたい一心から遊歩道だけを目指しました。林鉄跡の所では空中に漂うレールにしがみつき川を渡った苦い思い出しか残っていません。ヨッキれんさんは丹念に調べ克明な記事と写真を残されています。お陰であの時の怖さと無事帰れた喜びを思い出し、私の見逃した事物を知ることができました。
10,1562012-07-11 13:59:18/tunnel/imokoma/main3.html [コメント一覧]10
芋川分離合併にまつわる考察、おもしろい。
昔の日本はいろんな意味で教育・文化に熱心だったんだね。
そのおかげで今の日本がある・・・・当時に比べて現代日本人にかけているのは何か?を考えたよ・・・私的には熱意・・・私的ではない熱意。 そんな事まで考えてしまったレポートありがとう。
10,1552012-07-10 20:22:20/road/ipr248/main3.html [コメント一覧]9
もう少しで完成なのにね・・・もったいない。
10,1542012-07-10 17:24:09/road/bansei2/main3.html [コメント一覧]10
ここを読むのは2回目ですが感動は変わりません。遂道の上の隙間は三島が作ったのではないかと想像します。石垣の石一つにも職人の魂がありますね。本当に素晴らしい。
10,1532012-07-10 08:37:14/road/nagawado/main5.html [コメント一覧]10
これは勇気ではなく蛮勇です。とにかく怪我もなく命があったので最高点です。
10,1522012-07-09 22:20:51/rail/miyama/main6.html [コメント一覧]10
死なないように
10,1512012-07-09 17:21:51/tunnel/totiori/main3.html [コメント一覧]10
昨日、初めて白川郷から牛首林道を通り抜けて富山県に出、偶然この隧道に遭遇いたしました。険しい峠道に口を開ける佇まいには、直感的に恐怖を覚えました。帰って検索したところ貴サイトにたどり着き、その旺盛な好奇心と行動力だけでなく村の歴史をひもといて、隧道を見かけた者の疑問符を次々に解消してくださるサイトを読み進めるにつれ、当時の村民の逞しい息づかいが、今になってあの坑口から聞こえてくるかのようです。感服いたしました。”千束の大岩”なる史跡(?)も、廃校して土木工事作業員の事務所になっている小学校の分校など、非常に味わい深い地域でした。

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