2018/5/24 13:30 (航海開始2分後) 《現在地》
雄冬岬旧道へ向かっての航海をスタートした!!
直前の出航地点から、雄冬岬旧道の南端付近までの距離は、海上を最短距離で進んだ場合で、約3kmである。
ほとんど処女航海にも近い状態で、この距離というのが長いのか短いのか全然分からないが、私にとって冒険的な行為だという自覚はあった。
いま進行方向に見えているいちばん遠い陸地は、ゴツゴツとした岩の岬だが、地形図によると、あれが「ガマタ」の岬だと思う。
トンネル名にもなっている「ガマタ」が、特定の岬を指しているのか、付近の海岸一帯を指しているのか、よく分からないが、地形図にはあの岬の辺りに「ガマタ」の注記がある。
そして、あの岬を回り込むと、間もなく目指す雄冬岬旧道があるようだ。
海上は遮るものがないので、なんとなく近くに見えるが、地図によれば岬までで約2.5kmはある。
したがって、当分はあの岬を目指し続ける航海になるだろうが、順調に行ってどのくらいの時間がかかるのか、経験不足のため見当が付かなかった……。
13:32 (航海開始4分後)
千代志別川の河口前の海を横切って、北上する。
ここから先は、早くも“初めての海”だ。
河口の周りに置かれた波消しブロックの上から、沢山のカモメらしき海鳥が、こちらを見ていた。
「なんだありゃ?」
たぶん見慣れてはいないだろう鮮やかなレモンイエローのカヤックに、何かを思っただろうか。微動だにしなかったので、少なくとも美味しそうには見えなかったのだろうが。
13:34 (航海開始6分後)
海の上、それも沿岸にこんなに近い所から見る陸の眺めは、何でもかんでも新鮮に見える。
行程としては、午前中の偵察で自転車を走らせた部分をなぞっているだけだが、陸の道(それも大半はトンネル)と海の上では、隣り合う場所の眺めでも全く違っている。
まあ、さすがにそれは当たり前過ぎるか。
いま見ているのは、全長346mの千代志別トンネルが貫いている無名の岬である。
この岬を初めて通過した車道は、昭和52年完成の同トンネルということになっているが、海上から見ると、岬の手前辺りまで石垣で海側を固められた道があるように見える。
千代志別トンネル建設以前にも雄冬方面を目指した道路の建設が試みられたことがあったりして、その名残だったら面白いと思ったが、正体は不明だ。そもそも道でもないかも知れないが。
――7分経過――
13:41 (航海開始13分後) 《現在地》
海から見る道路劇場、私の心の大喝采の中で順調に進行中!
千代志別トンネルを通り抜け、次のガマタトンネルまで約300m続く千代志別覆道区間に差し掛かった。
私が“あそこ”に居たときから110分が経過していたが、さっきは誰もいなかった現場で、大勢の作業員たちが重機を動かして仕事をしているのが見えた。
一応、目に見えるだけは前に進んだということで、ここまでの進行ペースを振り返ってみたい。
出航から13分間で600mほど進んでいた。
この間はほとんど手を止めず、汗ばむくらいの運動量で漕いでいたが、時速にすると2.7kmくらいか。
……思っていたよりは、ちょっと遅いかな…。
秋田市の雄物川河口で練習したときは、だいたい時速3〜4kmだったと思うのだが、やはり今日は逆風が原因だと思う。
幸い、漕ぎ進めないような感じはしないが、やはり平地を歩いたり自転車で走るほど楽ではないな。
それに、本当の本番は、この陸の覆道が尽きてからだ。
13:46 (航海開始18分後)
千代志別覆道の終わり、すなわち、ガマタトンネルの始まりに最接近している。
ここを過ぎると、全長2060mのガマタトンネルが明けるまで、陸に人工物は現われないと思われる。
(もし何かの人工物を見つけたら、それは驚きだ)
陸に道路がない、もっといえば、この間は上陸できる地形がない可能性が高い。
その意味は、言うまでもないと思う。
逃げ場のない状況になった。
昔から船乗りが命がけであることの常套句として、「板子一枚下は地獄」なんて言葉があって、聞いたことがある人も多いと思うが、私のカヤックなんて“板子”ですらない。ビニールの浮き輪で海に浮かんでいるのとさほど変わらない状況だ。大量のウニを投げつけられただけで沈んじゃうだろう。
とはいえ、インフレータブルカヤックでなければ、気軽に持ち運んで好きな場所から出航するなんて真似は難しいし、空気を入れる構造上、通常のカヤックよりも圧倒的に浮力が勝るから、風に弱いが波には強い(転覆しづらい)という私のような初心者にうってつけの強みもある。
その強みを遺憾なく発揮していただいて、この寄る辺なき残り2km強の航海をなんとか事故なく通過したいし、そうするために全力を尽す!
――14分後――
14:00 (航海開始32分後) 《現在地》
歯を見せず、黙々と進んでおります!
いまは出航地点から約1.5km、すなわち予定航路の中間付近にいる。
目の前の近くに見える岬が、地形図に標高46mの「写真測量による標高点」がある無名の岬だと思う。
相変わらず最遠視認の陸地は「ガマタ」の岬であり続けているが、その三角形のシルエットがより鮮明に見えるようになってきた。あの岬までだと、あと1kmくらいだ。
陸に道路があろうが、なかろうが、上陸できる場所があろうが、なかろうが、今のところは問題なく進んでいる。
そりゃそうだ。そうでなけりゃ、船なんて何の役にも立たない。
しかし、ゴム紐1本だけで吊り下げられたエレベーターに乗っているような、穏やかではない緊張感がある。
冒険心が満たされる楽しさや、スリルが満たされる嬉しさはあるが、早く安全な場所に辿り着きたい気持ちは、その何倍もあった。
14:01 (航海開始33分後)
標高点のある岬を回り込む場面では、岸壁から20mくらいの至近距離を通過した。そこから岬を見上げて撮影したのがこの写真だ。
比較対象物が白ごまのように点々と岩場に留まっているカモメしかいないので、スケール感が分かりづらいと思うが、海抜ゼロから見上げる海抜46mの直崖は、回す首が重くなる迫力だった。
あと、切り立った岸の近くを通ると、波が強調されてドキドキした。
この日は、おそらく風速5mくらいの逆風はあったが、波は穏やかで、気象発表で使われる数字を使えば、波高60cmとかそのくらいだと思う。
穏やかな海なのだが、とはいえ身体のスケール感覚では、60cmを数秒のうちに上下するのは結構な動揺だと思わないだろうか。
実際そうである。60cmも波が上下している状況で上陸できる地形というのは、かなり限られるし、岩岸などはカヤックで接近するだけでも衝突転覆の危険があると思う。
14:06 (航海開始38分後)
もうずっと1kmくらい、海岸に上陸のできそうな地形を見ていない。
浜といえるものがなく、海面下もどのくらいの深さまで直立しているのか見当が付かない、そんな感じの灰色の岩壁が、うねるように続いている。
古い火山の集合である暑寒別連峰のマグマの骨肉が、海に直に触れていると判断した。そりゃあ険しくもなるよな。
所々には奥行きの知れぬ海蝕洞が口を開けていた。
ただただ禍しく恐ろしく、近づいてみようなどとは全く思わなかったが、もちろん“道ありき”とはいえ5年後の私は、同じ船でこういうのに入っていくのだから、成長もするものだ(笑)。
14:10 (航海開始42分後)
全天球画像だと、なんとも穏やかで解放的な船旅と見えるだろうか?
それとも、体を囲む生存領域の狭さに息苦しさを感じるだろうか?
そのどちらも私の実感だったが、普段は陸で道の雁字搦めに苦しむ宿命の私(喜びと苦しみは表裏一体)が、最終的には、これに“どハマり”する。
14:11 (航海開始42分後) 《現在地》
未だ視界の果てであり続けている、三角形のガマタの岬が、いよいよ近づいてきた。
おそらく岬を回るところまであと300mくらいだ(出航地から2.2km地点付近)。
まだ全く道は見えないが、岬の手前は、これまでの衝立のような切岸一辺倒ではない、かなり複雑な地形をしているようだ。
地形図でも分かるが、手前にも鋸歯状の小さな岬がいくつか出入りしており、
岬の沖には小さな岩の離れ島がいくつか見える。
岬の付け根の辺りは岸の近くまで緑が見え、もしかしたら上陸できる余地があるかもしれない(するとは言っていない)。
それに、岬の手前には細い滝が海面に直に落ちているのも見えている。
美しい風景だと思うし、こうして海からしか見られないものを見ていることが誇らしかったが、
ここに来て一つ、重大な、状況の悪化を認識していた。
14:15 (航海開始46分後)
なんでわざわざ、作り話でもないのにそうなるのかが不思議だが、
逆風が強まっています!
いや、フィクションだったらそうあるべきでしょうね?
このままゆっくりとはいえ安定のペースでゴールへ辿り着きましたでは、盛り上がりに欠けるなんて思う人が居るでしょうよ。
……実際のところは、「ゴム一枚下は地獄」を膚で感じながらの1時間に迫ろうという未経験の長時間航海で、読者の盛り上がりを心配する余裕なんて全くないくらい、スリルと疲労に興奮していたが…。
14:17 (航海開始48分後)
しかしここにはリアルに、風と、それに伴う風波が強まる、理由があった。
明白に、地形がそうさせていた。
海の経験が浅かったから仕方はなかったんだが、こんなのは当たり前すぎた。
だってここ、かつて船乗りにたちに恐れられた、かの“西蝦夷三険岬”ぞ……。
それ以外の説明が要らないくらいじゃないか……。この事実。
14:19 (航海開始48分後)
雄冬岬が船乗りたちに恐れられた理由は、進行方向が異なる二つ以上の波が重なり合って出来る三角波が起こりやすい地形にあった。
南は石狩湾、北は日本海、どちらも単調で広大な海岸線があり、それぞれを支配する大きな波が、この岬の一帯でぶつかり合うことが多かった。
大きな船でも忽ちに沈めてしまうこともある三角波だが、幸いにして空気で浮かんでいるカヤックが沈められる危険はまずない。
それは大丈夫だが、単純に岬の先端へ近づいたために、これまである程度は地形に遮られていた逆風と、もろに向き合うことになったのが、風に弱いカヤックにとっての最大の苦しみだった。
沈みはしないが、押し返される!!! マジで!
いま、鋸歯状に並んだ岬の一つを超えた。
少しでも波と風の弱いところを通りたくて、沖岩の隙間を通過したところだ。
そして先を見ると……
越えるべき岬が、あと二つ!!
写真だと地形が重なり合って分かりづらいので、チェンジ後の画像で色分けをしてみたが……
最後に越えなければならないガマタの岬が、思いのほか沖まで船を迂回させなければ越せない地形をしていて、吐き気がした!!
あの岬の突端に吹いているであろう、何ものにも遮られない逆風に、私の腕力は耐えられるだろうか。
この場所でさえ、黙っていると目に見える速度で押し返されるのである。
しかし、沖へ出たくないからと、あまりインカットを攻めすぎて、船を岸にぶつけたら致命的だ。
こんなところでパンクしたら、とりあえず自力生還は不可能になる(幸いauの電波はあった)。
あと、地味にここで初めてガマタの岬よりも奥にある地形の一部が見えたのだが(赤線部分)、目指す旧道は、あの下の岸にあると思う。
さあ気張れ! ここが正念場ぞ!!
腕力で乗り切ってみろ!!
14:26 (航海開始55分後)
マ〜〜〜〜ジデキチ〜〜〜!!!
7分かかって、手前の岬をようやく越えた。
この前方の岩礁がある岬が、最後のガマタだッ!! つうか、ガマタってナンダッ!!
もうここまで来たら、ナニガナンデモダッッ!!!
14:29 (航海開始58分後)
まだ、岬を越えたか越えないかの所にいて、周りの海面は河のように流れているが……
見えッ
見えた国道。
2018/5/24 12:29 (航海開始58分後) 《現在地》
前回出航から58分後、ついにターゲットである旧道の一部を視認した!!!
まだだいぶ遠いが、確かに見える。
巨大な岩の壁の海岸線に低くへばり付く、羅城の如き人工物の列が!
そこに動く車の姿はない! 廃道だ!!
(……それと、トンネルが、開いたままのように見えるのだが……本当だろうか……?)
現在地は出航地点から約2.5km離れたガマタの岬の先端の海上で、目指す旧道の最も近い南寄りの部分(見えている部分)までは残り500mくらいである。
一切の人工物を見ることができない領域を突破して、ここに明確なゴールを目視したことは、海上吹きすさぶ強烈な逆風によって体と船だけでなく意志を破壊されつつあった私に、千人力の勇気を与えてくれた。
精神論だけではない!
岬を巡り、この後は次第に陸地へと近づいていける航程だ。
今より海が悪くなることはないと思う。そんなことは、あっちゃいけないはずだ!
元気百倍! 漕進続行だ!
14:48 (航海開始77分後)
「 峠は越えました。 」
みたいな感じで岬を回り込むことに成功したシーンを発表した後だが、それから20分近く経過してもまだ、私は海上で激しい逆風と戦っていた。
結局のところ、ガマタを過ぎても逆風に対する私の進路はさほど有利にならず、むしろ遠い陸を正面に目指す直進航路は、なかなか進んでいる実感がなくて苦しかった。
そういう意味でも、最後の500mが本当に長く感じた。
ここで初めて、慣れない手漕ぎ動作の長時間継続で傷みを覚え始めた両腕を休めるために、パドルを下ろして動画を回した。
逆風が強くなって以来、漕ぐのをやめると途端に凄い勢いで戻されるので、動画は撮っていなかったのである。
耳障りな風の音に、風波に忙しなく揺らされる船体、そして……、陸地に取り残されたような錆色の廃道の姿。
この場面の立体的な情景を、共有したい。
……にしてもだ
タンパケトンネル、開口しているよなぁ……。
鬼の目にも涙ではないが、あの“廃トンネル絶対塞ぐマン”である開発局が、ここだけは塞がずに残してくれたんだろうか……?
訪れるのが大変すぎるからって???
そんなことあるのかなぁ……。
これは、開いているように見えるだけで、奥で塞がってるかもしれないもんな!
いま見えているのは、構造的には覆道部分の坑口だ。
その奥の本当のトンネルの部分が塞がれているなんてことが、あるのかもしれない。
ぬか喜びってのは、普通のがっかりよりも心を深く傷付けるものだから、避けなければならない。
そんな心の防衛反応が、私の喜びたい気持ちに歯止めをかけていた。
(かつて、私とトリさんが二人で「数坂隧道」を発見したときに、確信を得られるその瞬間までトリさんがうわごとのように唱えていたのを覚えている。「あれは隧道じゃないよ…違うんだよ……」って(笑))
14:51 (航海開始80分後)
いよいよ、ようやく、やっと!
上陸場所を探せるくらいまで、近づいてきた。
左がタンパケトンネル、右がガマタトンネルである。
タンパケトンネルが潜っている筋骨隆々の感じの岬の向こう側にも、まだ見えない雄冬岬トンネルまで一連の旧道が続いている。
一連の旧道の全長は1.4kmほどであり、うちトンネル外の長さは800mくらいだろう。
船でしか到達の出来ない、他の道路網から孤立した一連の廃道としては、北海道内最大の規模ではないかと思う。
14:52 (航海開始81分後)
上陸目標地点を目の前の磯浜に決定!
とりあえず、ガマタトンネルとタンパケトンネルに挟まれた約200mの明り区間の前面は大量の波消しブロックの牙城で完全に防備されており、船を着けられる余地がないので、そこから少しだけ南に外れた自然の海岸線に船を着けることにした。
そういう場所があってくれて、助かった!
しかも、そこが私の進行方向上では最も手前側に位置しているのもありがたかった。
さすがに、もう早く上陸したくて仕方がないのである!
それは探索という意味だけでなく、「ゴム一枚下は地獄」の痛いほどの緊張感から一時的でも逃れたかった。
ただ今より、雄冬岬旧道近傍海岸へと上陸する!
総員衝撃に備えッ………………
14:55 (海上84分経過) 《現在地》
上陸成功!
「いったいこの場所に人類が辿り着いたのは、いつ以来だろうか?」
……なんて“大仰”なことを書きたくなるが、
それは、平成28(2016)年1月19日(火)午前7時以来であるから、
2年と126日と8時間後だった。
それしか、経っていなかった!
むしろ、廃道になってから、こんなに時間が経っていない道を探索することが、稀である。
この時間が、ここまでして辿り着くだけの価値ある“隔絶”であるかという問いの答えは人それぞれだろう。
でも、私は辿り着いて、見てみたかった。
それだけだ。
この今のシチュエーション、
想えば想うほど、心躍るものがある!
上陸作戦に心躍らぬ男がいるだろうか(いやいない)。
3kmの航路を渡って、他のどことも繋がっていない陸地に辿り着いたのだ。
これは北海道本土の探索でありながら、実質的には無人島――かつて文明が栄えた――の探索のようだよ。
このシチュやばい。(←語彙死亡)
上陸した場所は、カヤックにとって理想的な玉石の礫浜で、天気も良くて最高の気分だった。
80分以上ぶりに足を動かして地面に立つのは、本当に血の通った嬉しさがあった。
パドルを投げ出した両腕は、正直もう負傷に近いのではないかと思うほど、疲労でプルップルだった。(帰りは順風なはずだからね……大丈夫だよたぶん…)
空気が詰まった柔らかい船体を尖った岩で擦らないように気をつけながら陸揚げしてから、陸上探索の身なりに変わる。
当たり前だがチャリは無いから、ここからは歩きだ。
ばっちり準備が出来たのは、上陸から10分後だった。
15:04
陸上での探索を開始。
上陸地点から最寄りの道路構造物は、ガマタトンネル北口の覆道部分であり、50mくらいの至近にあったが、実際に路面に立ち入るためには、さらに50mは歩かないといけないだろう。
まあ、もう何も苦ではないが。
うひょうひょしながら、自然のままの礫浜を進んでいく。
15:06
覆道部分の側面に近寄ると、海岸は波消しブロックに支配された。
また、覆道の上部には大量の盛土がなされていた。
ガマタトンネルも、あの豊浜トンネル崩落事故現場に近い条件にあるということで、それを理由に役目を追われることになったが、幸運にも、最後の日まで圧壊する目に遭わず、そのままさらに2年間以上を人の手を離れて生存している(ように見える)。
15:09
あ…。
さすがに、何とかなるとは思うが、
というか絶対に何とかしなきゃならないが!
予想以上の防波堤の高さと抜け目のなさに驚いている。
徒手空拳で登るには、シンプルに高けぇ……。
む−−−……
この写真だと目の前の防波堤の縁に手が届きそうだが、手前にある波消しブロックの上に立っているからそう見えるだけで、実際は助走もなく跳ね移ることは無理だ。
誰か親切な先行者が、梯子を立てたりもしてないよなぁ……。
ここまで来たのに! これ以上私を拒まなくてもいいじゃないか〜〜。
あっ!
これは、シメシメだぞ……。
ランダムな感じで転がっている波消しブロックの上を渡るという釣り人伝授の“禁断技”(世間でよく行われているが実際に多数の死亡事故が起きている危険行為だ)を駆使して、高さ5mくらいある防波堤の天端まで小ジャンプ1発で到達が出来る“ポイントX”に到達した。
直前の激しいアスレチック運動でカメラのレンズフードがズレてしまい、その影が写り込んだミスショットになった。
この直後、小ジャンプにも成功して、 ついに…
15:12 《現在地》
ガマタトンネル北口を初視認!
こっちも開口しているッ!!!
……これはマジで開発局に仏心が出た?
つうか、景色すげーなここも。
屏風みてーな岩壁の下に、ただ一直線の道があるだけ。脇道も膨らみも一切ない感じ。
地上にありながら、地形との交渉がひどく空虚な印象。
まあ、本当にトンネルだけになってしまった現道と比べれば、これでもよほどネットリとした肉体関係だが…。(変な感覚的な喩えをしてゴメンネ)
たまたま、私が飛び移った地点の足元に、「3級基準点 札幌開発建設部」などの文字が刻まれた円い金属プレートが埋め込まれていた。
防波堤ごと道路敷の一部であるようだ。
あと、この円いプレートの隣に、同じくらい円いシルエットのカサガイがいた。
私も詳しいわけではないが、この動かなそうな姿の貝は、夜になると積極的に海水のあるところへ移動して海藻などを食べ、明るくなると毎回同じ場所に帰ってくるという、不思議な帰巣本能を持っているらしい。
なのでこのカサガイくんは、道路のプレートが好きということで……、オブローダー認定します。
上陸地点を振り返り。
この見えている海岸線が、短い間とはいえ北海道内最長だったこともあるガマタトンネルによって初めて攻略を受けた難所であった。
実に2kmの隔絶は、先ほどの航海によって疑いを容れる余地がなくなった。
途中で陸に顔を出せる場所などなかった。
こういうのが本当に「わかる」ってことなんだろうなぁと、独り悦に入る。
あああ〜〜〜。
これはゾクゾク来ちゃうヤツ〜〜!!
見上げたガマタトンネル北口の、とても廃トンネルとは思えないほど標識類が残ったままの姿もさることながら、
「工事の為調整中」のシールで隠された看板(トンネル内ラジオ受信可能のやつ)があるのが、とんでもなくエモく感じられた。
だってこのガマタトンネルの内部は、道路が現道に切り替えられる瞬間(2016年1月19日午前7時)まで、トンネル内分岐の工事中だったわけだ。
だから、こういう工事の案内が入口に表示されていたわけだが、道路が切り替えられた瞬間から、一般の交通は一切ここへ来ることが出来なくなって、そのまま2年以上が経過している。
切り替えの直前、最後にここを通過したドライバーが目にした後、もう案内する相手は居ないし、工事も終わったのに、この道路自体が役目を終えたから、工事の看板も取り外されないままになっているんだろ?
超エモいと思うんだけど、共感して貰えるかなぁ?
たっぷりねっとり勿体ぶられて
ついにようやく、2年126日ぶりの路面に会う。
どんな姿になってるかな〜〜。
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