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コメント
51,5892023-04-03 09:33:48/rail/ikegou/main4.html [コメント一覧]10
へ、閉塞?
51,5882023-04-03 05:44:25/road/sabukawa/main6.html [コメント一覧]10
お疲れさまでした!カヤックも駆使した探検記また楽しみにしております
51,5872023-04-03 02:29:09/rail/ikegou/main4.html [コメント一覧]10
ここにかつてすんごい「スプラッシュマウンテン」があったと。
はっ、もしかしてディズニーのデザイナーもこういう林業を見て発想したんだったりして。
ちなみに英語のwikipediaのtimber slideとかlog flumeという項目が興味深い。
51,5862023-04-02 22:42:58/rail/ikegou/main4.html [コメント一覧]10
わぉ!
君津市奥米の「開墾場の滝」のスケールアップ版ですね!
とんな閉塞なのか、ドキワクしながら待ってます。
51,5852023-04-02 21:59:18/road/odarumi/main3.html [コメント一覧]10
コミックキューン2023年5月号を購入して「はいどう!」を読みました。大垂水峠旧道の事情が描かれていて面白かったです。他の廃道も取り上げて欲しくて連載が続くよう読者アンケートを出しました。これからも応援していきます。
51,5842023-04-02 17:50:25/road/tpr236_seihou/main10.html [コメント一覧]10
解説編も含めて大変興味深く拝見しました
51,5832023-04-02 14:51:47/road/hourai/main5.html [コメント一覧]10
石組みの橋台や木橋はとても美しいです、職人さんがきちんとしたものを作ると自然に美しくなるようです
51,5822023-04-01 22:31:53/rail/ikegou/main3.html [コメント一覧]10
千頭林鉄の隧道を思い出しますねー。
あちらは木を直接流したわけではないですが、隧道の前後で河床高が全然違い片方が絶壁という共通点。
51,5812023-04-01 19:19:10/rail/ikegou/main3.html [コメント一覧]10
出口高っか! 水と丸太が落ちる轟音、凄かったんでしょうね
51,5802023-04-01 18:44:37/rail/ikegou/main3.html [コメント一覧]10
現役当時は河原の岩が全部水に浸かっていたんだ
ろうけど、この高さを落っことして木って無事で済むの?
いや、商品価値が落ちない程度の傷で済むから
落としていたんだろうけど、職人は凄いこと考えるなぁ。
51,5792023-04-01 09:58:23/road/r343_sasanoda/main6.html [コメント一覧]10
東日本大震災の前年だったと思いますが自衛隊は三陸沿岸に津波が襲来した時に備え大規模な演習を行いました。その時に陸前高田の矢作町上小黒山の路線バスの折り返し場所でバイクに乗った偵察部隊員の方を見かけました。又、同じ日に一関市大東耵大原の上空を飛行する陸自のヘリコプターの編隊が多数飛行しました。演習を終えて駐屯地に戻る途中だと思います。この自衛隊や警察、消防、行政、国、県、各市町村やライフラインを支える見なし法人や民間企業合同の訓練の必要性を早くから唱え各関係機関に働きかけたのが当時の遠野市の市長さんでした。本当に先見性のあった方だと思います。なぜなら翌年の東日本大震災の時に各関係機関が素早く行動する事が出来たのだから。正に備えあれば憂いなしですね。そしてあの日。3・11地震発生その後に津波が襲来し隣の陸前高田が壊滅したとのラジオ報道に衝撃を受ける。その直後に目の前の国道343号を一台の警察のパトカーが尋常でない速度を出しサイレンを鳴らしながら高田方向に走り去るのを見て事の重大さを実感する。これが被災地に向かう最初の緊急車両だった。その後夜通しで緊急車両が高田へ向け走って行った。高田で暮らす私の子供や親族や知人がみんな無事であってくれと祈ったあの日の事は永遠に忘れない。そしてあの日の事を語り継ぐと誓った。永遠に
51,5782023-04-01 09:55:12/rail/ikegou/main3.html [コメント一覧]9
9階の瀧の近くにも、高いところに穴がありましたけど、あれもカリガワ用の穴だったのでしょうか?
51,5772023-04-01 09:25:11/rail/ikegou/main3.html [コメント一覧]10
多少、痛むかも知れないけど、あの落差を別な方法で運ぶのは・・・・・・
51,5762023-04-01 05:39:49/rail/ikegou/main3.html [コメント一覧]10
恐るべし不動滝。
早く全貌を見てみたい!
51,5752023-03-31 21:34:37/rail/ikegou/main2.html [コメント一覧]10
永冨さん元気なんかな?
51,5742023-03-31 20:15:33/rail/ikegou/main2.html [コメント一覧]10
「のわーっ!!!」(;゜Д゜)が早く見たいです。
51,5732023-03-31 19:39:15/rail/ikegou/main2.html [コメント一覧]8
軸受けと思しきパーツですが、トロッコ台車の連結器部分のようにも見受けられます。現代の保線用トロッコ台車でも見受けられるような、連結棒と呼ばれる平板か棒状の鋼材の両端に開けられた穴にピンを差し込んで繋げるタイプの台車側の受けと見ることもできるかと思います。
51,5722023-03-31 17:48:22/road/nagayasu/main4.html [コメント一覧]10
仮付替道路の妙といえばやはり(以前こちらでも身体を張って取材されていた)葛野川ダムの仮付替道路を思い出します。
隧道ではなかったですが、滝沢ダム関連の仮付替道路(r210,R140)で山肌を這うように高低差をカバーした連続ヘアピンが、唯一走行経験のある仮付替道路ですが、こういう区間は再訪叶わないのが常で、何とも寂しい限りです。
51,5712023-03-31 05:34:59/rail/ikegou/main2.html [コメント一覧]10
「次回、11年後の川原を捜索する。」は同じ回の続きだから取った方がよいかもです。
51,5702023-03-30 22:33:53/road/enna/main9.html [コメント一覧]10
塩原の地元民です。数年前にオフロード好きのじいさんから話を聞いて初めてその存在を知りました。
東北大震災で道ががれ場になり寸断された場所もあるそうですが、2022年11月に踏破のコメントされた方もいるので通れるんでしょうか。
自分もぜひ死ぬまでに一度通りたいです。黒磯田島線にアタックする際はぜひ参加したいです。
51,5692023-03-30 10:01:19/mini/268/main3.html [コメント一覧]10
面白かったです。しかし軌道が本当にあったなら三明まで軌道を敷いた方が私鉄線を介して
国鉄への貨物列車輸送が出来ただろうに、やはり明治の当時は舟運が圧倒的に優勢だったのかな?
その前に鉱山が稼働していた頃は北鉄能登線も七尾線も延びてきていなかったのかな?
そこんとこ時系列がハッキリしていないので結局は分からないですが…
51,5682023-03-29 21:21:14/road/toume/main3.html [コメント一覧]1
立入禁止のゲートを無理やり超える行為はかなり問題があると思います。
自己責任だと言われても、こういった場所を管轄している人間からすると非常に迷惑です。
もう少し一般常識を持って行動してほしいところです。重ねて申しますが、迷惑です。
51,5672023-03-29 18:29:10/rail/ikegou/main.html [コメント一覧]10
笹川商店について

下北山村史( https://dl.ndl.go.jp/pid/9572722/1/351 )にも出てくる「大阪の笹川商店」ですが、お馴染み国会図書館デジタルコレクション上で見つけた情報をまとめてみました。

大正13年の「大日本帝国商工信用録 土木建築業之巻」( https://dl.ndl.go.jp/pid/2387644/1/296 )に記載されている、大正10年に設立された「合名会社 笹川商店」(代表:笹川喜三郎)が該当すると思われます。(取引銀行に藤田銀行の名前があるので、「多分抵当流れ」という推測にも符合します)

笹川商店の商標にカタカナの「イ」が使われているのは、笹川喜三郎氏が経営していた「伊豫儀」という京都の薪炭問屋から引き継いでいるものと思われます。( https://dl.ndl.go.jp/pid/803657/1/169 〜 https://dl.ndl.go.jp/pid/954627/1/156 )

大阪に移った時期は不明ですが、大正5年の「現代心中ばなし」( https://dl.ndl.go.jp/pid/908596/1/118 )に、「大正三年の四月に大阪市西区今木町材木商の笹川喜三郎方に〜」という記述があることから、この時期は京都と大阪の2拠点体制だったのかもしれません。(昭和2年の「木材船積必携」( https://dl.ndl.go.jp/pid/1111465/1/109 )によれば、この頃には小樽に出張所もあったようです)

「現代心中ばなし」では、大正3〜4年にかけて店員に1500円も横領されていたりと、中々に波乱万丈な会社だったみたいですね……

るくす
51,5662023-03-28 19:57:46/mini/271/main.html [コメント一覧]10
笑かす!ガムテ!
51,5652023-03-28 19:36:02/mini/272/main2.html [コメント一覧]10
四国山脈は日本アルプスよりずっと低いが、なめてるとえらい目に遭う。その山深さにギョッとなる。すーぐ険阻な山に突入、きゃーな谷に人家が。都市部より遅いけんどこんなく(こんな所)まで道路改良が進んできて、旧道ができゆう。自分が探索しようおもうてもここへ来るまで3時間かかる。たいていひいとい(一日)しか休みとれんき、こうゆうレポートほんとにんにん(にやにや)して見ゆうき。
51,5632023-03-27 16:20:36/road/chuo/main3.html [コメント一覧]10
「はいどう!」1話はこちらの道でしたね。神社が印象深く描かれていました。廃道監修のお仕事、今後も期待しています!
51,5622023-03-27 11:13:22/rail/ikegou/main.html [コメント一覧]10
高まる期待に高まる鼓動!
51,5612023-03-27 08:43:00/rail/oosawagawa/main5.html [コメント一覧]10
素晴らしい!!!!
51,5602023-03-26 19:36:22/road/shinryu/main10.html [コメント一覧]10
おいしい廃隧道やった!‼︎もうヴィジュアルがイイ!
大正以前の人々は徒歩で寺へ、ついでに景勝を楽しみよったがやね。オブローダーのカンが呼んだかっ!
平沼さん達が発刊した雑誌も(ビヨンド クエスト レジェンド 廃道 酷道)もこんまい字やったき、目が痛う(いとう)なりよった。けんど、その文を読まんと、この探索の醍醐味が味わえんき。目え痛あと言いながら、全文読破。物覚えがわるいき、もういっぺんページめくらんと何がどうやったか思いだせんけどねえ。
51,5592023-03-26 14:30:59/rail/ikegou/main.html [コメント一覧]10
本編楽しみです!

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