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コメント
50,2172022-07-17 19:00:48/mini/266/main.html [コメント一覧]10
真室川林鉄の続き〜!また甘ったるい木の臭い溢れる洞内が見られるのが楽しみです!ボートもあるのかな?
50,2162022-07-17 16:40:47/tunnel/harigaya/main4.html [コメント一覧]10
2019年の台風15号(令和元年房総半島台風)で古道の一部が地滑りのためなくなっているように見えます。多分巨木と掘割の間あたりの沢だったところだと思います。いまだ県道から丸見えになるほど木々がまばらになっています。今となっては貴重な記録をみせていただきありがとうございました。
50,2152022-07-17 10:18:13/road/gpr255/main4.html [コメント一覧]10
鳥山隧道、明治初期の隧道が3本も現存している事に驚きました。宮内省書陵部所蔵の写真(「明治の日本」 武部敏夫・中村一紀 (吉川弘文館)に「岩本橋」(たぶん最初の綾戸橋:木製刎橋) があり、どうもこの利根川第四橋梁の上流側と思えるのですが・・。
50,2142022-07-17 09:31:31/road/ypr60/main6.html [コメント一覧]10
文中、屋代島という呼び方には違和感しかないですが、面白かったです。
50,2132022-07-16 21:54:24/road/oobiso/main7.html [コメント一覧]10
当時の旅人や地元の人たちに愛されてたんですね〜。暗くて怖くて急坂だけど、峠越えの旧道より便利で快適だったのでしょうね。
50,2122022-07-16 20:22:17/tunnel/harigaya/main4.html [コメント一覧]10
奇特な者ですw
ゲジ見ちゃいました。
写真なら大丈夫ですが、実際に遭遇すると悲鳴を上げていること間違いなしです。
よっきれんのメンタルの強さに脱帽です。

それはさておき、何とも儚い隧道でしたね。
読んでてワクワクするレポをいつもありがとうございます。
50,2112022-07-16 18:51:57/road/r127/main9.html [コメント一覧]10
「木屑録」の漢字の解説大変お見事です、感服しました。
この漢字の乱用は、当時「第一高生」だった「インテリ意識」のなせる、現在で例えるなら「中ニ病」じゃないでしょうか(笑)。
凄い、「明治の文豪 夏目漱石」が「日本最初期の中二病」だった事を暴いてしまうとは(笑)!
追伸 : 岩井⇔富浦間の明治隧道は健在です。7/3に訪問しましたが、最も心配な「岩富隧道」も閉塞していません。
これからも、楽しいレポートを期待しています。
50,2102022-07-16 18:41:33/road/r127/main9.html [コメント一覧]10
夏目漱石の業績としてよく挙げられるのが、旧来の書き言葉を現代風の口語文に変えて小説を書いた点。
彼以前の文は、更に難解でした。
今回の文は旧来の書き方に近いので、過渡期だったのか?
50,2092022-07-16 17:17:22/road/r127/main9.html [コメント一覧]10
追記凄いですね!
同級生でもあり漢詩の師匠でもある子規にこれだけの文を送り付ける漱石の気の強さ
後の写真、猫や坊ちゃんの柔らかいイメージと掛け離れた若き日の激しい側面を感じます
50,2082022-07-16 15:07:41/mini/254/main2.html [コメント一覧]8
はよ!
50,2072022-07-16 10:49:45/road/r135_ajiro/main5.html [コメント一覧]10
このレポに登場した洞門3つとその周辺の道路が地理院地図に載っている…!
一度地形図から消された道路が復活することってあるんでしょうか?
50,2062022-07-16 05:07:05/road/toukou/main6.html [コメント一覧]10
とても興味深く拝読しました。学生時代から数年前まで新潟市西区に住んでおり、市内をよく車で移動していました。東港線バイパスを通ったことは1度か2度しかないのですが(西からは入れないため利用する機会があまりありませんでした)初めて走ったときは違和感しかなく衝撃的でしたw
栗の木バイパスから古町(レポート内で言うところの西新潟)へ抜けたいとき、万国橋交差点を左折→東港線を右折で柳都大橋のルートが結構面倒で(佐渡航路への分岐もありレーンがややこしいのです)、もしみなと大橋が実現していたらあんな苦労はしなかったのだろうな…と考えてしまいました。また、そのまま海岸沿いまでつながっていれば新潟バイパスの混雑も分散されていたのでは、とも…。
思い入れのある地の道路事情の歴史を詳しく掘り下げていただけてうれしい限りです。これからも応援しています!
50,2052022-07-15 23:59:39/road/amano/main2.html [コメント一覧]10
仙台市橋梁長寿命化修繕計画の【別添】橋梁点検・修繕計画に野川大原線1号橋として載っている橋がこの橋かもしれませんね。未点検で点検・修繕予定なしになっていますが。

https://www.city.sendai.jp/hozenkekaku/syuzenkeikaku/kyouryou/kyouryou.html
http://www.city.sendai.jp/hozenkekaku/syuzenkeikaku/kyouryou/documents/r3kyouryoukeikaku_betten.pdf
50,2042022-07-15 21:41:59/rail/iida_sakuma/main1.html [コメント一覧]8
河川敷に、鉄橋の遺構があるよね。さびっさびだけど。
50,2032022-07-15 21:27:30/road/oobiso/main7.html [コメント一覧]9
整備された平地はさておき、一般に山道は輓馬ではなくて駄馬が輸送の主流であったのだと思います。明治初期ならなおさら、戦前でも僻地においては、相変わらずだったのではないでしょうか。
そうだとすれば、三島氏の馬車道規格は、現実には理想にすぎなかったのではないでしょうか。
そんな無理をするくらいなら、現実的に駄馬で運べはよいわけですから。
50,2022022-07-15 14:06:50/road/oobiso/main7.html [コメント一覧]10
お疲れさまでした。西隧道再訪を楽しみにしています。
50,2012022-07-15 12:54:26/mini/265/main2.html [コメント一覧]10
離島じゃないけど、離島の寂しさみたいなのがすごく感じられて良かったです。
50,2002022-07-15 12:05:45/road/oobiso/main7.html [コメント一覧]10
机上調査編お疲れさまです。
某サイトで「正岡子規」は触れてましたが「夏目漱石」も通ったとは知りませんでした。
「実入隧道ルート」が開通するまでの20年以下の現役だった事も、勾配と隧道内部様子から想像は出来ました。
それにしても謎なのは、明らかに「実入隧道ルート」の方が、本来の街道だし、勾配も緩く隧道も短くて済むはずなのに、何故わざわざ隧道も長く勾配もきつい「大風沢ルート」を選択したのでしょうか?
殆どメリットは無かったと思うのですが。
追伸 : 「大風沢」の読み方「おおびそ」ですが、強く記憶に残っている「静岡県道288号 大嵐佐久間線」の「おおぞれ」と勘違いしており、第6回で踏切のふりがなに言及するまで「おおそれ」と呼んでました(笑)。
50,1992022-07-15 11:34:08/tunnel/kusagi/main7.html [コメント一覧]9
yamatoji201と言います。
今回の記事、面白かったです。(^o^)
自分は道路には疎いのであまり口出しできませんが、避難通路の照明は消さないまま置いておくと本当の有事の際に照明が点かなくなっているなんてことになりかねないので消してもらうように依頼することが妥当な判断だったのでは無いでしょうか。
 また、北アルプスの天然水についてですが、あのパイプを通して飲む水が果たして衛生的か否か確認するべきでは無いでしょうか。飲料用に水を流している訳ではないので。
50,1982022-07-15 10:47:18/koneta/koneta_166.html [コメント一覧]7
細田手押軌道オーバーラン事故:
いつもの通りゴミ出し列車運転中に運転士(車夫)が枕木につまずき転倒、制御不能に陥ったトロッコは76.487‰の急勾配をノーブレーキ(そもそもついてない)で暴走し、車止めを破壊して細田家表貨物駅前に違法駐車されていたハイエースと衝突。トロッコに目立った損傷は確認されなかったものの、ハイエース側面に僅かな凹み確認。ハイエース所有者がキレて警察を呼び、違法駐車が発覚し、違反切符を切られた(嘘です)。
50,1972022-07-15 10:19:10/road/oobiso/main7.html [コメント一覧]10
衝撃の動画でしたぞ…。
50,1962022-07-15 10:10:36/rail/kurikoma/main4.html [コメント一覧]9
 ここで考えてみよう。鉱石を大量に載せた貨車が木製レール上を走るといくら枕木上にレールを敷設していても多少は沈み込む。更に木製レールはカーブを造ることが難しく、(3
)の写真にあるような非常にカクカクしたものになる。すなわちそこを重い貨車が通過するとかなりスピードを落とさない限り脱線する。そう考えると恐らくはレールの上を車輪のついていない木箱を滑らしたか、或いは板で整備した道を人が荷物を担いで歩いたのかもしれない。夢も希望もないことを延々と書き綴ってしまって申し訳ない。多分、この夢の欠片もない変な推理は外れていると思う。だからこのコメントは読まなくていいよ(読んだあとに言うな)。
50,1952022-07-15 08:17:28/road/oobiso/main7.html [コメント一覧]9
やっぱしヨッキさんの机上調査は面白いですね.
ぐっと実地調査の味わいが深まります.
50,1942022-07-15 02:37:00/road/oobiso/main7.html [コメント一覧]9
明治16年に開通したという「新道」が馬車の通行を考慮していなかったっぽい急勾配というのは千葉の地域性であるのか。
(勾配が馬車を想定していなかったと仮定すると、竣工当時の隧道断面サイズがどうだったのかも気になりますね)
山いがで頻出する「三島道」のイメージとの違いの大きさを見ると、明治初期の陸上交通におけるグランドデザイン
的なものがどの程度共有されていたのだろうかという疑問があらためて湧いてきます。
明治の馬車道時代については資料も少なく、国土交通省のウェブサイトにある「道の歴史」というコンテンツでも
ほぼ無かった事のように扱われているありさまですが、いつかヨッキれん氏の著作などで概観される時が来るでしょうか?
50,1932022-07-14 22:41:55/road/oobiso/main7.html [コメント一覧]10
10:21時点の現在地の地図が違うみたいですね。だいぶ巻き戻ってます。

ワンコの電信柱の写真にある落石注意の標識に目を引かれました。
確かに山が近いとはいえ、こんな住宅地の中でこの標識は見たことがない。しかもデカい!
50,1922022-07-14 19:15:47/road/toukou/main6.html [コメント一覧]9
>万代島ルートの都市計画決定は、バブル絶頂期の平成4(1992)年に行われた。

とありますが、1992年は完全にバブル崩壊後です。
何はともあれこれだけの調査、お疲れ様でした。  
50,1912022-07-14 18:10:16/road/oobiso/main6.html [コメント一覧]10
最終回の次が最終回(←いらない)。
このレポートはハラハラドキドキしましたし、久しぶりの冒険道路レポートで嬉しかったです。
50,1902022-07-14 17:50:07/rail/nisizawa/main6.html [コメント一覧]10
関東にここまで謎深い鉄道跡が残っているのかと驚かされた。この先の廃線跡と支線も楽しみである。何なら自分で行ってみたいというような気持ちになった。
本当に自分が現地を歩いているかのように感じる文章で非常に引き込まれた。
50,1892022-07-14 14:18:07/rail/kuruwa/main2.html [コメント一覧]10
海さ行かねがw
50,1882022-07-14 13:40:28/koneta/koneta_183_2.html [コメント一覧]6
屋内に敷設すれば問題ない件。

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