道路レポート 国道333号新佐呂間トンネル旧道・旧旧道 第4回

所在地 北海道北見市〜佐呂間町
探索日 2023.06.07
公開日 2026.10.08

 目的を達成した私の帰り道


17:16

これは、引き返し初めて3分後に撮影した動画だ。
往路に見た【155kmポスト】付近である。
特別なシーンではない、ただ歩行しているだけの短い動画だが、写真以上に空気感が伝わると思う。

寂しさ、ヤバいっす。



17:29

引き返しから16分後、例の“ピットゾーン”があるところまで帰って来た。
往路は駐車帯を歩いたので、帰路はそのまま本線を歩いた。
写真右に見えるのが駐車帯だが、そう書かなければ、見えると思う。

中央分離帯に植樹された4車線山岳ハイウェイの廃道に!

我が国には存在しない風景を、擬似的に再現できてしまった。
そして、凄くかっこいい風景だ。
うっかり何かの間違い(最近流行りのAI反乱?)で、人類が滅亡してしまった数年後には、こんな風景が至るところで見られるだろうな。



17:35 《現在地》/海抜340m

引き返しから22分後、サロマトンネルの北見市側坑口へ戻った!

雨宿りをさせていたリュックを背負い直した私は、すぐさま“山へ入る”。



17:44 

ここは流石に足がキツかった。
舗装路のように簡単にはいかない。落差50mの道なき急な斜面を登ること。
しかし、明るい頭上の緑を目指して這い上がっていくのは、さっきまでとは一転して、怖さが無かった。
行動と、生還が、同じ方向に向いているときの晴れやかさだ。



17:47 《現在地》/海抜390m

見たか! これが執念のヨッキだ!

おおよそ65分ぶりにチャリの元へ生還した私は、有頂天になった。
もちろん、私が優越に浸っている相手は、人ではなく、道だ。あるいは神々。
してやったりである。また1本、人の世から遠ざけられた廃道を、我が知の圏域へ取り戻したぞ!


さあ、これで心置きなく――




17:50

峠を目指せる!

日没(19:04)まではまだ1時間15分ほどあるし、いつの間にか土砂降りだった雨も上がっていた。
空が少しだけ明るさを取り戻していた。
行きたい気持ちを、この空が後押ししてくれる。

このタイミングから、当初計画していた行動プランへ復帰し、旧旧道の完全走破と、それに続く旧道の佐呂間町側の攻略をやってしまおうと思う。
まずは、旧旧道の市町境である峠(ルクシ峠?)を目指す。
ここ(旧旧道入口から1.5km地点)から峠までの推定残距離は約900mで、その高低差は50mほど。もうすぐそこと言って良い!

前進再開!!!



17:52

前進を再開して間もなく、これまで以上に路上の灌木藪が濃くなってきた。
この状況、少なくとも10年以上は車が入っていないと見える。

それでも、路面自体はずっと平穏で、路肩も法面もほとんど崩れていない。
勾配も緩やかなので、自転車から降りる場面はあまりなく、じわりじわりと前進を重ねていった。



濃い藪の路傍に、1枚の木製看板が立っていた。
「林木遺伝資源保存林」というものが、この周辺に設置されているらしい。
管理者は、「北海道森林管理局網走中部森林管理署」とある。
つまりは、国有林である。

国有林の中を通るから林道だとは限らないが、この保存林へアクセスするのに必須の道が、このように草生しているのは、日常的に人が手を加える必要がある林地でないからだろう。



17:54 《現在地》/海抜410m

なんか凄い景色だ。

未舗装の峠道らしからぬ、長い直線道路が現れたのだが、

地図によると、これがそのまま市町境である峠頂上まで続いている!

長さ550m、比高30mの珍しいサミット・ストレート!

したがって、この奥に見えている山稜を割る光のスリットが、そのまま峠の切り通しであった!!



17:58 《現在地》/海抜440m

ここが、峠の頂上だ。

長いストレートの終わりにある、ややなだらかな切り通しで、向こう側はブラインドの左カーブ。
ここで北見市北陽から、佐呂間町武士へ領域がチェンジする。
しかし、拍子抜けをするほど、何もないサミットだ。

鬱蒼とした切り通しには、峠の華である眺望がない。
また、地図に地名もついていない。なので現段階では、「ルクシ峠」の“擬定地”といったところ。
このように、語るに乏しい峠だが、これぞフロンティアたる北海道の峠 “らしい” 飾らなさであると、私は肯定する。

だから機嫌を悪くしないでくれ〜〜。
峠を境に、道の状況がワルくなるなんてベタな展開、今要りませんからね!
日没65分前。

峠を越えた。




前言撤回。

「何もないサミット」ではなかった。

ちょっと、何か、ある。



一つめの“何か”は、案内標識。

「北見市」って書いてある。

峠へ佐呂間町側から登ってきた利用者が見るべき標識だ。

地味なアイテムだが、地味に、ちょいレアである。

「市」の字体の違いで気付いた人も居るかと思うが、これは旧制標識である。


上図は、案内標識のうち、「市町村」という市町村境に設置する標識の変遷をまとめた図だ。

ルクシ峠の頂上に残る標識は、このうち、「昭和46〜61年」の様式である。
見分け方は簡単で、昭和46年〜61年の案内標識は、「市町村」に限らず、全てローマ字の並記が無い。
ちなみに、いわゆる“白看”と呼ばれる旧式案内標識は、昭和46年以前のものを指し、今回見つけた標識は、“白看”ではない。

これは、旧旧道が国道として現役であった時代に設置された標識の可能性が極めて高いだろう。
地味だが、嬉しい発見だ。



もう一つの“何か”は、年季が籠もった安全標語だ。

「遠軽警察署管内では スピードダウンで 安全運転を」「佐呂間町交通安全協会 遠軽警察署」と、書いてあった。

これがあってこそ昔の峠だって思う! テンション上がるやつ!

しかし、昔の峠にはあったけど、今の峠からはほぼほぼなくなったアイテムでもあるから、もはや旧道の峠の象徴みたいなモノかもな。良い味、染みてるぜ。



スピードが出る要素ゼロなんだが!(涙)

佐呂間町さぁぁぁん……。



 違和感に満ちた旧旧道


2023/6/7 18:01 《現在地》/海抜440m 

旧旧道のルクシ峠の頂上を越え、佐呂間町側へ下り始めるところだ(峠を振り返って撮影)。

地図によると、旧道との合流地点は2.9km先で、高低差は160mくらいある。
この距離は、北見市側の旧旧道よりも500mくらい長い。
当然ながら、下り坂であることは自転車にとって大いに有利であるが、乗車できなければ有利さも相殺される。
いかなる道路状況であるかということが、最も重要なことであった。



18:04

不穏な立ち上がりと言わねばなるまい。
路上一面に細い灌木が密生していて、邪魔なことこの上ない。
薄暗さも、マックスだ。一応まだ“日中”の時間帯なのだが、本当に暗い。

とはいえ、やはり下りであることに助けられている。
姿勢を低くして、出来るだけ自転車のシルエットから身体がはみ出さないように小さくなりながら、灌木の隙間を縫って進んだ。上り坂だったら、押して進むしかなかっただろう。



18:06

助かったぞ! 早くも藪が明けた!

冒頭から何度も述べているように、最新の地理院地図には、この旧旧道は一切描かれていない。
すなわち、完全廃道であることを強く示唆する状況であったにも関わらず、峠から500mほど下った広場のような場所で忽然と藪が明け、路上の視界が開けた。

地理院地図を信じるなら、この道は既に廃道であるのだが、それでも現状がさほどワルくないのは、おそらく、廃道化から余り時間が経っていないからだろう。ようは、自然に廃道となった道が、それからずいぶん経ってようやく地図からも消去される(よくある)パターンではなく、最後まで使える状況にあった道を、行政的な判断から廃止した。地形図は、それを直ちに反映して、地図から道を消去した。
そして、そのようなことがあってから、すぐに私が探索した。

……ということだと思う。今回は助かった。



これは、変な感じだなぁ。

なかなか見ない、こんなチグハグな道路状況は。

明らかに2車線幅の道路が、未舗装であること。
鋪装すれば十分現役の国道になりそうなくらい恵まれた線形なのに、それが旧旧道であること。
路面に轍らしい轍が全然無く、均等に草生した“廃道状態”にも関わらず、全然路面が荒れていないこと。
いろいろなところが、普段見慣れた道路の感覚からズレている。



峠全体が、一世代ぶんズレてる? (上手い表現が浮かばない)

旧道も、旧旧道も、なんだったら現道(新佐呂間トンネル)も、それぞれに奇妙な違和感がある。何かが違う、チグハグだ。
となれば、これら全てに一貫した“原因”があるのではないかと、そう考えるのは自然だろう。

まず、私の中の“普通の峠”は、今の旧道が現役世代で、この旧旧道が旧道世代って感じの整備状態である。大雑把だが。
そして、たまたまこの峠には、地域高規格道路「遠軽北見道路」の一部としての新佐呂間トンネルが計画された。ここまではよくある出来事。

この4km以上もある新佐呂間トンネルってのは、もとは自専道としての供用を想定したものだったのではないだろうか?
そして、それが開通した後も、今の旧道は、歩行者や自転車も通れる現道として残される予定だったのでは?

しかし、平成13(2001)年に発生した岩盤崩落災害をきっかけに、急遽、新佐呂間トンネルの建設が前倒されると共に、そこに全ての交通を集約することにしたのではないか? そうして、新佐呂間トンネル開通と同時に、旧道と旧旧道が一斉に(道路法的な意味で)廃止された(=地図から消えた)。

このような一連の展開から、世代の割には妙に新しく、かつ規格が高い感じがする、旧道と旧旧道の風景が生じたのではないか。
「ズレてる?」からここまでの内容のうち、「?」が付いている部分は、私の想像だが……。



藪が明けてからの道は、ほとんど何もしなくても前進できる、私にとってとても都合が良い道であるだけでなく、特に自転車を停めて確かめたくなるような場面もなかったので、上記したような想像に思考を巡らせるための時間となった。
路面に砂利と草の適度な抵抗があり、勾配も緩やかなために、ブレーキ操作すらほとんど要さず、一定の速度で下り続けられるのが愉快だった。



18:12〜18:17

しばらく下ったところに、もしかしたら見晴らしが良さそうな感じがする広場があったが、樹木が生長していて下界が見えず残念だった。
見晴らしがなければツマラナイ広場だったが、完抜への不安がなくなったことで、私を縛り付けていた緊張から解放された安堵感に身を任せるように、久々の休憩をとった。



再出発後も、こんな下り坂が、淡々と続き……



途中で切り返しているので、山と谷の向きが入れ替わりながら……



いかにも脆い法面の崩壊地が、潜在的な道路災害の可能性を感じさせつつも、現状としては極めて平穏裏に道形が遺存しており……



ほのかに夕色を灯らせて明日の好天を予感させる空が、何度かの切り返しで正面側となった、越えたる峠の上に広がったところで……



路肩の下には、見た目は現道さながらな、旧道である廃道が現れた。

私が血道を上げた“孤立旧道”から、封鎖された佐呂間トンネルを越えた、反対側の道だ。

もはや探索というには明るさがギリギリだが、なんとか続きへ辿り着く。

まだ、日没時刻ではないはずだ、一応。



最後は現道……じゃなくて旧道の鋪装された路面を右に並走しながら、そこへ着陸するように近づく。

景色の見え方が、完全にいつもの旧道→現道なんよね。

全くクルマの行き交う気配や街灯がないことが、むしろ違和感である。(廃道ならこれが普通だが…)



18:27 《現在地》/海抜280m

北見市側の旧旧道入口から約5.3kmのルクシ峠旧旧道を完抜し、佐呂間町側旧旧道出口へ到達。

迎えてくれた道路が、余りにも見慣れすぎた国道風景そのままで、「ここ本当に旧道?!」ってなるが……



サロマトンネル東口の閉鎖を目視確認!

これにより、目の前の“現役国道っぽい道”が、完全に行き止まりの存在であることを認識できた。

旧旧道の出口にも、入口にあったモノと同じ閉鎖ゲートの門柱だけが残されていた。

これで、残る探索対象は、佐呂間町側旧道のみ。ギリギリ、日没前に全てを終わらせられそうだ。


(あ〜〜あ、越えてしまいましたね、あなた)

実をいうと、峠を越えて佐呂間町側へ下ったことで、私は後に大きな苦労を背負うことが確約されていた。
しかもそれは、レポート的にはほとんど何の価値も盛り上がりもない、一人の読者にも求められない苦労だった。
まあ、それがなんなのかは後で書くけど、ホント予想外な苦しみだった。これは誰も予想ができないと思う。
(重ねて言うが、レポート的には全く重要じゃないので、もう忘れていい)






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