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コメント
54,8002024-08-20 19:54:16/road/r158_midono/main6.html [コメント一覧]10
父の実家が奈川のため、小さい頃はよくこの道を通っていました。廃道と絶景が魅力的ですよね!探索お疲れ様です!
54,7992024-08-19 17:47:21/road/ganshouji/main5.html [コメント一覧]10
これらの隧道建設の背景としては、陰陽連絡などの理由のほか、内陸から海辺への商業路などを当初緒も負い描いていましたが、どうやら戦国時代にさかのぼるように思えてきました。掛川城、高天神城といえば徳川武田といった武将の勢力の境界、砦跡も残っている…こうした城同士の連絡路が時代が変わって峠の下にトンネルを通すことになったのではないか?と…
54,7982024-08-19 07:17:56/road/fukatani/main3.html [コメント一覧]10
考察部分も含めて面白かった
54,7972024-08-18 23:59:16/road/wpr213/main8.html [コメント一覧]10
久々に巡回していて改めて読ませて頂きました。完走は読む側も嬉しくなりますね。
その後も工事は割と進んでいるようで、
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/080200/index_d/fil/syagawahisagiTN.pdf
和歌山県道路建設課が公開している進捗状況によれば、2024年3月には既成の久木トンネルに続き仮称・庄川久木トンネルなるものが2024年3月に貫通していたようです。
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/200100/www/html/kouhou/0206/pdf/pdf/3men.pdf
2020年の県議会だよりにて、庄川越の峠前後の件の急勾配区間をトンネルを含めたルートに置き換える案が検討されており、おそらくそれが実現したと思われます。
廃道化が進んでいるという無名墜道含め、いつの日か工事が完遂したときにはぜひ再訪して頂きたいですが…w
54,7962024-08-18 18:36:13/road/bodai/main7.html [コメント一覧]10
私の代わりやってもらって全部面白すぎる。
54,7952024-08-18 11:26:48/road/ypr37_arakura/main2.html [コメント一覧]10
「田代川」は大井川の田代ダムに由来する静岡県側の名称であり早川側で使われているのは発電所だけで、新倉で合流する早川の支流は「内河内川」ではないでしょうか。
54,7942024-08-18 09:43:17/road/ganshouji/main5.html [コメント一覧]10
最近の地図と古地図を、カーソルオンでチェンジできるトコがありますが、位置合わせが大変そうだなあと見ています。
54,7932024-08-18 01:33:52/road/ganshouji/main5.html [コメント一覧]10
すみません、不躾にもド素人が横から失礼致します…。
和田隧道(仮)跡地の切り通しの底が二段になっている点につきまして、ヨッキ様は上の段が隧道跡と推理されていましたが、牛ヶ谷と同じように上の段が古い切り通し、下の段が隧道で上下に重なるように同時期に存在しており、その後まとめて現在の深い切り通しになった…という可能性はありませんでしょうか?
和田隧道のスペックが出てきた今、あらためて第2回の62年の航空写真を見ると、隧道と疑った道の切れ目が28mもあるように見えなくて…(せいぜい10m?)。
実はあの道は木の陰で途切れているように見えるだけの上の段の切り通しで、その地下に長い隧道が潜んでいたとすると、76年の写真に切り通しが見えるにも関わらず隧道が近年まであったかも知れないこととの辻褄も合う気がするのですが。
54,7922024-08-17 21:46:24/road/ganshouji/main5.html [コメント一覧]10
文献は1度読んではいオシマイではなくて、時間をおいてから2度3度と読むと、新たな発見がある。
この世には埋もれていて発掘されていない文献や記述が、まだまだ山ほどあるに違いない。
54,7912024-08-17 21:38:40/tunnel/iokari_2_2.html [コメント一覧]10
昔のレポは冷や冷やしますね…。
今では考えられない入洞w
54,7902024-08-17 20:07:34/road/ganshouji/main5.html [コメント一覧]10
いつも思いますが、机上調査がすごい。
54,7892024-08-17 19:13:24/tunnel/shimashima/main7.html [コメント一覧]10
貴重な情報ありがとうございました。
54,7882024-08-17 15:31:07/road/ganshouji/main5.html [コメント一覧]10
国会図書館の電子閲覧が個人でも利用可能になって更に本文検索があるおかげで、必要な文献を見つけ出しやすくなりましたね。
54,7872024-08-17 08:37:06/road/ganshouji/main5.html [コメント一覧]10
レポートの価値が高いのでクラウドファンディングなどでカラー本で出版してほしいです!古い記事内の他ブログのリンク切れや公開中止レポートも勿体ない。
後世で価値が上がると思います。
54,7862024-08-17 03:30:48/road/ganshouji/main5.html [コメント一覧]10
「e−地図かけがわ」でも、「地道」北の栗原川に架かる橋を「牛ヶ谷橋」と表記していることが、「牛ヶ谷」が隧道付近の地名であることの傍証になるでしょう。
54,7852024-08-17 01:45:49/bridge/inamata/main2.html [コメント一覧]10
いつもお疲れ様です。さすが早川町、ヤバい物件がてんこ盛りですね。しかし、下から見上げているときに、ちょっと大きめの地震が来たら… エライコッチャになりそうな気もしますが。(笑)
54,7842024-08-17 01:34:04/road/ganshouji/main5.html [コメント一覧]10
「牛ヶ谷の地道」の名称について、そのまま「牛ヶ谷隧道」としている資料もありました。
隧道の開削世話人になった鈴木さんという方も、報徳社の関係者みたいですねぇ……

名称:鈴木良平小伝
出版:昭和11
https://dl.ndl.go.jp/pid/1104658/1/14
明治十年
八月、父ト力ヲ協セ高�鸞蔀譱肇吠齷�社ヲ結ブ

明治十一年
十二月、牛ヶ谷隧道開削世話係ニ擧ゲラル


名称:北巨摩郡誌
出版:1915年
https://dl.ndl.go.jp/pid/1877638/1/354
遠江國報��社訓導(山梨縣米作改良巡回教師)鈴木良平


るくす
54,7832024-08-17 01:21:43/road/ganshouji/main5.html [コメント一覧]10
これは自慢したくなる発見ですね!
54,7822024-08-17 01:17:40/koneta/koneta_184.html [コメント一覧]10
いつもお疲れ様です。地蔵ではないですが、大木や社を避けて妙な形状になっている道路は、四国にもたまにあります。そして、必ずと言ってよいほど、「道路工事でちょっと傷つけようとしたら、施工者が高熱を出して寝込んだ。(または原因不明で死んだ)」という言い伝えがあります。全国共通の祟りでしょうかね?(^^;
54,7812024-08-17 01:04:58/road/ganshouji/main5.html [コメント一覧]10
いつもお疲れ様です。「相謀りて」というと、なんだか悪だくみを企んだようですが… 当時としては、超一級の公共事業ですよね。(^^)
54,7802024-08-17 00:44:26/road/ganshouji/main5.html [コメント一覧]10
牛ヶ谷の地道に10点!
54,7792024-08-17 00:30:50/road/yokosuka/main4.html [コメント一覧]10
私も十三峠に住んで、6年間、田浦小学校まで通っていました。40年近く前の話です。まさか国道だったとは……。小学生の時は、知りませんでした。
集団登校で太田坂(そんな名前があったことも最近知りました)を下るのは楽なのですが、登るのは大変なので、帰宅する際はのの字橋経由でした。
マチュピチュの十三峠、都市廃村の月見台、泉町の百段階段、どれもたくさんの動画で見ることができるようになって、結構「人気」なんですね!
十三峠もついに児童がいなくなり、田浦小学校も来年で廃校です。でも実家には両親が今も住んでいるので、これからも毎年通いますよ。
今年は、25年ぶりぐらいで太田坂を登りました。やはり、きつかったです。
十三峠に言及した数あるサイトのなかでも、抜群に感動しました。それもレジェンドの方のサイトだということを後で知って、更にビックリです。また来ます!
54,7782024-08-17 00:30:06/mini/235/main.html [コメント一覧]10
静岡西部に住んでいます。先日隧道前の道路を通り、別コメにもあるように工事のため隧道が露わになっていました。
レポートを読んでいたおかげで、この場所の歴史を感じ取ることができ何だか感動してしまいました。これからもヨッキさんのレポート楽しみにしています!
54,7772024-08-16 19:55:45/road/hourai/main5.html [コメント一覧]10
昨年こちらのレポートに接し、圧倒されたり笑ったり。
以来地元が近いこともあり、宇連ダムの貯水率を見ながら鳳来湖と穴滝を時々訪れる様になりました。
このレポートがきっかけで、他のレポートも時々拝読しております。
宇連ダム貯水率34%の2023年3月某日、初めて穴滝を探索してから旧道を歩きました。
第3号暗渠手前の難関地帯、急斜面の下はダム湖…無謀にソロソロと水平突破を試みましたが数歩で滑って転倒(泣)
危うくダム湖に滑り落ちそうになり、結局巨岩とガレ場の急斜面は現県道まで上がり高巻き。
岩脈切り通し部分を越え砥沢の手前で再び湖底の旧道に降りましたが、ダム湖の一部と化した宇連川を渡ることが出来ずにこの日はここで終了。
いずれ機会があれば、レポートに出て来る旧橋の跡や旧橋・旧々橋の跡や巨岩のロックガーデンを写真や動画に収めたい。
そしていつかは大島橋、貯水率ゼロを願って止まないワガママ野郎です(笑)
54,7762024-08-16 13:39:19/rail/senzu/main7.html [コメント一覧]10
あの主索1本の超絶激怖吊橋。上西第一吊り橋とのコメントがあったブツですが、賛歌 千頭森林鉄道の162ページに主索1本の吊り橋の画像と「上西事業地へ上る天地吊橋」という説明文がありました。
もしかしたら同一の橋なのかな?
どちらも上西事業地へ向かう道に架橋されていると思われるので、もし同一の橋であってもどちらの名称でも間違いではないかなと。
高さ100メートルで、揺れが恐ろしく大きかったそうです。なんかこう、ヒュッと涼しいですな(どこが)。
沢へ下りて対岸に上ると約1時間程かかったが、吊り橋を渡ると3〜4分だったそうです。・・自分なら渡り始めるまで30分は躊躇っているでしょう(笑)。
まさかとは思いますが、もし複数の主索1本吊り橋があったなら、そら恐ろしい現場です。
いや、千頭ならあったかもしれない・・・
54,7752024-08-16 12:50:05/road/tpr211/main14.html [コメント一覧]10
新島の廃道いい!
54,7742024-08-15 17:35:50/rail/shirasuna/main7.html [コメント一覧]10
ゴールが楽しみです
54,7732024-08-15 11:26:38/road/ganshouji/main4.html [コメント一覧]10
“迷わず行けよ 行けば分かるさ”
元気ですか〜?って続きたい所ですが、素人がむやみに突き進んだら“行けば迷うさ”になっちゃう(笑)。
明治22年の地形図を書いた人も「どう描いたら伝わるかなコレ」って悩んだ事でしょうね。
だってこう描くしかないんだもの(笑)。
54,7722024-08-15 10:07:50/tunnel/usami/main5.html [コメント一覧]10
手は大丈夫だったのか?
54,7712024-08-14 22:32:13/tunnel/asagawara/main3.html [コメント一覧]10
十日町市民です。
浅河原交差点は何百回と通りましたが、レポートのような道があったとは知らず驚きです。
地元にもまだまだ知らないことがたくさんあるんだなぁと実感させていただきました。
楽しいレポートありがとうございます!

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