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コメント
1,7812010-02-11 11:14:09/tunnel/yukiai/main2.html [コメント一覧]10
宝条みちるという者です。
いつも楽しく拝見させていただいています。
浜行川隧道出口付近にあった横穴ですが、これは戦時下に作られた防空壕かと思われます。
私の実家がある鹿児島県にも似た構造(奥行きがある長方形?)のものが散見されておりまして、その全ては同じように鉄柵で封鎖されています。一度中で焚き火をした高校生が酸欠で死んだからだそうで…。
懐かしいものを見つけた気がして、投稿させていただきました。
1,7802010-02-11 10:39:54/road/okutadami/main7.html [コメント一覧]10
もう十年着工が遅ければ、「トンネル3本、ただし日本坂トンネル、恵那山トンネル、大町トンネルの連続です」なんてことになっていたかもしれませんね。
横坑のバリエーションも豊富で面白かったです。白光岩トンネルまで横坑と言っては失礼かもしれませんが。
1,7792010-02-11 10:36:00/tunnel/yukiai/main2.html [コメント一覧]8
美しい…人知れず山の中にぽっかりと…まさにぽつかりと口をあけている隧道を発見する興奮はなんともいえないですよね。えぇ、「こちらの坑口が、現存していなさそうだということだ」の所で、必死に探しましたとも(笑) ただ、文章に少し疲れ? を感じます。更新が停滞するサイトが多い中で、この頻度で更新してくれる事には凄く感謝なんですが、くれぐれもご自愛下さいね。
1,7782010-02-11 10:19:02/tunnel/yukiai/main2.html [コメント一覧]9
石積みをした時期にモルタルなんて有ったのだろうか、私も素人なので知識がないため解りませんが古い石積みでモルタルでメチをしていることに少し疑問が残ります。

単に素堀の物に後から施工するとしても・・・?
それとも施工時すでにセメントなどが開発されていたのならコンクリートでも(高価だと思うけど)良いと思うし、近くに石切場でも有ったの・・・?

見た目すばらしく私が地元の子供なら秘密基地にして遊んでしまいそうな場所に見えます。

10年ほど前にこちらのページを知ってから色々と遠くの道等(若いときに通った物も)思い出したりして楽しんでいますが、今回は上記の様な疑問が浮いています。

すばらしい物が隠れていたことを発見されたことに、そして見せて貰えたことに感謝、お疲れ様でした。
1,7772010-02-11 09:26:49/tunnel/yukiai/main2.html [コメント一覧]10
勿体無い!
ただただ勿体無い! このままにしておくのは。
少し手を入れれば歩ける道形。
坑口前を掘り出せば、扁額か銘板の類が出てきそうな隧道。
千葉県ガンガレ。
1,7762010-02-11 05:58:48/tunnel/yukiai/main2.html [コメント一覧]9
やはり穴はいいものです。
1,7752010-02-11 01:43:59/road/shimizu2/main12.html [コメント一覧]10
清水、巻機、上越国境の藪山は、若い頃よく歩いたフィールドです。以下に大変な藪であるか、容易に想像できます。旧国道ってどうなっているんだろうという永年の疑問が氷解しました。ありがとうございました。
1,7722010-02-10 23:50:33/road/yamadera/main2.html [コメント一覧]10
今日の「いい旅夢気分」でやってましたね。
「昭和25年に国定公園に指定された記念に設置され、30年くらい前まで使われていた。」とのことでした。
1,7702010-02-10 18:00:11/rail/sakata/main5.html [コメント一覧]9
最後の国立の倉庫は私も壁の外から見たことがあり、その威圧感に圧倒された事が記憶に新しいです。そのほか、これだけの配線跡がそのまま放置されている酒田港というのは、かなり貴重な街ですよね。私も、これをそのままにしておくのは勿体ないと強く感じています。一般公開等を含め検討してほしいですね。
かなり細部まで踏み込んでおり感心させられました。公開中止にさせられないことを祈っています。
1,7692010-02-10 17:56:31/rail/ooma/main12.html [コメント一覧]10
はじめまして。先日、下北半島を旅行してバスでむつ市から大間まで行きました。その際、バスが地図に載っていない大畑駅という停留所に止まったり、国道横に残された分断しているコンクリートの橋などを見て気になっていました。地元の方に聞くと工事途中で使わなかった鉄道があったというではないですか!旅行から帰ってきて色々調べるうちにこのサイトにたどり着きました。全ての謎が解決しましたよ。楽しかったです。というか、レポートはとんでもないボリュームですね。冒険している様子がリアルに伝わってきて旅行中以上に興奮しました。さらに、この大間線以外にも、ものすごい量の廃線や未成線のレポートがあるのにびっくりしています。こんな世界があるんですね。熱意にも驚いています。さすがプロ。僕も廃墟とかには興味あったので、これから他のレポートも見させてもらいます。あと、自分でも出かけてみたいですね。ありがとうございました。ちなみに、僕は北海道に住んでいます。北海道にも機会があればぜひいらして下さい。
1,7662010-02-09 22:37:13/tunnel/yukiai/main.html [コメント一覧]10
昨年秋に車で通過しましたが、もとより現道が旧道だし、そこそこ古そうなトンネルなので、廃道のあるところと考えもしませんでした。それにしても最近はトンネルの手前で両脇を見る癖が完全に見につきました。
1,7652010-02-09 20:17:35/tunnel/r128_hama/main2.html [コメント一覧]10
このレポートが掲載されてから1年近くたってしまいましたが
伯母や父親にこのトンネルの事を聞いてみました。

伯母(70代)曰く、戦時中はバスに乗ってこのトンネルを通ったそうです。また、トンネル内が狭いため車と人が同時に通るには
危険だと言う事で、汽車が通らない時間帯を見計らって
鉄道のトンネル内を通る人も多かったそうです。
(鉄道のトンネル内は真っ暗で何も見えないために
適当な棒をトンネルの壁に当てながら進んだとか)

父親(60代)に聞いてみたら、父親が小学生とか中学生の頃には
既に使われていなかった気がする…との事でした。
1,7642010-02-09 17:43:28/koneta/koneta_134.html [コメント一覧]8
いつも楽しく読ませていただいております。今回のレポートは,何と家の真ん前でした!道路神社という名は聞いたことがありましたが,それが足下にあったとはびっくりです。この神社では,年に一度社務所を大掃除して,地元の方が宴会を開いています。願いは交通安全なのでしょうか。
1,7632010-02-09 15:50:32/tunnel/yukiai/main.html [コメント一覧]10
小さな穴は、掘削工事用のダイナマイトを保管した火薬庫では?大分の隧道にもあったけど・・・。
1,7612010-02-09 12:42:52/road/r340_osikado/main5.html [コメント一覧]9
いつも楽しく閲覧させていただいてます

コメント欄に今まで気がつかず…勝手な意見ですが
感想を色々と書かせていただきます

他のレポートなどからしては今回の道路状態は綺麗でしたねーまぁ現役ですしね

ホームに自然に生えたはずのキノコ
なんて不自然なんでしょうW

手書きの特急券、無人の販売所昔の日本の風情が感じられてとても温かい感じがしますね
と、24♂ですが思いました
1,7592010-02-09 08:52:02/tunnel/yukiai/main.html [コメント一覧]9
房総半島と伊豆半島ってのはなかなか奥が深いですね。

って、新しいのも嬉しいっすけど、、、
更新の止まっているリポートも是非続きをおながいします!
1,7572010-02-09 00:14:36/tunnel/yukiai/main.html [コメント一覧]9
はるばるリベンジおつかれさまです。
おしょっしい、という単語が懐かしかったです。
(知らなかったので「お小水」のこと?と思ったという恥ずかしい思いでですが…)
隧道、またゴボゴボガボァ!でないといいんですけどw
1,7562010-02-09 00:13:38/tunnel/yukiai/main.html [コメント一覧]9
旧道のルートが不自然な感じがします。旧旧道の峠に隧道を掘れば1本でいけるのに、何故、隧道を2本(興津東・興津西)掘って東寄りのルートを選択したのでしょう。着工後に予期せぬ事が起きて、急遽ルートを変えたのではないでしょうか。

また浜行川隧道(興津西隧道)東口の行き止まりの穴は、旧道の延長線上にあるように見えます。
1,7552010-02-09 00:11:30/tunnel/yukiai/main.html [コメント一覧]9
これ、パッと見じゃあ旧道が存在するなんて思いませんって!
ゲジやカマドウマが苦手で廃隧道への突入は敬遠しがちなんですが、
今も深い藪の奥に息づく旧道や隧道を思うと、ロマンに胸が高鳴りますな。後編に期待大。
1,7542010-02-08 23:19:59/tunnel/yukiai/main.html [コメント一覧]9
ヒルは嫌すぎます。。。
1,7512010-02-08 17:50:49/road/akimati/main3.html [コメント一覧]10
15年くらい前、林道ツーリングが好きだったんで、行き当たりばったりで当地を訪れました。
そのときより崩落進んでるみたい、写真探してみます。
出口が見えたので、突入しようと思いましたが、
深かったんですね。
やめておいて本当によかったです。
1,7492010-02-08 11:10:24/road/kirigakubo/main7.html [コメント一覧]10
前のコメントされた方と同意で、自分にとってもこれが山いがのベストレポートです。
失われたものを、その痕跡を元に発見するプロセスがヨッキさんの文章と演出のおかげで小説的に楽しめるのと同時に、
その見出されたものに篭められた当時の人たちの思いや努力、創意工夫に頭が下がる思いです。
1,7432010-02-07 03:31:29/rail/ooma/main12.html [コメント一覧]10
全く鉄道や廃線跡に興味がなかったのですが、なにかの拍子にこのサイトにたどり着きました(たぶん青函トンネルについて調べていた時に、未成線におわった大間ルートを通る経路も考えられていたというあたりからたどり着いた)。そして夜中に何時間もじっくり読んでしまいました。本当に面白かったです。まるで自分がたどっているかのような臨場感があり、最後の焼山隧道の上半分のみの入り口発見時には手に汗握りました。これからブックマークしていろいろ読ませていただきます。
本当にこのような詳細なレポートありがとうございました。
1,7422010-02-07 00:38:19/road/shimizu2/main12.html [コメント一覧]10
すさまじいリポートに、ちょっとクリックしてしまったぐらいなのに引き込まれて、完全に読みきってしまった自分がいます。
しかし、なぜここまでできるんでしょう、と何度も思ってしまったチャレンジでしたね。
どうも未練も残しつつ去ってしまった部分が多々あるでしょうけど、自らの生死をも賭けたサバイバル、私としては大拍手で称えたいと思います。

確かにあの途切れた部分は疑問として残りますね。
複数回の土砂崩れが起きたとしても、それだったら一本松尾根ごと削り取っちゃう勢いの物でもないとあれほどまでの地形変化は起こりにくいわけですし。。
まあ、あの立地だとやってもやっても土砂崩れが再発するとんでもない場所ではあったでしょうが、とりあえず、今はお疲れ様と言っておきます。

くじ氏との再会って。。まだやるんでしょうか^^;
お体に気をつけて。
1,7412010-02-06 23:48:59/tunnel/kama/main7.html [コメント一覧]10
おもろすぎ。急釜トンネルを残雪期に徒歩で登って上高地に入っていた者としてはこんな未知の部分がありそれに挑んでいた人がいた事に驚愕しています。自分なら絶対こんなことしません。きっぱり!がはははははは
1,7402010-02-06 22:34:12/rail/hasiba/main.html [コメント一覧]10
いろんな廃の楽しみ方があると思いますが、広い空間に残るそのままのホームが実に美しく、ツボでした。
1,7362010-02-06 14:28:25/tunnel/aoiti/main.html [コメント一覧]10
小学生の為にこれを考え実行した石工某はえらい!
1,7352010-02-06 11:08:20/road/ev_2010_01/main.html [コメント一覧]9
私も行きたかったな〜・・・仙台でもイベントやってほしいっす・・・
1,7342010-02-05 23:59:47/road/morimo/main13.html [コメント一覧]8
暗くなり、「営林署小屋」まで読んだときには、結末(野宿すののか)ハラハラしましたが、生還できたときは、うなりました。
たまに、サイトを見に来るのですが、手付かずの川の水面の色が綺麗で幻想的ですね。
事故等のないよう、無理なくした計画でがんばってください。
59年当時の床版が木製とは、勉強になりました。
宮地は橋梁ではトップメーカです。



1,7302010-02-05 21:02:39/tunnel/aoiti/main.html [コメント一覧]10
定年近いサラリ君です。
今回のレポートは私の子供時代の実感として興味をもって見ました。
小学校時代(昭和30年代)には今回の酷道と同じような山道を通ったことがあったなぁ〜と思い出してます。
レポート現地ではくれぐれも怪我のないようにお祈りして報告を楽しみにしています。

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